“原作の精神”大事に映画ならではの表現方法で描いた『8年越しの花嫁 奇跡の実話』
- Vol.148
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映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』
監督 瀬々敬久氏
原作がある作品を手掛ける際は、根底に原作を愛する気持ちを持たなければつくれないと思う
『8年越しの花嫁 奇跡の実話』はタイトル通り、実話がモチーフになった作品ですが、今回のような原作モノとオリジナル作品では制作過程が異なるのでしょうか?
原作がある作品に比べてオリジナルは物語をゼロからつくっているという違いはありますが、基本、制作過程は同じです。ただ、原作や実話がモチーフの作品をつくるときは、元となるものを僕たちが受け止め、解釈して、映画として形をつくっていく必要があります。そのときに大事なのは、“原作の精神”をどう活かしていくのか。映画には映画ならではの、文章には文章ならではの表現方法があると思います。その異なった表現方法で、自分たちが感じとった“原作の精神”をどのようにすくい取るのかが肝なんですよ。 “原作の精神”を間違って解釈していると、観ている方が「あれっ?」って感じてしまう。そうなるとダメ。原作の持つにおいや雰囲気を表現することが大切なんです。そのためにはやっぱり、つくり手は原作のファンでないといけないと思います。原作を愛して面白いと思う、そういう気持ちが根底にないと、つくってはいけない気がしますね。
本作は、結婚式の直前に深刻な病により意識不明になった中原麻衣さんと彼女を8年もの間、待ち続けた西澤尚志さんの実話がベースになっていますが、この話を聞いたとき、どのように感じましたか?
この物語は、大筋では、8年もの間、婚約者を愛し待ち続けたというすごい話なんですが、ひとつひとつのディテールは、実はみんなが生きている日常となんら変わらないんです。尚志さんと麻衣さんという普通の人に突然、人生の試練が訪れ、その人たちが、どうやってその試練を乗り越えたのか、これをきちんと描きたいと思いましたね。映画をつくるにあたり尚志さん、麻衣さんともお話しさせていただきましたが、2人は地方都市にいる普通のカップル。量販店の駐車場でデートの待ち合わせをしたり、国道沿いの式場で結婚式を挙げたりする……。これらは地方でよく見る風景のひとつです。そういう普通なことをしてきた人々に襲い掛かる出来事を描くためには、日常を大事に描く必要があると思いました。彼らをスーパーヒーローではなくリアルさを持って、ていねいに描きたかったんです。
岡田惠和さんの脚本は、日常には宝物が散らばっていることを教えてくれる
主人公たちをスーパーヒーローにしたくない、という監督の思いを実現したのが連続テレビ小説「ひよっこ」でも注目を集めた脚本家・岡田 惠和(おかだ よしかず)さんの紡ぎ出すセリフですね。
岡田さんの脚本ですごく印象的だったのが、2人が出会った飲み会の席で尚志さんが言った「職業、車いじり。趣味。車いじり。」という自己紹介のセリフです。あの言葉は、尚志さんというキャラクターをとてもよく表しているんですよ。平凡ではあるけれど、ある思いを持って人生を生きている、それがこれだけの言葉で伝わってくる。やっぱり岡田さんの脚本は会話が秀逸だなと思いましたね。さりげない会話だけどグッとくるというか。それこそ日常に散らばっている小さな宝物を会話劇として紡いで成立させていく……。そのような“岡田イズム”を感じられる脚本でした。岡田さんは、普通の人の日常をきちんと理解したうえで物語をつくっているんだと思います。劇的なことは起こらなくても日常はキラキラしていて大切なものがあるんだ、という岡田さんの精神が込められているんです。映画って大恋愛だったりアクションだったり非日常なことが描かれることも多いですが、実際に生きている私たちの生活はもっと地味で平凡。でもそこにもきちんとステキなものがある、そういう思いがこの映画の根底に流れているテーマなんだと思います。
そしてそれを形にしたのが、主演の佐藤健さん、土屋太鳳さんらのキャストですね。
彼らを含め、キャストや制作陣はみんな同じ方向を見ていたと思いますね。そして、真実の物語に対して臆することなく、感じたままナチュラルに演技をしていただきました。印象的だったのは、健さんの頼もしさ。リハーサルでは太鳳さんも発言しやすいように場を回してくれたり、太鳳さんが自由に演技できるように雰囲気をつくってくれたり……。ありがたかったです。私は、演じているときに役者の役柄と本人の個の部分が垣間見られたときが一番面白い、と思っているんですよ。役になりきるけど、役者の持っている個性や日常、彼らの考え方が見え隠れしたとき、思いもよらない表情が出てきたりします。俳優って面白い生き物ですよ。
映画はフィクションであっても、映画撮影はノンフィクション。何があるか分からないから面白い
監督はテレビドキュメンタリーの演出経験もあるということですが、映画を含めたフィクションとドキュメンタリー、似ているところはありますか?
