コクヨが創造性豊かな会社作りにアートを活用!? 働き方やクリエイティブはどう変わったか

Vol.205
コクヨ株式会社 経営企画本部 クリエイティブ室 YOHAK DESIGN STUDIO
Tetsuro Yasunaga
安永哲郎
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東京品川の自社ビルをリニューアルし、ワーク&ライフスタイルの実験場「THE CAMPUS(ザ・キャンパス)」を2021年にオープンしたコクヨ株式会社。実験の中でも、オフィスにさまざまなアートを展示して社員の創造性を育む取り組みが注目を集めています。
「オフィスという空間の中で、アートが非常に大事な役割を持っている」と話すのは、「THE CAMPUS」プロジェクトの企画プロデュースを担当した同社経営企画本部クリエイティブ室の安永 哲郎(やすなが てつろう)さん。アートは働き方やクリエイティブにどのような変化をもたらすのか、これからの社会におけるオフィスやクリエイターのあり方についても、じっくりとうかがいました。

アートが「答えのない問い」を考えるきっかけに

そもそも、なぜオフィスにアートを設置しようと考えたのですか?

コクヨはこれまで、文房具やオフィス家具・空間づくりを通じて、人の知的生産活動や創造性に関わるモノやサービスを提供してきました。2021年2月には、企業理念を「be Unique.」に刷新。誰もが自分らしく生き生きと暮らし、働き、学ぶことで成長できる世の中の実現に貢献したいという思いを込めています。「自分らしさ」に寄与するためには、私たち自身がまず「自分らしさ」に向き合うべきだと考え、人間の根源的な創造性の結晶であるアートを取り入れることにしました。
「THE CAMPUS」の企画にあたり、どのように新しい働き方を作っていくか、社員同士がどう交流して何を生み出していくかを考えました。対話をする中で、アートを取り入れようという話が自然に出てきたんです。ビジネス上の課題ではなく、プロジェクトの中からの自発的なアイデアだったのがコクヨらしくて面白いと思っています。

アートの設置には、どういった目的があるのでしょうか。

主に3つあります。1つ目は、社会課題について考えるきっかけを作ること。2つ目は、社内外問わず対話を生み出すこと。3つ目は、不確実な世の中で未来を創造していく手がかりを見出すことです。
特に社会課題に対しては、アートを通じて世の中の困りごとや人々の潜在的な欲求を感じ取るなど、答えのない問いを考え続けるためのトレーニングになると思っています。現在の価値観を未来につなげて新たな社会を作っていくために、潜在的な社会課題をとらえるのは、私たちのテーマの一つです。

アートが社会課題解決のヒントになるというわけですね。

課題が既に形あるものとして与えられると、解決するしか出口がありませんよね。そうではなく、課題になる一歩手前の「問い」を個々人で生み出せるのが、クリエイティブなんだと考えています。アートにはその力があると思うんですよね。
アートの前に立つと、意味が説明されないことによって不安が生まれます。どう受け止めればいいのかを考えることで、自分がさらけ出されるという感覚になると思うんです。そういう感覚は、日常生活を繰り返すだけだと、どんどん薄れていってしまいます。刺激に対して鈍感になり、与えられた問いに答えることに慣れてしまうんですね。
世の中の本質や変化に対して「答えのない問い」を日常的に考える環境を作れることが、アートを設置する大きな意味だと思っています。

アーティストとのコミュニケーションが大切

「THE CAMPUS」にはどのようなアート作品が設置されているのですか?

2022年6月現在、国内外10アーティスト、21作品を館内に設置しています。作品は大きく分けて、アーティストが純粋に作品として制作したファインアートと、この施設のための機能として公共性を持たせたパブリックアートの2種類です。

「TRACE – SKY – TOKYO STORY 09 (Ed. 1/2)」

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映画などの映像表現を主体に活動する姉弟ユニット、SHIMURAbrosの作品です。小津安二郎監督の映画「東京物語」と「Googleストリートビュー」がインスピレーションの源泉になっており、作品の中心に埋め込まれた電線の断片がミラーと偏光ガラスに挟まれることで、空間の奥に向かって断続的に繋がるいびつな風景が生み出されています。
立体でありながら映像を投影する新しい装置として位置づけ、作品に映り込む風景もアートの要素となっています。プライベートなエリアと街の外側の境界に設置することで、外の風景を中に取り込んだり、中の風景を外に広げていったり、境界を曖昧にする意味合いが加えられるのではないかと思っています。

