日本のインディーゲームシーンを追った ドキュメンタリー作品『Branching Paths』

Vol.132
『Branching Paths』の監督 アン・フェレロさん
2013年は、日本のインディーゲームの幕開けともいえる年でした。ビットサミットが初めてインディーフェスティバルを名乗り、東京ゲームショウは、初めてインディークリエイターを主役に据えたブースが設けました。 『Branching Paths』は、この生まれたばかりのインディーゲームシーンをフランス出身のアン・フェレロ監督が2年にわたって追ったドキュメンタリー作品です。 『Branching Paths』制作について、日本のインディーゲームシーンの現状について、監督のアン・フェレロ氏にお話を伺いました。
 

ゲーム好きのフランス人、約6400人にアンケート 「もっとクレージーなゲームがやりたい」

『Branching Paths』を撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

もともと、日本のアニメやゲームにとても興味があり、フランスの大学で日本語と日本文化を学びました。日本に来る前は、日本のギーク(技術オタク)とオタクカルチャー専門のテレビチャンネルで、日本のゲームクリエイターへのインタビューなどゲーム系の番組をたくさん作っていました。

来日されたのは?

日本に来たのは、2011年の9月です。 その後、2013年の夏、偶然いろんな事があって、『Branching Paths』は生まれました、 “偶然の塊”という感じなんです。

偶然の塊とは?

まず、CEDEC(セデック)に招聘されて、フランス人のゲーム研究家、フロラン・ゴルジュ氏と、ゼビウスのクリエイターの遠藤 雅伸氏と一緒にカンファレンスを行いました。※1 2013年の日本のゲーム業界では、「今、日本のゲームはどこへ行くか?」とか、「海外で日本のゲームは、まだ受けるのか?」というちょっと不安な感じがありました。そこで、私たちは、フランスで日本のコンテンツ、特にゲームがどのように受け入れられているのかという内容の講演会を行いました。 その時、ゲーム好きのフランス人、約6400人にアンケートを行って、「日本の映画監督だったら誰を知っていますか」とか、「どのジャンルのゲームが好きですか」とか、「日本のゲームで、好きなポイント、逆に好きではないポイント」といったことを質問しました。その中に、「これから日本のゲームに期待することはなんですか」という質問があり、この質問に対する答えとして、「もっとクレージーなゲームがやりたい」という声が多くあがりました。日本のゲームには、昔もっとクレージーなものがありました。例えば、『塊魂』※2 。これは、日本人にしか作れない。縛られていないスピリットで、インディースピリットに近いものを感じます。日本のクレイジースピリットを感じるゲームが、今、海外のインディーゲームからどんどん出て来ています。そう考えると、そういえば日本にはインディーはあるのかなと思ったことが、『Branching Paths』制作のきっかけになりました。同人の存在は知っていたんですが。

※1 CEDEC2013 日本のゲームでもっと遊びたい!~ヨーロッパから日本のゲームクリエイターへのエール~ http://cedec.cesa.or.jp/2013/program/GD/10352.html ※2 2004年にナムコ(現、バンダイナムコエンターテインメント)から発売されたPlayStation 2向けアクションゲーム、およびそのシリーズのタイトル。

日本に、「インディーは存在するのか?」という疑問からの出発だったんですね。

はい。そうです。そんな時、『Branching Paths』にも出演している木村祥朗(きむらよしろう)氏(Onion Games代表)と新しく作ったスタジオを海外向けに宣伝するため、ビデオブログを作ることになり、番組のプロトタイプを作りました。木村氏が東京にいる同人クリエイターとインディークリエイターを取材するというもので、結局、お蔵入りになりましたが、そこではじめてインディークリエイターを取材しました。 その後、全く別の企画で東京にある制作会社にそのプロトタイプを見せてインディーの話をしたら、面白しろそうだからドキュメンタリーを作ろうということになりました。 これが決まって、2週間後、東京ゲームショーで、はじめてインディーのエリアがオープンしました。

『Branching Paths』より

『Branching Paths』より

2013年、ビットサミット、東京ゲームショー 日本のインディーシーンの幕開け

ちょうど日本のインディーゲームが、盛り上がってきた2013年からの2年間をお撮りになったということですが、撮り始めた頃、今のような状況になると思っていらっしゃいましたか?

