和菓子で映す色彩と記憶。和菓子作家・坂本紫穗さんが見つめる創作のかたち
和菓子の世界に新たな感性を吹き込む坂本紫穗さん。独学で歩み続ける創作は、伝統に寄り添いながらも、独自の美意識で磨かれています。作品の透明感や繊細な色彩は多くの人を魅了し、「食べるのがもったいない」と評されることも少なくありません。
坂本さんは、見た目の美しさだけではなく、「食べる人のためにある和菓子」であることを大切にしていると語ります。伝統と現代のバランスをどのように捉え、創作に向き合っているのか。クリエイターが自らの道を切り開くために必要な視点とは何か。今回のインタビューでは、坂本さんの創作哲学に迫ります。
働き出してからの「満たされない」思いが、幼い頃の団らんの記憶と結びつく
坂本さんが和菓子と出会ったのはいつ頃だったのでしょうか。
和菓子との出会いについては、今も「謎解き」のような感覚があります。活動を続ける中で、思いも寄らないところが繋がったりするのですが、根底には「生まれ育った故郷への郷愁や懐かしさ」があると感じています。
私は栃木県の宇都宮市の豊かな自然の中で育ちました。祖父母・親世代・子供世代の3世代が同居する昔ながらの家で暮らし、どちらかというと「大人が中心の家」で育ちました。春が近づくと祖母が蓬(よもぎ)を摘んできて草餅作ったり、お月見の際には縁側にススキを飾ってお団子をお供えしたり、お正月には水羊羹を作ったり。そうした四季折々の和菓子作りが家族の日常の一部でした。
今思えば、私の育った家には家族や親戚、近所のおばあちゃんが集まり、昔ながらの手作りの和菓子を囲んでお茶を飲む時間がありました。私にとっては、それが“家族の温かい時間”そのものでした。
また当時、妹が乳製品アレルギーを持っており、誕生日にはケーキではなく和菓子を選んでいたことも大きいと思います。花の形の練り切りを嬉しそうに選ぶ様子などを見ながら、「和菓子=温もり・優しさ・団らん」というイメージが自然と定着していたように感じます。
和菓子作家を志したのには、どういった経緯があったのでしょう?
大学入学を経て、IT系企業に就職したのですが、忙しさのあまり、そういった家族と和菓子の思い出を振り返る余裕がほとんどありませんでした。仕事に没頭しながらも「何か違う」と感じては、土日を使ってあらゆる教室へ通いました。フランス料理、フードコーディネート、カラーコーディネート、カメラ…それらは全て好きなことではあるものの、やはり「何かが違う…」と感じることが多く、行き詰まっていました。
そうした27歳の終わり頃の朝方の夢に紫色の練り切りが現れて、「和菓子かもしれない!」と直感したのが始まりです。すぐに調べて実際に作ってみて「これは面白い。私に向いている」と感じました。
最初はそれを仕事にしようとは考えておらず、実家に持ち帰って祖母や母を喜ばせたい、妹に食べさせてあげたいという想いでした。当時は「自分の感性を表現できるから、和菓子作りが好きなのだろう」と思っていたのですが、今、子育てをしながら振り返えると、私の和菓子への動機付けが「郷愁のようなもの」に結びついていると気がつきました。子どもの頃に得た優しさや安心感と、自分の創作意欲が和菓子で再会したようなイメージです。
「職人」ではなく「作家」として――伝統と現代のバランス
代表作「ひとしずく」
それから和菓子作家として独立される決意を固めたのは、何か大きな転機があったのでしょうか。
東日本大震災が一番大きいです。当時はIT企業を退職し、フリーランスでWeb関係のコンサルティング業務を請け負いつつ、休日に和菓子を学ぶというスタイルでした。けれども震災が起きた時に、「いつ何があるかわからない。ならば一番やりたいことに一番多くの時間を費やそう」と考え直し、仕事を絞って、和菓子づくりの時間を平日に確保するようにシフトしました。
2014年頃に代表作となる「ひとしずく」を生み出されたと伺いました。
はい。震災直後の数年は、いわば「独学の修業期間」で、お茶の先生のお稽古用のお菓子を作らせてもらい、どんなものが喜ばれるのか、どうすれば「美味しそう」で「美味しい」のかを学ぶ時期でした。和菓子は見た目の精巧さだけを追求すれば良いわけではなく、「食べ物として魅力的か」も重要なので、とにかく食べる方の声を聞きながら試行錯誤を重ねました。
「ひとしずく」は、ある陶芸家さんの個展用に作ったお茶菓子でした。展示テーマが「雨を受ける器」だったので、小さな雨粒を拡大し、一滴のモチーフを寒天菓子で表現しようと考えました。水色の透明感がもたらす神秘性や、「食べるのがもったいないけれど口にしてみたい」という感覚を呼び起こすような表現を目指しました。
いざ作ってみると、「まさにこれが、自分が作りたかったものだ」と腑に落ちたのです。そこで初めて「作家としての自分」が確立できた感覚がありました。練り切り以外の素材でも、和菓子には多様な表現があるのだと実感した作品でもあります。
和菓子作りの道で、職人ではなく「作家」と名乗られているのはなぜですか?
