若手デザイナーが業界を変える! 幻冬舎デザインプロ・坂本代表が描くブックデザインの未来像
時代の変化に流されず、数々のミリオンセラーを輩出してきた幻冬舎。そのDNAを受け継ぎ、「ブックデザイン」をはじめ「デザインを切り口にした企業の課題解決」をコンセプトとした新発想のデザイン会社が、株式会社幻冬舎デザインプロです。
同社では、新進気鋭のクリエイターを集めた「クリエイティブベース」を構築。装丁のデザインなどを、学生をはじめとした若手クリエイターにも積極的に発注する取り組みが注目を集めています。
今回は、ご自身もアートディレクターとして活躍する同社代表・坂本洋介(さかもと ようすけ)さんに、これまでの経験やブックデザインについての考え方、若手クリエイターを起用する理由などを伺いました。
デザイナー初日、何もできない自分にショックを受けた
坂本社長はデザイナー出身とお聞きしました。なぜデザイナーを志望したのですか?
私が本気でデザイナーを目指したのは19歳のとき。実はそれまで、その職業があると知りませんでした。当時自分は何をやりたいか分からず、ただ漠然と「何か仕事をしなければ」と思っていました。
仕事についていろいろ調べていたら、広告などをデザインするグラフィックデザイナーという職業を知り、「なんだか格好良さそうだな」と。
もともとモノを作るのは好きな方で、友達とやっていたイベントのチケットを作るなど、無意識のうちにデザインする事に面白さを感じており興味を持ったんです。
それで、仕事にするには資格が必要だ!(笑)、という単純な発想を思い立ち、新宿西口のビルの一角にあった小さなコンピュータースクールに通いました。
そこで初めてMacの使い方を覚え、学んでいるうちにどんどんのめり込んでいったんです。友達の遊びを断ってまで猛烈に勉強したのは、人生で初めての経験でしたね。
勉強に打ち込めたのは目標があったからですか?
DTPエキスパートという資格を取得するためです。これが私にとってはものすごく難関でした。合格率は今でも40%台、昔は30%台でした。
「これは大変だぞ」と猛勉強を始めたんです。ところが、1回目の試験は当時の合格点には“1点”足らなかったんです…。
1回目が1点足りずで、もう1度猛勉強したけれど、2回目は10点足らずくらいになってしまい、もう集中力が切れた感じで。。。もう受かった事にしよう(笑)と区切りをつけ、未経験者でもデザイナーとして雇ってくれる会社にアルバイトとして入りました。
デザイナーとして最初の実務経験はどうでしたか?
ショックでしたよ。初日、自分の席に着いて、「これを作ってほしい」と指示された制作物が何もできなかったんですから。
正直自分は器用な方だと思っていました。小さい時からある程度の事はそこそこ出来てきたので。でも仕事は違った。不甲斐なさを感じ、デザインの難しさに衝撃を受けました。
それからはまた、猛烈に頑張る日々。アルバイトなのに徹夜で仕事をしたりして(笑)。2年でここを卒業すると目標を立て、貪欲に仕事を覚えていきました。
その会社では主に内部制作の業務を行っていましたが、次はクライアントが外部にいるデザインの仕事を経験したいと思い、デザインの外注を請け負う制作会社に移りました。そこでも約2年間、ずいぶん鍛えられましたね。
一流の広告クリエイターとの仕事を経験し、出版業界へ
それから業界を牽引する大手広告制作プロダクションへ転職されます。もっと大きな案件を手がけたかったからですか?
コンピュータースクールを出たころから、渋谷の屋外広告など、大手広告代理店が手がけるマス媒体の仕事に憧れていました。
さらに「デザイナーやアートディレクターとして活躍の場を広げたい」と思っていたのも理由の一つです。
マス媒体の制作には多くの人が関わり、大手クライアントを相手にしているからこそ、一流の表現が求められ、非常に高いクオリティーが必要です。
初めてトップクリエイターのモノづくりにふれたときは「これは今までのように、2年ではきかないぞ」と痛感しましたね。約200人以上ものデザイナーが在籍していて、同じようにものすごくストイックに頑張っているんですよ。
そんななかで私は、周囲のクリエイターをよく観察して秀でている部分を学ぶ姿勢を心がけました。
その後、有名デザイン事務所、大手広告代理店出向やベンチャー起業などを経て、企業出版で実績1,830社以上と業界1位の実績を誇る幻冬舎メディアコンサルティングに移られます。参画のきっかけは?
