WEB・モバイル2005.12.01

無料で法律相談を受けてくれるNPO団体がある

vol.8
NPO団体 Arts&Law代表 作田知樹さん
もちろん、そんなことを考えずに制作の日々が送れるなら、それに越したことはない。でも一旦直面したら、深刻で、多大な労力を要すること――それが権利問題、法律問題。請け負った仕事とは別のところに自分の作品が流用されている!自分が作ったビジュアルなのに、自作としての公表は認めないと言われた!なんていうことに遭遇した経験はありませんか?クライアントさんとクリエイターが、信頼関係のもとで物作りに取り組む。それは基本中の基本。でも、その信頼関係が崩れ、信頼関係を越える判断をしなければならないときがある。そんな局面は、いつやってくるかわかりません。 もしものとき、無料で法律相談を受けてくれるNPO団体があります。名称は「Arts&Law(アーツ・アンド・ロウ)」。今回は、代表の作田知樹さんがArts&Lawの設立目的と仕組み、そして日本における「表現活動と法律」の問題などについてわかりやすく話をしてくれます。

<作田知樹さん> 東京芸術大学先端芸術表現科を卒業した後、一橋大学のロースクールへ進学。自身の創作活動の経験の中で芽生えた権利や法律への疑問に取り組むことを目的に、Arts&Lawの設立を思い立ち、実行に移した。

Arts&Law ~24時間365日、メールで無料法律相談。artslaw@gmail.com

現役のアーティスト、クリエイターと、法律、税務、会計、ファイナンスの専門家、各分野の研究者、ギャラリスト、キュレーター、プロデューサー等が、業種を超えたコラボレーションを通じてアートに関わる実務的な問題について幅広く議論を行うとともに、現役のアーティスト、クリエイターやそれを目指す人々へ実践的な視点と具体的なアドバイスを提供することを目的に2004年に結成された。 Arts&Law HP(http://arts-law.org/)を訪れ、趣旨と仕組みを理解してから相談メールを出そう。

相談は月平均20件。 今後増えていくことを想定して、体制作りも万全に。

相談はすべてメールで受け付けています。もちろん、返事は必ずし、高度な内容や、刑法・税法に関する相談の場合は、専門家を紹介します。相談の件数は、月平均20件ほど。もちろん、これから増えていくことを想定していますので、東大法学部のメンバーなどと提携し、万全の体制を作っています。 今のところ、残念ながら相談のほぼ半分は、相談としては遅きに失していますね。いわゆる踏み倒された、担当者がいなくなったというケースです。メールのやりとりだけで作曲して納品するなんていう受注の仕方では、踏み倒されても仕方ないと言えば仕方ない。ただ、そんな場合も、内容証明郵便の送付までは確実にお付き合いしています。それ以上の手段はしかるべき事務所を経由して裁判で、それにはこんなメリットとこんなリスクがありますよという説明もしますが、それ以上を望む方はほとんどいらっしゃらないですね。

現在、もっとも多いのはWEBデザイナーからの相談。 「自分の作品をHPで公開できないのはなぜ?」

自分の手がけたWEBデザインを自分のHPで作品公開ができないことへの相談です。たとえば、「発注主である制作会社に打診したら拒否された。どうしたらいいのでしょう?」というタイプの相談。受注が急ぎで、契約書が完成間際や完成後に提示され、そこで公開できないことに気づくというパターンが多いですね。著作権がスポンサー(エンドクライアント)にあることと守秘義務が明示されていることを初めて知る。「料金的には満足できないが、このクライアントの作品は実績になる」という判断をしていた人などは、まったくの目論見違いになってしまって途方に暮れることになります。 結論は、「契約書の見直しを主張するか、さもなければ公開できません。諦めてください」。一度契約を結んでしまえば、その後に新たな合意をしない限りは、動かしがたい契約事項ですから。アドバイスは、「これからは、権利の帰属については事前にはっきりさせておいてください。もしその時間がないのならば、すべて引き渡しても納得のいく金額で引き受けてください。そして、納得できない点があれば、今回案件も見積もりの再提出をしてください」です。さらには、「契約書は先にもらい、ちゃんと読んで理解しよう」。契約書を先にもらったからといって、立場が弱くなるわけではありません。むしろ、相手方がどういうつもりでいるのかを事前に理解して、どの段階でどうリアクションをするか考えることができるのですから大切なことです。つまり、契約に関することが苦手だからといって、それを放っておくのは、リスクなことを先延ばしにできるどころか、自ら相手との駆け引きを放棄して、自分の権利を守るチャンスを捨てるというリスクを背負うことなのだということを理解してください。