私は学生時代も会社員時代も、言われたことを素直にこなすより、自分でルールもスタイルも決めていきたいタイプでした。「既存の文脈に乗る」ことをむしろ避けてきたところがあります。ですので、修業を経て“職人”と名乗るより、今までにない職種を作って自分だけで名乗るほうが合っていると思いました。しかもそのほうが職人の方々に迷惑をかけることもなく、かつ、自分の価値観も守れるような気がして。
歴史や伝統を持つ和菓子だからこそ、受け継ぐべき部分も大きいかと思います。一方でご自身の表現もある。そのバランスについてはいかがですか?
和菓子が何のためにあるかを突き詰めると、「食べる人のため」という結論に至ります。伝統的背景が重要な場面もあれば、依頼によっては「全く新しいものを作ってほしい」と言われることもある。つまり状況に応じてケースバイケースで“文脈”と“新しさ”を切り替えたり、時に織り交ぜている感じです。
いずれにせよ、あまりに多くのストーリーを詰め込んだり、作り手の思いを強く押し出したりすると、小さな和菓子に負担がかかりすぎてしまう。やはり私は「食べてみたい」「美味しそう」と感じられるシンプルな魅力や喜びが、何より大切だと考えています。
透明感あふれる独特の色彩。直感と計算が織りなす表現
坂本さんの作品は、美しい透明感や柔らかな色合いが印象的です。配色や制作過程へのこだわりをお聞かせください。
もちろん例外はありますが、基本的に色数を極力「3色以内」に絞りたいと思っています。白や透明もひとつの色として数え、それらを組み合わせて合計3色までに抑えるのです。食べ物は色を増やすほど不自然に見えてしまうので、なるべくシンプルに削ぎ落とし、少ない色数で十分な印象を与えられる方向性を探ります。
また、「何となく作る」のではなく、頭の中でしっかりと完成イメージを描いてから制作に臨むことを大切にしています。完全に同じグラデーションは二度と再現できないからこそ、本番で偶然生まれるニュアンスをうまく活かすことも重要です。私はフォルム自体を複雑にするよりも、色の流れや透明感・立体感で表現したいと考えています。
そのため、スケッチはごく簡単なメモ程度にとどめています。頭の中で立体的な完成形を思い描くほうが、自分の制作スタイルには合っているようです。本番での直感と集中力を大切にしながら、理想の表現に近づけていくことを毎回意識しています。
モチーフを決める際、他分野のカルチャーなどからインスピレーションを得ることはありますか?
