PAOSグループ代表/中西元男さんに聞く
- vol.40
- 株式会社PAOS 中西元男
広告関係者の多くは、CI(シーアイ)がCorporate Identityのことと知っている。だが同時に、CIとは企業のロゴマーク、ロゴタイプをつくる仕事だと短絡した理解を持つ者も驚くほど多い。本来の意味には、企業がIdentityを確立し、社会に発信して事業を発展させるためのあらゆる手助け――つまり、コンサルティングが含まれている。 デザインの力で企業を活性化し、時には生まれ変わらせる。一環としてロゴを含めたグラフィックデザインワークもあるが、CIにおけるデザインワークは環境と現状を徹底的に分析し、未来に向けた組織のあり方、事業のあり方、社員のあり方を提言することまでに及ぶのである。 そんな、壮大な実験を、実行に移して数多くの成功事例を残してきたのが中西元男さんだ。1968年にデザインコンサルタント会社/株式会社PAOS(Progressive Artists Open System)を創業し、デザイン界、広告業界に金字塔を打ち立てた方(業績については、別表参照)。中西さんの提唱したCIは、それ以前と以後をまったく変えるほどの革命的な理論であり活動だった。 PAOS創業から数えて41年目の2008年、中西さんはどんなことを考えているのだろう?お話を伺う大チャンスをいただき、心躍らせながらインタビューした。 ■PAOSホームページ/http://www.paos.net ■中西元男公式ブログ『中西元男 実験人生』/http://designist.net/blog/
中西 元男さんProfile
(公式ブログ『中西元男 実験人生』より転載) 神戸生まれ。 桑沢デザイン研究所を経て、早稲田大学第一文学部美術専修卒業、同大学院芸術学中退。在学中に、総合大学にこそデザイン教育の拠点を設けるべきと「早稲田大学デザイン学部設置への試案」を発表。また、浜口隆一氏とわが国最初の経営戦略デザイン書「デザイン・ポリシー/企業イメージの形成」を共著。大学時代は、デザインとマーケティング、経営学などの境界領域の研究に注力する。 1968年 株式会社PAOS設立。経営者に理解されるデザイン理論の確立とデザイン手法の開発をテーマに研究と実践を重ね、現在までに約100社のCI・ブランド&事業戦略デザインなどを手掛け、多くのサクセスストーリーと代表事例を世に送り出す。 1980年 PAOS NewYork 、1985年 PAOS Boston 、1995年 PAOS北京 (博奥司北京企業設計有限公司)、1997年 PAOS上海 (上海派司耐特形象設計有限公司) 設立。 1997年4月 ハーバード大学・スタンフォード大学ビジネススクールのテキストにPAOSが事例として取り上げられ、記念講演に招かれる。1998年 株式会社中西元男事務所を設立し、PAOSをマザーブランドとするオープンシステム化・バーチャルカンパニー化とともに、講演・執筆・コンサルティングなどの個人活動も推進。1998~2000年 Gマーク(グッドデザイン賞) 制度の通商産業省 (現 経済産業省) 主催からの民営化にあたり総合審査委員長として改革を推進。2000年 株式会社ワールド・グッドデザイン(WGD)を設立し、21世紀以降、世界の主要なグッドデザイン賞情報のアーカイビング化を推進。2004~2008年3月 早稲田大学戦略デザイン研究所客員教授。2006年 同大広報室参与就任。
インフラとしてのデザインは、アートとは違う。
バウハウス(Bauhaus ※)のヴァルター・グロピウスは、デザインはあらゆる分野の共通項分母だと言っています。なるほど、私たちの日常を見まわしてみれば、家にも、部屋にも、テーブルにも、コップにも、ほとんどの人工物にはデザインがある。人工物に美しさや個性、快適性を与えるのが、デザインの役割。そこがデザインとアートのもっとも違うところ。 確かにデザインにも、アートに似た作家主義があります。あってはならないとも思わない。ただ、40年前の私は、「作家主義にとどまるデザインは、社会や文化に大きな影響を与えるのは難しいだろう」と考えた。デザインを社会資本(インフラ)として有効活用することに意義があると思ったのです。
