ネットと放送の融合[3]―ケーススタディⅡ/その1―

vol.12
株式会社ニッテンアルティ 小柳ルーム チーフプロデューサー 櫻木光さん
シリーズ通算3回目/ケーススタディの2回目は、CM制作現場からのレポートです。取材に応じてくれたのは、CM制作会社/株式会社ニッテンアルティのプロデューサー/櫻木光さん。昨年、コーセーコスメポート/サロンスタイルのキャンペーンで「髪からはじまる物語」三部作を手がけた方です。 同作品がはじめてのネット配信CM制作で、その際に感じたこと、わかったことを包み隠さず教えてくださいました。感謝。読んでもらえればわかるけど、かなり面白いです。1回では書ききれないくらいの情報がいただけたので、2回に分けて紹介します。1回目は、「髪からはじまる物語」にまつわるいろいろと、ネットCMの予算に関すること。時代の趨勢であるネットと映像制作の最先端をいくCMの接点で、今、いったい何が起こっているのか?がわかります。

<取材協力者> 櫻木光さん ~株式会社ニッテンアルティ 小柳ルーム チーフプロデューサー~ 1991年入社。2000年にプロデューサーに昇格。CM界を目指した動機は、大ファンだったタレントが、「テレビには出ないがCMには出る」だったから。つまり、「CMやってたら会えるんじゃないか」ということ。映像に関する知識はなし。しかし、自称「一見政治家だけど技術オタク」。レンズのことに興味があれば自腹でライカを買い、デジタルを学ぶために自費でマックから編集、合成ソフトまで買いこんで、やってみる。新しい機材が入れば必ずデモを見に行き、バグも気にせずすぐ使う。最近はデジタルの一眼レフカメラがCM制作にどう使えるか研究中とのこと

ネット配信CMとの出会い。 「髪からはじまる物語」三部作。

「髪からはじまる物語」

「髪からはじまる物語」

私がはじめてネットを意識した制作物と言えば、昨年の春にインターネットで公開した「髪からはじまる物語」三部作です。コーセーコスメポート株式会社さんのサロンスタイルというシャンプーの広告キャンペーンで、広告のキャラクターだった柴咲コウを主役に、監督に行定勲氏を起用して作りました。シャンプーのボトルのクビに前売り券と同じようなデザインでチケットをつけ、スクラッチで見えるIDをつけ、それを入力するとパソコン上で見ることができるという仕組みにしました。 出来上がった3本の作品は、それぞれ全く違ったストーリーで、爆発的に面白い訳ではないが、映像美を追求した、ニュアンスのある、でもちゃんとストーリーがある、狙い通りのものだったと思っています。 話題にもなり、流通的にも店頭で商品を置く棚を確保する条件も満たし、商品も予定通りに売れた。ムービーのサイトにもアクセスがあったと聞いています。成功と呼べる成果は得られたと思います。

「ネット配信ではどんなことを気をつける?」 と調べてみると……。

新たな領域にチャレンジするにあたりいろんなことを調べていくと、なかなか興味深いことがわかってきました。たとえば、当初1本15分程度のストーリーを予定していたのですが、作業を進めていくうちに、1本が30分弱の作品になってしまった。配信については問題ないとのことでしたが、そもそも見る側が、そんな時間、パソコンを前にして見てくれるだろうか?という疑問が湧きました。 調査してみると、男性と女性では若干の違いがありましたが、いけるんじゃないかと思えた。時は「冬のソナタ」ブーム。世の奥様方は、パソコンでペイパービューの「冬ソナ」をじっくり見ているとのこと。「ネットでも1時間くらいの番組は平気で見ているわよ」みたいな意見がいっぱいあったのです。 作品の内容として気をつけたのは、商品キャンペーンとはいえ劇中で商品説明的内容をあざとく表現すると、とたんにしらけてしまうんじゃないかということです。で、当時公開されていたネットムービーを、とにかく片っ端から見てみた。そうしたら、ほとんどがムービーというよりインフォマーシャルでした。私にはそう見えました。「これじゃ、いかんなあ」と思った。お手本にできたのはBMWfilms.comだけでした。目指すべきは、これだと思いました。 「女の髪の毛が持っている妖気」というテーマだけ決めて、後は、行定氏の作家性におまかせするというスタンスを貫きました。広告主の理解も深く、ほぼ自由に制作させていただけたのもありがたかった。間で調整していただいた広告代理店の担当の方にもかなりのお骨折りをいただき、行定監督が存分にチカラを発揮できる土壌を作っていただきました。

廉価だけど十分なクオリティが望める機材。 HDハンディカムを導入。

当初から予算にかなりの無理が生じていたため、柴咲さんのシーン以外は、HDVで撮影しました。いわゆるSONYのHDハンディカム。ミニDVのテープにハイビジョンサイズで記録する発売直前の民生機をソニーからテスト的にお借りして使いました。幸運にも、カメラマンの福本氏がHDVの開発やモニターをやっておられて、その縁で使わせてもらえた。ネットで公開する画面の大きさやクオリティを計算したら、「十分じゃないか」という結論になり、使用を決断しました。 完成した画は、見ていただくとわかりますが、相当に高いクオリティがあります。機材は廉価ですがライティングに手を抜いていませんから、それだけで十分綺麗なんですが、加えていろんなごまかしのテクニックも使っています。それをさっ引いても、最近の機材のクオリティは一般の人が手にできる機材でさえ相当なクオリティがあるものだと再認識させられました。こういう安く手に入る機材は、これから、ネットで公開する映像を作る人たちにとって強力な武器になっていくと思います。

