デザインマネジメントって何?COEDOとエイト―その幸福な関係
- vol.25
- 株式会社協同商事 コエドブルワリー代表取締役副社長 朝霧重治さん
取材対象者 株式会社協同商事/コエドブルワリー代表取締役副社長: 朝霧重治さん(写真左) http://www.coedobrewery.com/ 株式会社エイト代表取締役: 西澤明洋さん(写真右) http://www.8design.jp/
イントロダクション デザインマネジメントって、何だ?
デザインマネジメントという言葉の源を辿ると、企業経営にどのようなデザイン業務を導入し、そのためにどのようなデザイナーを活用すればよいのかについて、デザイン業務の責任を担うデザインマネージャー(業務責任者)の役割を明確にする考え方――ロンドン・ビジネス・スクール(当時)のピーター・ゴーブ氏が最初に提唱した概念にまでさかのぼると言われている。 今回、この特集では、さらにそこから進んで「デザインマネジメントは、企業活動のあらゆる場面で発生するデザインを武器にすること」だととらえた。 ある企業のある商品について、これまでプロダクトデザインとアドバタイジングデザインは別ものだった。少なくとも、それぞれに得意分野の違うプロのデザイナーが起用されていた。得意分野の違うデザイナーを併用すること、それ自体に問題はないのだが、ではその双方を統括して全体を見る、責任を持つ「もの作り」「ブランド作り」の責任者がいたのか?が、これまでのデザイン作法の問題点。そこに異を唱え、既存の手法にこだわらないアプローチをしているデザインディレクターのひとりが西澤さん。そして、その存在の意義を認め、西澤さんの起用を決めたのが朝霧さんです。
シーン1 <工場見学>埼玉県入間郡三芳町上富385-10/コエドブルワリー三芳工場
<副社長/朝霧重治さんによる、工場案内>
地ビールはなぜ、マイクロブルワリーになれなかったのか?
私たちのビール工場の特徴は、大手ビールメーカーのものより小さく、多くの地ビールメーカーのものより大きいこと(笑)。日産最大約72,000本の生産能力を持っています。決して冗談ではなく、それこそが、大手ビールメーカーが寡占状態で作ってきた日本のビール市場の問題点を指摘しているのです。欧米で「マイクロブルワリー」と呼ばれる、地域性や民族の伝統を反映した様々な種類のビールの存在が、日本のビール文化には決定的に欠けている。地ビールは、いわゆる地域おこしの手段として一時ブームになりましたが、今は完全に下火。「地ビール」はなぜ「マイクロブルワリー」になれなかったのか、それは安直な技術への取り組みや「みやげ物」の域を出ないマーケティングなどのせいでしょう。さらに言えば、消費者の意識を変え、育てていくという視点なしでは育つはずのない産業だともいえます。 「COEDO」もスタートラインは地ビールでした。しかし、根底に横たわる問題に気づき、この数年を費やして戦略を再構築し、2006年10月にマイクロブルワリーの「COEDO」、プレミアムビールの「COEDO」としての再出発を切りました。
国内のどこを探しても職人はいない。だから育てた。
ビールは、醸造に麦芽由来の糖化酵素アミラーゼを利用した酒です。アジア地域伝統の微生物(麹)を使った酒造りとは、そこが決定的に違う。 つまり、本格的な技術は海外から輸入せねばならないし、本格的な技術を継承する職人の系譜もありません。私たちはまず、職人の育成から取り組んで、醸造技術の確立をめざしました。大学で醸造を学んだ若者などを採用し、ドイツに長期研修に送り込んでいます。ドイツからマイスターも招へいしました。ということで、ヨーロッパには多彩なビールの系譜がありますが、「COEDO」はドイツのラガー(長期熟成)の技術の流れをくむビールを作っています。
川越には、「小江戸」の誇りがある。
川越は、江戸時代に幕府の直轄地で、江戸の食料基地とみなされていました。その「小江戸」の伝統と誇りは今も地域に根付いていて、名産野菜であるさつまいもなどの栽培がさかんに行われています。そんな地元名産さつまいものの「クズ」を有効利用できないか?という着想で生まれたのがCOEDO「Beniaka」の前身である「さつまいもラガー」でした。その着想自体素晴らしいし、同商品は今もCOEDOの主力商品ですが、それは維持しつつも、「ビール本来の楽しみ」を再認識すべきだというのが今回のリニューアルの主眼でした。増えすぎたラインアップを整理し、もちろんラガービールとしての品質向上を図り、商品企画とともにデザインによるイメージの再構築をする。そこから西澤さんに加わっていただき、「小江戸ビール」が「COEDO」になり、「日本の伝統色」をキーワードにしたデザイン体系ができあがっていきました。
シーン2 <インタビュー>埼玉県入間郡三芳町上富385-10/コエドブルワリー三芳工場
<COEDO試飲会を兼ねた、朝霧さんと西澤さんへのインタビュー>
三芳工場から車で20分ほど走り、着いたのが全種類の「COEDO」が味わえるレストラン「小麦市場」。朝霧さんのもてなしのお気持ちもあり、「インタビューは試飲と食事を兼ねて」というセッティングとなった。取材チーム一同「幸せ」な仕事を楽しませてもらいながら、朝霧さんと西澤さんの「幸せ」な仕事関係についての話題に花が咲きました。
西澤さんは、デザインが企業にとってどういう価値を持つものかをちゃんと説明してくれた。
ク)まず、コエドブルワリーのブランドリニューアルの構想があり、その途上で朝霧さんと西澤さんの出会いがあったのですね。
朝)そうです。それまで何人かのデザイナーさん、デザイン会社さんにお会いしていましたが、西澤さんにお会いして、すぐに「この方だ!」と確信しました。
西)最初にお会いして別れるときに、「お任せします」と握手を求められ、「ほんとにええの?」と少々不安になったのを覚えています(笑)。
朝)私としては、「発注を受けたら、指示された通りに作りますよ」というデザイナーさんたちには不安、というか不満を感じていましたから。理論もしっかりしていて、「デザインマネジメントを究めたいのです」とビジョンも明確だった西澤さんには、一度会っただけで十分に心酔できました。
ク)デザインマネジメントという言葉は?