「CAMPUS」studio BOWL

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店舗の内装なども手掛けるstudio BOWLというアートユニットが制作したパブリックファーニチャーで、コクヨの設計担当とコラボレーションしながら作ってきた作品です。アルファベットをモチーフとしたグラフィックを立体的に起こして「CAMPUS」を表現しています。
もともと廊下や駐車スペースといった生気のない場所だったところを、誰でも立ち寄りやすい、解放されたパブリックスペース・玄関口にしたいと思い制作。ランチや待ち合わせ場所としても使ってもらえ、子どもが集まって遊べるような場所になればいいという思いが込められています。

「PWM」WA! moto“motoka watanabe”

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キャンパスの中でも、パークサイドは誰もが出入りできる、最も街に開かれたフロアです。この場所にストリートピアノを設置したら面白いのではないかというアイデアから生まれました。それがアート作品であり、誰でも弾けて、自己表現できるピアノならば、この場がより豊かになるだろうと考えました。
今、使わなくなったアップライトピアノの廃棄が社会課題化しつつあります。中古のアップライトピアノをアートという形で再生し、新しい魅力を生み出すことも、社会課題について考えるきっかけになるかもしれません。

「未定」ダミアン・プーラン

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フランス在住のアーティスト、ダミアン・プーラン氏とコクヨ社員がコラボレーションして生まれた作品です。パリにいるダミアン氏が図案を考え、社員がワークショップで下書きやペイントを行い制作。
ワークショップ当日はパリのダミアン氏とZoomでつなぎ、リアルタイムでコンセプトのご説明や作品の塗り方のチェックをしていただきました。コロナ禍で社員同士が交流できる機会が減っていましたが、ワークショップを通じ、世代を超えて交流が生まれ、達成感を共有できました。

作品はどういう基準で選ばれたのでしょうか。

何かしらの社会課題を取り扱っているアート作品であることに加え、現在存命のアーティストの作品であることです。存命であることで、そのアーティストと直接コミュニケーションできる可能性が生まれます。アーティストの世界観を一方的に吸収するのではなく、トークイベントやワークショップなどで一緒に活動してアクションを起こすといった、活動の連鎖が生まれることを期待しています。
先ほどご紹介したダミアン・プーラン氏の作品は、最初からダミアン氏ご自身がコラボレーションを提案してくださいました。その意味をたずねると「美はみんなで生み出すものだから」と答えられたんです。
ダミアン氏は、アーティストも一人の人間であり、その人間が集まって社会を構成しているという考え方をとても大事にされています。私はダミアンさんの言葉を、アートは誰かが自分自身の表現を達成するものであるとともに、「人々をつなげる」ものでもあるのだと受け止めました。

アートを設置して感じた顕著な変化

作品を設置してから、社内に変化はありましたか?

月に数回、社内の希望者を募って1時間ほどのアートツアーを行っています。ツアー終了後、参加した社員から自発的にディスカッションが生まれるようになりました。また、参加者が別の参加者を紹介して次のアートツアーが組まれることも。そういう社員同士のコミュニケーションの広がりは着実に感じますね。
ツアーに参加した経営層からも「事業の中で、抽象的な考え方や変化に対する耐性を取り込むことの重要性を改めて感じた」といった感想をもらえるようになりました。効果として定量的な評価はできませんが、自分の意見を積極的に発信して周囲を巻き込んだ議論に発展させるなど、社員同士の会話の質は、THE CAMPUS完成後のこの1年で顕著に変わった印象があります。

クリエイティブに対してはどういう変化を期待していますか?