これまでの「デザインを含めたさまざまな経験をしっかり生かした仕事をやりたい」という気持ちが芽生えてきたんです。すさまじいプレーヤーが群雄割拠する広告業界に戻って、これまでと同じ事をやるというのもつまらないな…と思ったので。
今まで学んだ事を生かせる別の業界を探しました。幻冬舎(メディアコンサルティング)に出会ったのは、そんなタイミングです。
出版業界は変わっていない部分が多く残っている、と感じます。特にクリエイティブに関しては、すぐにでも変革できる可能性を感じました。この業界や会社に対して、自分が非常に大きく貢献できるのではないかと思ったんです。
分社化により2018年4月には幻冬舎デザインプロが設立され、私は代表となりました。
「芯をとらえたデザイン」を生み出せるのが、企業出版の魅力
あえてお聞きします。企業のブランディング出版におけるブックデザインとはどういったものですか?
企業出版のコンセプトは、企業が伝えたい事を読者に伝わる形に変換し、書籍にまとめて出版する事です。その企業出版におけるブックデザインは、ターゲットである読者と企業をビジュアルの力で橋渡しする役割を担っています。
どのようなプロセスを経てデザインするのでしょうか。
企業出版では多くの場合、会長や社長が著者となります。制作にあたっては、企業や出版するにあたってのゴール、マーケットを理解、分析し、読者ターゲットを細かく設定した上で企画・立案。取材時にはその企画に合わせたさまざまな事をヒアリングします。
私たちは、本づくりの中で例えば企業の現在だけでなく創業前や創業当時のできごと、これからの展望、社長の心の内、顧客についてなどを事細かく聞きます。
企業のゴールに向けたさまざまな事をヒアリングしていくわけです。さらに企業や著者になる方の雰囲気、社員や取引先、顧客への思いなど、情報としてあらゆる事をキャッチアップしていきます。著者や会社のオリジナリティまで、できうる限り理解したうえで本の顔となる表紙をデザインするんです。
企業についてあらゆる情報を収集し、加えてどんな読者に届けるのかを明確化すれば、おのずとデザインは決まってくる事が多いですね。
クライアント企業のすべてを1冊の本に凝縮させるんですね。
ただ格好いいとか美しいとかだけではない、いわば「効果をもたらすデザイン」を生み出せるのは、企業出版の本づくりならではの魅力だと思うんですよ。
そうしたデザインを提案すると、クライアントが本当に喜んでくれていると肌で感じられます。
御社がブックデザインをするうえで心がけているのは何ですか?
「企業が気づいていない自らの価値やその企業のオリジナリティに、デザインやビジュアルの力で光を当て、ターゲットを惹き寄せる」事を意識して取り組んでいます。
例えば先日、栃木県にあるネジ製造企業の80周年誌を制作いたしました。編集部のヒアリングによると、箔押しなどを使った王道のデザインがいいという事でしたが、それじゃつまらないと思って。
だって80年も歴史があるネジの企業って、すごく興味深いじゃないですか。
そこでなにか魅力的なものがあるんじゃないかと、編集担当と一緒にクライアントへ働きかけ探してみたところ、創業当初に使っていたネジ製造の機械がある事を知ったので、物として良い佇まいの雰囲気が出るように演出しながら撮影し、表紙に使いました。
実は、その機械は企業のエントランスに展示されていたもので、社長も社員も、その企業の全員が見慣れてしまって価値を感じていませんでした。
そこにデザインの力でスポットを当てた事で、あらためて価値を実感していただけて、大変喜んでくださったんです。
こうした事をあらゆる業種の企業課題にあてはめてアウトプットできるのが、当社の強みです。
企業はさまざまなコンテンツを数多く保有しているもので、それらを良質な形に磨き上げ、付加価値を足して魅力を出し、最良の形で表現する。それが私たちのミッションだと考えています。
想像を超えたデザインが上がってくるときこそ、一番楽しい瞬間
幻冬舎デザインプロは、学生や若手クリエイターに仕事を発注する「クリエイティブベース」という仕組みをお持ちですね。
クリエイティブベース( http://www.gentosha-dp.com/ )は、美大生や専門学生、フリーランスや主婦デザイナーの方などを中心に、100名以上の新進気鋭のクリエイターが在籍するデザイン集団です。
プロジェクトごとに最適なクリエイター達とタッグを組んで仕事をする事で、デザインの可能性や効果を最大限に発揮できるシステムの構築を目指しています。
なぜ学生をはじめとする若手クリエイターを起用しようと考えたのですか?
