レポート~絵本作家の冒険旅行~
- Vol.65
- 昭和女子大学 東洋美術学校卒業 「ボローニャ国際絵本原画展」で入選 そのだえりさん
「ボローニャ国際絵本原画展」は、絵本作家発掘のために世界中から作品を募るコンクール。イタリア北部のボローニャを舞台に毎年開催される世界唯一の絵本・児童書見本市である「Bologna Children’s Book Fair」に伴うイベントとして、1967年以来の歴史を誇ります。
2007年、その「ボローニャ国際絵本原画展」で入選した作家のひとりが、東京在住のそのだえりさん。そのださんは、入選を受け訪れた見本市会場で、フランス/リラベル社との間の出版契約にもこぎつけました。作品は鉛筆画にパステルで淡い彩色をした独特のタッチが印象的な「Service De Nuit」(「夜のサービス」)。フランス版ながら各ページに日本語の本文も挿入され、動物たちの素敵なメルヘンが綴られています。
いわば、フランスで先行デビューした形のそのださん。現在は、日本の出版社と自作品リリースの打ち合わせをつづけているそうです。
■そのだえりさんHP
http://erie-sonoda.com/
■「ボローニャ国際絵本原画展」に関する情報 (板橋区立美術館HP内)
http://www.itabashiartmuseum.jp/art/bologna/index.html
入選のご褒美に見本市会場入場券をいただいたので
現地に飛んで売り込みをしました
「ボローニャ国際絵本原画展」は参加費無料、まさに若手の登竜門的コンペティションだ。そのださんは知人に教えられその存在を知り、手もとに描き貯めてあった原画を事務局に送付。しばらくして、入選の知らせを受けた。
【そのださんのお話】
コンペティションの存在はそれまでまったく知らなく、勧められるままに出品したのが2006年の10月。年を越えて2007年1月になり、日本の窓口である板橋区立美術館から入選の知らせを受けました。もちろん、嬉しかったです。加えて、入選の賞金がわりなのでしょうか(笑)、「Bologna Children’s Book Fair」の全日程無料入場券がいただけることになり、ならば見本市会場で作品の売り込みをしようと美術館が紹介してくれたツアーに参加したのです。
「ボローニャ国際絵本原画展」は最優秀を決めるのではなく
一定レベルの力量を証明するコンペティション
入選のご褒美が入場券というのもほほえましいが、それが「ボローニャ国際絵本原画展」ならではのスタイルのようだ。このコンペティションは最優秀を選出することもなく、賞金や賞品(出版の約束など)があるわけでもない。入選した才能ある作家には、見本市会場での出版社との出会いの機会を提供しているのである。
【そのださんのお話】
毎年2500作品前後が集まり、100人前後の作家が入選しています。ある一定レベルの力量に達していることを証明する意味の強い入選なのだと思います。力を評価してくれ、見本市会場の入場券をくれる。あとは、自分の力で切りひらけ!そう言われているような感じがしますね。もちろん私はその声にしたがってボローニャに渡り、会場内を積極的に動き回りました。そして、フランスのリラベル社と出会うことができました。
原画と、私のイメージする本の仕上がりを見本を送ると
すぐに800ユーロが振り込まれました
同年のツアー参加者の中には他にも入選者が何人かいたが、会場で出版契約にまで至ったのはそのださんを含め2人きりだったそうだ。機会を生かし、出版契約をかちとった幸運を心から噛みしめたそのださん。生まれて初めての絵本出版を、なんとフランスですることになった。そこには、文字通りの初めての体験が次々に待ち構えていたそうだ。
【そのださんのお話】
後で知ったのですが、リラベル社は銅版画を積極的に評価してくれる出版社なのだそうです。「Service De Nuit」は、タッチが銅版画に似ていたのがよかったのかもしれません(笑)。 出版契約は、すぐにまとまりました。初版は1500部であること、印税は8%であること、出版と同時に800ユーロが支払われることなどを、手書きのメモに記し「これで、いい?」と聞かれ「はい」と答えたつもりです。なにしろ、互いにあまり得意ではない英語での会話だったもので(笑)。
帰国後にすぐに書類が届き、同様の契約内容と入稿の締め切り日が記されていました。締め切りに合わせて原画と、私のイメージする本の仕上がり見本を送ると、これもまたすぐに800ユーロが振り込まれました。
そこから、実際の出版までに約1年かかりました。けっこう不安にもなりましたが、送られてきた見本誌が、私のつくった見本に忠実にできあがっているのに感動しました。ちなみに、いつでるかという通知はもちろん、色校正の依頼さえなく、いきなり見本誌が送られてきました(笑)。今後は、契約にしたがって、2年ごとに販売実績にしたがって印税が支払われることになります。
「Service De Nuit」を日本の出版関係者にお見せして
まず指摘されたのが「17見開きある」でした
「Service De Nuit」を日本でも出版したい。そう考えるのは、至極当然だが、意外なハードルの存在を知らされる。絵本作家として歩き出したそのださんの冒険は、しばらくは日本の出版界を舞台にくり広げられることになる。
【そのださんのお話】
「Service De Nuit」を日本の出版関係者にお見せして、まず指摘されたのが「17見開きある」でした。日本の絵本業界は、15見開きで1冊とするのが暗黙のフォーマットになっていて、それを逸脱したものはコストの効率の側面から出版は難しいのだそうです。もちろんそんなこと、まったく知りませんでしたし、欧米の絵本出版にはそのようなフォーマットはないようです。
子どもの絵本は大人が選ぶことが多いので
どうしても大人の考える「子ども向けの」が前面に出てしまう
「Service De Nuit」はかなりダークなトーン絵で、お話しの展開もシュール。正直、大人が読んで楽しめてしまう。これを子ども向け絵本とする作者の感覚、実際に出版する出版社の判断は日本人と日本市場にはないものなのかもしれない。
【そのださんのお話】
「Service De Nuit」は、イギリスの編集者などからも「暗い」「話の山場がない」と言われました(笑)。皆さんが違和感のようなものを感じるのは、よくわかります。ただ、私はこれを、明確に子ども向けにつくりましたし、リラベル社もそう理解してくれました。
子どもは、大人が思い込んでいる以上にアートなものを受け入れるし、感じ取れるのだと私は信じています。特に日本では、子どもの絵本は大人が選ぶことが多いので、どうしても大人の考える「子ども向けの」が前面に出てしまう。それにくらべて欧米では、絵本を子ども自身が選ぶことが多いそうで、だから「Service De Nuit」の出版もありえるのだと思います。
私は、絵本は五感が感じ、言葉にならないものの受け皿だと考えています。子どもが成長し、「思い起こす」装置として言葉が機能するまでの間を担える絵本。私がつくっていきたいのは、そういう絵本です。
取材:2010年9月