組織や企業体は、バックグラウンドの違う人たちが集まり、それぞれの役割を持ってコラボレーションしています。自分の領域の中に閉じこもったままで価値観を広げようとしなければ、自分の知らないものや興味がなかったものに触れたときに、気づきや感動を得られません。
アートは最初に出会ったときの違和感がとても大事で、それをいかに面白がれるか、もう一歩踏み込みたくなるかを試されるメディアだと思うんです。作品があることによって、社員が自分の知らない領域に触れることで「自分はこんなことをやりたいんだ」と声をあげやすくなるのではないかと思っています。

出会った人が新しいアイデアを生む開かれた空間

コクヨが考えるオフィスのあり方として、「THE CAMPUS」はどう位置づけられているのでしょうか。

「THE CAMPUS」を作るにあたって、オフィスに来る意味を問い直したいと考えました。オフィスで一番大事なのは、人に会いに来て、何か発見をして楽しい気持ちになって「ワクワク感」が生まれること。極論を言うと、ここには仕事をするために来なくてもいいんじゃないかと思っているんです。
「THE CAMPUS」ができてから、それぞれがオフィスに来る意味を見いだして自立的に集まってくる働き方が加速してきたと感じています。こうした変化を通じて、会社の文化がアップデートされていくような機運の高まりも感じます。
会社が楽しく親しみのある場所になれば自分の人生の価値向上につながりますし、オフィスに来ることが自己成長につながれば、結果として企業の成長にもつながります。こうした循環をオフィスの機能として達成できれば、オフィスはよりイノベーティブな場になるのではないかと思います。

働き方について、コクヨならではの特徴をお聞かせください。

縦割りの組織以上に、横のつながりでプロジェクトを進める働き方が加速度的に浸透してきました。異なる専門性を持った人たちが組織の垣根を越えて集まり、一つの価値を作ることに対してより積極的になっていると思います。何気ない会話からコミュニケーションが生まれることも増え、それぞれの「らしさ」をもった人間同士がつながっている感覚が増している印象はありますね。
動画や音声を配信できるスタジオを設置したのですが、それによって、社員が自らコンテンツを作って配信する動きが加速しています。PRの専門家に任せるのではなく「自分の言葉で話したい」「お客さまと直接繋がりたい」という欲求が、一気に社内に広がっていきました。社員自身が工夫して、世の中とコクヨとのつながりを作っていこうというスタイルが生まれています。

これからのオフィスのあり方は、どう変わっていくと思いますか?

開かれた空間で出会った人と人が新しいアイデアを生み出し、より新しいモノやサービスが生まれる。それもまたオフィスのあり方の一つかもしれません。「競争」よりも「共創」がより重要になってくると言えます。これからの世の中では、共創できる企業の方がより豊かなアウトプットを出せるのではないかという気がします。
「THE CAMPUS」を企画する際、オープンな場所にすることでさまざまなリスクが考えられました。それでも、ほんのわずかな勇気を出してやってみた結果、社内カルチャーが変わり、社外の方や地域の皆さまと多様な交流が生まれるなど、リスクよりも得られるメリットが大きかったんです。
もちろん、一概にどの企業にも当てはまることではありませんが、自分たちを殻に閉じ込めず開放的な場所にしていくことは、オフィスの可能性を広げる一つの方法論として有力な選択肢になると思います。

社会に寄り添い多様性のある未来志向を持つべき

将来的にどのような世界を実現したいとお考えですか?

コクヨが2030年に向けて設定した「長期ビジョン」では、人々が自律して社会で協働する「自律協働社会」を未来の理想像として置いています。「自律協働社会」では個人が持ち味をいかんなく発揮でき、社会の調和にも寄与している状態を理想としています。いわば人と社会のハーモニーが生まれている状態ですね。理想の未来に向かって、私たちもより創造的な価値を生み出していこうと考えています。

社会の価値観の変化により、クリエイターのあり方も変わってきそうですね。

創造性は誰もが持っているものとするならば、ある意味「すべての人がクリエイター」といえるかもしれません。一方で職能としてのクリエイターについていえば、社会に寄り添って多様性のある未来志向を持った人が活躍する機会が増えるのではないでしょうか。より良い世の中をイメージし、それに向けて自分自身のポテンシャルをどう発揮するかという観点で仕事をしていくことで、より持続性が高まると思います。

取材日:2022年6月7日 ライター:小泉 真治

コクヨ株式会社

  • 所在地:
    本社:〒537-8686 大阪市東成区大今里南6丁目1番1号
    THE CAMPUS:〒108-8710 東京都港区港南1丁目8番35号
  • 創業:1905年(明治38年)10月
  • 資本金:158億円
  • 事業内容:文房具の製造・仕入れ・販売、オフィス家具の製造・仕入れ・販売、空間デザイン・コンサルテーションなど
  • URL:https://www.kokuyo.co.jp
  • THE CAMPUS:https://the-campus.net

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