黒沢清監督、北野武監督の教え子・月川翔監督の話題作、映画『君の膵臓をたべたい』の演出秘話を聞く

Vol.144
映画『君の膵臓をたべたい』 映画監督 月川 翔 氏
ベストセラー小説『君の膵臓をたべたい』(住野よる著・双葉社刊)が浜辺美波(はまべ みなみ)さんと北村匠海(きたむら たくみ)さんのW主演で映画化、7月28日に公開され大きな話題を呼んでいます。月川監督は、高級ブランド「ルイ・ヴィトン」が主催する若手映像作家を対象にしたショートフィルムコンテスト「ルイ・ヴィトン・ジャーニーズ・アワード」で2010年に審査員特別賞を受賞して注目を浴び、今年(2017年)2月には映画『君と100回目の恋』が公開され話題を集めた新鋭監督。その月川監督に、新作『君の膵臓をたべたい』の撮影に関して、また映画監督としての大きなステップとなった「ルイ・ヴィトン・ジャーニーズ・アワード」に関して、お話を伺いました。

原作小説にはなかった 映画オリジナルのストーリー

原作を初めて読んだ時の感想から教えてください。

まずキャラクターや話の作りがユニークだと思って読んでいました。クライマックスで一気に裏切られるので、これは新しいという「衝撃かつ新鮮な読書体験をした」というのが最初の感想ですね。

今回の映画版は、原作にはない登場人物たちの12年後が付け足されていて、それにより見事に作品の世界観とテーマが映像で表現されました。

小説を読んで「一日の価値は誰でも平等である」ということが明確なテーマだと思ったので、「映画でも、そこはぶれずに表現したい」と思いました。また、(人が亡くなった後も)残された人たちの人生はその後も続いていきますよね。喪失を抱えていかに生きて行くのかというテーマなら、そこに映画の活路を見出せるのではないかと思いました。12年後のパートを取り入れ、大きな喪失を経験した人たちのその先の人生を描くことで、ヒロイン桜良が彼らの人生に何を残し、それがどう影響していくのかということを更に描き出せるのではないかと思い、シナリオに起こしていきました。

付け足された部分でのご苦労はありましたか。

原作にはない部分を描くということに対する恐怖はやっぱりありましたね。僕もこの小説が好きだったので、小説の世界観をなんとか映像にしたいと思って、手探りでやりました。

北村匠海さん演じる【僕】が桜良のお母さんに挨拶するシーンでは、それまでこらえていた感情が噴出するようなすばらしい演技力を最大限に引き出されていましたが、いったいどんな演出をされたのですか。

あのシーンが、この映画の勝負どころだと思っていたので、実は匠海君とこのシーンの話をするのを避けていました。お互いが準備をしてしまうと構えてしまうと思ったからです。“今から感動することが起こりますよ"という演出やお芝居にはしたくなかったので、当日まで(演出の打ち合わせは)行わずにいました。実は【僕】があのシーンで読む日記の中身には、台本に書いてある以上の内容を書きましたが、それも本人には、当日まで見せずに隠しておきました。匠海君には「撮影中は、匠海君の耳だけには“桜良の声の朗読"を流すからね」とだけ話しておいたんです。
そうしたら本番で想定以上に匠海君の感情が溢れてしまったんです。本当のことを言うと、もともとは原作も台本も「泣いてもいいですか」というセリフを言ってから、泣くはずだったので、僕は現場で「どうしよう」と思っていました。これがいいのかまずいのか、すぐには判断がつかなかったんです。そのため、その後は脚本通りに<セリフを言ってから泣く>というバージョンも何回か撮影したんです。でも編集して繋いでみると、やっぱり何度観ても、一発目の演技が「嘘のない芝居だ」と確信させられたんです。物理的には涙は出てしまってはいるので、脚本通りではないけれど、感情は精一杯、涙をこらえて耐えているという状態が感動的で、それを見て僕はボロボロ泣いてしまったから「これが正解なんだ」と確信しました。でもあの時現場では、「(泣くのが)早い、まずい、台本とズレているじゃないか。でもすごく感動する、なんなんだ、これは」って、自分の中で整理することが出来なかったのですが、これは北村匠海に教えてもらったことですね。

あのシーンはとても強度がありました。あれがなかったら映画が別のものになっていたと思います。12年後、⼩栗旬さん演じる【僕】が高校の国語教師になって母校に赴任し、北川景子さん演じる桜良の親友・恭子の結婚式へ⼿紙を届けるシーンの演技もすばらしかったです。 このシーンもまた⼀発撮りだそうですが、 一発で演技を決める撮影方法にこだわりがあるのですか。

これまで何度か“泣くお芝居"を撮ってきたのですが、撮影回数はなるべく減らしたほうがいいと思っています。俳優さんはみなさん上手に泣けるのですが、やはり一回目が一番いいことが多いですね。

