フロップデザイン訪問~群馬県高崎市で全国のユーザー相手に仕事をするデザイナー~
- vol.39
- フロップデザイン代表 加藤雅士さん
http://www.flopdesign.com/
きっかけは、編集部スタッフにファンがいたことでした。「フロップデザインという、素敵なフォントをリリースし続けているデザイン会社がある」と。 HPをチェックしてみると確かに、ユニークなものやかっこいいもの、かわいいものとバリエーション豊かなフォントのラインアップ。さらに他のページを訪れると、代表/加藤雅士さんのブログもあれば、「デザイン巡礼」と題されたレポートシリーズなども連載中。書籍販売のコーナーもある、活気にあふれたHPでした。 取材打診のためにコンタクトをとってみると、さらに、このデザイン事務所が群馬県高崎市所在であると判明。地方デザイン事務所のWebによる事業展開という意味でも、興味はどんどん深まりました。 ならば、この際、会いに行こう(『あの人に会いたい』的ノリですね)となり、新幹線に飛び乗った次第です。
【取材協力者】 加藤雅士さん/フロップデザイン代表 1973年生まれ。金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業。企業デザイナーとして勤務後に独立。著書「DESIGN FONT」「フォントマニア」「パターンマニア」「マイホームページスタイル」「アイコンマニア」など多数。
可能な線ギリギリまで 遠くに――と考えた末、高崎市に。
フロップデザインはグラフィックデザイン、DTP、ウェブデザイン、フォント、ロゴデザイン、マーク、イラスト、デザイン素材等を手がけるデザイン事務所。デザイン関連書籍執筆やデザイン素材集の販売も行っている。で、その実態は、イコール加藤雅士さんです。個人事務所で、シルエットアーティストの奥様が唯一のスタッフとして共に活動中。高崎駅からさらに車で10分ほど、絵にかいたような郊外の、数件の住居が立ち並ぶ中に自宅兼事務所がありました。 開口一番の質問は、なぜ高崎なのか、いつから高崎なのか、いつまで高崎なのかと矢継ぎ早になりました。
加藤/大阪から東京に移ると決まって、最初に考えたのは「東京のクライアントと仕事をするにおいて、可能な線ギリギリに遠い場所はどこか?」でした。仕事は、のんびりやりたかったので。都会は好きじゃないし。確かに、地方所在と知っていれば、「明日までにやってよ」という仕事は遠慮してくれるだろうという計算もあった(笑)。それでいろいろ調べ、軽井沢か高崎かと絞った末に高崎に落ち着きました。
郊外型のライフスタイルには、満足している?
加藤/明らかに、性に合っています(笑)。マイペースで仕事ができるし、地元のクライアントもいくつかあって、収入はもちろんですが、ユニークな人に出会う機会もけっこうある。こう見えても(笑)クラブのムーブメントにもアンテナが向いていて、高崎駅前のクラブとはフライヤーを作ったり、アーティスト招へいの企画に参加したりと、いい関係を築いています。高崎在住だから趣味はピクニックなんて思ったら、大間違いですよ(笑)。
東京へのアクセスは良好?
加藤/新幹線に乗れば50分で東京駅ですから。多摩在住と大差のないアクセスでしょう?あえて言うなら、作家的スタンス。僕のようにテーマを持って活動するなら、グラフィックデザイナーも郊外に拠点を置くのはいいと思いますよ。すべきことに、すべき時に、しっかり集中できる環境が確実にありますから。
金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業の加藤さんは、大阪の照明・家具メーカーに就職し、インダストリアルデザイナーとして活動した方。プライベートで始めたパソコンを使い、趣味でグラフィックデザインを手がけたのが現在につながるきかっけとなった。フォントデザインもその中で始まり、1997年に独立する時点では、当時国内で数少ないFlashクリエイターとして注目されていた。
加藤/今はもう、Flashの第一線からは引いていて、フロップデザインのHPにさえFlashは使っていない(笑)。当時は関連書籍には必ず紹介されるくらいの使い手でしたが、テクノロジーが日進月歩で進むし、僕自身も興味を失うしで(笑)。
フォントデザインとサプライは、当時から手がけていた?
