グラフィック2010.08.01

読者に支持され、8回目を迎えようとしている本屋大賞

Vol.64
本屋大賞 実行委員 杉江由次さん
「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本」というキャッチフレーズのもと、2004年から始まった本屋大賞。同年の大賞受賞作『博士の愛した数式』(著/小川 洋子) は、受賞を契機に爆発的ヒットとなり、現在もロングセラー中だ。以後も毎年のように大賞受賞作がメガヒットにつながり、2010年の大賞受賞作『天地明察』(著/冲方丁)は4月の受賞後だけでも40万部を売っているという。

一躍、出版界のヒットメーカーとして注目されている本屋大賞の実行委員である、杉江由次さんにお話しをうかがいました。 ■本屋大賞公式HP http://www.hontai.or.jp/

本屋大賞/大賞受賞作2004年『博士の愛した数式』 著/小川 洋子(新潮社)2005年『夜のピクニック』 著/恩田 陸(新潮社)2006年『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 著/リリー・フランキー(扶桑社)2007年『一瞬の風になれ』 著/佐藤 多佳子(講談社)2008年『ゴールデンスランバー』 著/伊坂幸太郎(新潮社)2009年『告白』 著/湊かなえ(双葉社)2010年『天地明察』 著/冲方丁 (角川書店)

既存の文学賞へのカウンターカルチャーとして
書店員が選ぶカルチャーがあってもいい

なるほど、本屋さんの店員さんがお薦めの本かあ――と手に取った『博士の愛した数式』と『クライマーズ・ハイ』がなんとも読みごたえある作品で、なるほどと思った。『このミステリーがすごい!』の受賞作と本屋大賞の入選作を選んでいれば、十分に余暇は埋まるなあ。けっこういい時代になったかもという、感慨を持ったのをよく覚えている。

【杉江さんのお話】
この賞は、たまたま宴席に集まった書店関係者の愚痴から生まれました。もちろん、僕もそこに同席していたのですが、話は一点「本が売れないなあ」に終始していました。グチグチと愚痴を重ねるうち、「やっぱり、なんかやらないと。どうにもならないよ」とポジティブな意見に転じていった。
そこで行きついたのが、「本屋の店員から、『これ、面白いですよ』と推薦するのはどうだろう。それを賞として発表するのはどうだろう」でした。
背景には、書店員として、一読者として、既存の文学賞に抱いていた不満がありました。「今年の××賞は、なんで●●なんだろう、○○の方が絶対にいい作品なのに」、「○○が受賞したら、絶対に売れたのになあ」と、大作家や有名評論家がくだす決定に言いたいことはありすぎるくらいあった(笑)
既存の文学賞へのカウンターカルチャーとして、書店員が選ぶ賞があってもいい。そういうものが生まれてもいい時期になっているのではというところに、話が集約されていき、本屋大賞を実行に移すことになったのです。

大賞受賞者の出版社と作者にのみ連絡をし
重版の準備、帯の準備、発表会への出席の確認を進めます

歴史や権威ある文学賞を受賞した作品がベストセラーを記録するのは、10年に1度、20年に1度。大体、賞を与える側ももらう側も、商業的成功なんていう下世話なことには興味がない。そういう高みにある文学賞は、僕たちの生活や余暇には関係なくて当たり前なので、毎年どこかで誰かが誰かに賞を与えているという「人ごと」感はとても強かったと思う。 ところが本屋大賞は、受賞すればほぼヒットする。読者の注目を集め、購買意欲を高めるところがすごいし、実際、受賞作は読んで面白いものばかり。「面白い」と「売れる」が、ちゃんと結びついているところがなかなかすごくて、これまでになかったことと思うのだ。

【杉江さんのお話】
目を凝らしていただければ、わかるのですが、本屋大賞は「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本」をキャッチフレーズとしています。もちろん、会員書店員が責任を持って「面白い」本に1票を投じて選んでいるのですが、前面に、「面白い」ではなく「売りたい」と、正直に出しているところが真骨頂(笑)です。
ですから、第1回の選考の折から、賞を与えた作品をどう売るかも同時に、真剣に考え活動しています。本屋大賞受賞作は発表当日に書店に大量に、受賞を知らせる帯を巻いて、平積みにされます。
既存の文学賞は、選考結果の出た夜に発表されますから、出版社も書店も準備などできません。受賞の瞬間から問い合わせの電話を受け、「今は在庫がありません」とお詫びし、重版の完了する2週間後まで待たされる。2週間過ぎると、読者の関心もなくなって、「売る機会」を失っているというのがこれまでの風景でした。
そこで本屋大賞は、大賞が決まってからの1ヵ月間を準備期間として一切情報を出しません。その間に受賞作の出版社と作者にのみ連絡をし、重版の準備、帯の準備、発表会への出席の確認を進めます。
業界初のそんな段取りのもと、初めて「受賞したので準備してください」と持ちかけられ、当惑していた出版社の担当者さんの顔は今も忘れられません(笑)。

