新しい価値観と本に出会える居心地のいい場所「POST」
- Vol.125
- 「POST(ポスト)」オーナー 中島佑介さん
はじまりは、日本でまだ紹介されていない本を扱う古書店 ヨーロッパを周って1点ずつ古書を買い付け
「POST」は、いわゆる「本屋さん」のイメージとは全く違う本屋ですね。
もともと「limArt(リムアート)」という店名で、現代美術や写真集の古書を扱う本屋をやっていました。2011年に代々木VILLAGE by kurkkuがオープンするときに、Wonderwallの片山正通さんに声をかけていただいて本を扱うスペースを作ることになり、今までとは何か違う形のものができないかと考えて新刊の扱いを始めたのが今のスタイルのきっかけです。2013年にスタートしたここ恵比寿の「POST」では、定期的にひとつの出版社を取り上げて、古書と新刊を交えて紹介しています。
中島さんは大学を卒業してすぐに自分で本屋を始めたとのことですが、もともと本に興味があったのですか?
本が好きというよりは文化的なものすべてに興味がありました。学生の頃から企業に就職するのではなく、自分で小売業をやりたいと考えていました。最初は洋服が好きだったので、構造から勉強しようと思って文化服装学院に通ってパターンの勉強をしていました。学校に通ううちに、何かちょっと違う感じがしてきて、自分がやりたいのは洋服ではないと気がつきました。それでは、他に何かと考えて、本ならば自分の興味の範囲すべてをカバーできると思いました。
本屋を始めようと思って、まずは、どうされたのですか?
日本でまだ知られていない本を紹介する本屋にしたいと思い、ヨーロッパに本を買い付けに行きました。 学生時代にワタリウム美術館内のonSundays(オン・サンデーズ)というミュージアムショップでアルバイトをしていて、そこで扱っている本を見ているうちに、漠然と「ヨーロッパの出版物が面白い」と思いました。 それで、ヨーロッパに買い付けに行ったのですが、アテもないので、最初の数カ国では全然見つらず、ようやくオランダで現地の人との出会いがあって、そこからディーラーや出版社を紹介してもらい、日本でまだ紹介されていないアーティストの古書を買い付けることができました。
自分の目で確かめながら、1点1点買い付けられた本は、その後、どのように販売したのですか?
ウェブサイトを作って買ってきた本を売り始めたところ、本屋を始める前から相談に乗ってくださっていた方がそのウェブサイトを早稲田のギャラリー「ラ・ガルリ・デ・ナカムラ」のオーナーに紹介してくれました。このギャラリーで不定期にお店をオープンさせてもらえることになって、さらにオーナーが、デザイナーなどのクリエイターの方々にお店を紹介してくれました。周りはオフィスや住宅が多く、ギャラリーのためだけにわざわざ来なければならないような立地でしたが、そこからクチコミで広がり、リピートしてくださるお客さんもできて、いろいろな方が来てくれるようになりました。
自分が興味を持って買い付けてきた本をていねいに紹介。 家具を扱い、本を読む空間も一緒にプレゼンテーション。
お客様からは何が評価されていたと思いますか?
現地でしか流通していないものを日本に持ってきて紹介していたので、「発見が多い店」と思ってもらえたのではないでしょうか。インターネットが発達してきた時代ではありましたが、美術書や写真集は、実際に手に取って見ないとわからない、というお客様も多かったですね。また、1点1点、自分が興味を持って買い付けてきたものなので、きちんと紹介して接客できたことも大きかったと思います。
お話を伺っていると、「自分が興味を持ったものを扱う」ことに強い思いがあるように感じます。
もともと小売業をやりたいと漠然と考えていた時から、自分で商品を選んで販売する「セレクトショップ」をやりたいと思っていました。本来、お客さんに「面白がってもらえそうなモノ」「売れそうなモノ」を選んで紹介するのがバイヤーの仕事ですが、自分はそういうタイプではないと思っています。たとえ、この本はあの方に喜んでいただけると常連のお客さんの顔が思い浮かぶような本があったとしても、自分自身が興味を持てないと買い付けないんですよ。店の統一感を保つためにも、自信を持って接客するためにも、自分自身が興味を持てるということが重要だと思っています。 リムアートでは、本を読むのに理想的な空間で本を販売したいと思い、家具も扱って、本を読む空間の提案もしていました。
ネットが発達、危機感から、出版社が紙にしかできない表現を追及。 「新刊が面白くなってきた」と感じて、新刊の扱いをスタート。
買い付けはどのくらいの頻度で行かれるのですか? また、新刊を取り扱うようになったきっかけは?