加藤/憶えている人は憶えていると思うのですが、当時はちょっとしたフォントブーム。もちろん僕もそのブームに乗ったひとりでしたが、本当に多くのデザイナーがフォントをデザインし、無料や有料で公開していた。かなりの切磋琢磨もありました。 ですが、今はもう、個人でフォントサプライまでやっているのは僕くらいになってしまった。ブームが去って、フォントを手がけるデザイナーも一気に減ってしまいました。
インストーラーの問い合わせ電話をくれた 70代のユーザーに、共感を持つ感慨深い瞬間。
クライアントのある制作案件と、加藤さんが「物販」と呼ぶフォントや書籍の販売、つまり消費者と直につながっている仕事の割合は、後者が半分より少々多い。将来的にはその「物販」を伸ばしていくのが希望だとのこと。 ファンの多いフォントサプライでは、ユーザーは日本全国はおろか海外にも伸びている。このジャンルにおいては、「アフターサービスまでちゃんとやってこそのビジネス」と考える加藤氏は、制作活動の合間を縫って、メールや電話での問い合わせにも可能な限り対応。100%万全な対応がしきれていないことに、悩んでいるほどだ。
加藤/さすがに、ノルウェイのユーザーから電話が入った時は、困り果てました(笑)。なんとかつたない英語で、メールをくれるよう言うのが精一杯でしたね。問い合わせは主にインストーラーに関するものが多く、そういう質問を寄せるのはつまり、パソコン初心者や高齢者になってきます。70代のユーザーと電話で直接お話しするのは、かなり感慨深いです。こんな方もパソコンで何かを楽しもうとしているんだという感慨、難しい用語なんてわからないよなという共感、そして「がんばれ、負けるな!」という応援の気持ち。「心配しなくても、必ずちゃんとできますから」と申し上げるのが、対応のコツです。消費者と直接つながると、そういう貴重な体験が待っているのです。
そこまで丁寧に対応するのは、なぜ?
加藤/それはもう、お金を払っていただいたからには満足してもらいたいじゃないですか。楽しんでもらいたい。サプライヤーは、そこまで考え、対応するのが当たり前だと思います。
特にフォントは、はじめから爆発的に売れたわけでも、ある日突然大ブレイクしたわけでもないですよね。
加藤/性格が気長なもので、すぐに結果が出なくても、コツコツと続けられる。そこが、僕の長所。フォントから撤退した他のデザイナーたちとの一番の違いは、そこかもしれません。今年より来年は、少しでもいいから売り上げが伸びるようにと――文字通り、コツコツやった結果が今につながっています。特に5年目以降が順調で、この5年で売り上げは数倍に伸びました。
そんな活動スタイルを可能にしているのは、もちろんデジタルとネット環境だろう。HPを通した物販やクライアント獲得が成功しているのは、「時代のおかげ」と認める加藤さんだが、ちょっと意外な感想も披露してくれるのであった。
加藤/まず、フォントサプライの環境に関して言えば、この10年のネット環境の進歩は何も影響していません。いわゆる「1バイトフォント」は、10年前からさくさくダウンロードできましたから。パソコン通信のチャットの頃から(笑)ネットでコミュニケーションしている僕に言わせれば、ネット上のパーソナルなコミュニケーションでさえ、10年前の方が盛んで、スムーズだった。最近は情報があふれすぎているので、ちょっと息苦しささえ感じます。
業界の高齢者だけが、心配。 手がければ絶対に面白い世界です。
独学でフォントデザインを始めた加藤さんは、今や活動の大きな位置を占めるフォントに大きな愛着と真摯に学ぶ姿勢を持っている。自宅2階には、「写植時代に発刊された関連書籍がすべて」揃った図書館並の部屋があり、写植板さえコレクションしている。
加藤/フォントは、やればやるほど奥の深い魅力的な世界。日本語がなくならない限り、決してニーズがなくならない世界だとも言えますね。やりがいは、かなりあります。
ということは、フォントのビジネスは、今後も盤石?
加藤/業界の高齢化は、ちょっと心配しています。今一線で活躍しているフォントデザイナーの主流は、写植時代から続けている50~60代ですから。本当に面白い世界なので、そろそろ若い世代の参入があってもいいのにと期待しているところです。
新作フォントはどんなサイクルでリリースしていくのですか?
加藤/ものによって、開発サイクルは1週間だったり、1ヵ月だったり。今はひとつ、もう数年かかっているものも抱えています。漢字も含んだフォントデザインなので、かなり時間がかかっている。基本的には、フォント関連を中心に年1本CD-ROM作品集をプロデュース&販売するサイクルを守っています。
では、今後も、高崎を拠点に、マイペースでがんばるわけですね。
加藤/絶対的に、マイペースは守る予定です(笑)。物販に力を入れると言いましたが、クライアントのある仕事も大歓迎です。なにかあったら、ぜひお声をかけてください。コツコツできる性格だし、Webの運営だって引き受けているので、もうお付き合いが10年になるクライアントさんも何件もありますよ。息の長いお付き合いをお望みの企業さんには、ぜひ!と申し上げたいです。