むしろ私は、外から情報を入れすぎないようにしています。今はビジュアルも含めて膨大な情報があふれていて、頭が混乱してしまうのです。それより「自分はどういうものが好きで何を作りたいのか」を大事にしようと思っています。そして、自然を感じるのが好きなので、それは思う存分に楽しんでいます。例えば、空や花のグラデーションなどを見て、「ここにこんな微妙な色の差があるのだな」とか「この色の変遷は美しいな」と思うことは多いです。また、日々変わリゆく”風”の表情を読み、ささやかな情報を受け取ったりしています。
あとは、自分の感情を抑え込まないことを意識しています。自分の喜怒哀楽を認めると、他者の気持ちにも寄り添いやすくなる気がするのです。「今回のターゲットは若い世代だからポップにしよう」とか「大人っぽい雰囲気が求められているなら落ち着いた色調にしよう」といった方向性を想定するときも、「私だったらこんなお菓子がうれしいかも」と考えます。
クライアントの要望を取り入れながら、ご自身の作風も活かすバランスは難しくありませんか?
むしろ、そのバランスを考えること自体が楽しいと感じています。私は基本的に“誰かのため”でないとモチベーションが湧きません。クライアントから「こういう雰囲気の和菓子にしたい」と要望をいただくと、自分ならではの提案を混ぜつつ、相手の期待以上の佇まいに仕上げたいと考えます。
「あれこれ要望されると自由度が下がる」と思う方もいるかもしれませんが、それを自分に頼んでくれるのは「あなたの感性と解釈で素敵に仕上げてほしい」という期待でもあると捉えています。私は前向きに「さあ、どう超えていこうか」と考える性格のようです。
子どもたちに届けたい、和菓子の優しさと温もり
子ども向け和菓子の連載もされていますが、今後はさらに和菓子の楽しみを伝える活動に注力されるのでしょうか。
はい。端的に言えば、“和菓子が好きな人”を増やしたいと思っています。特に子どもの世代や若い世代に「和菓子ってこんな魅力的なんだ」と思ってほしい。ただ、一般的な和菓子は糖度が高めで、子どもには甘すぎることがあったり、食べやすさの面で小さな子どもには工夫が必要な場合もあります。
そこで、親御様が「これなら子どもに食べさせられる」「家でも作れる」と思えるようなレシピやキットを提案できないかと考えています。大人の感覚では和菓子がとても魅力的でも、子どもにはなじみにくい要素があるなら、そこをアレンジして“子ども向けのやさしい和菓子”を作れば、新たな可能性が広がるのではないかと思っています。
日本の風土や四季と深く結びついたお菓子だからこそ、家族で日常に取り入れられると素敵な体験になりそうですね。
そうですね。私自身、草餅など季節の食材から手作りしていた経験がベースにありますが、和菓子には「この季節はこういう味が美味しい」という感覚を自然と育む力があると考えています。
以前、海外で和菓子を作った際に、軟水でないと作りづらかったり、湿度の違いで乾燥して割れてしまったりと、さまざまな苦労がありました。改めて「和菓子は日本の気候と一体になっているのだ」と痛感したので、ぜひ子どもたちにも、日本ならではの四季の恵みや素材の風味をもっと身近に感じてほしいです。
最後に、これから何かを創作しようとしているクリエイターの皆さんに向けて、メッセージをお願いします。
私は和菓子を独学で歩んできました。紆余曲折ありつつも、自分自身の真心や純粋性を大切にしていれば、続けていくうちに仕事のスタイルなり作品なり、何らかの形が作られていくと実感しています。しかし、無理をしすぎると体調を崩し、結局は続けられなくなってしまいます。長く続けたいのであれば、なるべく早い段階で健康面や生活リズムを見直し、持続的に取り組める環境を整えることをお勧めします。
また、途中で「やはり自分には別の道が合っている」と直感することもあるかもしれません。そうした方向転換を臆せずに行ってほしいとも思います。「一度選んだ道だから」と頑なに突き進むのももちろん悪くはないですが、柔軟に路線変更して経験の幅や視野を広げることも、人生そのものや、後々生み出す作品にとってプラスになることも多いのではないでしょうか。「何が重要なのか」を見誤らず、心身ともに健全な状態を守る。そして紆余曲折な自分の人生を味わう。その先に、必ず得られるものがあると信じています。
取材日:2024年12月23日 ライター:小泉真治