日本映画の時代編Part2~映画産業活況の実像~

vol.21
株式会社キネマ旬報社 常務取締役 掛尾良夫さん
取材協力者 掛尾良夫さん ~株式会社キネマ旬報社常務取締役/キネマ旬報映画総合研究所所長~ 取材協力者
掛尾良夫さん
~株式会社キネマ旬報社常務取締役/キネマ旬報映画総合研究所所長~

日本の映画が元気だ。TVニュースがそう言っている。事実、50億円、60億円という興行収入を得るヒット作品が生まれている。1990年代くらいまでは、日本市場はハリウッド映画にとって世界一のお得意様と言われていた。つまり、あのハリウッド映画産業を押しのけて、日本の映画作品が日本人に観られるようになったというわけだ。もちろんとても喜ばしいことだと思う。映画ファンにとっては、自国で良い作品が生まれることは誇らしい。映画制作を目指す人には、チャンスが膨らむということにもなる。 「時代は日本映画!」はどれくらい本当なのか?専門家に聞いてみました。キネマ旬報社の掛尾良夫さんが、いろいろと興味深いお話をきかせてくださいました。

日本映画が元気なのは、事実です。

2002年に27%にまで落ちた日本市場における日本映画のシェアは、2003年に33%、2004年に37%、2005年に41%と回復し、2006年には50%にまで達すると見られています。気がつけば、60%を越えていると言われる韓国についで、日本の市場は、自国作と海外作の拮抗した、世界でも稀有な映画市場になっています。日本映画が元気であることは、事実ですね。今年も『ゲド戦記』が76億円、『LIMIT OF LOVE  海猿』が71億円、『有頂天ホテル』が約60億円、『日本沈没』が約53億円という興行収入を達成しました。ニュース番組がその活況をレポートするのも、まったく不思議ではないと思います。

大きな要因のひとつ――ハリウッド映画の凋落

日本映画がシェアを伸ばした要因はひとつではありませんが、確実にひとつ指摘できるのは「ハリウッド映画が飽きられたから」。 ハリウッド作品が日本の映画ファンをひきつけられらなくなった理由、これもひとつではありませんが大きな流れは追うことができます。ハリウッド作品は1993年くらいを境に、北米の売り上げを海外の売り上げが上回るようになります。そして2000年くらいから世界でのDVD販売の存在も大きくなった。その結果何が起こったか?海外で売れて、DVDで売れるものを作るとなると――火山が爆発したり宇宙人が攻めてくる内容、そしてシリーズものとリメイクものが氾濫します。3回も4回も裏切りがあるヒッチコック映画のようなものは、自国以外の観客は、ついてこられないからだめです。そんな内容に、日本の観客が飽きたんですね。ある意味当然です。アメリカの映画は、もちろん産業です。しかも時価総額優先の、株主利益最優先の産業。利益が上がるという実績を背景に生まれたそういう傾向は、ある意味歯止めが効かないのです。ハリウッドという最大のライバルの敵失(エラー)を見逃さずに日本映画がシェアを伸ばした。それは確実に言えることです。 ちなみに、とは言っても片や製作予算100億円規模、片やせいぜい4~5億円。ほとんどの人はまともな勝負なんて考えてなかった。ところが『世界の中心で愛を叫ぶ』がハリウッド作品よりヒットした、『日本沈没』が『ミッションインポッシブルⅢ』と肩を並べる興行収入を得た――日本映画関係者が想像を越える状況に驚いているという側面もあります。

本当に映画産業全体が活況を呈しているのか?

2005年、日本では356本の映画が劇場公開されました。うち298本がインディペンデントで、そこにはいわゆるピンク映画と呼ばれるものが80~90本含まれます。残りの58本が、いわゆるメジャー。東宝、東映、松竹の系列で公開されたものです。全体の興行収入810億円のうちその58本で85%から90%、約700億円を売り上げています。さらに分析すると、そのうち560億円は東宝でした。つまり東宝のひとり勝ちなのです。厳密に言えば、東宝とTV局のコラボレーションのひとり勝ちです。日本映画の歪みと言える事実です。 もちろんインディペンデントはヒットしづらい。『ピンポン』『木更津キャッツアイ』『フラガール』といったインディペンデントのヒット作は、本当によく頑張った例だと思います。『フラガール』は、シネカノンが独自に全国200館公開を成功させた功績が評価されています。 日本映画の構造を大きく変えている存在に、シネコン(シネマコンプレックス)の存在があります。2006年初頭の統計で、全国3,000スクリーンのうち2,000スクリーンはシネコンでした。1988年には全国に2,000の映画館がありましたが、シネコンの第一号が誕生した1993年からたった13年で1,000の映画館が廃業した計算になります。シネコンは当たる映画を複数スクリーンにかけますが、当たらない映画はどんどん追いやります。作品の勝ち組と負け組みをどんどん鮮明にしていきます。この傾向は、今後も続くでしょう。

