WEB・モバイル2021.03.10

REACH大久保流・“ささる”広告作りと“そそる”地域プロモーションの方程式

Vol.187
クリエイティブディレクター/株式会社REACH代表
Hirohide Okubo
大久保 浩秀

石川県加賀温泉郷のプロモーション「レディー・カガ」をはじめ、北は秋田県から南は熊本県まで全国各地の自治体や企業のプロモーションを手掛ける大久保 浩秀(おおくぼ ひろひで)さん。2017年にはREACHを設立。クリエイティブの力で地域にスポットを当てて、斬新なプロモーションを展開しています。

これまでの「当たり前」が次々と覆される変革の時代に、人の心に“刺さる”プロモーションはどのようにして生み出されるのか? 大久保さんのその卓越した手腕の秘密を探りながら、コンテンツが大量消費される現代、クリエイターはどう生き抜くべきなのかを紐解きました。

 

予算がなくてもアイデアで勝負!価値観を変えた東日本大震災

地域プロモーションを手掛けるようになったきっかけを教えてください。

広告代理店に勤務していたころ、大手企業のプロモーションにたずさわっていました。あれは忘れもしない2011年3月11日。あるエネルギー会社のTVCMなどを作り終え、東京から地元石川県に帰るために地下鉄に乗ろうとした瞬間、東日本大震災が発生しました。それでCMは全部お蔵入り。あの時、日本中の企業が広告活動を止めたんです。

僕はそれまで、「広告は予算やクライアントの規模が大きいほうがいいに決まっている」という感覚が自分のどこかにありました。ところがあの震災をきっかけに、「今までの考え方がおかしかったのかもしれない」と、素の自分に立ち返ったんです。

それから予算や企業の規模に関係なく、小規模な案件でも積極的にやってみるようになりました。そういうと格好よく聞こえるかもしれませんが、震災直後は小さな案件しかなかったということもあります。ともあれ、その中に加賀温泉郷のプロモーションの話があり、さっそく新しい考え方でチャレンジすることにしました。

震災を機に価値観が変化したんですね。

極端にいえば、アイデアや面白さがなくても予算をかけて繰り返しCMを流せば、見ている人たちに半ば無理矢理にでも認知させることはできます。でも、予算をかけずにプロモーションをする場合は、知恵を使うしか方法はありません。

小規模な案件は、広告代理店の商いとしては小さいかもしれませんが、一人のクリエイターとしてはアイデア一本で勝負できるため、個人的にはとてもやりがいを感じます。実力を証明しやすい場でもありますね。

 

プロモーションは8割が「見てもらうための仕掛け作り」で決まる!

地域プロモーションは、やはりその土地の魅力を探すことから始めるんですか?

そう思われる方が多いのですが、違います。観光地に関していえば結局「ご飯がおいしくて景色がいい」という要素は、どこも一緒。だから観光地として成立しているわけです。

「山があって川があって、海があって、人柄が良い」そんなテーマのプロモーション広告なんて、すでに数え切れないほど存在しますし、地域の魅力を改めてマーケティングするだけならほとんど意味がありません。

では大久保さんがまず注力することとは、一体何なのでしょうか。

プロモーションは結局「知ってもらってナンボ」の世界です。つまり、「見てもらうための仕掛け作り」が大事。地域の良さをPRする前に、まず振り向いてもらわなければなりません。ですから、動画でもポスターでも、どんなアウトプットかに関わらず、僕は見てもらう仕掛けを作ることに8割の力を注いでいます。

例えば、石川県加賀温泉郷で2011年にスタートした「レディー・カガ」プロジェクトは、その言葉だけならダジャレでしかありません。でもフックになります。見た人や聞いた人が「何それ?」と興味を持ってくれたら“勝ち”です。それが「ちょっと見てみるか」「行ってみるか」という行動につながるので。「レディー・カガ」は北陸新幹線開業を前に、加賀温泉郷をさらに盛り上げようとしたもので、「会いに行ける女将」ということで全国的に話題になりました。もう10年以上続くプロモーションになっています。

反対に、最初から「見てもらえること」を前提に広告を作ってしまうと、うまくいかないもので、伝えたいことをCMやポスターにあれこれ詰め込もうとします。でも伝えたい対象の方々は、まだ誰も「話を聞く」なんて言っていないわけですからね。クライアントとそうした温度差があった場合、それを埋める作業にはとても気をつかっています。

