グラフィック2020.06.10

狐になってみる?(前編)

vol.96
London Art Trail
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

「狐になって夜のロンドンを歩いてみようよ。」そんな企画が持ち上がったのは4月半ば。コロナウィルスの感染者がピークを迎え、1日に千人もの人々が亡くなっていたロックダウン下の英国。外出規制に加え、飲食店も娯楽施設も全て閉まっていて、わずかに開いていたスーパーなども営業時間を短縮していたため夜のロンドンはサイレント。聞こえてくるのは狐の雄叫び?そう、そこで元気になっていたのは野生動物たち。ロンドンの野生動物といえばやっぱり狐!‭ ‬ひと気のなくなった夜の町を狐たちはより自由に闊歩していたんです。‬

話を持ち出したのはこのコラムの第47回で紹介した、ロンドンを渦巻き状に歩くプロジェクトInspiral LondonのディレクターのCharlie Fox‭ (‬Counterproductions‬)。今年の5月3日が‭ ‬International Dawn Chorus Dayにあたるためこれに合わせ、前日の日没からペア、または単独で(まだグループ行動は禁止でしたので)各々の家付近からInspiral Londonのルートを歩くというプロジェクト。そしてただ歩くのではなく、野生動物の声(主に狐)や町の音をライブストリーム(リアルタイムで配信)することで、現在のロンドンの姿を観察し、その体験を記録しシェアしようというもの。プロジェクトは「A Skulk of Foxes‭ ‬」‭(‬狐の群れ)と名付けられました。‬‬‬‬‬

ところでドーン・コーラス(暁の合唱)とは鳥が日の出とともに一斉に鳴き出す様子のこと。International Dawn Chorus Dayは鳥の繁殖期にあたる5月の第一日曜日に、早起きして鳥の声を聞いてみようというと1984年からバーミンガムのワイルドライフトラストによって始められたのだとか。

ロンドンのStave Hill Ecological Parkを拠点にするアーチィストのグループ、Soundcampも2013年から毎年この日、エコロジカルパークに実際にキャンプして都市の野生動物の声を拾うレジデンシィなどのイベントを行っていました。しかし今年は現状からバーチャルイベントのみ。そこで、様々な場所からライブ音を拾い、リアルタイムでミックスしてラジオ局で5月2日の明け方から3日の明け方にかけてライブストリームで24時間流すという‭「Reveil 2020‭ ‬」という企画を立ち上げました。そしてNYやロンドンのアーチィストたちに参加を呼びかけていました。そこで我々‭ ‬Inspiral Londonの狐達もReveil 2020にも参加することに。 どうやって個人が野外を歩きながらライブストリームするの?と疑問を持つ方がいらっしゃると思うので触れておくと、Locus Sonusという、アートプロジェクトのためのオープンマイクロフォンのネットワークがあって、ここにインターネット接続できる個人のマイクロフォン(例えばスマホ)を登録すれば誰でもライブストリームが可能。また、誰でもこれらの世界中に設置されたマイクからのライブ音を聞くことも。ちなみに日本では東京大学がCyber Forest Research Projectとして日本各地の森に常設したマイクで24時間ライブストリームをおこなっています。ロンドンにいながら富士山の麓のウグイスの鳴き声をライブで聞けたのには涙!‬‬‬‬

サウスミアレイク。中央に見えるのがレイクサイドセンター。

エジプシャンギースの親子

結局ロンドン東西南北にまたがって11機のマイクがA Skulk of Foxesのウォークに参加することに。さて、5月2日当日、日没のおよそ一時間前の夜8時すぎ、私とCalum F Kerrはレイクサイドセンター(第87回で紹介)からライブストリームを開始。繁殖期の湖の辺りは水鳥の親子で溢れ、ドーン・コーラスならぬ親鳥達の「さあ、お家へ帰ろう」と雛鳥を促すようなダスク・コーラス(黄昏の合唱?)が起こっていました。

リッジウェイで出会った最初の狐

湖の北のリッジウェイを西に向かいます。ロンドンにはレジャーのためだけでなく、歩いて通勤も可能なように車道と隔離した数多くの緑豊かなウォーキングパスが整えられています。(詳しくはこちら)今回のパンデミックを機にさらにその需要、必要性が増していますが、歩いているのはその一つの「Green Chain Walk」。日中は現在ジョガーやウォーカーで賑わうこの道もこの時間は人気なし。薄暗くなりかけた道の両脇に白いカウパセリーが満開で雪のように浮き出ています。さて出るかな?でた!若い赤毛の狐!少しこちらの様子を伺った後、茂みに消えて行きました。

リッジウェイ

日没になり月が出たところ

その後5匹ほどの狐たちに出会い、いよいよ日没。ここでクライマックスに達していた黄昏の合唱がピタリと止みます。まるで「おやすみなさい!」と明かりを消したかのように。

人気のない大通りでバスには誰も乗っていない様子。この時点で既に30人近いロンドンのバスドライバーがコロナウィルスで亡くなっていた。

Green Chain Walkを出て町中へ。空っぽの赤バスが次々と通り過ぎていきます。写真のバスには皮肉にも海外の格安ビーチホリデーの広告が掲げられていました。国内のホリデーさえ行けない状況なのにもかかわらず。

狐たちは歩き続けます。続きは次回!

 

プロフィール
London Art Trail
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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