古書だけを扱っていたときは、在庫がなくなるタイミングで年に4〜5回、海外に買い付けに行っていました。
古書は無尽蔵にあるわけではないので、品揃えのクオリティを保つことが難しくなってきたと感じていたちょうどその頃、新刊が面白くなってきた、と感じ始めた時期でもありました。店を始めた当初は、まだ本がメディアとして機能していた時代で、新刊は面白いものが少ないと思っていましたが、インターネットが普及していく中で、危機感を持った出版社は、「紙の本ならでは」の表現で本を作るようになってきました。印刷技術が発達し、印刷物としての本の魅力を追求するような本や、作家の思いや意図が伝わってくるような本が増えてきました。また、独自の価値を追求したアートブックを作る2〜3人の小さな出版社の出現などもあって、新刊でも自分が興味を持てるものが多くなってきたので、新刊も扱うことにしました。
出版社単位で本を入れ替えて紹介するスタイルにしたのは?
もともと古書を買い付けているときから、出版社は選択の重要なポイントでした。内容や造本を重視して買い付けている中で、それぞれの出版社の価値観で本を作っているからこそ面白いということに気がつきました。そこで、最初は本屋を始める前から憧れの存在だったドイツのアート系出版社「ウォルターケーニッヒ」に相談をしました。この出版社なら、過去の本も現在の本も紹介したいと思ったのです。
反応は、いかがでしたか?
出版社も驚くほどの売上で、900冊仕入れて返本は30冊だけでした。出版社をテーマに店を作り、売上が上がるということは、出版社自体がブランドとして機能しているということになります。彼らはそんなことを考えたこともなかったので、本当に喜んでもらえました。「POST」をスタートして今年で5年目になりますが、2カ月単位くらいで20数社紹介してきました。年に150冊ほど出版する大きなところから、年に10冊程度の小さなところまで、さまざまです。
新刊を扱うようになって、お仕事は広がりましたか。
「POST」を作るきっかけとなった代々木VILLAGE by kurkkuもそうですが、商業施設などで本を扱うスペースを作りたいという相談を受けるようになりました。代官山のフォトフェアにブース出展したり、銀座のドーバーストリートマーケットギンザの3階にある本棚のセレクトやディスプレイを担当したり、売場のコーディネートも手掛けています。
場所が変わればお客さまも変わるので、それぞれの場所に合わせた本をセレクトし、棚を作ってプレゼンテーションするのは、とても新鮮です。古書だけを扱っていたら本の供給が難しく、そういった場所での展開は難しかったのですが、新刊も扱うようになったことで実現しました。
電子書籍が普及しても、紙にしかできない表現は残る。 接客は、新しい価値観を提案できる、クリエイティブな仕事
「本が売れない時代」と言われていることについては、どのように思いますか?
自分自身はあまり悲観的ではありません。電子書籍は場所も取らないし、確かに便利です。だから、電子書籍に移行できるものはどんどん移行すればいいと思っていますし、これは止められない流れだと思っています。ですが、本を持って、ページをめくるという3次元的な紙でしか伝えられない表現は残っていくと思います。その価値に共感する方たちに対して、共感できる場をつくって本を紹介していくことは、これからも必要とされていくと思います。「POST」は本屋ですが、作り手の思いや熱を伝える場所でありたい。そのためには、接客がとても重要です。
中島さんが考える作り手の思いや熱を伝える「接客」とは、どんな「接客」ですか?
接客は、お客様に新しい価値観を提案できる、とてもクリエイティブな仕事だと思います。自分が興味を持って、自信を持って紹介できるからこそ、そのクリエイティビティは発揮されるのではないでしょうか。気持ちの部分は必ず伝わります。だからこそ、今後も、自分が自信を持って紹介できるものを売っていきたいと考えています。
取材日:2015年11月13日 ライター:植松織江