振り向いてくれなければ何も伝えられない、だからアイデアを絞り出すんですね。

情報量が急速に増え続けている今、とくにここ数年は、「見てみよう」と思わせることがさらに難しくなっている印象です。人が接する情報量は過去10年で530倍とも言われています。テレビやラジオ、新聞といった従来のメディアに加えて、ゲーム、動画サイト、SNSなどあらゆる媒体でコンテンツが展開され、その消費時間の奪い合いが起きている。

1日の中でほんのわずかでも、どれだけの時間を割いてもらえるか、そして記憶に残せるかが勝負になっていて。だから見てもらうための仕掛けが大切なんですよ。「振り向かせる」「いかに聞く耳を持ってもらうか」に注力すべきで、僕はそれがアイデアの力だと思っているんです。

丁寧な情報を伝えていくのは、見てもらえる状態になってからです。プロモーションや広告が瞬間的にホットな話題になる。それからきちんと魅力を説明すればいい。繰り返しになりますが、フックのあるプロモーションを仕掛けていかないと振り向かせるのは厳しい。クリエイターは前提として、見てもらえること自体が難しい時代だと考えるべきですね。

 

そろえば必ず刺さる!? 見てもらえる広告作りの3箇条とは

人を振り向かせる広告作りのために、大久保さんが心がけていることは何ですか?

実は、僕の中で「この3つがそろっていれば必ず刺さる」という、いわば「広告の作り方の3箇条」があって。1つ目はキャッチー。2つ目はタイムリー。そして3つ目はリアリティーです。

キャッチーは、いかに聞く耳をもたせるか、目立つか、ということです。これは僕の仕事ではありませんが「うどん県」というコピーがいい例です。うどん県といったら香川県。そういう分かりやすさ、シンプルさは欠かせません。変にひねりを利かせたコピーって、今どきもう読まれないんですよ。やっぱりパッと見てすぐ分かってもらえることが大事で、そのためにはセンテンスの短さも必要です。

次に、タイムリーかどうか。今話題になっていることに、ぴったりフィットしているか。タイミングが早すぎても遅すぎてもいけません。

それは流行のワードをいち早く取り入れるということですか?

ちょっと違いますね。「クリエイターたるもの情報のアンテナを張って、少しでも早く流行を取り入れなければ」という人もいますが、僕は逆だと思っています。もう近所のおじちゃんおばちゃんが話題にしているくらいのレベルまで遅れていてもいい。

「レディー・カガ」のキャンペーンも、「レディー・ガガ」の名前がお茶の間に浸透したタイミングで打ったから効き目があったんです。まだ情報感度の高い人しか知らないうちにそんなことをいっても、おしゃれなジョークみたいな話にしかなりませんが、近所のおじちゃんおばちゃんが「レディー・ガガ」を知っている状態で「レディー・カガ」と言うからこそ、皆が笑えるプロモーションになった。

地元のパチンコ店のポスターを制作したときは、映画『君の名は』の劇中のセリフをもじって使いました。映画が公開中の時期ではなく、地上波でオンエアされて、そこまで興味のなかった人たちも映画を見たころを狙って、スッと出したんです。そうしたらウケるんですよね。

つまり、時代の半歩先を行くのではなく“半歩遅れ”くらいがちょうどいいんじゃないかと思うんです。最近はポジティブな話題が少ないので、ブーム自体が少なく、乗りにくいことも多いのですが、働き方改革やテレワークなど、キーワードはたくさんあります。それらに対していかに反応できるか、そのタイムリー性やタイミングというのは、とても大事だと思います。

皆が「今それを言ってほしかったんだ!」と思うタイミングでタイムリーなワードを出せれば、話題性が高まり爆発するというわけです。それが僕の考えでは“半歩遅れ”かなと。

やみくもに流行のコンテンツやワードに乗っかれということではありません。今それを言う必然性があること、そのときにしか言えないことをテーマに時代の空気を吸った仕立てにするべきということです。もっと言えば、「時代の空気を作る」、「流行語」を作るくらいの意気込みがあるといいと思います。

なるほど分かりやすいです。最後に3つ目のリアリティーというのは?

