WEB・モバイル2010.11.01

ビジュアルプログラミング言語「ビスケット(Viscuit)」

Vol.66
プログラミング言語開発で活躍する工学博士 原田康徳さん
東京・初台の東京オペラシティタワーの4~6階に、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]があり、さまざまなメディア・アートが展示されているのをご存じだろうか。

例えば、オープン・スペース2010で展示されている、グレゴリー・バーサミアンの≪ジャグラー≫は、開館以来10年以上も人気を集める作品だ。高さ4.27mの柱の回りに、少しずつ形が違う人形が配置され、高速で回転しているところに点滅光が当たると、ちょうどパラパラマンガと同様、人形がジャグリングをしている、ように見えるのである。

このICCオープン・スペース内の「キッズ・ラウンジ」にいま、ビジュアルプログラミング言語「ビスケット(Viscuit)」を楽しめる「ビスケット・ラボ」の展示が行なわれている。 とんでもなく複雑なプログラミングを施されているのに、操作はいたって簡単な、かつて誰も体験したことがない“言語”、それが「ビスケット」である。

ためしにウェブ(http://www.viscuit.com/)で触れてみてほしい。
1)絵を描いて「部品」をつくる。
2)「めがね」に「部品」を置いて、動きをつける。
3)指定のフィールド内に「部品」を移動する。
たったこれだけの作業で、自分で描いた図形が、直線的にも円を描くようにも、上にも下にも斜めにも、動き始めるのだ。

写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] ICC「オープン・スペース 2010」 撮影:木奥恵三

写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
ICC「オープン・スペース 2010」
撮影:木奥恵三

原田康徳さんは、プロ仕様のプログラミング言語開発で活躍する工学博士で、まさにその道のトップランナーだった。 そんな原田さんが、2003年、「ビスケット」の開発に成功。コンピュータの魅力を一般の人たちに理解してもらう絶好のツールであると感じ、その普及に全力を傾けることを決意した。
原田さん自身が感じているコンピュータの魅力とは何か。
そしてそれを「ビスケット」がなぜ伝えてくれるのだろうか。

コンピュータは“粘土”みたいなものだった
ところが普及したPCは、真逆の存在になっていた

原田さんが最初にコンピュータに接したのは16歳のころ。赤いLEDとスイッチだけのマイコンと呼ばれているものだった。それまでは、半田付けの電子工作で遊んでいて、回路を組み立てるたびに、半田を付けたり外したりして動きが変わるのを楽しんでいたそうだ。それが、数字を入れ替えるだけで簡単に動きが変わるマイコンに接したとき、その手軽さに「まるで “粘土”みたい」と思ったという。その後、遊びだったコンピュータは、そのまま仕事として深く関わってゆくようになる。
一方で、コンピュータはその利便性のために、世の中に急速に普及して行く。原田さんは、実際に普及したPCを見ていて、なんとなく違和感を覚えるようになった。自由につくりかえがきく“粘土”ではない、むしろ硬質で冷たい感じがする存在。

【原田さんのお話】
私の“粘土”のイメージとはかけ離れた印象、感想を口にする人が多いことを感じました。実際、“自由に扱えない、制約の多いもの”との印象を持つ人が多く、少数派かもしれませんがコンピュータが大嫌いな人もいるのです。

出来あいの料理(ソフト)がてんこ盛りの今のパソコン “素材からつくる楽しさ”を教えてくれるのがプログラミング

原田さんはコンピュータを料理のようなものとして説明する。

【原田さんのお話】
コンピュータは便利だから普及しました。これは、火を使えない原始人にレトルトのハンバーグの味を教えたようなものです。彼らには中身が料理をしてできていることなど想像もつきません。しかし、おいしいので、いろんな種類のレトルト食品を集めることには熱心になっています。そして、舌は肥えて、自分好みの味を求めるようになりますが、そもそも調味料というものを知りませんから、出来合いのもので我慢するしかありません。これが一般の方がお持ちの、コンピュータは便利だけど自由につかえない制約の多いものという感じにつながっているのだと思います。

もちろんビジネスでPCを使う場合、そこには、すぐに食べられる(役立つ)料理(ソフト)が載っていなければならないのは当然。しかし、それだけの用途しかないPCでは、コンピュータの魅力は伝わらない。
原田さんは「コンピュータ=粘土」という感覚は、プログラミングを通してはじめて得られるものであると考えている。もっとも難しい、しかしもっとも自由度が高いプログラミングという作業が、もっとも楽しいことであるという事実。これを通して、何とかコンピュータの魅力が伝えられないものだろうかとの漠然たる思いを、原田さんは抱いていた。

