グラフィック2024.08.14

舞台裏大公開! インハウスデザイナーが彩る動物園・水族園デザインの世界~「ようこそデザニャーレ」

Vol.230
公益財団法人東京動物園協会
教育普及係 デザイナー
北村直子、神山紗織、齋藤未奈子

四季折々の風景と多様な生きものたちで訪れる人々を楽しませてくれる都立動物園・水族園。実は専門のインハウスデザイナーがいることをご存知ですか? そんなデザイナーたちのクリエイティブな世界を覗ける特別展示「ようこそデザニャーレ-東京どうぶつえん すいぞくえんデザイン室-」(以下、デザニャーレ)が、井の頭自然文化園で2025年1月13日まで開催中です。

デザニャーレでは、解説パネルや案内パンフレット、講演会のチラシ、クイズシート、ギフトショップの商品など、園内のあらゆるデザインの裏側を紹介。普段はなかなか目にすることのないデザインの面白さや工夫、そしてその重要性について伝えています。

今回は、都立動物園・水族園で活躍する3人のデザイナー北村直子氏(写真左、井の頭自然文化園)、神山紗織氏(写真中央、恩賜上野動物園)、齋藤未奈子氏(写真右、葛西臨海水族園)にインタビュー。普段の仕事内容から、デザニャーレの開催背景、見どころ、そして未来のビジョンまで熱く語ってもらいました。デザインの舞台裏を、一緒に覗いてみませんか?

デザインが生み出す動物園・水族園の魅力

動物園・水族園のインハウスデザイナーは、普段どういったお仕事をされているのですか?

北村さん:井の頭の場合は、園内のデザインに関わるほぼすべての部分を監修しています。園内のパネルやチラシ、ポスターなどのデザイン物、売店のグッズや商品、チケットなどの制作だけでなく、それらがきちんと園の雰囲気に合っているかのチェックも行います。ベンチや建物の壁などを塗り替えるときは、色選びを任されることも。また、近隣の施設とイベントを開催する際には、協力しながら制作を進めることもあります。

とても幅広い領域をカバーしているのですね。動物園・水族園におけるデザインの特徴はありますか?

北村さん:生きものの特徴を正確に伝えることが最も重要です。ある程度のデフォルメは可能ですが、生物学的に正しく伝えられているかどうかを常に気をつけています。例えば、ゾウのデザインなら、アジアゾウとアフリカゾウの違いを正確に表現しなければなりません。そのためには他の職員とコミュニケーションを取り、正確な表現を監修してもらう必要があります。この点が他のデザイナーさんとは異なるところだと思います。
齋藤さん:例えばイラストでは、生きものをかわいく描きたい場合に、省略したくなる部位がどうしてもあると思います。しかし、動物園や水族園では、大事な特徴は省略せずに描きます。キャラクタライズされた生きものではなくて、野性的な部分や生き生きとした動きなど、リアルな生きものの特徴を伝えることを意識していますね。写真を選ぶ際も、魚が泳いでいるときのヒレの見え方なども考慮し、大事な部位や説明したい箇所がきちんと写っているか、確認するようにしています。

生きものの魅力を伝えるために、大切にしていることは何ですか?

神山さん:生きものを好きになってほしいという気持ちがあるので、まずはその興味を引くことが大事だと考えています。そのために、ちょっと怖かったり、不思議だなと思わせるような要素を取り入れたりするなど、ぱっと見て「すごい」とか「面白い」と思わせる伝え方やデザインを心掛けていますね。
北村さん:例えば、大きな前歯をしっかり描いたとすると、その動物が何を食べているのか興味が湧くでしょう。ほかにも、内臓や骨が見えているデザインを取り入れたり、外見はふわふわして大きく見えるけれども、実際の体のサイズは思いのほか小さいことを示したり。そういったちょっと不思議で面白い要素を取り入れる工夫は、常に意識しています。

これまでに手がけたプロジェクトの中で、特に印象に残っているものを教えてください。

齋藤さん:葛西臨海水族園には、「イキモノマヂカ」というコーナーがあります。水族園の各部門と協力し1年かけて作り上げた、生き物をより間近に感じられるしかけがいっぱいのコーナーです。