以前から私は、出版業界ではクリエイターの母数が少ない事に疑問を感じていました。例えばブックデザインにしても、「上手いから」「慣れているから」「普段お願いしているから」などの理由で、いつも同じ装丁家にデザインを依頼をしている場面をよく見てきました。
広告業界だけを見ても、あんなに頑張っているトップクリエイターが数多くいるわけですからね。「業界間の“見えない壁”を取り払ったら、クリエイターの量と質が上がり、クオリティーも高まるだろう」とずっと考えていました。
そんな折、たまたまある美大の作品展で、学生のクリエイターと話をしたところ、とても驚きました。まず作品が想像以上に優れていました。
さらに私が声をかけてもいないのに近寄っただけで熱心にプレゼンを始める学生がたくさんいたんです。これはすごい熱量だなと。
しかも、的確かつ一生懸命だから、伝わるものがある。こういうクリエイターと一緒に仕事をすれば、きっと私たちの想像を超えるような素晴らしい作品ができるだろうと感じたんです。
クリエイターの母数が増えると、具体的にどのようなメリットが生まれるのでしょうか。
さまざまな表現方法ができるクリエイターが増えるなど、母数が大きくなれば、あらゆるニーズに合わせた提案ができます。その案件の表現に適したチームを組み、より良いクリエイティブが生み出せる。高品質なデザインがスピーディーに生み出せる可能性が高まるわけです。
若手をプロの現場で起用するにあたって、ディレクションで気をつけている点はありますか?
プロにディレクションするやり方とは、多少違います。多種多様な業種・テーマ・ジャンルを扱うため、学生や若い人が関わらないような内容もあるからです。
サラリーマンのワンルームマンション投資の本であれば、学生の場合「君が就職してこれぐらい給料もらうとする。将来の人生設計を考えて不労所得を得るためにこういう投資ができる、その投資というのは例えば…」などと、例え話も交えて噛み砕いた説明をします。
こちらの意図を彼らに伝わる言葉に変換し、「こういうターゲットだからこういうデザインがしたいんだ」と、資料やラフスケッチなどを豊富に用意して丁寧に伝えます。そのうえで自由に暴れてくれと。
坂本さんが「いきなり仕事でデザインを始めて上手くできなかった」経験からでしょうか、非常に丁寧なディレクションだと感じます。
丁寧に全体のデザインの下敷き(ディレクション)を行うと、僕らの想像を超えた素晴らしいデザインが上がってくるんですよ。
「何これ、メチャクチャいいじゃん!」みたいな(笑)。苦労は多いですが、その瞬間が一番楽しいですね。
自分のブックデザインが世に出たクリエイティブベースのデザイナーからは、どんな声がありますか?
やはり仕事として携われた事に対して、一番価値を感じてくれていますね。「デザインをアップした際に、アートディレクターが入れてくださった赤字修正が自分の財産です」と言ってくれる若手デザイナーもいました。
学生の段階で、プロの現場で実際のディレクターと仕事を経験し、一連の作業の流れを学べる事が価値になるんです。
クリエイティブベースのデザイナーにはギャランティをお支払いするのはもちろんの事、奥付のクレジットにしっかりと名前を入れます。
私は彼らに「就職活動にこれを使ってください」と言っているんです。全国に流通している幻冬舎のマークが付いた書籍に、もうデザイナーとして名前が入っている。そうしたら面接官の見る目が絶対に変わるからと。
クリエイティブベースで1、2年仕事をしている学生や若手デザイナーは、びっくりするほど成長しますよ。
おそらく、どこにでも就職できるレベルじゃないかな。なおかつ、一般的なアルバイトをするより割がいいですからね(笑)。
若手のチャンスを広げ、学生に発注する事が当たり前の業界へ
今後、どんな若手クリエイターと仕事がしたいですか?
