ホラー映画界の第一人者、清水崇監督が挑む日本科学未来館3Dドームシアター作品『9次元からきた男』

Vol.128
   日本科学未来館全体統括 コドプロス・ディミトリス氏、シャイカー 清水崇氏、オムニバス・ジャパン 山本信一氏
東京、お台場にある日本科学未来館が、2016年4月20日(水)にリニューアルオープンする。これにあわせて、ドームシアターガイアでは、新コンテンツ『9次元からきた男』が公開される。ドームシアターガイアは、全天周立体視映像とプラネタリウムが楽しめるシアターで、「全天周」と称すだけあって、そんじょそこらの3D映像とは違うレベルの没入感を体験できるのである。そんな、超ど迫力完全保証のシアターでの上映のため作り上げられたのが、『9次元からきた男』だ。理論物理学の究極の目標といわれる「万物の理論」をテーマに、科学的に裏付けられた映像と謎解きのストーリーで子どもから大人まで誰もが楽しめるエンターテインメント作品。監督はなんと『呪怨』や『魔女の宅急便』の、あの清水崇だ。どうです、かなりワクワクしてきませんか?
 

<インタビューにお答えいただいた方々> 清水崇 氏(監督) 山本信一 氏(ビジュアル・ディレクター) コドプロス・ディミトリス 氏(全体統括:日本科学未来館 科学コミュニケーター)

 

最新の科学データという科学的根拠に基づく映像作品 監督に起用されたのは、ホラーの旗手

© Miraikan

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『9次元からきた男』は、物理学の究極の目標である「万物の理論」をテーマに、最新の科学データと仮説をもとに映像化された作品ということですが。

ディミトリス: 「万物の理論」の仮説である「超弦理論(ちょうげんりろん)」の「ひも」の表現などは科学監修によって仮説を正確に表現しています。すでに、科学的に証明されている部分については本物の実験データをもとに、現象を再現しています。 例えば、陽子と陽子が衝突するシーンは、ヒッグス粒子の存在を証明してノーベル賞をとった実験のデータをもとに作られています。CERN(欧州原子核研究機構)※1から、この映画のためにデータを提供していただきました。

※1 スイスのジュネーヴ郊外でフランスと国境地帯にある、世界最大規模の素粒子物理学の研究所。

で、そんな「科学的に正しい」映像が満載の作品に、なぜ清水崇監督なんですか?

コドプロス・ディミトリス 氏(全体統括:日本科学未来館 科学コミュニケーター)

コドプロス・ディミトリス 氏(全体統括:日本科学未来館 科学コミュニケーター)

 

ディミトリス: ドームシアターガイアの映像作品は、科学的に正しいことはもちろんですが、科学ファンだけが見るわけではないので、幅広い層にとって魅力的なものにしたいと考えました。今回のキーワードは“トラウマ"です。私たちは、ただ科学解説をするだけではなく、ドームシアターガイアの映像設備を活かして観客に良い意味での“トラウマ"を残すような、インパクトのある作品にしたかったのです。そういう意味で、ホラー映画で有名な監督であり、3Dを駆使した作品の実績もある清水監督はぴったりでした。また、この作品は将来的には、海外での公開も視野に入れており、『呪怨』などで国際的な活躍をされている清水監督にお願いすることにしました。

清水: ホラーが代表作の監督の作品ということで、「5歳の子どもが観ても、大丈夫ですか?」と質問されたりしていますが、確実にどなたでも楽しめる作品です(笑)。

科学と芸術の結び付きを追求したい! 通底する感性を信じ、再確認した制作作業

清水崇 氏(監督):大学で演劇を専攻し、脚本家・石堂淑朗氏に師事。小道具、助監督を経て、3分間の自作映像を機に黒沢清・高橋洋監督の推薦を受け、監督デビュー。ホラー映画『呪怨』がヒット。サム・ライミ監督プロデュースのもと、USリメイク版でハリウッド・デビュー、全米ナンバー1を記録。『戦慄迷宮3D』、『ラビット・ホラー3D』など、3D映画も多く手がけ、実験精神あふれる演出で観客を魅了し続けている。シャイカー所属。