広告制作物に著作権がないことくらいは知っておこう。 WEBには、時代性をはらんだ問題がある。

契約書以前に、商習慣の考え方としても広告制作物には制作者の著作権は認められにくいということは知っておいたほうがいいですね。すべて売り渡す、だからちゃんとしたギャランティをいただく。自作品として公表する場合には、著作権者であるクライアントの許諾を得る。得られなければ諦める。 許諾に関して、WEBにこれまでの印刷広告やCMと違う側面があるとしたら、それはWEBが会社情報に直結しているケースが多いのと同時に、デザイナーがHPで公開した場合の検索エンジン上の表示の問題があると思います。A社の社名を検索して得られる結果の中に、担当デザイナーのHPもリストアップされることをスポンサーが企業イメージへのデメリットと考えることは大いにありえます。「HPデザインをオープンなHP上で公開する」ということが問題のポイント。まさに、時代性をはらんだ問題なわけです。

「著作権」の問題と考えた時点で解決から遠のく。 公開、閲覧の仕組みの問題と考えていくべき。

問題の本質は、「WEBを作品として公開する仕組みがない」ということです。アメリカのフォトグラファーのマネジメント会社が参考になると思います。たとえば、ある会社は、たくさんのフォトグラファーの仕事の記録を一括で管理しています。そのうえで、良い写真や良いフォトグラファーを探しているクライアントに作品を閲覧してもらうために、まず有料会員となってもらう。つまり、有料会員限定の閲覧コーナーというやり方で、その写真の著作権を持つエンドクライアントの権利を保護しつつ、フォトグラファーの実績を公開しているわけです。もちろん、それぞれのフォトグラファーは、会員以外のクライアントなどに対しても、たとえば出先などからネットにアクセスしてパスワードを入力することで、プレゼンテーションができます。こうした方法は、ひとつありえる形でしょう。すべてとは言いませんが、部分的には取り入れられると思います。

「著作権」という言葉が一人歩きしている。 契約内容の理解や信頼関係のほうが、より重要なこと。

たとえば、前述のような相談をしてくるWEBデザイナーさんたちは十中八九、「著作権」という言葉を使って相談してきますね。ですからまず、それは著作権の問題としては解決できない可能性があるということを指摘します。次に、どんな目的でどんなことを提供し、どんな対価を受け取る案件なのかの整理と理解を促します。たとえば、どんな経緯で仕事をし、今どういうことが問題になっているのか。そして、契約書があるなら、ちゃんと読もうということですね。さらに申し上げるとしたら、契約書や法律というのは信頼関係で補えないところを補完するためにあるのだということ。もしクライアントさんやエンドクライアントさんとちゃんとした信頼関係を築いて、ちゃんとしたコミュニケーションを形成していれば許諾を得られるかもしれない。また、「忙しい」ということは、契約書をあまり読まなかったことの言い訳にはなりません。むしろ、お互いに忙しく、コミュニケーションを充実させる時間がないからこそ、お互いの誤解がないように、契約書などの書面を使って後から「どうしよう?」ということが減るようにしているのです。 繰り返しになりますが、契約書に疑問点があれば、事前にはっきりさせておくことが重要です。「契約書に疑問を言うなんて、文句を言う扱いにくいやつだとか、業界のことを知らない素人だと思われるんじゃないだろうか」という気持ちもわかります。しかし、それを放っておいて、仕事が終わってから「どうしよう?」ということになってしまうと、相手にはかえって迷惑な話ですし、だからといって何も言わずに仕事を続けるのも、自分にとってストレスが溜まります。良いことはありません。