展示場内には3つのエリアがあり、例えば「ゾゾゾノマヂカ」というエリアではフナムシやゴカイなどの生きものをフィーチャーしています。人によってはゾゾゾっとしてしまうような生きもののすごさや面白さを伝え、身近に感じてもらうために、ゴカイが砂浜にどれほど多く生息しているかを床からライトアップして見せたり、フナムシが実はゴキブリではなくダンゴムシの仲間であることを標本で並べて見せたり、チームの皆で頭をひねってさまざまな展示手法を考えました。

オープン当初は不安もありましたが、来館者からは「面白い」という反応が多く寄せられました。各担当者でアイデアを出し合い、他の水族園では見られないアプローチを取り入れ、一から広い展示を作り上げたことで、水族園にとって特徴的なコーナーが完成しました。今でも来場者からの反応があり、自分にとっても手応えのある、印象的な展示となっています。


葛西臨海水族園「イキモノマヂカ」の展示風景
(画像提供:公益財団法人東京動物園協会)
神山さん:上野動物園では毎年、両生爬虫類館で特設展示を行っています。ある年の展示では、両生類や爬虫類への「気持ち悪い」「怖い」というイメージを払拭するため、飼育担当者と打ち合わせを重ねながら、「ハぺぺ博士」という両生類や爬虫類の研究に情熱を注ぐ架空の研究者キャラクターを作りました。展示会場は博士の研究室で、博士の研究にまるで興味のない孫娘も気まぐれに登場する設定にしました。博士が発見した両生爬虫類の面白さが書かれた沢山のメモや、孫娘との掛け合いなど、楽しくわかりやすく表現した結果、多くの人がハぺぺ博士とその研究に興味を持ち、両生類や爬虫類の魅力を新たな視点から伝えることができました。

恩賜上野動物園両生爬虫類館「ハぺぺ博士研究所-あしのナゾ」の展示風景
(画像提供:公益財団法人東京動物園協会)  ※現在は終了しています
北村さん:井の頭自然文化園には、「いきもの広場」というコーナーがあります。通常の動物園の展示とは異なり、生きものを飼育して見せるのではなく、身近にいる昆虫など野生の生きものが自然に集まるような仕掛けをして、子どもたちに生きもの探しを楽しんでもらう場所です。

長い間活用されていなかった一画を整備し、生きものを呼ぶためにさまざまな木を植えたり池を作ったりして環境をつくり、看板のデザインや入口の設計なども広場の雰囲気に合わせる工夫を試みました。特に印象深いのは、入口の看板の制作です。大きな栗の木の板を使って看板を作ることになったのですが、あまりに飾り気のない無骨な板だったので、はじめは看板になった姿が想像できませんでした。

井の頭自然文化園「いきもの広場」の入り口看板

それでもラフスケッチを描き、知り合いの木彫職人に渡すと、見事に私のイメージ通りの看板を作り上げてくれて。自然に溶け込むデザインとなり、「いきもの広場」としての個性がしっかりと形になりました。このプロジェクトを通して、業者さんとの関係の重要性も学びました。「いきもの広場」は井の頭自然文化園ならではのスペースであり、とても誇りに思っています。

展示を楽しみながらデザインのプロセスも追体験

デザニャーレは、恩賜上野動物園、多摩動物公園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園の4園が連携した特別展示だと聞きました。開催の背景をお聞かせください。

北村さん:日本では、専属のデザイナーがいる動物園や水族園はほとんどありません。多くの施設では、職員が普段の業務と兼業してポスターなどを手づくりしているため、伝え方や見せ方に技術的な課題も多いと聞きます。一方で、欧米の動物園や水族園では、専門のデザインチームや部署があることが比較的多いんですね。

こうした背景から、都立動物園・水族園では約17年前から、デザインを担当する専門スタッフの採用をはじめました。デザイナーが関わることで、動物たちの魅力をより親しみやすく伝えられ、園内のデザインも統一感が生まれて、それぞれの園のイメージがしっかり確立されたと感じています。