清水崇 氏(監督):大学で演劇を専攻し、脚本家・石堂淑朗氏に師事。小道具、助監督を経て、3分間の自作映像を機に黒沢清・高橋洋監督の推薦を受け、監督デビュー。ホラー映画『呪怨』がヒット。サム・ライミ監督プロデュースのもと、USリメイク版でハリウッド・デビュー、全米ナンバー1を記録。『戦慄迷宮3D』、『ラビット・ホラー3D』など、3D映画も多く手がけ、実験精神あふれる演出で観客を魅了し続けている。シャイカー所属。

 

清水監督は今回、作品の基本設計から参加されたとか。

清水: そうです。日本科学未来館のスタッフと企画開発段階から参加させていただきました。初めてづくしの経験だったので、「難しそうだな」という気持ちはありましたが、実際に参加して、やはり難しく、しかし本当に面白かったですね(笑)

具体的には、どんなところが難しかったのですか?

清水: 未だ仮説でしかない「万物の理論」をテーマに、30分の映像作品を成立させるにはどうすればいいのか。まず、理論物理学の勉強から始めなければなりませんでした(笑)。 シミュレーションデータの映像化は必須で、加えて、3Dドームシアターというこの劇場ならではの効果を活かさなければ意味がありませんし、単なる迫力映像で迫るだけでなく、プラネタリウムの星空による癒やしの時間など、それらを凝縮して、成立させることは一筋縄では行かない作業でした。 しかし、無理難題ばかりだったからこそ、楽しい境地に行き着けたんです。

ビジュアル・ディレクターの山本さんも、難しい作業の連続だったのではないでしょうか。

山本信一 氏(ビジュアル・ディレクター):映像作家 、モーショングラフィックアーティスト。イメージフォーラムフェスティバル1990入賞、以降ビデオアーティストとして、国内外のフェスティバルに実験映像作品を発表。モーショングラフィックアーティストとして、TV CMのCIや映像クリップ、タイトルバックなども多く手掛けている。

山本信一 氏(ビジュアル・ディレクター):映像作家 、モーショングラフィックアーティスト。イメージフォーラムフェスティバル1990入賞、以降ビデオアーティストとして、国内外のフェスティバルに実験映像作品を発表。モーショングラフィックアーティストとして、TV CMのCIや映像クリップ、タイトルバックなども多く手掛けている。オムニバス・ジャパン所属。

 

山本: 3Dで4Kというだけで十分に重くて、ハードウェア的にも大変な環境でした。3Dも、平面スクリーンが前提の上での技術はかなり定着して進んでいますが、今回の制作にあたっては、多くの部分で独自の方法論を模索しなければなりませんでした。 一方、抽象的で難しいテーマを直感的に理解できるように可視化するため、今までに使い古されてきた表現を検証し、既存の表現とは違う表現を探る挑戦は当初から、コンセプトとして臨みました。 現時点での「宇宙の根源とは何か」、「素粒子とは何か」という科学的見解を可視化したということについては、満足しています。

山本さんにとって、ライフワークになるようなお仕事になったということでしょうか?

山本: アートというものは元来、哲学と根本ではつながっているものですので、物事の本質を可視化するという作業は基本的で根本的なテーマなのです。 そういう意味では、この仕事を続けていく限りいろいろな形でアプローチしていくと思います。

ディミトリス: 山本さんの気持ちは、よくわかります。私は、科学コミュニケーターとしてのミッションのひとつは、科学と芸術のつながりを追求することだと思っています。どんな芸術とどう結びつくかでどんな作品が誕生するかを今後も試行錯誤していくつもりです。山本さんの気持ちと似たところがあると感じます。

清水: 科学者の方々が発見し立証したすばらしい理論も、(科学知識のない)一般の人々に伝わらなくては意義が薄らいでしまいます。クリエイターと科学者の協働による映像づくりが、最新科学理論と一般市民の間をつなぐ意義は大きいと思います。

山本: 物理や科学とアートには、共通する感性があります。 たとえば、最近増えている、パーティクル・システム※2を使って物理シミュレーション※3をとり入れるCG作品などがあると思いますが、突き詰めたところで物理現象がみせる自然の法則の美しさとクリエイターの感性は融合するものです。科学が数式で解こうとしていることも、アートが表現していることも、最終的には同じだと思います。

※2 コンピュータグラフィックの技術のひとつ。炎、爆発、煙、光跡などのある種の曖昧さを持った視覚効果の制作などに使われる。 ※3 物体の物理運動を自然の物理法則に従って表現する。

© Miraikan

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試写での評判はいかがでしたか?

