映画を仕事にしたいすべての人へ─映画監督を多数輩出するNCW。徹底した実践主義で、企画から完成までを学ぶ
社会人や学生を問わず、映画業界への情熱を抱く人たちが集う学校「ニューシネマワークショップ」(以下、NCW)。実地体験で基礎から応用までを学べる環境には、クリエイターをめざす人のための「つくるコース」と、配給や宣伝で活躍したい人のための「みせるコース」の2コースがあります。
本稿では、かつて受講生として学んだ経験のあるNCWの「つくるコース」ディレクター・小川和也氏、映画監督の野本梢氏に、自身が体験したNCWでの受講体験などを聞きました。
ベーシックとアドバンスで段階的に技術習得
NCWの「つくるコース」では、何を学べるのでしょうか?
小川和也さん(以下、小川さん):第一線で活躍する現役映画クリエイターの方々による講評を受けながら、映画制作の知識やノウハウを実地体験で学べます。コースはベーシックとアドバンスの2種類のクラスがあり、べーシックは映像制作に興味のある方、自己流での映像制作経験があってもプロの現場で学んだことのない方が主な対象です。
まず、座学でシナリオの書き方、作品制作の流れ、プリプロダクション(撮影準備)の過程、ポストプロダクション(仕上げ)の方法など、基礎知識を学びます。その後は実習となり、グループと個人のそれぞれで1分程度の作品をつくってもらい、最後は1人で10分以内の作品を完成させるところまでを経験してもらいます。
ここまでの経験をもって、より専門的なカリキュラムへと進むのがアドバンスです。ベーシックの修了者だけではなく、他分野の映像制作経験はありながら「映画の現場経験はない」という受講生の方もいますね。座学ではベーシックからさらに踏み込んだ内容となり、予算組みやキャスティング、ロケハン(ロケ地の下見)、制作スケジュール作成などを学んでもらいます。実習ではまず、1人で90秒の作品を監督として作ってもらい、最終的には10人前後のチームで20分程度の作品を完成させます。
映画学校としては珍しく、配給や宣伝を学べるコースもあるんですよね
小川さん:映画を世に広める仕事に就きたい・映画ビジネスを学びたいという方に向け、みせるコースも設けています。こちらは、配給、宣伝、興⾏、映画祭、メディアなど、映画業界の第⼀線で活躍する映画⼈が講師を務め、全授業がハイブリッド形式なので、フルリモートでの受講も可能になっています。
日本の映画産業の変遷、配給ビジネスの仕組み、海外映画の買い付け方法や映画宣伝のノウハウなど、座学と実習を通し、映画を配給・宣伝する仕事を体系的に学び身に付けることができる、日本で唯一のコースです。
受講されている方の年齢層も教えてください。
小川さん:20代前半〜30代半ばがメインとなります。(つくるコースの)ベーシックとアドバンスはいずれも半年間で、毎週土曜日に開講しているので、平日に本業を持っている社会人の方も多いです。映画が好きな人はもちろん「ミュージックビデオを作りたい」「YouTubeの映像制作に生かしたい」など、他分野に関心のある受講生もいます。
昨今懸念される映画界のハラスメント対策に合わせたカリキュラムもあるそうですね。
小川さん:2022年に「#MeToo」運動が大きく取り沙汰された当時、講師として来ていただいていた日本シナリオ作家協会がハラスメント根絶への声明を発表しました。その中でも脚本家・小川智子さんがこの声明発表の中心となっていたこともあり、NCWのレクチャーでもハラスメント防止について詳しくお話いただくようになりました。そして、映画制作を教えるときもハラスメント防止に重きを置いてレクチャーをするようになりました。
多くの人が力を合わせる映画製作の現場は、独りよがりではけっして成り立ちません。作る人にどれほど才能があったとしても、誰かが不幸になる現場ではいい作品をつくれないとの問題意識から、カリキュラムを新設しました。スタッフが無理なく作業できるようなスケジュールを組む、炎天下でキャストの方の負担にならないように日傘を用意するなど、実際の現場を想像できるような内容を伝えています。
社会人として働きながら未知だった映画づくりの世界へ
『愛のくだらない』(20)等の作品で、全国の映画祭で数々の受賞歴がある野本監督も、かつては受講生だったそうですね。
野本梢さん(以下、野本さん):大学卒業後、社会人2年目のタイミングでNCWに入学しました。当時はミュージックビデオの制作に興味があり、夢を実現するために映像制作会社で働いていましたが、お弁当を運んだり、道路使用許可を取ったりと、いっこうに制作技術を学ぶことができず、先輩ですら同じ状況だったので将来どうしようかと思っていたんです。そんなときに「シナリオから勉強しよう」と思って、まずはシナリオ制作の学校に通いました。そこで、作品の企画を課題として提出したら、先生から「映画を撮ってみれば?」とすすめられたんです。学べる場所はどこかと探して、見つけたのがNCWでした。
入学の決め手は何だったんでしょう?
