フジテレビが開発するプレイスメントサービス「iCADs」AI活用で完成後の作品に新広告掲載が可能に?!

Vol.213
株式会社フジテレビジョン 編成制作局 編成ビジネスセンター ビジネスセンター事業部
Yusuke Fujikawa/Kazuo Nomura
冨士川祐輔氏/野村和生

映画やドラマなどの映像作品本編内にスポンサー商品を配置し、商品の認知度やブランドイメージの向上を図る広告手法「プロダクトプレイスメント」。登場人物がある特定メーカーの缶飲料を手にする場面や、街にある建物に特定企業の看板が表示される場面を身近なドラマや映画で目にしたことはあると思います。

従来、スポンサー商品の現物をセット内に配置して撮影していたため、スポンサーと制作の間で起こる進行上のバッティングや、商品リニューアル時に新商品に差し替えたいというニーズに対応できないといった課題がありました。そうした課題を克服するべく、株式会社フジテレビジョンとロンドンを拠点とするデジタル・プレイスメント専門会社「MIRRIAD」社が開発したのが、AIを活用したデジタル・プレイスメントサービス「iCADs(アイキャズ)」です。

サービス開発の背景、現状の課題、将来の展望について、同社の編成制作局 編成ビジネスセンター ビジネスセンター事業部 局次長職DX担当・冨士川 祐輔(ふじかわ ゆうすけ)さん、同部長職PF担当・野村 和生(のむら かずお)さんのお二人にお話を伺いました。

AIが映像の中から「プレイスメント」にふさわしい空間を解析

株式会社フジテレビジョン 編成制作局 編成ビジネスセンター ビジネスセンター事業部
局次長職 DX担当・冨士川 祐輔さん

初めに、AIを駆使したデジタル・プレイスメントサービス「iCADs」の概要を教えてください。

野村さん:端的に言えば、AIで映像内の空間を解析して、映像内に広告をはめ込んだり、スポンサー商品をCGにより差し替えるサービスです。これまでは、撮影中にスポンサー商品の現物をセット内に配置させていました。例えば、飲料メーカーの商品を作品内のセットに配置して商品を見せるのは一つの方法です。商品のリニューアル時に新商品に差し替えられたらさらに商機があるのではとということで、自社で開発したのが「iCADs」でした。

どういった経緯で、開発に至ったのでしょうか?

冨士川さん:フジテレビでは、動画配信サービス「FOD」を運営しています。「FOD」内だけでなく、外部の動画配信サービス「TVer(ティーバー)」や「GYAO! (ギャオ)」で広告付きの無料動画を配信「AVOD(Advertising Video On Demand、エイボット)」を展開していたことが基礎にありました。

CMには面白い現象があり、テレビCMは視聴者からのネガティブな反応が少ないんです。一方、配信動画のインストリーム広告にはネガティブな反応が多く見られるんです。実際に、「配信動画になぜ広告が入るんだ」というユーザーからの声も多くありますし、広告を嫌ってサブスクに切り替える方もいらっしゃいます。ネガティブな反応の理由はおそらく視聴者に「自分で選択して見ている」という意識があるからだと思うんです。コンテンツプロバイダーとしてユーザーのストレスをどう解消できるか。

その方法のひとつとして企画したのが、映像と映像の間にCMを挟むのではなく、映像内にスポンサー商品を登場させる「デジタル・プレイスメント」という手法でした。さらに、AIを駆使して過去の作品も容易に加工できるようにと開発したサービスが「iCADs」です。

AIを活用しているとのことですが、クリエイターが手を動かす部分もあるのでしょうか?

冨士川さん:もちろんです。AIの役割は、映像内の空間を解析して新たに商品が配置できるスペースを見付けることが一つ。また、「プレイスメントに適した場面か」「合成の工数はどれほどかかるか」などを見きわめます。上がってきた候補のシーンから、プレイスメントに適したものを人が取捨選択し、そこからクリエイターがCG合成などの作業に取り掛かります。

「ワンカットも映っていない!」デジタル技術導入前にあった様々な課題

株式会社フジテレビジョン 編成制作局 編成ビジネスセンター ビジネスセンター事業部
部長職PF担当・野村 和生さん

「iCADs」開発の背景には、広告に関する様々な課題を克服する意図もあったそうですね。

冨士川さん:「コンテンツ制作進行のバッティング」はその課題の一つです。例えば、スポンサーとコラボレーションしたインフォマーシャル(通常のCMのより長尺の広告映像)、ドラマ内の登場人物が商品を紹介する物語仕立てのCMを視聴者のみなさんも見たことがあると思います。ドラマと並行してインフォマーシャルを撮影する際、スポンサー側の広告代理店担当者が、商品をアピールするため「商品の向き」や「照明の当たり方」など、露出量を細かくチェックします。この作業自体は当然のことなのですが、一方でドラマ本編の合間に撮影しているというスケジュール上の問題も発生します。ドラマ本編の撮影に影響がでるほど時間や労力がかかると、出演者や現場スタッフのモチベーションが低下することは想像が付くと思います。

スポンサーの意向も実現しつつ、ドラマスタッフのモチベーションを保てる仕組みが必要です。そこで、デジタル技術を生かして、完成した作品にあとから商品を登場させられれば、双方にメリットが生まれると考えました。「iCADs」を使えば、登場人物が持っている缶飲料を新商品や別の商品に差し替えることも可能ですし、アーカイブ配信時に商品リニューアルやスポンサーの交代があった場合でも、対応できるようになります。