ショットの黒沢監督、一枚絵の北野監督

撮影もすばらしく、10代の若者のキラキラした生命力と可能性を表現するかのような光の演出が、後半以降の展開と反比例して効いてくるように感じました。

カメラマンに「生々しいシャープな映像ではなく、淡いトーンの、柔らかい光に包まれた世界観にしたい」と相談して、カメラのフィルターを選んでもらい、撮影テストをして、この作品はこのトーンでいきましょうと決めました。

月川監督は、青春映画の名手である三木孝浩監督に続く<ポスト三木監督>とも言われていますが、三木監督から影響を受けた部分もあるのでしょうか。

三木さんにはたくさん教えていただいていますが、特に光の使い方はそうですね。「あのシーンはどうやっているんですか」と直接聞くことも多いですし、「女の子を魅力的に撮るには後ろからの光の方がいいよ」と具体的な方法を教えていただいたり、三木さんの作品を観て学んだ部分もありますし、だいぶ影響を受けていると思います。

大学時代に、北野武監督と黒沢清監督にも教わっていらっしゃるようですが、お二人から学ばれたことはどんなことですか。

武さんの授業は回数が少ないながら、いろいろ教えていただきました。「映画というものはどこまで行っても制約があるもの。例えば、小さい子供に絵の具を3色しかを与えなければ、3色で見たことのない絵を描く。でも全部の色がそろっている絵の具を与えたら見たことのある絵しか描かなくなる。それが想像力というものだから、いろいろな制約があっても、その中で想像力を最大限に発揮してくれ」というのが、武さんから教わったことです。

黒沢監督はいかがですか。

たくさん教わりましたね。大学を卒業する前に、「(映画づくりにおいて)監督は自分がどうしても納得できないことがあった場合は、その作品から降りるべきですか?」ということを聞いたことがありました。そうしたら黒沢さんはじっと考えて、「自分からは降りるな。降ろされるまで自分の信念を貫こうと現場で戦うならいいけど、自分からは決して降りるな」と言われました。これまでもそれを守って仕事をしてきました。卒業してから撮った映画を黒沢さんに送ったりしていて、結構厳しい感想をいただくこともあります。「とてもマイルドで観やすい作品だった、このまま行くと君は優秀なテレビのディレクターになるだろう」という苦言をいただいたこともあります。「ショットとは何か」ということを詳しく教えていただいたことがありました。その時には、「例えばAとBの会話で、ただツーショットがあって、カットバックするのではなく、Aがしゃべっているカットがあり、自分の狙ったタイミングでBという人がフレームインしてきて、その人が触ったCという小道具を映す。君はもともとそういうことをやっていた。そういう事を一度ちゃんと思い出してやってみたらどうか」とアドバイスをいただいたこともありました。卒業後も黒沢さんには教わり続けています、その時いただいた言葉をメモして、たまに読み返してから撮影に行ったりしています。

ちなみに北野監督の授業ではどんなことをされたのですか。

武さんが60枚くらい写真を撮ってきて、その中から4枚を選んで、並び替えてストーリーを作るという授業がありました。「この4コマ漫画を長くしたのが映画だから」とよく仰っていて、一枚の絵が繋がっていくのが映画であるというのが武さんでした。黒沢さんのほうはショットというものの心地よさというものを大事にされていますよね。それぞれ両方から学ぶことがあって、ショットや流れをさらに意識して撮るようになりました。

どの映像制作も共通して「お客さんに向けて作る」

ルイ・ヴィトンが主催する「ルイ・ヴィトン・ジャーニーズ・アワード」でグランプリを受賞されていますが、映画監督としての仕事には、どのようにつながりましたか。

当時年間数える程しか仕事がいただけていない中で、あの賞を取ってからPVなどの映像作品も数多く撮らせてもらえるようになったので、きっかけとしてはかなり大きかったです。でも商業映画もアワードもあまり自分の中で区別はありません。ルイ・ヴィトンの時は「10個のメッセージをムービーにする」というお題があったので、そのお題に答えていった結果、いただいた賞でした。今回の場合は原作のテーマに対して誠実にアプローチしていったので、映画祭用の作品なのか、商業映画なのかという、それぞれの線引きは考えてないですね。これまで撮った映像も、映画だけでなく、CMやPVなど、本当にジャンルがバラバラです。共通しているのは「お客さんに向けて作る」ということですね。自分の内面からものすごいものが出てくるとは思っていなくて、なるべくお客さんに向けて、どうやったらお客さんの心に刺さるかということを考えています。それが商品の場合なら、クライアントだったり、消費者だったり、お客さんを振り向かせるものなのか、ファンの人たちに刺さるものなのか、それを自分ならどう映像に転換できるかを考えているので、あくまでもお客さんを相手にしているというつもりで映像を作っています。