私たちデザイナーは、各園の教育普及係という部署に所属しています。この係の仕事はおもに、さまざまなプログラムや特設展の開催、園内の解説パネルやパンフレットの制作などを通して、生きもののことや園の取り組みを多くの人に伝えることです。デザニャーレは、その4園の教育普及部門を取りまとめる教育普及センターと私たちが中心となって企画しました。

デザニャーレでは、今までにデザインしたチラシやグッズ、ポスターなどが展示されています。開催の大きな目的の一つは、これまでの総括として制作物を展示し、多くの方々に見ていただくことです。都立動物園・水族園のインハウスデザイナーの仕事を広く知ってもらえればうれしいですね。

神山さん:この特別展示では、その目的が果たせていると感じます。来場者アンケートでは、この展示を見てはじめて動物園や水族園にデザイナーがいると知った方が7割ほどいらっしゃいました。

また、内部のスタッフにとっても、普段は分かりにくい他部署の業務を理解するきっかけになります。生きものの魅力を伝える工夫に園全体で取り組んでいる姿勢をスタッフ自身が再確認することで、日本の都立動物園・水族園に専任のデザイナーが採用されるムーブメントがさらに広がればと思っています。

今回の特設展示は、デザインのプロセスも紹介したいと考え、新しい試みを取り入れながら作り上げました。ふだん、いきものをテーマとした特設展を作っている私たちにとって、デザインをメインにした展示ははじめてだったので、私たちも手探りの部分がありましたが、東京都美術館の学芸員の方にアドバイスをいただきながら進めました。

具体的には、どのような新しい試みに挑戦されたのでしょうか?

北村さん:新しい試みとして、デジタルアーカイブの作成があります。これまで、デザインされたものをまとまった形で保存することがなく、個々にチラシを集めて持っている程度でした。それを一つにまとめ、デジタルアーカイブを作成し、展示会場内でも閲覧できるようにしました。誰でも検索してチラシや冊子、グッズ、ギフト商品などを見ることができるようにしたのは大きな進展です。これをきっかけに、今後もデジタルアーカイブをより充実させていければ良いなと考えています。
齋藤さん:実はこれまで、3人で一緒に仕事をする機会はなかなかありませんでした。今回の特設展示にあたって、過去の制作物から何を抜粋するかといった作業を通じて、お互いに知らなかった仕事を知ることができたのは、とても良かった点だと思っています。

3人の連携はすぐにうまくいきましたか?

神山さん:はい。展示エリアのコンセプトや展示の方向性を決める話し合いは全員で行いましたが、制作作業に入ると、それぞれのエリアを担当する形になったので、各自の個性が発揮しやすかったのも、連携がうまくいったポイントの一つだと思います。
齋藤さん:私にとって、今回のチラシ作りは新鮮でした。各園にデザイナーは一人ずつということもあり、普段は一人で作業することも多いのですが、今回のチラシは3人でコンセプトを考え、イラストを北村さん、デザインを自分が担当する形でできあがったものです。普段のプロセスとは異なるため、わくわくしましたね。デザインのコンセプトを3人で話し合い、多くのアイデアを出し合うことで、刺激的な作業になりました。
北村さん:今回の特設展示は、未来のデザイン室という設定で行っています。3人のデザイナーが日本の生きものをフィーチャーする企画の真っ只中にいる、という前提で進めました。実は、キャラクターに猫を使ったのは、神山さんが今回の展示に「デザニャーレ」という名前を提案したのが発端なんですよ。
神山さん:「デザイン」の語源がラテン語の「designare(デジナーレ)」にあり、それを少し変えて「デザニャーレ」という造語にしました。「ニャ」という響きで言葉のイメージが柔らかくなり、生きものらしさ、特に猫っぽい印象を持たせます。登場する架空の展示スタッフも猫にちなんだ名前を持っていて、出勤表も作成しました。こうした遊び心をいくつも散りばめているので、ご来場の際はぜひ探してみてください。
北村さん:猫のイラストは家猫をシンボルとして描いたので、あまり正確には描いていません(笑)。猫のキャラクターにしたことで、デザイナーという“人”にスポットが当たるのではなく、あくまでも展示の中身に集中してもらいやすくなったと思います。未来のデザイン室という設定がより際立ったのも、猫のおかげだと感じますね。