スポンサー側にも意向がありますし、他にも課題はあったのではないかと思います。

冨士川さん:リアルなプロダクトプレイスメントにおいては、作品完成後に商品の「露出量」をコントロールすることが難しいのは確かです。撮影時には広告代理店の担当者がチェックしていても、編集では「ワンカットも映っていない」ということが起こり得ます。編集はドラマを最高な形にするための作業ですので、商品が写っているかどうかは関係ないからです。そうした問題も「iCADs」で編集後の完パケに対してデジタル・プレイスメントできれば克服できる可能性が生まれました。
野村さん:作品の完成後、問題のある箇所の「削除の難しさ」という課題もありました。例えば、Tシャツに著作権のからむ歌詞が描かれている、あってはならないことですが、商品のデザインに他の著作物を流用しているなど瑕疵があった場合、のちにパッケージ化やアーカイブ配信できずに「お蔵入り」になったり、CGによる修正に多大なコストがかかりました。「iCADs」であれば、出演者に無地のTシャツを着てもらえれば、絵柄を追加したり差し替えることができます。クリエイターが作った作品が無駄になるのを防げます。

全編で「iCADs」を活用したドラマ「片想いの彼のために捜査してたら、いつのまにか名探偵になりました。(仮)」で得たノウハウを生かしたい

すでに「iCADs」を活用して製作された作品が展開されていますね。

野村さん:まず、ドラマ「木のストロー」(22年2月)で実証実験をしました。その後、FODオリジナルドラマ「30禁 それは30歳未満お断りの恋」(22年6月)でも「iCADs」を活用し、23年1月に地上波で放送したドラマ「片想いの彼のために捜査してたら、いつのまにか名探偵になりました。(仮)」では、見逃し配信時に「iCADs」による登場人物が持っている缶コーヒーのラベルを差し替えたり、街の風景に移る建物に看板を合成するなど、映像を再構成しました。

将来的な広がりも期待されますが、「iCADs」を使った制作現場ではクリエイターにどのような影響があるとお考えでしょうか?

野村さん:先ほど紹介した「木のストロー」から「30禁 それは30歳未満お断りの恋」までの段階では「iCADs」に何ができるのか、サービス考案の前に完成した作品ですし限界値が分かりませんでした。その後、冨士川さんに「全編で活用したデモドラマを作ってみましょう」と提案し製作したのが「片想いの彼のために捜査してたら、いつのまにか名探偵になりました。(仮)」でした。監督選びに関しては、完成作品の映像内でスポンサー商品を擬似的に差し替えるのは、著作者人格権の「同一性保持権」にも関わる可能性があるため、こういう実験的なプロジェクトを面白がって制作に関わってもらえる監督を探しました。

結果、日暮 謙(ひぐらし けん)さんに監督を務めていただきました。これまでの作品と異なり、のちにスポンサー商品を登場させるため映像内に空白の空間を設けるなど、演出時に考えるべきことも異なりますが、制作時の変化はさほど気にしていなかった印象です。ただ、加工後の映像について街の風景を映したシーンで「看板が大き過ぎませんか?」と言われたことがあり、自分の撮った画にどんな形で広告物が入ってくるのかを気にされていましたね。缶コーヒーをトラッキングするため、缶コーヒーの持ち方にも工夫が必要で、そういった細かな事にも対応していただきました。

冨士川さん:技術の進歩でAIによる空間認識の精度が上がっていくのを期待したいですね。「片想いの彼のために捜査してたら、いつのまにか名探偵になりました(仮)」では我々も「AIにどこまでできるか」が分からないなか撮影を進めていきましたが、その結果、現段階でのAIの性能を色々と把握できましたので、次に「iCADs」を用いたドラマでそのノウハウを生かしたいです。

本格的な「iCADs」の普及は今後かと思います。将来への展望はいかがでしょうか?

野村さん:立ち上がったばかりですし、スポンサーや広告代理店側への浸透がまず一番の課題です。新技術に興味ある方からの反応はありますが、より広く周知しなければと思っています。また、出演者側への浸透も課題です。例えば、出演者が作品内で持っている缶飲料のスポンサーとは別のスポンサーのCMに出演している場合はどうするのかなど、問題点を出しきれていないので、少しずつ整理していきたいです。
冨士川さん:今、変革期だと思うんです。野村くんがドラマ制作時に「面白がって制作に関わってもらえる監督」を探したと話していましたが、僕ら自身も柔軟に、面白がってやっていかなければと思っています。そしてなにより、視聴者にとって快適なコンテンツ体験をいかに提供するか、その上でどうビジネスとして成立させるかという視点が重要だと考えています。「iCADs」もそのひとつとして企画しましたが、こういたった取組みを次々と提案していきたいです。

取材日:2023年2月10日 ライター:カネコ シュウヘイ

iCADs(In Contents Ads)

AI技術を活用して短期間で動画内に広告情報や商品情報を合成・再構築し、”地上波番組とは異なるコンテンツ”として配信するサービス。
動画内に広告情報を付与するAVOD(広告情報付き無料動画配信)の新しい形です。これは、フジテレビがMIRRIAD社と共同でサービス開始をめざしている配信コンテンツ向け広告情報サービスで、視聴ユーザーに配信コンテンツ視聴中にインストリーム広告で中断されることの無い快適な視聴体験や情報付与による新たな楽しみの提供を目的としています。また広告主にとっても番組内に新たな広告情報機会の創出とブランド認知拡大を目指すことが可能となります。

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