野本さん:主宰の武藤起一さんによる説明を受けて、自由につくれる環境が合っていると思ったんです。ほかの映画学校では学生さんが多いのに対し、NCWは社会人の割合が高かったので、私でも通いやすいと感じられたのも決め手でした。通っていた当時は毎週火曜日に授業があり、先ほどの映像制作会社や掛け持ちの仕事もしていた私にとって、平日に受講できるのは魅力的でした。
現在はディレクターですが、小川さんも受講生だったと聞きました。
小川さん:野本監督と同期で、入学は25歳でした。当時は派遣会社の営業として働いていましたが、ずっと「この先も今の仕事を続けていけるのか」と悩んでいて、ふと「幼少期から映画が好きだった」と思いだしたんです。そこから映画づくりを学べる場所を探して、一番に出てきたのがNCWでした。ただ、当初は本業が忙しくて、資料請求しただけで入学を決めていなかったんです。忘れかけていたところ、1年後にまた資料が送られてきて、説明を聞きに行ったら、丁寧なスタッフさんの対応に心をつかまれました。昔から憧れる映画監督の篠原哲雄監督も関わっていらっしゃると聞き「やりたいことをやろう」と思って、仕事を辞めて 入学を決めました。
修了後のサポートを受けてOB・OGの絆もより強固に
受講生時代の思い出はいかがでしょう?
野本さん:楽しかったですね。ベーシックの座学が終わり、初めての実習は小川さんと同じグループで撮影を経験しました。テーマが決まっている4コマ漫画を参考に「自分なりにカット割りを考えてみましょう。アイデアが思い浮かばなければ、テーマ通りに撮影してもかまいません」と言われたのを覚えています。
小川さん:僕らのグループは6〜7人で、1つのコマを2人で担当していましたね。
野本さん:すべての経験が新鮮で、受講生同士も仲よく、信頼できる仲間と学べました。ベーシックの卒業制作では、1人で初めて10分以内の映画を作る大変さもありましたが、映画づくりが嫌になったことは一度もなく、のめり込むきっかけになりました。いい思い出です。
小川さん:慣れない苦労もあったんです。アドバンスでみんなと協力して作品をつくりはじめてからは、頭の中で分かっていることを人に伝えるのは「こんなにも難しいのか」と痛感しました。例えば「ごめん」というセリフひとつとっても、どのような感情から出たものか、向き合う相手に伝えるためにニュアンスをどうするべきかと考えると選択肢は様々あって、悩みながらも、完成へと至った作品を見たときは感動しました。
野本さん:ベーシックの最後の実習で完成した作品は、お世辞にもクオリティが高かったと言えないほど自信がなかったんですが、主宰の武藤さんが褒めてくれたんです。その後、アドバンスの実習では監督に抜てきされて。そうした経験から、映画を撮り続けたいと思い、今に至ります。
共に学んだNCWのOB、OGとの交流はいかがでしょう?
