職種その他2013.02.13

フローランス in London – Winter Open

London Art Trail Vol.8
London Art Trail 笠原みゆき
入ってすぐのところにあるホール。この先にパーテーションで区切られた12名の各々のスタジオがある。

入ってすぐのところにあるホール。この先にパーテーションで区切られた12名の各々のスタジオがある。

ロンドン市内、Highbury & Islington 駅を出て北へ、坂を上っていった先のAberdeen Parkの中に立つ壮麗な教会がSt Saviour。1981年に一度閉鎖したこの教会は現在礼拝の場としては使用されていません。1990年から非営利アーティスト・スタジオ(*1) 運営団体であるThe Florence Trust(フローランス・トラスト)がこの教会をアーティスト達に一定期間の制作、展示の場を提供する事業(アーティスト・イン・レジデンス、但し住居は含まない)の拠点として管理を行なっていて、事業を通して今日までに国内のみならず様々な国から集まる200人以上のアーティストをサポートしてきました。 (*1)この場合のスタジオはアーティストが仕事を行うための専用の作業場、アトリエを指します。

アーティスト・スタジオ運営団体の多くがアーティスト自身によって生み出されてきたイギリスにおいて、フローランス・トラストもまたアーティストであったPatrick Hamiltonによって設立されました。1970年からイタリアのフローランス(フェレンツェ)に移り住んだハミルトンはそこでスタジオを設立し、その後17年間制作活動に励みます。教育にも熱心だったハミルトンはやがて80年代に本国イギリスに戻ると、イギリスにおいても自身がフローランスで体験したような恵まれた制作の場を次の世代のために設けたいという強い思いを抱きます。そこで、旧友たちからも支援を受けながらイングリッシュ・へリテッジ(イングランドの歴史的建造物を保護する目的で設立された特殊法人)を説得し、St Saviourの使用許可を得て、1988年非営利教育慈善団体としてフローランス・トラストの登録にこぎつけます。更に当時の王立美術院、アーツ・カウンシル(国の芸術文化復興会)などから次々と支援を受ける事に成功し、1990年のオープンに至ります。

Jo Ballのスタジオスペース

Jo Ballのスタジオスペース

レジデンシィ・アーチストは公募で行ない、滞在期間は一年単位、年最大12人までで、8月に始まり、翌7月末に最終作品の展示を行なう形式。コースを設けず、出来るだけアーティストが制作に専念出来かつ、様々なイベントを通じてギャラリー、コレクター、コンサルタントと触れる機会を設けるようトラストは努力しているといいます。毎年半ばの冬にはスタジオを一般公開するイベントを行なっていて、私が訪れたのはそのオープンスタジオという訳です。

Lisa Slominski(中央の黄色いマフラー)のスタジオスペース。床のタイルの様に敷き詰められたカーペットはインスタレーション作品の一部だそうだが、防寒のため暫くはこのままにしておくそう。

Lisa Slominski(中央の黄色いマフラー)のスタジオスペース。
床のタイルの様に敷き詰められたカーペットはインスタレーション作品の一部だそうだが、防寒のため暫くはこのままにしておくそう。

トラストは現在アーツ・カウンシルからの助成は受けていない、個人の寄付金で運営するチャリティ団体ですが、地価変動の著しいロンドンにおいて、2004年からスタジオ代の値上げを一切行なっていません。また、スタジオ代を払えないアーティストや若手アーティストの育成の為に一部無料のスタジオを設ける事にも成功しています。

一方で、このスタジオは教会という特性のため、非常に天井が高く、壁はレンガ、床はタイル敷で、見た目は美しくても冬の寒さは厳しく、屋内でも気温が零下になる日も。 建物は前記のイングリッシュ・へリテッジによって指定建造物(Listed building)のグレードI(*2)に保護指定されているため、むやみに改築もできません。 (*2) 指定建造物は建物の重要度によってグレードI 、グレードII、グレードII と位が分かれている。2010年3月時点でイギリスの建物の約2%が指定建築物にあたり、その中のわずか2.5%がグレードI

柱のデコレーション。ウィリアム・モリスの率いたアーツ・アンド・クラフト運動時代の遺産。建築家はWilliam White, 1865-6作。

柱のデコレーション。ウィリアム・モリスの率いたアーツ・アンド・クラフト運動時代の遺産。建築家はWilliam White, 1865-6作。

とはいえ、イギリスでは人が住むのには向かないような既存の工場として使われていた建物などを、アーティスト達が改築費などを出来るだけ抑えて安く借り入れ、スタジオとして運営していくケースも多く、また光熱費も高いので、結構なお金をかけない限り寒いスタジオが多いのが実情です。

誰かが冬のオープンスタジオ恒例のモールドワイン(スパイスや柑橘類、砂糖を入れて煮立てた暖かい赤ワインです)をすすりながら、“このスタジオは寒いねぇ。”と言うと、レジデンシィ・アーティストの一人のマリアンヌが“ああ、雪が降れば大分暖かくなるのだけどね。”と笑顔で切り返します。アーティスト達はたくましいです。

St Saviourの外観

St Saviourの外観

6ヶ月後は夏の最終作品の展示。スタジオの仕切りも取り払われ、教会は広い展示場に一転し、会場のあちこちに作品が出没します。強い夏の日差しがステンドグラスを通して降り注ぎ、内も外も人で溢れます。まだ吐く息の白い冬の夜に、次回また訪れる日を待ちわびながらスタジオを後にしました。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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