「レディー・カガ」と言っただけでは、さっき言ったように単なるふざけたダジャレになってしまいます。しかし実際は、旅館の女将さんなど温泉街を支えるさまざまな職種の女性が集まり、加賀温泉郷をPRする活動をして、実態のある中身を作っていきました。コピーだけでなく、地域ぐるみの活動を伴ったプロモーション。これこそまさにリアリティーですよね。

結婚式場のCM制作では、実際にその式場で挙式したリアルなカップルが登場するシリーズを作りました。年の差婚や授かり婚、学生結婚や国際結婚など、いろいろなカップルに一組一組声をかけて出演していただきました。すると、CMを見た人に“自分事”として捉えてもらいやすくなるんです。

結婚式場のCMって、だいたい同じようなものが多いじゃないですか。きれいな花嫁と花婿がいて、外国人のモデルを起用した花嫁がドレスを着ていて。そこにありきたりなキャッチコピー。これではリアリティーがなく、自分事に思ってもらえませんから。

キャッチーとタイムリーだけでも十分な気がしますが、リアリティーが欠けたら成立しないものですか?

キャッチーとタイムリーの2つの要素だけがそろっていていても、単なるオモシロ広告にしかなりませんし、真面目なテーマを扱ったときは「なんだか考えさせられますね」と言われるだけで終わってしまう。

広告は最終的に購買行動につながらないと意味がないので、考えさせただけでは目的を達成できないんです。やはりリアリティーを感じさせて、当事者意識を持ってもらうことは大切ですよ。

 

クリエイターの仕事は「事業開発」にシフトする時代へ

これからどんな地域プロモーションに取り組んでいきたいですか?

今はコロナ禍の影響で、観光地の旅館やホテルは週末だけしか営業していないところも多く、ちょっと面白い広告を作ったところで、旅館に泊まってくれる人が増えるような状態ではありません。

これまではCMの企画をしたりコピーを書いたりすることが、広告業界のクリエイティブでしたが、今後もっと広義のクリエイティブにしていかないと、世の中の役に立てない気がしているんです。もっと言ってしまえば、地域を盛り上げることについては、もう「広告じゃなくてもいいな」と思っていて。

では何をするかというと、まずは地域活性化のためのクラウドファンディングにトライしてみようと考えています。また、クライアントと事業開発を一緒に進める計画もあります。広告制作から逸脱したような形に見えるかもしれませんが、これから先クリエイティブにたずさわる人は、事業開発そのものが仕事になっていくだろうと考えているんです。

実際に昨年、加賀温泉郷の特産品や宿泊券を販売する「かいねや加賀」(https://kaineya.jp/)というECサイトの事業開発を自治体やまちづくり会社と一緒に進めた実績もあります。これはサイトのクリエイティブ部分を担当するだけではなく、事業開発からご一緒している例です。

「事業開発がクリエイターの仕事になること」について、もう少し詳しく教えてください。

今は物事がものすごいスピードで毎日のように変化し、コロナ禍でさまざまなことが同時多発的に発生します。そのような時代においては、プロモーションやブランディングだけを行っていた従来型のクライアント主体の広告制作では通用しません。

そうではなく、クリエイター自身が主体になり、クライアントと協業する、あるいは投資するくらいの感覚で事業開発から参加していかないと、本当に何もできなくなってしまうと個人的には思うんです。

ペットボトルの水のプロモーションを例にしましょう。パッケージもネーミングも、プライスまで決まっていて、「さあ売ってください」と言われても、すでにマーケティングの半分以上が終わっているようなものです。これでは万が一売れたとしても、それは広告のキャンペーンの効果ではなく、単に商品が優れていただけかもしれない。

そもそもペットボトルの水を売ることが正解なのか、もっと違う物の方がいいんじゃないか、クリエイターはそこまで考えるべきだと僕は思います。「本当はこれじゃない方がいいのに」なんて思いながら仕事をする時代ではないんです。先ほど言った事業開発や、クラウドファンディングには広告の要素はありません。ただ今まで広告制作で得た知見を生かすとどうなるか、確かめてみたいですね。

事業の種を見つけて育てていくことも必要になってくるんですね。

それはすごく感じますね。クリエイターの仕事は、これからますます事業開発の色合いが濃くなっていく。そのためには旧来の考え方を含め、全てを一度リセットするというか、今の時代に置き換えていかなければいけないと思っています。

今一番人の役に立てる仕事はクリエイターです。ただそれにはきちんと能力が発揮できればですが。だからこそ主体的になっていくべきなのかなと。

 

仕事の範囲を決めて待っているだけでは、絶対に仕事は来ない

今後、クリエイターにはどのようなスキルが求められるとお考えですか?

