エンターテンイメントコンテンツの放映権ビジネス~エンターテインメントロイヤー~
- vol.42
自身でつくりあげたもの以外の映像には、 すべての放映権の獲得が必要と考えるべき。
映画にしろ、スポーツにしろ、アニメにしろ、テレビで放送される番組には、放映権という権利が必要である。ドラマなどのように、制作会社との共同制作によって局が放映権を保有している場合はよいが、そうでない場合――海外のスポーツイベントなどが、その典型――は、権利元との交渉、契約の締結なしには、番組として放送することはできない。権利のシステムなどはジャンルによって異なる部分があるが、基本的には、日本という商業圏で、テレビという媒体にのせる権利を取るために交渉する経緯は同じである。 だが、もちろん相違点もある。日本と欧米で決定的に異なるのは、弁護士が交渉に出てくるか否か。日本では、実際のコンテンツやその内容、期間や金額その他のビジネス的な条件の交渉から契約書の締結までを現場で行うことがほとんどだが、欧米では、映画でもスポーツでも、ビジネス条件の交渉はセールス担当者が行うが、契約書になると、法務部の弁護士が出てくるのが通例。 放映権の契約には、放送する権利だけでなく、選手あるいは、役者の肖像権や、プロモーションのための決まりごとなど、マーケティングやデザイン、ウェブ展開にも絡む様々な条項が含まれるので、それはある意味当然のことだ。
【補足/某業界通の解説】 放映権について、補足します。放送・露出されるコンテンツの場合、報道関係のコンテンツ以外は、通常、放映権という放送するための権利が関わってくることとなります。報道・ニュース関係がなぜ、放映権から除外されるかというと、一般の人が知る必要性、公益性を必要とするため。それをもって、エンターテインメントコンテンツとは異なる扱いとなります。 つまり、放映権の購入の必要性は、自身がつくりあげた、あるいは自身がカメラを回して撮影した映像以外にはすべて起きるわけです。(厳密に言うと、制作会社が制作した番組でも契約で放送局が著作権を保有する事例は多く、自身がカメラを回していても、公共の電波に乗せて利用できる映像とはならない場合もありうるので、解釈には注意が必要です。不明な場合は、その都度、権利者が誰になるのか確認をするのが賢明です) ちなみに、ユーチューブが普及する過程で何が問題になったのかというと、通常は企業がお金を出して購入するあるいは、権利保有者にとっては代金を受け取れるはずのコンテンツの権利が無償で、しかも権利許諾を受けずに露出されていたことでした。
「英語を生かしたい」という動機で 踏み入れた放映権ビジネスに、魅了される。
そんなエンターテインメントコンテンツの放映権ビジネスにおいて、日本のテレビ局の体制がいかに脆弱なものであるかはA氏の体験談からもよくわかる。なんと、A氏は“英語を生かす仕事”を希望した結果、放映権ビジネスの部署に異動になった。しかも配属先は、上司一人部下(A氏)一人の体制。同局はその2人体制で、数億円、数10億円の放映権ビジネスを行っていたのである。
【A氏のコメント】 入社6年が経ち、英語ができることを生かせる部署で働きたいと異動願を出すと、スポーツ局への配属が実現しました。当時、スポーツ局では、英語で交渉ができる人間を探していました。海外の一流スポーツに力を入れようという局の方針はあったのですが、テレビ局というのは、意外に語学のできる人間が少ないもの。そこで、異動希望を出していた私に白羽の矢が立ったようです。それまでは、年配の先輩社員がずっと一人で担当していたのですが、後輩を育てなくてはいけない時期になったのですね。
A氏は、その部署での経験を通して、一遍でスポーツコンテンツの魅力にとりつかれたと言う。
【A氏のコメント】 超一流のスポーツは、面白いだけでなく、人間ドラマとしての感動があります。最初は、まったくわからないながらも上司の指導を受けつつ取り組みました。そして、始めて間もなく確信したのは「この仕事は面白い!」ということです。当時の上司から言われたのは、「君ね、能力も性格もこの仕事にとても向いていると思うよ。責任はとって、バックアップしてあげるから、遠慮しなくていい。思い切ってやりなさい」という言葉でした。その上司は間もなく局長になり、放映権部分は実質私が一人で担当することになり、それが数年間続きます。