※バウハウス(Bauhaus)は、1919年、ドイツ・ヴァイマル(ワイマール)に設立された美術(工芸・写真・デザイン等を含む)と建築に関し表現制作と工房をともなった総合的な学校。また、その流れを汲む合理主義的・機能主義的な芸術を指すこともある。学校として存在し得たのは、ナチスにより1933年に閉校されるまでのわずか14年間であるが、その後世界のデザイン教育やモダニズムデザインに大きな影響を与えた。 「バウハウス」はドイツ語で「建築の家」を意味する。中世の建築職人組合である「バウヒュッテBauhutte」という語(「建築の小屋」の意)をグロピウスが現代的にしたものである。
デザインの有効活用で「企業を動かす」が、CIの発端。
デザインの有効活用を考えた結果、見出したのは「企業を動かす」。デザインは企業経営にどれほどの影響を与えられるのか?デザインは企業の価値をどれほど高められるのか?は、挑戦に値するテーマだと確信しました。 次いで方法論を練り上げた結果、良い表現、良いデザインのためには、良い方針や良い理念が必要だとわかった。「企業を動かすデザイン」は目の前の売り上げや目の前の人気だけにとらわれず、長い目で「この企業はどうあるべきか」を考えることから始めるべきだということです。そこが、それまでの広告デザインと一線を画すところ。CIが、デザインによるコンサルタントである理由です。 ちなみに、その視点は、ものづくりそのものにも底通しますね。あらゆる分野の名人、達人は、遠くを見通しながら手もとの作業を進めるものです。運転の下手な人は、遠くまでの注意が払えないという例えでもいい(笑)。とにかく、長きにわたって良い仕事をつづけている制作者、創作者は、おしなべてその辺をちゃんとわかっているものです。
デザインは今、大きな飛躍のチャンスに遭遇している。
40年の活動の結果、「中西元男はCIの専門家」なるレッテルが出来上がってしまったようです。ある部分諦めてもいますが、自称を尋ねられれば「デザインコンサルタント」と言いたいですし(笑)、CIを含めたデザインの可能性に大きな魅力を感じている者のひとりであるとも知ってほしいです。 私は今、デザインは大きなチャンスに遭遇していると考えています。現代社会は、デザインにさまざまなことを求めているからです。ユニバーサルデザインしかり、エコロジーデザインしかり、インタラクションデザインしかり。社会はどうあるべきか、都市をどうするかなど、グランドデザインを求める声も次第に大きくなっていますが、それらのことに横断的に関わりやすく、貢献の潜在力も持つのがデザイン界だと思うのです。 ある試算によれば、今後10年でデザインの市場規模は少なくとも4倍にはなるだろうと言われています。もちろんビジネスがすべてとは思いませんが、デザインの可能性を知る数値としては意味のあるものです。
チャンスを生かしきれていないデザイン界。
そんな局面に差し掛かっているデザイン界ですが、私自身の自戒も込めて言えば、可能性を生かす状態になっていない。それを担える人材が育っていないと感じます。社会や時代が求めるさまざまなニーズに、根本から取り組み、ビジョンを込め、提言する可能性がデザインにはある。そう考える私にとって、その力を生かしきれていないデザイン界の現状には忸怩(じくじ)たる思いがぬぐえません。根本の部分を他者に任せ、「こうやってください」という依頼を処理するだけの形が多すぎると感じます。
世界的停滞の中で、なぜ「日本は特に」なのか。
デザインが停滞しているのは、日本に限ったことではありません。世界的な現象です。イギリスにケネス・グレンジという高名なデザイナーがいますが、彼がいいことを言っていました。「Macが出てきて、デザインがMacになった」と(笑)。ひとつめのMacはもちろんコンピュータのことで、ふたつめのMacはハンバーガーチェーンのことです。意味は、説明なしでわかりますね。 世界的にデザインが潜在力を生かせていない中で、特に日本がそれを克服する必要がある。理由は、少子化が止まらず、50年後には、今より4000万人は人口が減ると言われる日本はもう、量で勝負する土俵には上がるべきではないし、上がれなくもなるからです。 数量で勝負できない国は、どんな武器を持つべきか?その答えはデザインにある。私はそう考えます。