「ごまかしのテクニック」を、少しだけ披露しましょう。

第2話は、太平洋戦争の始まった頃の温泉旅館の息子が、温泉芸者の柴咲に恋をするという設定です。伊豆の温泉旅館を借り切ってロケをしましたが、普通にやるとどうやっても現代の感じはなくならないものです。で、ロケハンを重ねているうちに監督から出てきたアイディアが「モノクロにしちゃいましょう」でした。柴咲コウが髪の毛をいじるシーンのみカラーになるという構成で、ほとんどのシーンはカラーで撮影してモノクロに変換。コントラストの強い画、つまり、暗いところはど~んと真っ黒にして、その中で写っちゃまずいものは隠しちゃうという作戦をとっています。結果的に全3話の違いのコントラストも大きくついて、凄くいい仕上がりになっています。 また、柴咲コウさんが多忙のため、彼女が全編に出てくるようなスケジュールは無理でした。映画なら許されないようなスケジュール取りでもあります。そういうCMっぽいスタンバイに対して、行定監督が深い理解を示してくださったことも大きかった。脚本の段階で柴咲の立ち位置を「髪の毛のミューズ」と置いて、あるストーリーに柴咲がなんらかの形で関わり、関わった人間が元気になったり幸せになったりしていくという考え方を提示してくれたのです。

予算取りが最大の難関。ネットCMは、まだジャンル として成立しきっていないし、基準もできていない。

今回の予算は、だいたい自動車のCMを1本撮影できるくらいのものでした。それで、30分の映画を3本制作したことになります。行定氏をフィーチャーして、テレビCMでは「監督/行定勲、主演/柴咲コウ」というコピーで告知したこともあり、行定さんの作家性に賭けることは既定路線になっていた。計画が進むにつれて、監督が乗ってくるに従って、当然やりたいことはどんどん増えていきます。名前を前面に押し出していますから、監督ご本人としても納得いかないものを作る訳にはいかなかったのです。そういった監督とプロデューサーのやり合いはとても大変で、疲れました。クライアントに無理を言って当初よりも随分予算を増やしていただきましたが、それでもスタッフの方々にとって満足な環境を用意できたと思っていません。その交渉と決断にとても疲弊した記憶があります。眠れない日々が続きました。 ネットCMの予算の基準なんて、まだどこにもない。これから決まっていくカテゴリーだと思います。まだ、テレビを含んだキャンペーンの一部で、スタンドアローンではあり得ないものとしての扱いが多いと思います。言い方を変えると、クライアントもまだドラスティックに「テレビを止めてネットのみ」という判断はできないということですね。今まで、「テレビで制作費いくら」といただいていた予算が「テレビとネットで制作費これだけ」と、同じくらいの額か、若干多めの額を提示されるに過ぎないでしょう。制作者が、その割り振りをやりくりしているのが現状だと思います。ネット広告の分、予算が特別に増える訳でもなく、頭打ちの状態の中で、制作側が新しい技術に挑戦してがんばっているという状況ですね。 実情は、広告主がデジタルの廉価性ということを考えている訳でもなく、時代性の自然発生とも言い切れない。要は、成り行きまかせです。今のままでは考え方を整理しないと破綻すると思います。だれかがちゃんと説明をしなければいけないところにきていると思います。

CMの世界にも、数値的責任が負わされる 時代がくるのかもしれない。

ネットCMに注目が集まるのは、ダイレクトマーケティングという考え方が台頭してきていることの現れだと考えています。 企業がコストダウンのために中間マージンを取っていた問屋などのシステムを排除して、消費者とダイレクトにつながって販売をしようと試みていると思います。店舗すら持たないシステム――たとえば、ある保険会社は保険販売員を雇わずにコールセンターで直接対応するというビジネスモデルを使っていますし、ショールームをいくつか置いただけで店舗販売はしていないテレビメーカーもある。そういうビジネスモデルにおいて、電話やインターネットを使うという選択は最適なのかもしれません。 これからのテレビCMはそういった販売方法を手助けするやり方に変わっていくのかもしれないですね。つまり、ネット誘導やコールセンターへの電話をさせるためのコマーシャルを作るということです。欧米ではすでにそのカテゴリーのスター制作者までいて、カンヌでもこのカテゴリーの賞が近年設立されました。 ということは、これまでのように作りっぱなし、流しっぱなしで「売れる売れないは商品の魅力の問題です」なんて、ある意味無責任でいられた部分が、確実に数値的結果の出る責任を負わされることになる。これからは、それについてのノウハウをはやく蓄積させている制作者が生き残っていくのではないでしょうか。

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