そんな、A氏の放映権ビジネスへの情熱は、とあるビッグプロジェクトでピークに達した。
【A氏のコメント】 情報収集から、交渉、契約の締結までは結構な作業量であり、いくつもの案件を進めていくのには、明らかに一人では手が足りませんでした。再三、人員増員の希望を出しましたが、私自身の体が丈夫なこともあり、「倒れなさそうだから大丈夫だ」と思われていたようです(笑)、なかなか希望を聞いてもらえませんでした。テレビ局というのは、現場の制作が第一になっていて、人材獲得はプロデューサーやディレクターが優先されるのです。 そんな中、皆さんも聞けばわかるような大きな大会のとりまとめを自社が担当することになります。大きな大会は海外のテレビ局各局も放送するため、世界から放送局が集まります。それらを整理し、とりまとめて、調整をするブッキングオフィサーが必要で、それを私が担当することになりました。そこで初めて、会社側もとても一人では回せない規模であると認識したのですね。会場だけでも最低4つはありましたから……。ようやく、5人の部下を増員してもらえました。
大きく育った情熱は、A氏に、日本ではまだ稀なエンターテインメントロイヤーへの道を歩む決意をさせる。会社を退職し、法科大学院に通い、2006年に司法試験に一発合格を果たす。
【A氏のコメント】 「法律を勉強したい」という気持ちは、この仕事を始めてからずっとありました。契機は部下ができたことと、新しいロースクールの制度(2004年から始まった、法科大学院制度。社会人経験者など、これまでとは違ったプロセスで弁護士を養成するために設立された)が始まったことですね。勉強のために部署を離れ、権限委譲すれば部下も飛躍的に育つと期待できましたから。 司法修習生は公務員と同じ扱いになるため、会社は退社するよりほかにありませんでした。 勉強するための身の振り方は休職も含めいくつもありましたが、結論としては退職しました。もちろん、勉強の大変さは並大抵ではありませんでした。家族の支えなしでは、完遂できなかったと思っています。
安易に高い買値を示すと、むしろ、 「市場を知らない人」と相手にされない世界。
A氏曰く「放映権ビジネスは、情報戦である」。そこが、定価がある程度決まっている商品を扱うビジネスと決定的に違うのだそうだ。たとえばハリウッド映画の放映権を獲得する場合、興行成績がよければ当然金額が高い。また、日本人選手の出場する海外の人気スポーツなどは、当然高額になってくる。この場合、決まった金額があるわけではなく、市場価格――市場の需要によって供給金額が変わってくると言える。具体的には、多くの日本の放送媒体が放送したいと希望すればするほど、そのコンテンツの価値は上がるので、売る側は金額を上げて、「競り」をさせる。が、ここで難しいのは、他社がいくらでオファーしているかがはっきりとは見えないことである。
【A氏のコメント】 たとえば、ここに自分の会社A社が、大体1000万円くらいが相場であろうと検討をつけて購入を希望する権利があるとします。でも、実はB社は、1500万円でオファーしています。でもそれは我々A 社には見えないわけです。この場合、人間関係の構築が十分できていない相手先の場合、しばらく経ってから、「オファーをいただいてありがたかったのですが、実は、あれはB社のほうがよい金額を下さって決まってしまいました。申し訳ありませんが、また今度お願いします」となって終わってしまいます。人間関係が築けていれば、「実は、B社からは1500万円でオファーをもらっているのだけれど、同じ金額にしてもらえれば、うちとしては、ぜひあなたのところと一緒に仕事をしたいのです」という話へ発展することもありえます。もちろん、この場合、先方の話が信頼できるものである必要はあります。 ですから、普段から様々方面に信頼関係を築いておくことが大切です。競合会社の情報は、そうやすやすとは入ってきませんから。人気のある権利は、各社の関心が集中します。そんなケースでC社も、D社も100万円で購入しようとしている権利にこちらから、「200万円で買います」と申し出て喜ばれるかと言うと……そんな甘い世界ではありません(笑)。むしろ、「市場を知らない人」、「情報を持っていない人」だと判断され、相手にされないことのほうが多いでしょう。ですから、正確な情報を、可能な限り多く把握しておく必要があるのです。そのためには、国内にはもちろん、海外にもネットワークを築いておくことが大きな武器になります。
