照明という“魔法”の仕事 照明技師/櫻井雅章さんに聞く
- vol.35
- 照明技師 櫻井雅章さん
この世に照明技師という仕事があることも、映像やスチール写真にライティングがなくてはならないことも、みんなよく知っていると思う。そして、よく知っている“つもり”だからこそ、知らなかったと驚かされることが多いとも。 映像作りでは、何かの拍子でワンステップ上がるたびに「光を操る技術ってすごいな」と思わされる。どんなにきれいな女優さんがいて、どんなに高価なカメラがあっても、それだけではどんな絵も作れない。光がなければ映らないし、光次第で女優さんは醜くもなり、絶世の美女にもなる。 そんなことに気づいている人たちと、一緒に耳を傾けられる話です。照明技師の櫻井雅章さんに、お話をうかがいました。櫻井さんはキャリア20数年のフリー・ライトマン。自身のHP<嵐を呼ぶライトマン>で照明技師の日常から照明技術の基礎まで披露していて、2006年には玄光社から「<実践>映像ライティング」という技術書も出しています。
取材対象者
櫻井雅章さん(照明技師) ・櫻井雅章さんHP<嵐を呼ぶライトマン> http://www7b.biglobe.ne.jp/~sakura3/ ・「<実践>映像ライティング-『光の支配者』になるために-」 玄光社MOOK \2,200(税別)
「<実践>映像ライティング」は、 とにかくわかりやすい、入門書
HPや著書を通じて、ご自身の培ったノウハウをかなりオープンにしていますね。太っ腹だなと思うし、ものすごくわかりやすいのにも感心します。
驚くことに、この世界には、入門書と呼べるものがなかったんです。ハリウッドには「Master of Light」のような名著もありますが、あれは素人が読んで理解できる本ではありませんから。それで、僕が書いてみようということになった。対象に想定したのは、自主制作の若き映画人たちです。彼らにお金も技術もないのはわかっていますが、あまりに照明の基礎知識がなさすぎる(笑)。カメラの感度だけで撮ってしまっているものがあるかと思えば、同じ技術を使いすぎて作品をだめにしてしまっているものもある。とにかく、照明の基礎を教える場所もないし、人もいないのだから仕方ないのですが、もったいない。ちょっとだけでも、ちゃんとできれば、もっと良くなるのに――そんな想いを込めて書きました。
「3点照明が基本」の誤解を解くのに、 かなり情熱を燃やしています。
そういう活動を通して、櫻井さんが「これだけは」伝えたいと考えている照明の基本は?
僕はまず、本の中で3点照明(スリー・ポイント・ライティング)という用語が、誤って、照明の基本かのように言われていることの間違いを指摘しています。 なぜか知りませんが(1)キーライト、(2)おさえライト、(3)バックライトをセットと考えるのが、メソッドかのように流布されているようで、「照明が3発ないと撮影ができない」と思い込んでいる人が驚くほど多い。極端な話、映像は基本中の基本であるキーライトひとつあれば撮れるし絵作りはキーライトですべてが決まる。それを知ってほしい。基本を知れば、照明は難しくないし、楽しいものだともっと多くの人に気づいてほしいですね。
学校で絶対教えるべきなのは、 「ミーティングの仕方」です。
で、やる気のある人は、どこで照明を学べばいいのでしょう?お勧めの学校なんて、あるのですか?
必ずしも、学校へいかなければいけないということはないと思います。僕も映画学校(日活芸術学院)出身者ですが、実践技術を習得して行ったのは実際に撮影現場で仕事をするようになってからでした。 特に撮影、照明、録音の技術パートは、感性以上に生の現場で積み重ねていく経験値が大きくものを言うところがあるのです。学校で勉強できるのは技術そのものよりも仕事としての知識や映像作りそのものの方法論、そして、感性の磨き方ですね。 自主制作専門のアマチュアの人でも技術力を高めていくには、学校へ行かなくても、写真でも映像でも自分で色々やってみて、自分なりの経験を積み重ねることが大切だと思います。
映像制作、特に映画は共同作業。 コミュニケーションが大切。
照明技師は照明の知識だけでやっているいける仕事ではない、ということですか。
映像制作は、共同作業です。映像作品、特に映画は、きれいな絵ではなく1本のドラマの流れを作っていく仕事。そこに加わる照明技師は、単なる光の技術者では務まりません。台本を読む力、監督の演出を理解する力、そのうえで撮影に適した照明を作る力が生かされる。ということは、いざ本番の撮影に臨むときまでに、撮影部、録音部、美術部など色んな部署のスタッフと何度もミーティングを重ねる必要があります。 学校を出たばかり、現場に入りたての新人はアシスタントからのスタートになると思いますが、それぞれの技術を習得していくと同時に、ロケーションハンティング(撮影のための現場の下見)や美術打ち合わせ、衣装合わせ、CG打ち合わせ、1シーンごとの台本検討打ち合わせなど、様々なミーティングの重要性を学ぶことが自分のスキルを高めていくことにつながります。
面白さんの神髄?―― 「魔法を使う」感覚ですね(笑)。
照明技師という仕事の面白さの真髄は?と問われたらどう答えますか。
真髄?――「魔法を使う」感覚ですね(笑)。映画において、照明に求められるのは「ナチュラルさ」です。いかにきれいに見せるかではなく、いかに自然に見せるか。作品ごと、撮影するシーンごとに、観る人に伝えたいことを的確に表現するために「雰囲気を作ること」がライティングの最も重要な役割と言えます。より適切な雰囲気を考え、自然光をそのまま生かして、作為的にライティングを施さないという選択肢もライティング技術のひとつなのです。 昼に見えるシーンが実は、夜撮られていたり、その逆だったり。ライティングひとつで登場人物が、凶悪に見えたり、心象風景が伝わったり。照明で演出者が作りたいメッセージを、映像を作り上げていく面白さを感じるようになったら、もうやめられなくなっているはずです(笑)。
好奇心と観察眼をいかに磨くか。 日々これ、修行ということです。
照明技師として一流になるために、必要な心がけは?
とにかく好奇心です。師匠の熊谷秀夫さんが助手時代の僕に説教するときの口癖は、「櫻井は~を見たことがあるのか」でした。「~」には、「夜の繁華街」や「冬の日本海」など、そのシーンに求められる照明の演出をあてはめてみてください。この言葉、経験を積めば積むほど心に響いてきます。 結局のところ、照明技師は求められる光を、自分の実体験の中から導き出す。本物を見たことがあるかないかは、とても大きなファクターです。もちろん、何から何まで見尽くすなんてできないことですから、そこは想像力で埋めるわけですが、そのためにも普段、好奇心と観察眼をいかに磨くかが大切になる。日々これ、修行ということです。