小川さん:アドバンスの修了者は制作部に所属できて、シナリオや制作のアドバイス、NCWの機材利用、制作スタッフ紹介などのサポートも受けられます。それをきっかけに先輩・後輩関わらず交流もあって、輪を広げる人たちもいます。僕自身も、制作部経由で初めて手伝った長編映画の撮影現場で、先輩にあたる飯塚俊光監督と出会った経験があります。
野本さん:先輩から新たに紹介を受ける繋がりもありますし、私の映画でも、スタッフとして入っていただいた方もいました。
教える側となり講師と受講生の橋渡し役に
アドバンスの修了後、小川さんはなぜディレクターになったのでしょう?
小川さん:当初はフリーランスとして、映像制作のスタッフを続けていたんです。野本監督の映画にもスタッフとして関わりましたし、NCWで一緒に学んだほかの仲間の繋がりもありました。ただその後、生活もあるので小さな映像制作会社に就職したら、明らかにブラックな職場で心身ともにズタボロになって、退職して実家に帰ったんですよ。そのタイミングで、修了後もお世話になっていた、当時のコースディレクターの方からお声をかけていただいて働き始めました。当初の2〜3年はディレクターのもとで講師として働き、現場の環境を仕切るディレクターとなりました。
作る側から教える側となって、心境の変化もあったのでしょうか?
小川さん:ありました。今も映画を作りたい気持ちはあるんですけど、才能ある方々を見てどこか「自分には無理だ」と感じることもあります。特に、野本監督の現場では「これほどの情熱や労力を僕はかけられない」と痛感しました。ただ、映画づくりの環境自体が「どうすればよくなるか」を考えることだけは、野本監督に負けないとも思ったんです。そうして、考え方を切り替えられるようになったのは一つの変化で、今は講師と受講生の間で意思疎通をサポートするのが一番の役割だと思いながら、取り組んでいます。
野本さん:小川さんの思いを初めて知りました。ただ、多様な受講生たちがいる中で、映画作りのノウハウを丁寧に教えられる人は業界でも多くありません。一緒に撮影をしているときもそうでしたが、小川さんは観客の皆さんに近い、一般的な視点で意見をくれるのです。映画づくりにおいて、そういった客観的な意見をいただけるのは、とてもありがたいことです。
映画づくりを志す人たちが自由な発想を具現化できる場所
最後に、NCWの受講を検討されている方へのメッセージをお願いします。
野本さん:自由な発想で映画づくりを学べて、第一線の講師陣から作品に対する具体的なフィードバックをいただけるのがNCWの魅力です。それに、実習が多いため、すぐに自分の実力や成長を実感できるワークショップはほかの学校と比べても珍しい。卒業後には制作部のサポートもあり、同期との絆も生かしながら監督としての活動を続けられるのも心強いですね。私も今も頻繁にNCWに足を運び、機材を借りたり、監督作の報告をさせてもらったりしています。映画づくりに取り組みたい方との新たな出会いを楽しみにしています。
小川さん:映画づくりを志す、すべての人に開かれた場所です。映画づくりへの情熱があるならば必ず、自分の作品を形にできます。僕は講師として、受講生に正解を押し付けるのではなく、1人ひとりが作りたいものを具現化できるように寄り添い、サポートするのを大切にしています。ベーシックとアドバンスがあるので、未経験者から経験者まであらゆる受講生に対応できますし、整った環境での映画づくりが「楽しい」と思っていただけるように努めていきたいです。
取材日:2024年12月16日 ライター:カネコシュウヘイ
ニューシネマワークショップ
- 代表者名:高田道代
- 創業:1997年
- 所在地:〒150-0011東京都渋谷区東1-29-3 渋谷ブリッジ5F
- ニューシネマワークショップ:https://www.ncws.co.jp/