【補足/某業界通の解説】 購入するにあたっては、独占権利か非独占権利かが大きなポイントになります。当然、独占権利はその分高くなるが人気のあるコンテンツであれば、当然スポンサーもつきやすい。もちろん、視聴率も期待できます。そこまでがんばって金額を出す必要のないコンテンツだけれども購入価値があるものは非独占の権利獲得となりますが、代わりに他社も同じものを放送する可能性には目をつぶらなくてはなりません。 ちなみに、コンテンツホルダー――権利を売る会社は、日本市場に現在多く存在する放送媒体に合わせて、各媒体ごとの権利を設定したほうが得策だと考えています。つまり、地上波独占権としておけば、BS放送、CS放送はまた別に設定できるのです。もちろん、ここでも情報戦です。各放送局とも、視聴者を獲得できそうなコンテンツの独占権利をよりよい金額でよりよい条件で獲得しようと考え、競争しているのです。
「情報戦」であるから当然、極秘裏に動くことが求められる。A氏も、社内の同僚にさえ、今何のためにどんな動きをしているかは、明かせないことが多かったという。
【A氏のコメント】 1時間以上海外と電話で話をしていたと思えば、翌週にはロンドンに出張に行っている。もちろん、そのほとんどが極秘裏な行動なので、説明などできません。同じプロジェクトに関わっている制作の人や、デスクの人が「?」という目で私を見ていることは茶飯事でした(笑)。もちろん、決済権に関係する上司やトップには逐一進捗を報告しますが、それ以外は口外できません。それほど、各社が熾烈な情報戦争をしている世界なのです。相手方の動きや反応を見つつ、ここではこういう選択肢があって、おそらく先方は次にこう出てきますから、こう回答したいと思います――と上の許可を得ながら進めていきます。その判断をする場合でも、もっとも役に立つのが社外に築いた人的ネットワークでした。
弁護士資格は、実務と法務の両方をこなせるようになるため。 弁護士中心の取引が理想とは思わない。
海外との取引を通してエンターテインメントロイヤーの存在を知り、めざしたA氏の描く理想の放映権ビジネスのイメージは「弁護士中心の取引」と思いきや……。
【A氏のコメント】 海外の会社でも、現場の方と基本的なディールをまとめてから弁護士が登場してくる場合もあれば、最初から弁護士に交渉をまかせている会社もあり、ビジネスのスタイルは様々です。ただ、最初から弁護士が登場してきてしまうと事務的に話を進める傾向があり、前述のような人間関係を含む話の進め方はしにくい。少なくとも私は、弁護士が万能だとも、弁護士が中心にいるべきとも思いません。 私が法律を勉強しようと思ったのは、現場の映像制作を理解したうえで、かつ、予防策を講じることができ、契約書も書ける――実務と法務の両方ができる担当者になりたかったからなのです。実際、弁護士というのは万が一の事態を想定して、あらゆる条項を書き含めて、その会社に何が起こっても安全策が取れるよう、万全の契約書をつくることが最大の使命です。
「テレビ局で放映権獲得の実務を経験したうえで」という条件付きで考えれば、日本初の歩みとしてエンターテインメントロイヤーにチャレンジしているA氏。早くその活躍を期待したいものだが、まさに“日本初”ならではの苦労があると言う。
【A氏のコメント】 弁護士は徒弟制度になっていて、通常、弁護士事務所で経験豊かな先生について修行をします。私の場合は、弁護士事務所ではなくて、放送業界で現場の仕事をしつつ、法律家としても修行していかなくてはならないので、通常の司法修習生より道のりが険しいのは明らかですね。(※現在A氏は、フリーの立場で、様々な放映権ビジネスの仕事に関わっている) ですが、好きで選んだ道です。まずは、弁護士資格取得を直近の目標として、がんばっていきます。何しろ、仕事としてはとてつもなく面白い世界ですから、少々の困難は苦になりませんよ。