洋服の販売店では当たり前のように
「これをお薦めします」と接しますが、書店では
それはあってはならないのではという考えが根強かった

なんと言っても、出版社でもなく、有名作家でもなく、評論家でもなく、本屋さんの店員さんが選んだ本だというところに親近感を持つし、信頼も寄せられる。それが、本屋大賞の魅力の根源と思う。
むしろ、今までそれがなかったことが、不思議なくらいだ。

【杉江さんのお話】
これほど反響があるとも、ここまで育つとも、誰も考えもしませんでした。こうなってみてやっと、必要とされていながらなかったものをつくることができたのだと、結果論的に認識している状況です。
とにかく手探りでしたし、やりながらも「本当に、こんなことしていいの?」、「こんなことに意義があるの」という疑問や不安は常にありました。特に、書店員が読者に本を薦めるということには、ものすごい抵抗感があったのです、実は。洋服の販売店では当たり前のように「これをお薦めします」と接しますが、書店ではそれはあってはならないのではという考えが根強かった。本は、読者が選んで買うものであって、書店や書店員が口をはさんではならないのではないだろうか。生真面目な方ほど、そこをとても気にしたはずです。本音の部分で躊躇をかかえて参加してくれた方、多かったはずです。

第1次選考で決まった上位10作から大賞を選出する際には
投票者は全員
全10作品を再度読破してから投票するルールとしています

関係者の誰もが驚くような成長をとげている本屋大賞。成功の要因を自己分析してもらいたいと考え、聞いてみた。

【杉江さんのお話】
繰り返しますが、発端はお酒の席での愚痴です(笑)。それを賞という形で実行に移したら、たまたま読者に喜んでもらえるものになった。その分、時代が必要としなくなったらなくなっていくのだろうなという覚悟も、実行委員全員が共有しています。
何かひとつ、成功の要因をあげるなら、読者からの「信頼」を裏切ることのないようにとの思いを大切にしていることでしょうか。たとえば第1次選考で決まった上位10作から大賞を選出する際には、投票者は全員、全10作品を再度読破してから投票するルールとしています。約1カ月間に10冊は、多忙であればそう簡単なことではないですが、自信を持って読者に薦める作品を選ぶには当然のことと思います。
ところで、本屋大賞にはいろいろと想定外の現象が生まれていますが、そのひとつに作家さんの反応があります。「書店員が選ぶ」点を、受賞者があれほど喜んでくれるとは思いもよりませんでした。公式HP上の投票者のコメントに感激し、作家さんが投票者にお礼の手紙をくださった例もあります。「これまでは、書く人と売る人が隔絶していたのだなあ」と思い知らされた出来事ですし、こういう交流が今後何か新しいことを生み出してくれる予感を持っています。
また、学校の先生が、「本屋大賞上位10作は、生徒に薦めるのにちょうどいいラインナップになっている」と言ってくださったことがあります。そういうところで、そういう形で役に立っているのかと感慨深かったですね。

公明正大で選考過程がガラス張りであること
読者に嘘をつかないと
その2つを大事にしてここまでやってきました

最後に、本屋大賞の今後について。

【杉江さんのお話】 実行委員で、実行委員会から報酬を得ている者はひとりもいません。全員、文字通りのボランティアです。毎月1回の会合、12月から発表会の4月までは不定期にそれ以上のミーティング回数になる中、本業をこなしながら委員会に参加するのは並大抵の負荷ではありません。大変です。
でも、やはり、楽しいから何とかなってしまうのでしょうね。苦しい、大変だと言いながら7年間がんばり、今は8回目のスケジュールを最終決定する段階に来ています。
公明正大で選考過程がガラス張りであること。読者に嘘をつかないこと。その2つを大事にしてここまでやってきましたので、今後もそこを守って前に進みたいです。
本屋大賞は権威へのカウンターとして生まれましたが、いつか本屋大賞自身が権威になってしまうかもしれない。そんな時には、本屋大賞のカウンターとしてどんなものが生まれるかが楽しみですし、時代の役割を終える日が来るのかもしれませんね。
大切なことを守り、次世代に継承していけば、あとは時代との接点でさまざまなことが生まれるし、答えもでるでしょう。
読者に支持される限り、きついけどがんばる。それが実行委員全員に共通する思いと確信します。

取材:2010年8月

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