ドキュメンタリーの面白いところは結末が分からないということです。どうやって最後を締めるのか、撮影をしながらゴール地点を見定めていく。それに比べて映画は脚本があるのでゴール地点は決まっています。決定的に違うように感じるのですが、実は映画もその場に立ってみないと何が起こるかは分からないという意味では、限りなくドキュメンタリーに近いのかもしれないです。台本で内容は決まっているけど、俳優たちがどんなパフォーマンスをするのか全くわからない。相手の出方によって演技も変わるし、演技する場所や小道具によっても異なってくる。空気感によって作品は微妙に変化していきますから。その不確定な感じがまた面白い。同じ台本でも、今日撮ったシーンを明日撮ったらまた違うものになっているんです。そういう意味では、映画はフィクションであっても映画撮影はノンフィクションだと思います。同じことは絶対二度起こらない。これが映画づくりの醍醐味なんだと思いますね。
監督は、前作の映画『64-ロクヨン‐』も今回の作品も、“日常の中にいる人“を描いていますが、今後も描き続けたいと思っていることを教えてください。
僕が、一番怖いことは“死”なんですよ。なぜ僕らは生まれてきたのか、なぜ死ぬのか、どうしてこの瞬間しか僕たちは存在しないのか……。当たり前のことなんですが、これは永遠のテーマとして、自分がモノを考えるときはいつもそこからスタートしています。だから映画を撮るときも“生と死”を基本のテーマにしたいし、そこからの目線を念頭に置いて物事を描いていると思います。死は怖いけど生の輝きがあるからこそ乗り越えられる。本作にも通じますが、死を意識することで日常が輝くのだと思います。何気ない当たり前だと思っている日常が、実は一番輝いていたりするんですよ。
取材日:2017年11月2日 ライター:玉置晴子
瀬々敬久(映画監督)
1960年生まれ、大分県出身。大学卒業後、助監督を経て、1989年に『課外授業 暴行』で監督デビュー。以降、『アントキノイノキ』(11)、『64-ロクヨン-』(16)などの劇場映画からテレビドキュメンタリーなど様々な作品を発表。『ヘヴンズ ストーリー』(10)が第61回ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞とNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)の二冠を獲得。構想22年の女相撲と理想社会に青春をかけた若者を描く『菊とギロチン - 女相撲とアナキスト - 』と薬丸岳原作の『友罪』が来年公開予定。
- 原作:中原尚志・麻衣「8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら」(主婦の友社刊)
- 監督:瀬々敬久
- 脚本:岡田惠和
- 音楽:村松崇継
- 主題歌:backnumber「瞬き」(ユニバーサル シグマ)
- キャスト:佐藤健、土屋太鳳
北村一輝、浜野謙太、中村ゆり、堀部圭亮、古舘寛治
杉本哲太、薬師丸ひろ子 - 製作プロダクション:松竹撮影所 東京スタジオ
- 配給:松竹
- ©2017映画「8年越しの花嫁」製作委員会
ストーリー
結婚を約束したカップル、尚志(佐藤健)と麻衣(土屋太鳳)。結婚式を間近に控え幸せ絶頂だったある日、原因不明の病が突然麻衣を襲い、意識不明となってしまう。いつ目が覚めるかわからない状態に、麻衣の両親(薬師丸ひろ子、杉本哲太)からは「もう麻衣のことは忘れてほしい」と言われるが、尚志は諦めず麻衣の側で回復を祈り続ける。長い年月の末、ようやく麻衣は目を覚ますが、さらなる試練が二人を待ち受けていた。そして、二人が結婚を約束してから8年、ついに最高の奇跡が訪れる――
くわしくは、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』公式サイトをご覧ください。