VRでの試合観戦も夢ではない? スポーツの新たな見せ方に挑戦する「J SPORTS VR」
- Vol.142
- 株式会社ジェイ・スポーツ マーケティング部WEBチーム チームリーダー中村利絵氏、編成部 デジタル事業チーム 佐藤聡氏
「スポーツのミカタを変える」をテーマにVR視聴の提供にチャレンジ
「J SPORTS VR」の企画を思い立った経緯から聞かせていただけますか。
佐藤さん:J SPORTSは開局20周年を迎えるにあたって、「新たな挑戦」をコンセプトに掲げています。そのひとつとして「新しい映像の見せ方」という部分で、最近話題になっているバーチャルリアリティー(VR)にチャレンジしてみようということになりました。テーマは「スポーツのミカタを変える」です。新しい見せ方に挑戦するのですから、提供するコンテンツもJ SPROTSで放送している通常の番組の映像とは違う、普段はお客様が見られないようなものがいいと考えまして、中日ドラゴンズの打撃練習風景などを360度動画で撮影してみようということになりました。
VRizeをアプリの開発パートナーに選ばれた理由は?
佐藤さん:半年ほど前からずっとVRを追っていました。いろいろな体験や研究をしていたときにVRizeさんをご紹介いただきまして、彼らの持つ「バーチャル空間内で2Dの映像を見せる」という技術を見て、我々もやれるかもしれないと思いました。360度動画は撮影に時間がかかりますし、権利元との調整も大変なので、いきなり数を揃えることはできません。そのため、今ある2Dの映像をバーチャル空間内で巨大な映像にして楽しめるシアターモードを作りたいと考えていて、それができるのがVRizeさんだったのです。
中村さん:いつもスマートフォンの小さい画像で視聴している人たちに大画面で見せたいという思いもありました。巨大シアターモードで見られる映像はYouTubeにアップロードしているものですが、ユーザーの70%がスマホで見ています。しかも、最近はスマホを横にせず、縦のまま小さい画面で見るというのが主流なのですが、それではスポーツの迫力は伝わりにくいですから。
ぶっつけ本番だった打撃練習の360度動画撮影
視点を自由に操作できる360度VR動画が見どころのひとつですが、現在視聴できる動画は何本くらいあるのでしょうか?
中村さん:9本です。ツール・ド・フランス※1のコースを撮影した360度パノラマ動画やラグビーのスクラムを中から撮影した動画、選手視点のトライシーン、ラインアウトとタックルのシーンそしてサンウルブズの練習風景などです。それと、中日ドラゴンズの打撃練習の映像ですね。
※1 毎年3週間にわたってフランスで開催される世界最高峰のサイクルロードレース。
打撃練習を撮影するカメラの設置位置はどのようにして決められたのでしょうか。
佐藤さん:キャッチャーの後ろ側から撮影したり、ピッチャーマウンドから球場全体を見られるようにしたりする企画も提案したのですが、残念ながら今回は許可をいただけませんでした。バッティングゲージに設置して、固定位置で撮影するということになったのですが……。
中村さん:映像を見ていただくと分かりますが、ピント調整がなかなか難しいです。
佐藤さん:360度カメラは近くにいると自分たちが映ってしまいますから、カメラを設置してRECボタンを押したら、(カメラから)離れていなければならなかったんです。撮り方やシュチュエーション、企画に関しては今後、試行錯誤が必要と考えています。
いわゆる「VR酔い」については、どのような対策を取られていますか?
佐藤さん:VR酔いは人による部分があると思います。ただ、「こうやって見たら酔うな」というのは確かにあったので、そこは注意していきたいと思います。映像の長さにも気をつけていて、今のところ5分程度の通常とは違った視点映像で興味を持っていただこうと考えています。健康面の問題がクリアできるなら、長時間のライブ配信などもやってみたいです。
想像以上の反応があったセ・リーグファンミーティングでの体験会
3月27日に開催されたイベント「セ・リーグファンミーティング」での先行体験会がかなり好評だったとのことですが、どのような反応がありましたか?
中村さん:予想以上でした。「わあ、なんだこれ?」、「監督が後ろにいるよ!」と。初めて体験することに、皆さん興奮されていました。
佐藤さん:「VR」という看板に強く興味を引かれたようで並び出したら止まらなくなりました。列が全然途切れなくて驚きました。きっと、我々は日常的にスポーツ中継に接しているせいか、少し感覚が違うのでしょう。こんなに評価していただけるとはまったく予想していませんでした。
中村さん:アンケート結果も好評で、つまらなかったという回答はひとつもなかったです。ただ、来場者の大部分は相当な野球好きの方々なので、ある意味当然だったのかもしれません。
佐藤さん:毎月2,500円くらい払って有料放送で野球を見ている、かなりコアな方々ですからね。ただ、そういった方にはいつもの試合映像ではないシーンで、正に自身がその場にいるかのようにみえる打撃練習風景のような映像は喜んでいただけるんだなということが分かりましたし、求められているコンテンツを出せたという実感があります。ただ、一般のお客様がどう評価するかは引き続き検証してみる必要があると思っています。
今回のアプリ配信以前から自転車やラグビーの360度動画も公開されていましたが、こちらの映像の評判はどういったものでしたか?
