狐になってみる?(後編)
10キロほど歩いてテムズ川沿いグリニッチ区に属するウーリッジ (Woolwich)の町のロイヤルアーセナルに到着。「Arsenal」とは武器庫を意味し、20世紀半ばまで武器や弾薬を生産していた王立兵器工場があった場所で、その歴史は17世紀まで遡ります。この名を聞いてピンときた方も多いかな? そうです、サッカー・プレミアリーグの「アーセナル」の発祥の地で、この兵器工場の労働者により結成されたことから、その名を引き継いだそう。ロンドンのベッドタウンとして再開発の進むウーリッジでは工場の建物は高級マンションへと変貌。そして、写真のように実際に使われていた大砲が町のいたるとことに飾られています。通常ならば大砲をベンチ代わりに使う酔っ払いで溢れる土曜日の夜ですが、時折マスクをして義務的に犬の散歩に出ている人を見かけるといった程度。
「あれ、人がいっぱいいるじゃない?」と思いきや、よく見れば立っているのは人型をした鉄の鋳造型。Assembly(集会)と名付けられたこの彫刻作品は最盛期には8万人が働いていたという兵器工場の労働者の集会を象徴しているのでしょうか。2メートル以上のソーシャルディスタンス(社会的距離)をしっかり保っているこの集会、今なら全く違和感なし?彫刻の作者はPeter Burke。
ウーリッジ のフェリー乗り場に。テムズ川の北と南をつなぐフェリーは14世紀から運行していて乗船は無料。このすぐ下にテムズ川を歩いて渡れる20世紀初頭に建てられた100メートルほどの歩行用地下トンネル、Woolwich foot tunnelが通っています。誰も待っていないフェリー乗り場から聞こえてくるのは波の音くらい。向かいにある地下トンネルの入り口も「トンネルは通常通り開いています」という電光掲示板を流れる文字だけが忙しく光っていました。
遠くに人影が、そして近づいてきます!近づいてくるのは狐ならぬCharlie Foxとその友人。彼らは東へ、我々は西へと同じルートを歩くことで見事出会えたわけです。ソーシャルディスタンスを保ちながら再会を喜んでいる間も無く、耳をつんざく悲鳴のような鳴き声が静寂を引き裂きます。そしてそれに呼応するように別の方角からまた一声。一同がマイクを傾けます。どうやら雄狐同士のナワバリ争いのようです。
そして背後から後を追ってきたかのように、出ました!本日6匹目! 我々の匂いを確かめた後、するりと住宅街の一角に消えていきました。
「アン、聞いてるだろう?」とFoxは歩行用地下トンネルの入り口で、健康上の理由から今回ウォーキングに参加できなかったアーチィスト、Anne Robinsonに対してまずメッセージを送ります。(Robinsonは今回それぞれのマイクのライブストリームのミックスを担当してくれました。)そして、Richard Jefferies の「 Wild life in a Southern County(1879)」の一説「The Orchard」を読み始めます。Jefferiesはビクトリア時代の小説家で、イギリスの田舎の自然を観察し豊かに描いた作家です。Foxが読んだ説はha-ha wall と狐のお話で、ha-ha wallは実はすぐこの近くにもありました。ha-ha wallってなんだか愉快な感じの壁みたいですが half and half、半分塀で、半分溝を意味する英国独特の隠れ垣のこと。空堀を斜めに掘ってそこからレンガなどを垂直に地面のレベルまで積み上げることで景観を損なうことなく土地の境界を示すのに使われたのだとか。狐が身を隠し、野うさぎなどを狩るのにはうってつけだったのでしょう。
今回(第1回目)のA Skulk of Foxes に参加したアーチィストは以下の通り。
Brook、 Richard Couzins、counterproductions、James Eastaway、Rachel Gomme、Calum F Kerr & Miyuki Kasahara、 Frog Morris、Alex McEwen、 Sarah Sparkes & Ian Thompson、 Keith Turpin そして Anne Robinson。
A Skulk of Foxesプロジェクトはアーツ・カウンシル・イングランド(ACE)の新型コロナウィルス緊急資金の支援を得てこの後も続けられています。