人材育成への夢は、「まず、強く思う」から。
2000年代の日本で活躍し、さまざまな社会の要求に根本から答えを出せるようなデザイナー――建築学、社会学、政治学にも造詣があり、なにより情報化社会の時代に即した発想ができなければなりません。また、さまざまな分野の指導層に、デザインを理解し活用できる人材を輩出する必要もある。 私は今、そのような人材を育成する仕組みづくりに取り組み始めています。母校であり、大学の広報室参与も務めている関係から、早稲田大学にデザイニスト(優れたデザインのつくり手、活かし手)育成を目的とした大学院を設立したいと考えている。まだ夢の段階、模索の段階ですが、かなりの実現可能性が出てきています。どのような夢も「まず、強く思うことが大切」と心がけています。なにしろ、PAOS自体が、私の大学でのサークル活動から生まれたのですから。
悪貨が良貨を駆逐した、時代の趨勢。
経済用語に、「悪貨は良貨を駆逐する」というものがあります。80年代から90年代にかけて隆盛を迎えたCIは、さまざまな失敗事例があったゆえに、CIに悪印象を持つ経営者も増え、下火になっていきました。残念ながらPAOSが「CIをしたい」と願う全企業さんを引き受けることは不可能でしたし、聞きかじりで「CIもどき」を提供する勢力に歯止めをかけることはできませんでした。金を儲けるだけのCIや失敗事例が増え、「アンチCI」の経営者が増える様子を横目で見ながら、「時代の趨勢とは、こうやって流れていくのか」と感じたものです。 もちろん、CIはなくなったわけではありません。PAOSは今も活動していますし、現在ちょっとしたブームとなっている「ブランディング」も理論的にはCI(企業の存在と経営の確立)の一部であると思っています。
CIデザインも、10年レンジの取り組み。
現在、ブランディングの仕事に取り組んでいる制作者にも、ブランディングやCIの発注者となっている経営者にも、共通して申し上げたいことがあります。CIには、「どれも、10年レンジの取り組みでこそ成果を上げる」という本質があることです。 PAOSの成功事例であるINAXも、ブリヂストンも、松屋も、すべてが10年以上にわたって、志ある経営者と二人三脚で取り組んでの成果。私たちが、40年で「100社ほどとしか」仕事をしていないのも、そのためです。自画自賛になりますが、2000年代に、日本の浮沈をにぎるファクターとして求められるデザインも、そういうものなのです。発注者、制作者ともに理念とビジョンと信念を持って、長い時間をいとわずに確かな目標を持って生み出すものだけが「良いもの」と呼ばれる。 現代のデザインの停滞は、その視点と役割を再認識することから始めるべきだろうと思っています。
■PAOS主な実績 マツダ、ダイエー、松屋、ケンウッド、ブリヂストン、神奈川県、東レ、INAX、ぴあ、キリンビール、NTT、NTT DoCoMo、住友銀行、東京海上、日本生命、毎日新聞、伊藤忠商事、ベネッセコーポレーション、SELP協議会(心身障害者組織)、 HANSSEM(韓国)、中国服装集団(中国)、蚌埠巻烟厰(中国)、ドトールコーヒー、日産自動車、ルミネ、AOKIホールディングス、早稲田大学 など約100社
■中西さん代表著作 (※は編集部推奨の必読書マーク) 「DECOMAS-経営戦略としてのデザイン統合」(三省堂)※ 「企業とデザインシステム全13巻」(産業能率大学出版部) 「個業化の時代」(徳間書店) 「価値創造する美的経営」(PHP研究所) 「PAOSデザイン」(講談社) 「New DECOMAS-デザインコンシャス企業の創造」(三省堂) 「感動成長の発想」(プレジデント社)※ 「創る 魅せる 超える-『構想不況企業』突破への指針」(きこ書房)※ 「世界CI選-Identity Design of the World(1)」(上海辞書出版社) 「脈動する超高層都市、激変記録3年-西新宿定点撮影」(ぎょうせい)ほか