デザイナーの視点から、デザニャーレの見どころを教えてください。

齋藤さん:やはりデザイナーのデスクをモチーフにした展示が面白いと思います。デスクが3つ並んでいて、それぞれ動物園と水族園ならではの個性が反映されているんです。デザイナー3人の個性ももちろん現れていますし、じっくり見ていると、それぞれの仕事のイメージが浮かび上がってくるような体験ができます。この特設展示の計画を立て始めた際に、「デザインとは」といった説明を加えず、雰囲気から感じ取ってもらえるようなアプローチにしたいと考えていました。まさにそれを体現したような3つのデスクになっていると思います。

デザイナーデスクが並ぶ展示コーナー。


動物園・水族園ならではの「赤入れ」にも注目。
 
神山さん:私は「赤入れ」に注目してほしいですね。例えば動物園では、生きもののイラストに対して、飼育担当者から「今は冬だから夏毛の模様ではない」といった細かい指摘が入ります。動物園ならではの赤入れや、水族園ならではの赤入れが、それぞれの原稿にあるんです。これはデザインに興味がない方でも「なるほど」と思うポイントだと思います。また、何気なくつくられているものにも、多くの人が関わっていることが分かってもらえるはずです。そこが見どころですね。

多くのデザイナーと連携して動物園・水族園の魅力を発信したい

動物園・植物園のデザイナーになるために必要な経験やスキルはありますか?

北村さん:まずは、コミュニケーション能力が必要です。スタッフにはさまざまな専門家がいますし、外部の業者や作家、お客さんともやり取りがあります。人に伝えるための仕事でもあるので、周囲とスムーズにやり取りし、意図をきちんと汲み取って形にする能力が必須だと思います。また、動物をかわいいという目線だけでなく、客観的に見ることも大切です。

デザインには自分の表現を追求するという大事な部分もありますが、動物園や水族園のインハウスデザイナーには、許容範囲を広げて柔軟に対応することが求められます。さまざまな仕事の経験や、異なる考え方の人たちと接する経験があると、実務において融通が利くかもしれませんね。

今後、挑戦してみたいことや目標を教えてください。

神山さん:各園のデザイナーが日常的に連携して仕事ができる環境づくりを進めたいですね。今回、3人が集まると、自分一人では思いつかないアイデアが出るのがとても面白かったので、そうした協力の機会がもっと増えるといいなと思います。
齋藤さん:アイデアに加え、手法や素材の情報交換も非常に役立ちます。例えば、「屋外に掲示するならこの素材がいい」とか「動物園ではこういう方法を使っている」といった情報を共有できると、一人ではなかなか思いつかないことも分かるようになります。まだ人数は少ないですが、都立動物園・水族園のデザイナー同士で、日々連携できる環境があるといいですね。
北村さん:将来的には、この「デザニャーレ」のように動物園・水族園にもっと多くのインハウスデザイナーが関われる未来を実現していきたいです。専門デザイナーではなくても、もっとたくさんのデザイナーがこの分野に関わり、デザイナー同士で広いネットワークを持てるようになりたいと思います。動物園のデザインにもし興味のある方がいらしたら、積極的にチャレンジしてください。皆さんと一緒に新しいデザインの可能性を探求して、動物園や水族園をさらに魅力的な場所にできれば、とてもうれしく思います。

取材日:2024年6月20日 ライター・スチール:小泉 真治

『ようこそデザニャーレ-東京どうぶつえん すいぞくえんデザイン室-』


ようこそデザニャーレ
-東京どうぶつえん すいぞくえんデザイン室-

期間 2024年3月31日(日)〜2025年1月13日(月・祝)
各日9時30分~16時30分
場所 井の頭自然文化園 動物園(本園)資料館1階

特設サイトURL
https://www.tokyo-zoo.net/event/designyare/

特設InstagramアカウントURL
https://www.instagram.com/designyare/

 

会場はデザイン担当のスタッフが働く未来の「デザイン室(通称デザニャーレ)」という設定。会場マップを手にして、デザイン室をのぞいてみましょう。

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