ディミトリス: 試写終了後に集めたアンケートに、「もっと観たい」、「30分では足りない」といった反応があったのは嬉しかったですね。私たちとしてはとても大きな手応えを感じています。

清水: 重力波※4観測の一大ニュースが流れたとき、ディミはさっそく監修の大栗教授に「次は、これでいきましょう」なんてメールを出していましたね(笑)

※4 重力波は、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象。1916年に、一般相対性理論に基づいてアルベルト・アインシュタインによってその存在が予言された後、約100年もの間に渡り、幾度と無く検出が試みられ、2016年2月に直接検出に成功したことが発表された。

ディミトリス: テーマが重力波になるかどうかは定かではありませんが、次回作を作れたらいいですね。

子どもからお年寄りまで楽しめるエンターテインメント作品

© Miraikan

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謎の男、「T.o.E.(トーエ)」のアイデアは、どんなところから思いついたのですか?

清水: 科学ものの映像にありがちな、かわいいマスコットキャラクターがナビゲートするといった映像には絶対にしたくありませんでした。それで、「万物の理論」そのものを擬人化して追跡劇で見せてはどうか?と、「T.o.E.」を誕生させました。

ディミ: 監督は当初から、作品は2Dのビスタサイズ※5から始まるという構成にはこだわっていらっしゃいましたね。

※5 映画・テレビの画面サイズ(スクリーン・サイズ。画面の縦横比)。

清水: 一貫していましたね(笑)。今回、演出としては「異次元」をいかに表現するかという点で、かなり悩みました。冒頭、あえて2Dの四角い画面で始まり、「T.o.E.」が画面を飛び出すことで異次元へのいざないが開始されるという展開ははずせなかった。

© Miraikan

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鳥居で異次元突入を表現したあたりなどは、清水監督の真骨頂だったように思います。「科学的に正しい」という裏付けとイマジネーションの融合こそが、清水×山本チームの最大の仕事だったように思いますが。

清水: 山本さんは以前にも日本科学未来館のお仕事をされているので、その経験にとても助けられました。監督とビジュアル・ディレクターの連携が上手く行かなければ完成は難しい作品ですから、お互い粘り強くよくやったと思います。この出会いに、感謝しています。

山本: 私も同感です。素粒子の色や動きについてなど、私がビジュアル的なアイデアを出し、監督が検討しという作業を何度も積み重ねました。

清水: 全て綺麗な模様ってだけではないんです。1つ1つ、全部に意味がある。

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日本科学未来館との仕事の面白さとは?

山本: 未来館のスタッフの皆さんと、常に一緒に考えながら進めていくスタイルが、仕事としては独特の環境だと思います。

清水: 今回初めて異業種の方々と手を組んで映像作品を作り上げたわけですが、それだけをとっても貴重な体験になりました。

ディミトリス: 完成した作品は、私の当初の想像を超えていました。科学と芸術の融合で、これまでになかったまったく新しい映像作品ができたと自信をもって言えます。ひとりでも多くの方に観ていただきたいと思っています。

 

取材日:2016年3月4日 ライター:清水洋一

『9次元からきた男』

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とあるカフェの中に紛れ込んでいる、何かが違う男。その名はT.o.E.(トーエ)。男は科学者たちに追われている。あと一歩で捕まりそうになったそのとき、男はおもむろに姿を変えた。そして、含みのある問いかけと共に私たちを不可思議な旅へと誘う。とてつもなく小さなミクロの空間からマクロのスケール、そして現在からはるか昔、宇宙誕生の瞬間まで、変幻自在に時空を移動してゆく男。導かれるままについて行ったその先には、私たちの常識を覆すような情景が広がっていた・・・。T.o.E.とはいったい何者なのか?科学者たちは、T.o.E.をつかまえることができるのか――?

監修:大栗博司 監督:清水崇 ビジュアル・ディレクター:山本信一 出演:ジェームス・サザーランド、ヨシダ朝、橘ろーざ、岡安旅人 声の出演:小山力也 脚本:井内雅倫 撮影:福本淳 照明:市川徳充 編集:金山慶成 音楽:石田多朗 美術:福田宣 宇宙進化シミュレーション映像:武田隆顕 データ提供:The Illustris Collaboration、CERN(欧州原子核研究機構) 制作・CG/VFX:オムニバス・ジャパン 企画・製作・著作:日本科学未来館 2016年/30分/3D/4Kドームマスター/7.1chサラウンド

 

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