英語で言えば、オーガニック。どうなるかわからないけどとりあえず撮ろうという感じでした。 最初は、日本のインディーデベロッパーが誰なのかもよくわからなくて、東京ゲームショーなどのイベントに足を運んで、このゲームおもしろそう、この人おもしろそうと思ったら名刺を交換して、インタビューをお願いしました。そうやって出会った人達が、次に「ぜひ、この人を紹介したい」と人を紹介してくれて、自然に進んで行った感じですね。

では、撮る前に、シナリオのようなものはなかったんですか?作品は、どの様に出来上がっていったのでしょうか?

この作品は、撮影後に編集で構成を決めました。 なぜなら、日本にインディーのシーンがあるのかないのか、2013年の時点で、誰も知らなかったからです。本当にスタートしたばかりで、誰がインディーで、誰が同人なのか、わかりませんでした。 ビットサミットや東京ゲームショー、Picotachi(ピコたち)※3など、ほとんどのインディーのためのイベントが2013年から2014年にかけて始まり、同じ時期Kickstarter(キックスタータ)4を利用する人たちも出て来ました。 インディーという言葉をつけたことで、自分はインディーだと自覚したクリエイターも、たくさんいたと思います。

※3 東京、吉祥寺のピコピコカフェでクリエイターが集まって発表を行うイベント。 ※4 クリエイティブなプロジェクトに向けてクラウドファンディングによる資金調達を行う手段を提供する。

では、撮っている間にインディーという言葉が浸透していったんですね。

インディーという言葉が日本で認知されたのが2013年頃。ビットサミットが初めてインディーフェスティバルと名乗って、そこに参加する人たちが、自分はインディーだと思ったんだと思いますね。 名前のないものに、存在感を出すのはむずかしいですよね。名前が出来て、イベントなどで人が集まってなんとなくコミュニティが出来て、つながりが生まれて、だんだん形ができてきて、今でもまだ同人とインディの区別など曖昧なものも多く、形がないような雲のような感じです。

そういう名前もなく、まだ形も曖昧な生まれたばかりのムーブメントを撮った映像はものすごく貴重だと思いました。

撮りはじめた時は、開発者たちがどこに向かおうとしているのかも見えず、今から、全部が始まるという時で、みんなが「どうなっていくのか?」ということが一番の関心事だったかもしれません。 スタートしたばかりのムーブメントが盛り上がるか、落ちるか、どうなるか全くわからなくて、とりあえず起こった事を見て、後から、何かが表現できたかなと思っています。

では、2年間は、アンさんも、一緒にその中に入り込んで撮っていたのですね。

撮影でないときでも、毎月イベントに行ったり、人と会ったりしていました。

『Branching Paths』より

『Branching Paths』より

日本では、同人シーンが強く 仕事にするという感覚が生まれにくかった

アンさんが考えるインディーゲームの魅力は?

「自分が作りたいゲームをつくる」ことに情熱を燃やして、がんばっている人がたくさんいて、彼らを応援したいと思いました。 インディーゲームは、大きい会社に比べて宣伝力がないので、面白いゲームはいっぱいあるのに、国内外に知られていないのが現状です。この作品をきっかけに、もっと多くの人にインディーゲームのことを知っていただけたらと思います。

海外と比べて、日本のインディーシーンの特徴を教えてください。

日本には、もともと同人という場がありました。日本では、同人シーンが強いです。「お金のためでなく、自分の作りたい物をつくる」という考え方があるから、仕事にするという感覚が生まれにくかったと思います。これについては、インディーが広まって変わってきてはいます。また、ダウンロードプラットフォームが増えてきて、アプリ等、いろんな形で売れる場が出来てきたことも大きいです。 ですが、日本では、フリーでゲームを公開している人も多く、生活の糧にするという考えが薄いです。

インディーと同人はどう違うんですか?

「作りたい物を作る。」ところまでは一緒ですが、同人の場合は、趣味。でも、インディーの場合には、仕事になるもの、生活の糧になるもの。というところが一番違います。一方、ドキュメンタリーの中に出てくるZUNさん※5が言っていますが、同人であっても同人だけで暮らしていける人もいるので、明確に区別するのは難しいですね。 ※5 コミケでゲームを販売し、その収入で生活する同人クリエイターの一人。

『Branching Paths』より

『Branching Paths』より

魔法ではなく、みんなが一緒にがんばらないと何かは起こらない

今後、日本のインディーゲームは、どうなっていくと思いますか?