朝)そのとき、はじめて耳にした言葉です。でも、西澤さんはデザインが企業にとってどういう価値を持つものかをちゃんと説明してくれた。ある意味それで十分でしたが、決定打は、そういう理論を持った西澤さんがどんなデザインを生み出しているかということ。作品集を見せてもらい、見事な仕事ばかりだったので、躊躇はありませんでしたね。
ク)「COEDO」ブランドがリニューアルにいたるまでに、足かけ2年。デザインリサーチから始めたそうですが、それは朝霧さんからのオーダーですか。
西)いえ、それは僕からの進言です。市場理解のためにぜひやらせてほしいとお願いしました。
朝)西澤さんが必要と感じるなら、やっていただこうと思いました。
ロイヤリティー契約――西澤さんは、お金ではなく時間と技術を先行投資してくれたのだと受け止めています。
ク)ロイヤリティー契約に関しては?
西)それも僕から言い出しました。
朝)驚きましたし、感心しました。腹がくくれてるなあ(笑)と。デザイン会社さんが、言わば「出世払い」みたいなことを自ら申し出ることの、リスクの大きさはわかるつもりですからね。本当にこのプロジェクトに賭けてくれているのだと思いましたよ。
西)もちろん、誰彼なく申し出ているわけではありません。やはり、相手が信用できる方で、なおかつ絶対に成功すると確信できる案件でないと無理ですね。
朝)「当初の支払いは少なくていい。だから一緒に頑張りましょう」という姿勢には、ほんとうに心を打たれました。西澤さんは、お金ではなく時間と技術を先行投資してくれたのだと受け止めています。その心意気に応えられるよう、頑張りたいですね。
プロダクトデザインが終わったら市場とのコミュニケーションのフェーズへ。当たり前のように、そのすべてを西澤さんが引き受ける。
ク)西澤さんは、具体的にどんなプレゼンテーションを提示したのですか?
西)コエドブルワリーがプレミアムビール市場を作っていくという方向性は、提示されていました。それを受けて、「ではなぜ現状は、プレミアムビールになっていないのか」の分析と、解決の方向性を提示していったわけです。
ク)そして、「日本の伝統色」というキーワード、コンセプトが導き出された。
西)そういうことです。
ク)しかし、この西澤さんと朝霧さんの関係性というのは、一般的な受発注関係を超えている。少なくともおふたりの会話から醸し出される雰囲気は、かなり特異です(笑)。
朝)発注者、受注者ではないですね。一緒に「COEDO」を作っている仲間ですよ。雇用関係こそありませんが、私は、当社にはないデザインというリソースを西澤明洋という人物に提供してもらっている。そう考えています。
西)まあ、とにかく暇があればコミュニケーションしているという関係です。ベースはメールですが、定期的に直接会ってもいるし、話し合うべきことは山ほどありますから。
ク)「COEDO」のWEBサイト(http://www.coedobrewery.com/)のコピーは、全部おふたりで作ったそうですね。
西)コピーライターに参加してもらう予算がなかったもので、ふたりで、メールを何度も交換しながら推敲を重ねました。
ク)クライアントの担当者と、「一緒に作る」という感覚で制作を進める。それは、広告制作に携わる者全員の理想の形のひとつだと思います。
西)僕は広告畑の出身ではありません。メーカーでプロダクトデザインをやっていたせいで、商品を作る側に立つことがとても自然にできる。構えることなく、というか広告界の常識をあまり知らない(笑)のが、かえって功を奏しているのかもしれませんね。
ク)今、プロダクトデザインに関しては、ひととおりすべきことは終わった?
朝)そうですね。今は拡販の前の、イノベーター探しの段階です。これから徐々に「COEDO」の名前を世に広げ、販売量を増やしていくことになります。
ク)プロダクトデザインが終わったら市場とのコミュニケーションのフェーズへ。当たり前のように、そのすべてを西澤さんが引き受ける。「COEDO」というビールブランドにとって、それはきわめて幸福な一貫性だと感じます。
朝)西)私たちもそう思っています。