知的財産権の問題ととらえて検討してみたら、提供企業 とのコミュニケーションで解決すると知った自らの経験。

ご相談へのアドバイスとして、コミュニケーションの質ということを付け加えるケースが多いです。前述のWEBの例で言えば、間に会社が入るということをちゃんと理解しなければいけない。私も中小のものづくり企業のコンサルタントとして、知的財産権、たとえば新製品の特許や商標に関する相談を受けることがあるのですが、検討の結果、その素材を独占提供する企業と良好なコミュニケーションを形成することで、知的財産を国に登録するよりも低コストでより確実に問題が解決する可能性がある、という答えに行き着いて驚いた経験があります。私は個人的に、Arts&Lawとは別の活動として、制作案件にまつわるコンサルタントもしています。その経験が、ひとつはArts&Lawという使命感に、もうひとつは制作コンサルタントという役割の必要性の認識に結びついたのだと思います。

イメージはアメリカのVLA。 アーティストギルドも参考にし、啓蒙と連携にも注力。

アメリカにはVLA(Volunteer Lawyers for the Arts)と呼ばれる組織が、全米で30くらいあります。ニューヨークだけでも3つのVLAが活動していて、アーティストやクリエイター、NPO団体からの法律相談を無料で受け付けている。電話番をロースクールの学生が担当し、実際の相談は学生と弁護士がチームになってあたります。私たちは設立以来、このVLAに近い活動をイメージしてきました。 Arts&Law の使命は、東京とその近郊の表現活動に関わる人々の法律コンサルタントとして、社会に生きる個人が、個人の利害を超えた自由な思考の面白さを表現し世の中に影響を与えてゆく役割を支援し、ひいては社会全体に活気を与えることを理想としています。具体的には、法律的な文章表現に直面して悩んでいるアーティストの相談から、非営利団体の法人化にまで、様々なアドバイスをしています。また、アーティストと、芸術について知識と経験を有する法律家とを結びつける役割も担っています。5月には東京で法律セミナーを開催しましたし、コミュニティサイト/mixi内のArts&Lawのコミュニティを通じては、約900人のクリエイターとアーティストがコミュニケーションを共有しています

制作者をとりまく日本の現状。 憂慮に堪えない状況や事象は数多い。

しかし、契約書が浸透しはじめているWEB業界はまだましです。たとえば出版の世界などは、いまだに契約書1枚ない世界で、新たに参入する人たちは業界の慣習になんとなく従うほかない状況のようです。そんな出版業界と、日本でもかなり権利意識が定着しているフォトグラファーたちの接点では、今、連日のように揉め事が起こっている。裁判沙汰もけっこうあります。ですが、出版業界自体、変わる予兆さえ見えないのが不思議です(笑)。 さて、最近私が関わった案件もご紹介しましょう。公共事業が建築物にアートを導入しようと考えると、設計事務所やデザイン事務所が立ち回ります。建設業界の慣例にならって、プレゼンテーション段階では一銭のお金も出ないことが第一の問題。アイデアやデザインを提出する制作者は、それだけで大きなリスクにさらされます。さらに最近は、プレゼンテーションしたアイデアを、受注決定後に、コストの安い中国の業者に発注して作ってしまうなんていう暴挙も横行しています。これではデザイナー等の制作者は結果的にタダ働きさせられて、デザインを盗まれてしまったことになるわけです。気づいて抗議しても、最初に職務著作の契約書を書かされていて、何もできないという悪質さです。ここまでくると、ほとんど詐欺と言っていいようなクリエイター搾取です。実は、そんな酷い仕打ちを受けてしまったエクステリアデザイナーがいます。事業団体が一方的に不利な条件で和解を申し出てきていますが、その方は今、真剣に今後建設業界から干されることも覚悟で、裁判を起こそうと考えています。後進のために泣き寝入りしてはいけないのだと考えている。尊いことです。裁判にして問題提起したうえで、勝訴もしくは有利な条件で和解することが、こうした不公正な慣行を是正していくことにつながっていきます。この問題などは、先日発覚したマンション設計問題などと根は同じ場所にあるのではないでしょうか。昔と違い、こうした不正は徐々に組織をゆがめ、いつか必ず明るみに出るのだということを、蛇足ながら付け加えたいと思います。

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