職種その他2019.10.09

ロンドンの川はどこへいった? @Museum of London Docklands

vol.88
London Art Trail
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

テムズ川とその支流の川  ©Museum of London Docklands

Museum of London Docklands、地下鉄カナリー・ワーフ駅から徒歩5分

中央に流れるのは全長40マイルのテムズ川。川は大昔スイスアルプスからドイツ、オランダから北海へと流れ込むライン川と繋がっていたというから驚きです。地図ではそこから派生してたくさんの支流の川が流れているように見えますが多くはなぜかドットで描かれていて…?これらは実は、今は地下を流れる、かつて地表に存在したロンドンの川。今回はそんな秘められたロンドンの川の歴史を発掘された遺物、残された地名やアートを通して探ってみようという「Secret Rivers」 展の紹介です 。展示会場は波止場、ウェスト・インディアン・ドックに建つ、Museum of London Docklands。かつて砂糖の貯蔵庫として使われていた19世紀初頭の建物です。上の地図を見ながら以下をどうぞ。

800年前の公衆トイレ ©Museum of London Docklands

さてこれ、何でしょう?何の穴?実はこれ、800年前の公衆トイレのベンチ。発掘されたのは北ロンドンの緑豊かな丘ハムステッド・ヒースからロンドン中央部、現在の金融街のシティ・オブ・ロンドンへと注ぐフリート川(River Fleet)から。 フリート川の名は現在でもシティの大通り名に残っています。トイレはまた、当時飲料水としても利用していた川のほとりに設えてありました。このタイプのトイレは1463年には廃止されたそうですが。

View of London Street, Dockhead, 1813 by Robert Bremmell Schnebblie ©Museum of London Docklands

こちらはフリート川の南、テムズ川を挟んで対岸を流れるネッキンガー川(River Neckinger) の河口に浮かぶ人口の島、Jacob’s Island。 島は18世紀には 皮なめし工場、 製粉工場、 給水場、樽板商人に穀物商人など様々な産業に使われ、 水のみならず、 陸上も酷い汚染だったそう。やがてスラム化したこの一体はコレラなどの伝染病の巣窟になっていき、「下水のヴェニス」(Venice of Drains) と 呼ばれるようになります。Robert Bremmell Schnebblieの19世紀初頭の水彩画を見れば何とその汚染された水辺を裸で走り回る子供の姿が!

Undercity – ロンドン下水道システムのドキュメンタリー映像 ©Museum of London Docklands

フリート川やネッキンガー川だけではありません。産業廃水のみならず、きちんとした下水道が整う前から水洗トイレが一般化してしまったロンドンではテムズ川に注ぎ込む川は皆大変なことになっていたようです。それでも川の水は飲料水としても使われていたのですからコレラが流行るのも当然。そして、あらゆる汚物の請負先であったテムズ川もいよいよ許容量を超え、1858年の夏にはテムズのほとりの国会議事堂での議会が中止されるはどの大悪臭、グレート・スティンク(Great stink)が発生します。(第47回も参照) これを機にジョーゼフ・バズルジェット(Joseph Bazalgette)によってロンドン下水道システムが考案され、国を挙げて大規模な下水道ネットワーク工事が行なわれました。そして多くのテムズ川に注ぐ川は表舞台から消えて地下河川として残ることになったのです。

Tyburn Angling Map, 1999 ©Simon Gudgeon

River Tyburn Restoration Project, c.2001 – 2004 by Guant Frarncis Architects, map ©The Tyburn Angling Society

さて、そんな地下に消えた川を取り戻そうというプロジェクトも近年立ち上がりました。例えば、959年に設立された由緒ある王立協会であると主張するThe Tyburn Angling Societyですが、この協会はタイバーン川(River Tyburn)を鮭の泳ぐ美しい川として蘇らせようということを提案しています。Simon Gudgeonによる美しいイラストだけでなく建築家にプランを依頼してプロモーションビデオも作ってとかなり本気?とはいえタイバーン川はウェストミンスター寺院からバッキンガム宮殿、メイフェア、リージェントパーク、カムデンと、まさにロンドンの一等地を抜ける川。不動産価値は数兆ポンド!とハードルは高そう。

Wandle Alphabet, 20011 ©Jane Porter

今度は数少ないまだ健在である南西ロンドンを流れるワンドル川(River Wandle)から。 月一回の川のゴミ拾いボランティア活動を通してアルファベットを探すことを思いついたイラストレーターのJane Porter。結局全部のアルファベットを揃えるのに6年もかかったそう。

Rivers of London, 2014 ©Stephen Walter

ロンドンの水の歴史が一目でわかる鉛筆画のエッチングはStephen Walterによるもの。ロンドンの地下河川や下水のみならず、湧き水や井戸の詳細までしっかり描かれています。

Peckham lights Postcards, 2015 ©Loraine Rutt

Peckham lights Postcards, 2015. ©Loraine Rutt


レリーフを施した磁器に柔らかな光を通すと地図が浮かび上がってきます。Loraine Ruttの作品は南ロンドンを流れるペック川の地図で、1768年、1842年、1890年代、現在と四つの過程が展示されていて、写真は1768年と1890年代のもの。1890年代には川はほとんど姿を消していることがわかりますね。

The Heath, 2006 – 2011 ©Andy Swell

川で泳いでいる人?それが何か?Andy Sewellの写真は実は冒頭で紹介したあのひどく汚染されていたフリート川上流のハムステッドヒースにある池なんです。今でも地下河川と化したフリート川とつながっていますが人が健康に泳げる水質を誇っています。ロンドンで最も愛されている屋外水泳場の一つです。駆け足でほんの一部のロンドンの川の歴史を見て見ましたが展示では紹介した以外の川の歴史、発掘品にアートと見所がたくさん。また「Secret Rivers」は企画展で、 常設展ではさらにロンドンのドック、運河、海上貿易などの歴史を紹介しています。

 

プロフィール
London Art Trail
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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