日本映画の再生の秘密

1990年代まで、日本映画はジリジリと斜陽しました。その最大の要因は、日本映画のクリエイターが発信するものが受信者が望むものと乖離していたことです。つまり、ひとりよがりなものばかり作っていたのですね。そこに転機をもたらしたのは、テレビ局でした。視聴率競争で培われた企画力で、観客の求めるものを提供した。先鞭をつけたのは『踊る大捜査線』でした。フジテレビが成功を収めると、TBSも負けじと『世界の中心で愛を叫ぶ』を送り出し、日本テレビはジブリ作品を手がけ、『always 3丁目の夕日』をヒットさせた。それぞれの局が映画部を立ち上げ、東宝と組み、映画館に客を呼び戻したというわけです。

それは、観客の成熟なのか内向なのか?

今、映画界で起こっていることは、以前音楽界で起こったことに似ています。J-POPが洋楽を駆逐したようなことは、起こらないのではないかと思われていた。音楽製作にバジェットの大差はありませんが、前述のようにハリウッド映画と日本映画のバジェットの差は歴然。そこを乗り越えることが可能だと思う人は少なかった。しかし、観客は日本映画を受け入れた。いったい何が起こっているのか?その分析は容易ではありません。 しかし確実にわかるのは、メグ・ライアンのラブストーリーより長澤まさみのラブストーリーを選んでいるということです。私たちの若い頃は、みんな海外のスターに心からの憧憬を持ちましたが、今の若者は海外の大スターではなく、身近な、親近感を持てる主人公にお金を払う。そういうことだと思います。先日、学生映画祭の審査員を務めましたが、出てくる作品のテーマが就職や家族というものばかりで驚かされました。私は、若者たちの内向を感じました。同様の傾向が、観客動向にも表れているのだと感じます。私たちが若い頃は、中学生の頃から映画を観ている生意気な観客が、制作者に向けて挑発に近い反応を見せ、それに作り手が触発され作品のレベルが上がるという構造がありました。今の映画のフィールドには、それがないことだけは確かなようです。

かげりを見せ始めた今こそが、正念場。

これは、業界関係者なら誰でも感じていることですが、活況にはすでにかげりがさし始めています。2006年8月、9月に公開された話題作は、予想を下回る興行収入でした。辛口に批評すれば、同傾向のラブストーリーや“泣ける”という作品を見せ続ければ飽きられるのは必然です。『踊る大捜査線』の公開から10年経たことを考えれば、観客層の入れ替わりも当然。10年というのは、雑誌でも読者層の変化を見込む時間経過です。ここまで活況を引っ張ってきた企画者たちが、どんな方向修正を果たすのかが鍵になるのでしょう。 少々のかげりなど気にせず、あるいは気づきもせず、相変わらず映画に新規参入しようという異業種は絶えません。作品も作り続けられている。いわゆる「お蔵入り」の運命になるものも多いはずです。まっとうな会社が絡んだ作品でさえ、公開の計画もろくに練られずにクランクインしているのが現実。それを無責任と断じるのは、少々酷かもしれない。なにしろ、映画作りというのは面白いから(笑)。ただ、日本映画の現況には、そういうアンバランスさがあることだけは知っておいてもらっていいでしょう。

目指す人にチャンスがあることは、確か。

今、映画界では人手不足が深刻化しています。現場では技師もアシスタントも足りない。ビジネスを切り盛りできる人材がいない。なにしろつい10年前までは、映画は作るより買い付けるほうが効率的に儲かったわけですから、人材なんて育つ環境ではありませんでした。だから人が足りない。つまり、才能があってやる気もある人にはチャンスの時代になっているのです。 ただし、ハードルは高いし、現実は厳しいですよ。成功の図式は、テレビ局と大手映画会社のコラボレーション以外はそんなに見当たらない。挑む人にとっては、そこに風穴を開ける気概やアイデアが求められるハードなチャレンジになると思います。

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