『Branching Paths』では、結論を出していません。 プラットフォームが支援するかどうか。マイクロソフトやプレイステーション、任天堂が、インディーを手伝うかどうかとか。日本のクリエイターが超有名になって、海外から、日本にもインディーゲームがあることが認知されるとか。国内で、インディーゲームの認知度が広がるかどうか。不確定要素は、まだまだとても多いので、今後どうなるかはわかりません。

魔法ではなく、みんなが一緒にがんばらないと何かは起こらないと思いますね。何かが起こるかなと思っている人がいるかもしれませんが、インディークリエイターが自分達の力で、何かを起さないと駄目だと思います。

でもそれは、一人の力では、無理であるとお考えなんですね?

無理ですね。みんなの力を合わせないと難しいと思います。 大きいプラットフォームが、一般ユーザーとの接点である以上、大きなプラットフォームの支援がないと難しいと思います。 ユーザーは、ゲームをインディーが作ったものか、企業が作ったものかで区別をしません。インディーのゲームが、大きな企業が作ったゲームと一緒にユーザーの目の前に並ぶ必要があります。日本では、まだ、PCゲームの市場が小さいので、コンシューマーゲームかスマフォのプラットフォームに並ぶことが大事ですね。

ご覧になった方からの反響はいかがでしたか?

日本の方からも、海外の方からも、日本にインディーゲームシーンがあることを知らなかったという声が多いです。それから、会議室ではなく、クリエイターの実際の部屋や作業場でインタビューしたことで、出てくるクリエイターを自分の隣人のように身近に感じて、クリエイターの言葉がリアルに伝わってくるという声も多いです。みんなががんばっている姿を見て応援したいという人や、私もゲーム作りをがんばりたいという人もいました。 イベントなどをオーガナイズしている外国人を見て、日本のインディーシーンに外国人がいることに驚く方もいましたが、外国人は、日本のインディシーンにはずすことの出来ない存在です。

『Branching Paths』より

『Branching Paths』より

作りたい物を作るのは、簡単ではありません でも、とりあえず完成してみましょう

アン・フェレロ氏

子どもの頃、日本のゲームで遊んだと伺いましたが、どんなゲームで遊んでいたのですか?

フランスでは、70年代、80年代生まれの人たちが子どもだった頃、テレビで日本のアニメばかりが放送されていて、ファミコンブームやセガのゲーム機のブームがあり、日本のゲームと一緒に育ったという感じです。マリオとか、ゼルダとかですね。 コンピューターがまだ高かったので、コンピューターを持っている人は欧米のゲームで遊んでいましたが、一般的には、日本のゲーム機でみんな遊んでいました。

アンさんは、日本文化に関する様々な作品を制作していらっしゃるそうですが、今後、撮ってみたいと思う日本の文化や今、興味があることを教えてください。

今は、海外向けに日本のオタク文化を紹介する番組「toco toco」(https://www.youtube.com/c/tocotocotv)というフランスのテレビ番組を制作しています。Youtubeでも見られます。Youtubeでは、字幕が、フランス語と英語で、音声は日本語です。この夏は、偶然にもゲームクリエイターの特集をしています。

次の作品は、まだ決まっていないのですが、ゲームではないかもしれないです。 でも、興味があるのは、やっぱりマンガとゲーム。 実は、ゲームが下手で、人のプレーを見るのが好きで、いつも友達のプレーを見て一緒にドキドキしていました。

最後に、読者のみなさんに向けて一言。

作りたい物を作るのは、簡単ではありません。 でも、とりあえず完成してみましょう。 この作品でも、カットした場面が多くあって、つらくて、つらくて、やっと出来ました。 途中でやめたら、心は楽になるかもしれませんが、いつか後悔したかもしれませんね。なんとか完成して、向いているか、向いていないかは、後で考えてもいいと思います。

 

取材日:2016年8月5日 インタビュー:クリステ編集部

Branching Paths

公式サイト: http://branchingpaths.jp/ PV: https://www.youtube.com/watch?v=S_VYtvpkfPo Steam: http://store.steampowered.com/app/494680 PLAYISM: http://playism.jp/game/456/branching-paths

  • 制作:ASSEMBLAGE
  • 監督:Anne FERRERO
  • 音楽:LOW HIGH WHO?
  • ロゴ・ポスターデザイン:utomaru
  • 販売:PLAYISM
  • ジャンル:ドキュメンタリー
  • 配信プラットフォーム: PLAYISM/Steam
  • 配信日:2016年7月29日
  • 価格:980円(税込)
  • 受賞歴:BitSummit 4thMAGICAL PRESENCE AWARD
  • 収録時間:83分
 
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