最高水準のプログラミング言語開発に行き詰まる
直後に生まれた「ビスケット」は10年に1度の発明だった

2003年当時、原田さんは、プロユーザー向けビジュアルプログラミング言語の研究に全力を注いでいた。なかなか思うように研究が進まなかった。そんな時、ちょっと肩の力をぬいて、これまでプロ向けに考えられてきたアイデアを応用して、以前から温めていた「プログラミングの楽しさ」を誰にでもわかるような言語を作ってみようと思ったという。コンピュータの魅力はもっと根源的な方法で伝えられるはずだ。不必要なものをどんどん削って、本当に大事なものだけを残し、最初の数秒で面白いと思ってもらいながら、ステップアップで論理的な深さが感じられるように。自身がコンピュータの中で最も楽しいと感じるプログラミングを通して、コンピュータ本来の楽しさに気づいてくれる人が増えれば、と考える原田さんは、開発に全力をあげる。

【原田さんのお話】
仮に一生、研究に携わったとしても、そうそう大きな発明や発見には出会えないのが研究者

という原田さんだが、「ビスケット」を発想した時は、まさに10年に1度の発明だと確信できたという。「ビスケット」の基本的な部分は3か月でできたという。そして、今まで、本質的な部分はほとんど変化していないそうだ。

プログラミングのルールを学ぶ
「ビスケット」は最適の教育ツール

「ビスケット」で遊んだ人、特に大人は同じ第一印象を持つようだ。“使いやすくて、覚えやすい”でも“奥が深くて、うまく楽しむことは意外に難しい”。 プログラミング言語は、数式の配列で表わされる言語であり、それを学んだ人、その才能のある人でなければ、理解できないルールが含まれている言語だ。 「ビスケット」はそのルールを自然に覚えてもらおうというツールなのだが、人によってその楽しみ方がわからないと感じるのもまた、プログラミングの難解さそのルールに反映しているためと考えられる。逆にいえば、そうしたルールを覚えるための、最高の教育ツールになりうるものだとも言えるだろう。 原田さんは、開発当初から、ネットゲームのようにコミュニティをつくり、そこに知らない者同士が集まって楽しむ、という形も考えた。むしろそのほうが、普及の面だけを考えれば早かったかもしれない。 しかし、「ビスケット」の教育的ツールとしての価値を重視した結果、将来ユーザーの多くを占めるようになるであろう子どもたちのことを考え、やみくもに、普及だけを重視するネットコミュニティへの開放は危険だと判断。いまもその考えは変わらない。

ワークショップという場が「ビスケット」にはあっている
大人も子どもも一緒に遊んでほしい

では、どうやって「ビスケット」を、より多くの方々に知ってもらうのか。
「ビスケット」を実際に試して、みんなで頭をひねって考えて、楽しみ方を教え合える、“手づくり料理教室”のような場。その理想形のひとつが、ワークショップだった。ワークショップの基本を学ぶために青山学院大学へも通った。ワークショップで子どもたちが生き生きと楽しんでいるのをみて、ワークショップで伝えることその効果を確信した。
いま、各地の自治体や学校で、『ビスケット』の体験の場が広がっている。今後も原田さんは、全国各地でできるだけワークショップを企画し、自分も参加したいと考えている。また機会があれば、各都道府県のこども病院などでもワークショップをしていきたいと夢を語る原田さん。

【原田さんのお話】
『ビスケット』の今後に期待していただきたいですね。そして何よりもまず実際に触って楽しさをみなさま自身に実感してほしいと思います。

取材:2010年11月

■ビジュアルプログラミング言語「ビスケット」
http://www.viscuit.com/

■オープン・スペース2010
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2010/Openspace2010/index_j.html
会期:~2011年2月27日(日)
休館日:月曜日(月曜が祝日の場合翌日)、年末年始(12/27~1/4)、保守点検日(2/13)
開館時間:11:00~18:00
会場: NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]〔東京・初台の東京オペラシティタワー〕
入場料:無料(但し、企画展「みえないちから」は一般・大学生500円/高校生以下無料)
主催:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]

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