先述のように、プロモーションの仕組み作りや事業開発を進めることによって、初めて広告を作るスペースが生まれるわけなので、これまでのように決まった領域の仕事だけを依頼されることは、ほぼなくなるんじゃないかと思うんですよね。

コピーライターがコピーだけ書いていても、アートディレクターがデザインのことばかり言ってもだめ。「僕はコピーライターだからコピーしか書かない」なんて言っていたら、もうコピーライターにすらなれないんじゃないかな。自分の仕事の範囲を決めて待っていても、そんな仕事は絶対に来ないという。

今は仕事の領域が曖昧になり、横に広がっていくようなイメージですよね。以前はそれぞれテリトリーがありましたが、「お互いに侵食しあってもいいよね」という自由な感じになっている。職域が異なる人たちが気軽に意見交換できる雰囲気があります。

いろいろな仕組みが変わっていく中で、クリエイターは細かいスキルだけにこだわるのではなく、自分の職域を広げ、他分野の仕事にも積極的に参加する考え方を持つべきだと思います。前に言ったように、その方が絶対に世の中の役に立ちますし、仕事をつかむきっかけにもなるのではないでしょうか。

最後にこれからの時代を担うクリエイターにメッセージをお願いします。

今はリモートワークの普及により、東京にいながら地方の仕事をしたり、地方にいて東京の仕事をしたり、もちろん海外の仕事だってすることができます。メディアのあり方も変わってきて、大手広告代理店だけがTVCMを作るのではなく、個人が動画サイトなどでプロモーションができるようになっていますよね。クリエイティブさえよければ、きっと話題になり、キャンペーンは成功するでしょう。番狂わせや下剋上やジャイアントキリングを狙える可能性が高まっています。僕みたいな雑草クリエイターには本当にいい時代じゃないかな(笑)。

つまりクリエイターにとって、これからの時代はきっと楽しいものになると思います。現時点ではちょっと大変なことも多いですけれどね。スキマを狙って一発逆転なんていうチャンスも、昔より今の方がずっと多いはずなので、日々の仕事にやりがいや面白さを見つけ出しながら、お互い一歩一歩前に進んでいけたらいいですね。

取材日:2月16日 ライター:小泉真治 スチール:橋本直貴

 

クリエイティブNEXT|無料オンラインセミナー「マーケティングを超越するクリエイティブ3か条」

 

全国各地の自治体や企業のブランディングおよび、プロモーションを担当されている大久保 浩秀氏をお迎えし、「マーケティングを超越するクリエイティブ3か条」についてお話しいただきます。

開催日時:2021年3月18日(木)13:00~14:00 ※開催は終了しています

参加費:無料

フェローズクリエイティブNEXT のウェビナーは「Zoom」で配信します。

 

プロフィール
クリエイティブディレクター/株式会社REACH代表
大久保 浩秀
クリエイティブディレクター、コピーライター、CMプランナー。株式会社REACH代表。広告会社のクリエイティブ職を経て独立。主な仕事に、日本スイミングクラブ協会「泳力認定」、資生堂「ディシラ」、株式会社西川「newmine」、氷見市観光協会「秘密のデート」、ノジマ「コンさる」、ひだインテリア「ファニチャーエクスプレス」など。加賀温泉郷協議会の「レディー・カガ」が観光庁長官表彰。TCC新人賞、OCC準クラブ賞、OCC審査委員長賞、OCC新人賞、FCC賞、CCN賞、CCN審査員特別賞、HCC賞グランプリ、HCC特別賞、金沢ADC賞など受賞多数。東京コピーライターズクラブ会員、宣伝会議コピーライター養成講座講師、金沢科学技術大学校 映像音響学科 非常勤講師。

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