私も自分の成長に貪欲だったので、やっぱり熱量があって一生懸命にやれる若手クリエイターと仕事をしたいです。そういう人は伸びるのも早いですし、良いものを作るんですよ。
あとは、センスや技術があるのに自分の価値に気づかず、光が当たっていない人。いろいろなパターンやテイストのイラストを描けるのに、仕事につながっていない。自分の何が強みなのか、何になりたいのか分からない。このような若手クリエイターは意外と多いんです。
弊社では「幻冬舎デザインプロ BOOK DESIGN AWARD」( http://www.gentosha-dp.com/award/ )という書籍のデザインコンペティションを行っています。その受賞者のなかにも「上手いのにやりたい事が分からない」若手クリエイターがいましたね。
クリエイティブベースを通じてそういう人と出会ったときは、きちんと話をしてアドバイスできますし、実際の仕事でイラストやデザインが採用されると、自分が認められた初めての経験にもなります。それを将来の道につなげてほしいですね。
現在のクリエイティブベースは、どこまで坂本さんの理想とする形に近づいていますか?
山に例えれば、3合目まで登ったくらいでしょうか。他に類を見ないデザインスタイルという事もあり、まだまだ道のりは長いです。
より成果を出しやすくするためのクリエイティブベースの使い方、管理の仕方、クリエイターの集め方。この3つの精度を高めていくのが、これからの課題です。
また学生のポートフォリオから、何が得意か、どういう事に興味があるのかを推測するのは、私の経験値で進めている部分が大きい。そうしたクリエイターの“素質を見極める目の仕組み化”も必要だと考えています。
坂本さんと同じ“目利き”が仕組み化されれば、もっとクリエイターが増えていきそうですね。将来的には何を実現させたいとお考えですか?
若手クリエイターが頑張って世に出てくれば、業界全体のクオリティもおのずと上がってくるでしょう。
そのためには、制作の現場でクリエイターを選ぶ際、発注する選択肢に学生が入っているのが当たり前の世の中を作らなければなりません。
若手クリエイターのチャンスをもっと広げる事が、私の使命だと考えています。
これが実現できれば、企業は今よりもずっと適正価格でベストなクリエイティブを手に入れられるようになるはずです。また将来的には、クリエイティブベースを海外へも発信していければと考えています。
最後に、クリエイターにメッセージをお願いします。
クリエイティブベースにはいろいろな方が在籍していて、美大生や若手クリエイターはもちろん、主婦デザイナーもいます。彼らに向けて言えるのは、「自分が力を発揮できる分野は絶対にあるので、それを見つけてほしい」という事です。
現代は情報過多になっているからこそ、選択肢が多すぎて何がやりたいのか分からなくなっていると思うんです。
そこをあえて、いろいろチャレンジして、選り好みせず目の前に来たチャンスには手を伸ばしてみる。取捨選択するのはそれからでもいいのではないでしょうか。失敗してもいいんです。
私も失敗や数多くの経験から多くを学んできました。この業界に入ってからは「どれだけ人より経験ができるか」という姿勢を貫いてきました。
キャパシティーをオーバーしたり、うまくいかなかった事もたくさんありました。でも自分のキャパを知るのは重要です。限界を超えたときに初めて本当の力が付き、成長し、今まで行けなかった場所に到達できるからです。
ひょっとしたら時代と逆行した事を言っているかもしれません。
ただ食わず嫌いせずに、いろいろチャレンジしていくなかで出会えた“自分にフィットするもの”や“成功体験”が、きっとやりたい事に変わっていくんだろうなと思います。
今までさまざまな経験のなかで本当に大変だったり辛い場面もあったけれど、辞めずに続けて頑張ってこれたのは、今でも忘れる事ができない、いくつかの体験です。
それは自分の一生懸命手がけたデザインをものすごく喜んでくれた、クライアントや周囲の人たちの声やその時の表情、その場面です。
あの瞬間を体験したら絶対に辞められなくなる。あれを多くの若手デザイナー(クリエイター)にもぜひ味わって欲しいですね。
取材日:2021年3月19日 ライター/スチール撮影:小泉 真治
クリエイティブNEXT|無料オンラインセミナー
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開催レポートはこちら→https://bit.ly/3qkqQoJ
幻冬舎デザインプロ公式Twitter:@g_designpro