佐藤さん:珍しい映像に社内的には好評を得ていましたが、一般のお客様の反応はいまひとつでした。理由ははっきりしていて、VRゴーグルで見ている方が少ないんです。
中村さん: 360度動画は普通の画面で見ても、あまり感動はありません。VRゴーグルを使って360度の空間を体験してみて、初めてすごさが分かるんです。ですから、ぜひVRゴーグルで見ていただきたいのですが、まだ持っている方がほとんどいないというのが実状です。ファンミーティングでのアンケートでも(VRゴーグルを)持っている人は4%。これまでに体験したことがある人も20%弱くらいでしたので、まずはVRゴーグルで体験していただくことが大事だと考えています。
佐藤さん:我々はスポーツの現場でイベントブースを設けて販促的なことも行っています。そうした場で新しい見せ方として、ヘッドマウントディスプレイを使ったVR体験の機会を提供していきたいと考えています。なおかつ、我々はもうスポーツ好きのユーザーを多数抱えていますから、そうした方たちに「違うスポーツのミカタを体験してみませんか」ということを番組内だけでなくウェブでも発信していけたらと思っています。
今はまだテスト段階、本格的開始に向けてコンテンツを充実させていく
では、どのようなコンテンツを新たに作っていきたいとお考えですか?
中村さん:アイディアレベルであれば、いろいろあります。例えば、柔道や空手の試合場の床にカメラを設置したら、選手が投げられた瞬間などいままでにない臨場感ある映像が撮影できますし、他にも、スキージャンプの選手にカメラをつけてもらって選手目線のジャンプ映像を撮るとか、レースマシンの運転席にカメラをつけてドライバー目線のレース映像を撮るとか。バドミントンのスマッシュを間近で見て、どれだけ速いか感じられる映像などもみてみたいですね。
佐藤さん:ラグビーのプレースキックの映像なども面白いと思います。ボールの近くにカメラを置いて、蹴る瞬間を撮影したら迫力のある映像になるのではないかと。とにかくアイディアはいくらでもありますが、試合や練習の邪魔をするわけにはいかないので、チームや選手への交渉は簡単ではありません。
練習の時間外などに撮らせていただくという方法は取れないのですか?
中村さん:拘束時間などが別に発生しますから、それもなかなかハードルが高いんです。個人的には試合中に撮影させていただくのがベストかなと考えています。試合中の映像を撮影する権利を持っていれば、どこかにカメラだけ置かせてもらって、映像だけ撮らせてくださいとお願いする。もちろん、どこに置くかという問題をクリアする必要はあります。権利関係などの難しさはスポーツならではだと思います。
佐藤さん:選手はプレイすることが本業ですから、あまり余計なことはリクエストできません。たとえば、ラグビー・ワールドカップで活躍した五郎丸選手のキックのルーティンは有名ですが、撮影に協力してもらったためにキックのリズムを崩してしまった、なんてことになったら大変ですから。
将来的にはどんなことをやっていきたいですか?
佐藤さん:試合のライブ配信です。360度動画での配信はまだカメラの性能の部分で難しいですが、シアタールームでの中継は現在でも可能です。予算や健康面への影響などクリアしなければならない要素も多いですが、将来的には試合のライブ機能を設けたいですし、試験的な実施も考えています。
コンテンツ以外の部分ではどうでしょう。
佐藤さん:SNSやアバター機能などの実装ですね。映像を楽しみながら選手の成績や試合情報などが見られるようなシステムも搭載したいと考えています。仮想空間内のソファーに座って、世界中のいろいろな場所にいるユーザーたちとアバターで交流しながら試合を観る。テーブルでは試合のデータや他の試合の途中経過などが見られて、しかもそれらが常時更新されていく。現段階では難しいですが、将来そのくらいまでいけたら面白いですね。
佐藤さん:長時間の動画を見ていただくためのものとして、パソコンやゲーム機での展開にも挑戦してみたいという思いはあります。ただ、まずは一番手軽に見られるAndroid、iOSに注力しようと考えています。パソコンやゲーム機へのチャンレジは、長時間動画の配信やライブ中継などが実現した段階で視野に入れていこうと考えています。
取材日: 2017年5月16日 ライター: 仁志 睦