お客さんの事情や求められている成果物に付随する予算や時間という制約の中で、想像力を発揮させろというのは、先ほど北野監督が仰っていたことにつながるのでしょうか。

そうですね。実際、いつも僕は、ある程度制約や条件がある中で映像制作をしています。制約がある中で、もし武さんだったらこう撮るだろうなとか、黒沢さん的アプローチだったら、このシーンはこう撮るだろうとか、三木さんだったらこんな風にするんじゃないかっていろいろな撮影のアプローチを考えながら、では最終的に自分が撮るなら、いろいろな条件がある中でこの作品を撮るには、どの方法が一番ふさわしいのだろう?みたいなことを、毎回考えています。それは、シナリオを作る時も、撮影の時も、編集の時もずっと考えています。むしろ、そうした予算やテーマなどの制約が何もない状態で「好きなものを好きに撮ってくれ」と言われる方が難しいんじゃないかと思います。僕の場合、「とりあえず、好きにやっていいですよ」って言われたら、可能性が広がりすぎて、逆に何も(アイディアが)出てこなくなるんですよ。

今後はどんな作品を撮っていきたいですか。

割と最近は恋愛ものとか青春ものを撮っているのですが、もともと自主制作で映画を始めた時にはアクションものが好きで撮っていたので、いつかアクションをやりたいですね。今回の映画でも小栗さんと好きな映画の話をしていたら、小栗さんもアクション映画のために身体を鍛えていて、「僕の身体が動くうちに、ぜひアクション映画をやりましょうね」と仰って下さったので、何とか実現させたくて。同じ歳なので「老いぼれる前にやりましょう」なんて言って、本当に実現したいと思っています。

これまで撮られてきた映画を観ると、意外な感じがしますね。

大学の時に映画を観始めた時には、「走る」、「撃つ」、「殴る」がある映画のアクションシーンばかりをVHSにダビングしながら、「どうしてこの映画はこんなに面白いんだろう?」って、動きをひたすら研究していました。初めて撮った映画はガンアクションで、廃墟でひたすら銃を撃ちまくる映画でしたね。あの頃の自分が、今の自分の作品、映画『君の膵臓をたべたい』を観たらどう思うかと思いますけどね(笑)。

取材日:7月6日 ライター:河本洋燈

月川 翔(映画監督)

東京芸術大学大学院映像研究科修了。在学中、黒沢清・北野武教授のもと『心』など4作品を制作する。 ウォン・カーウァイ、ソフィア・コッポラらが審査員を務めた「LOUIS VUITTON Journeys Awards 2009」にて審査員グランプリ、また映画『グッドカミング~トオルとネコ、たまに猫~』では「Short Shorts Film Festival & Asia 2012」ミュージックShort部門シネマティックアワード・優秀賞を受賞。
映画・テレビドラマの監督、脚本のほか、ミュージックビデオやCMなども手掛けている。

【主な作品】
◆映画『君の膵臓をたべたい』(2017年7月28日公開/浜辺美波・北村匠海)、『君と100回目の恋』(2017年/miwa・坂口健太郎)、『黒崎くんの言いなりになんてならない』(2016年/中島健人・小松菜奈・千葉雄大)
◆テレビドラマ TBS『ダメな私に恋してください』5、7話(2016年/深田恭子・DEAN FUJIOKA)

『君の膵臓をたべたい』

  • 原作:住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉社刊)
  • 監督:月川翔
  • 脚本:吉田智子
  • 音楽:松谷 卓 追加編曲:伊藤ゴロー
  • 主題歌:Mr.Children「himawari」(TOY'S FACTORY)
  • キャスト:浜辺美波 北村匠海、大友花恋 矢本悠馬 桜田通 、森下大地/上地雄輔
         北川景子/小栗旬
  • 製作:東宝 博報堂DYミュージック&ピクチャーズ 双葉社 ジェイアール東日本企画
       博報堂 KDDI 日本出版販売 トライストーン・エンタテイメント S・D・P
       東急エージェンシー GYAO トーハン
  • 製作プロダクション:東宝映画
  • 配給:東宝
  • © 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会
  • © 住野よる/双葉社
大ヒット公開中

 

ストーリー

高校時代のクラスメイト・山内桜良(浜辺美波)の言葉をきっかけに母校の教師となった【僕】(小栗旬)。
彼は、教え子と話すうちに、彼女と過ごした数ヶ月を思い出していく……。
膵臓の病を患う彼女が書いていた「共病文庫」(=闘病日記)を偶然見つけたことから、【僕】(北村匠海)と桜良は次第に一緒に過ごすことに。
だが、眩いまでに懸命に生きる彼女の日々はやがて、終わりを告げる。
桜良の死から12年。
結婚を目前に控えた彼女の親友・恭子(北川景子)もまた、【僕】と同様に、桜良と過ごした日々を思い出していた……。
そして、ある事をきっかけに、桜良が12年の時を超えて伝えたかった本当の想いを知る2人

くわしくは、『君の膵臓をたべたい』公式サイトをご覧ください。

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