いよいよ実用化に動き始めたAR技術
- Vol.52
- 株式会社DNPデジタルコム コンテンツソリューション本部 宮下勉さん
一言で言えば、実際の世界、実際の場所、実際のものに、バーチャルな情報を組み合わせて、その場には本来存在しないものを映し出し、空間や時間を超えて情報を結像する。
本格的な研究は、1990年代初頭には世界中で始まっていた。2009年の現在、動画投稿サイトには、奈良県先端科学技術大学院大学(NAIST)の加藤博一教授の開発したアプリケーション「ARToolkit」を使って制作されたAR画像が多数投稿されてもいる。
導入が一歩先んじている欧米では、販促や広告に現場に多数導入されている。 今回は、AR技術開発に積極的に取り組む大日本印刷株式会社(DNP)の取材協力を得て、同社とDNPグループが実用化しているARソリューションのデモンストレーションを体験してみた。
カメラにDMをかざすと、モニター内でボーリングが始まる。
正直、事前に閲覧した関連情報を読んでも、拡張現実と仮想現実がどう違うのかも整理できなかった。それが一気に腑に落ちたのは、DNPグループが実用化している懸賞キャンペーン用DMの実演だった。
はがきサイズでできあがっているDMをPCモニターの上についたカメラにかざすと、カメラがその映像をとらえ、モニターに映し出す。すると映像内のDMの上には、実際にはないボーリングのピンがDMの上に乗ったように現れ(DMが動くとピンも動く)、次に映像の手前からボールが投じられる。ボールは見事ピンをすべて倒し、「Strike!」のテキストが立体的に宙を舞う。これで、懸賞に当選である。明らかに、おもしろい。実情、単なる福引きなのだが、このイベント性は体験者を十分にわくわくさせる。
飛び出す絵本やバーチャル・ウォッチ・フィッティング。
DNPのARの実際。
DNPグループのAR技術はドイツのAR専業企業/メタイオ社との技術協力のもとに構築されており、特にトラッキング(対象物やマーカーを読み取る技術)に優れていると言う。2007年には、業界に先がけて「飛び出す電子絵本AR Book」をリリースした。東京・五反田の大日本印刷社屋の1階にある専用スペースで運営されている同社とルーヴル美術館の共同プロジェクト「ルーヴル-DNPミュージアムラボ」(完全事前予約制)では、携帯電話にARを組み込んだ端末や、カメラを接続したUMPCを使ってルートガイドや展示作品の詳細情報が引き出せるAR技術がデモンストレーションされていた。
2008年には国内時計メーカーの新製品発表会で「バーチャル・ウォッチ・フィッティング」なるソリューションを披露した。これは、時計の試着をバーチャルに行うもので、腕にロゴマークのついたバンドを着けてカメラに向けるとモニター上で時計がフィッティングできる。
現在、最大のテーマはARという技術の存在を
一般に広く知らせること。
この1年の報道を振り返ってみると、徐々にARに関する話題が増えている。2009年3月に国立科学博物館で開催された「よみがえる恐竜」では、骨格標本を双眼鏡のような形をした専用のヘッドマウントディスプレイを通して眺めると、現実空間の映像に、3DCGの恐竜が重なって出現するARが話題になった。
もちろん、ARはこれからの技術であり、無限の可能性を秘めている。ただ、その可能性はまだまだ十分に引き出しきれているとは言えない。
取材に協力してくださった株式会社DNPデジタルコム/コンテンツソリューション本部の宮下勉さんは、「この技術をデモンストレーションすれば、10人中10人の体験者が『おもしろい』との感想を持ちます。しかし、その先に何があるかについては、まだ提示しきれているとは言えません。日本においては、現在、ARという技術の存在を一般に広く知らせることが最大のテーマと思います。多くの方に知ってもらうことこそが、『おもしろい』の先にある何かを企画し、形にする原動力になると思うのです」
さまざまなアイデアを串刺しにする企画力が、
ARの今後を拓く。
冒頭に触れた「ARToolkit」は、フリーウェアとして自由に使えるアプリケーション。やろうと思えば廉価にAR制作、AR創作ができる。すでに動画投稿サイト「YouTube」には多数のAR関連作品がアップされている。個人的にAR関連制作にトライを始めているクリエイターもかなりいるようだ。
ARの今後に、クリエイターの果たす役割はかなり大きい。
「AR技術には、実際のカメラ映像にどのような情報を付加して、いままでのメディアより伝えたいことを伝えやすくする力があります。そのためにはシナリオの企画立案、インタラクションデザイン、3DCGの制作などさまざまな要素が必要になります。それらを串刺しにする企画力、制作力を持つクリエイターがAR分野で画期的な活躍をしていくのではないでしょうか」(宮下さん)