市民と行政、事業者が手をとって 守り、育む街のパブリックアート。ファーレ立川アートの“今“
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- Vol.150
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立川市産業文化スポーツ部地域文化課
文化振興係長 柳澤 彰子さん
文化振興係主事 二ノ宮 真輝さん
ファーレ倶楽部
会長 松坂 幸江さん
副会長 平野 久代さん - 無題
ジャン=ピエール・レイノー
パブリックアートで街をつくる
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ファーレ立川は、さかのぼること23年前の1994年に、パプリックアートで街づくりをされたのですね。今、考えても斬新で画期的なアイデアですが、どのようなプロジェクトなのでしょう?
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柳澤さん(立川市):ファーレ立川は、立川駅北口約6haの米軍基地跡地を再開発して誕生した、ホテルやデパート、映画館、図書館、オフィスビルなど11の建物からなる業務・商業市街地です。
二ノ宮さん(立川市):そして、街づくりをする際に、親しみや癒しを感じられるように、街とアートを一体化させることを計画しました。
柳澤さん(立川市):そうした構想の元、コンペを行い、アートディレクター・北川フラムさん率いるアートフロントギャラリーが手がけることになりました。北川さんは越後妻有・大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭の総合ディレクターを務めていらっしゃいますが、ファーレ立川はアートで地域づくりをした、北川さんの初期のプロジェクトです。
ファーレ立川のアート作品は街のあちこちにありますね。
柳澤さん(立川市):街を森に見立てて森に息づく妖精のようにアートを配置しています。ファーレ立川には、3つのコンセプトがあるのですが、まず一つめは「世界を映す街」。世界36ヶ国から92人の作家による109点の作品があります。 ふたつ目は「機能(ファンクション)を美術(フィクション)に」。作品そのものが、車止めやベンチ、ビルの排気口や換気塔といった具合に機能性をもち合わせています。
平野さん(ファーレ倶楽部):北川フラムさんから、換気口のカバーなど、街や建物の機能を作品にしたらおもしろい、という提案があったのです。
二ノ宮さん(立川市):街の機能をアートに、というコンセプトが決まると、ほとんどのアーティストの方たちが実際に立川を訪れて、どのような作品をどこに置くかを検討したそうです。今では、作家たちが世界的なビッグアーティストになっていますし、これほどのアート作品群を街なかに創ることはまずできないでしょうね。
柳澤さん(立川市):それから、コンセプトの3つ目は「驚きと発見の街」。街の景観を利用して、「あっ」と驚くようなしかけがところどころにあります。
柳澤さん(立川市):観る人それぞれに自分の見方をしてもらいたい、という思いから、作品名や説明のプレートをつけていません。街を歩きながら思わぬ場所でアートに出会い、「こんなところにこんな作品があった!」と驚きをもって観ていただけます。
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ペデストリアンデッキ(歩道橋の一種)に描かれた黒い線。道路を渡ったある一点から見ると、そこに現れたのは‥‥真円!? これはフランス在住のアーティスト、フェリーチェ・ヴァリーニの作品、「背中あわせの円」 。複雑な空間に太さの違う線を描き、 一点から見ることで、都市の暗号のように形を浮かび上がらせている。
20年以上、ファーレ立川の魅力を伝え、守ってきたファーレ倶楽部
今日は、最初に30分ほどファーレ倶楽部の松坂さんと平野さんにツアーガイドをしていただきましたが、アート作品への理解が深まると同時に、おふたりの作品への愛情を感じました。ファーレ倶楽部はいつ頃から活動しているのですか?
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柳澤さん(立川市):ファーレ倶楽部さんは、97年5月にアート作品を案内するボランティア団体として活動をはじめました。その前年に北川フラムさんを講師に講座を開催して、ガイドできる方を養成したのです。
松坂さん(ファーレ倶楽部):私は当時、「立川におもしろい街ができたよ」と知人に聞いて。北川フラムさんの養成講座があると知り、「アートで街をつくったのはどんな人だろう?」と思って受講したのです。講座の最初に、フラムさんは「ここにアート作品があるだけじゃダメなんですよ。それをお神輿ではないけれど、持ち上げてくれる人がいないと伝わっていかないよ」と言いました。そして、ツアーをすることがすごく大事だということを切々と話されたんです。
柳澤さん(立川市):97年に講座を受講した有志メンバーがファーレ倶楽部を結成し、途中メンバーが入れ替わったりしながら、20年以上にわたりツアーガイドや清掃をしてくださっています。2008年からは立川市内全20校の小学5年生を対象に、「小学生ファーレ立川アート観賞事業」を実施しています。もちろんファーレ倶楽部さんに案内してもらっていますが、これまでに1万人以上の子どもたちが参加していますね。
平野さん(ファーレ倶楽部):子どもたちは美術の授業の一環として来てくれます。
松坂さん(ファーレ倶楽部):ファーレでは、作品に触ったり乗ったりしてもいいので、美術館に行ったときに作品に触れようとするのは立川の子どもかも(笑)。美術館に行くよりも先に、ここでアートを体験する子どもも多いでしょう。
柳澤さん(立川市):休日にファーレ立川を通りかかるとツアーに参加した小学生がアート作品を親ごさんに得意げに説明する姿がときどき見られてほほえましいですね。3年前からは、このあたりの企業にお勤めの方に向けて、夕方、仕事帰りに参加できるツアーも企画してきました。
平野さん(ファーレ倶楽部):毎日通勤していても、作品に気づかないこともあるんですね。たとえばペデストリアンデッキ(歩道橋の一種)に貼ったタイルがバーコードになっている「バーコード・ブリッジ」 (坂口寛敏)を案内すると、「えっ、これも作品なの?」と驚く方も少なくありません。
ファーレ倶楽部は作品の清掃もされているそうですね。
柳澤さん(立川市):ファーレ倶楽部さんが関わってくださることはファーレ立川にとって、とても大きなことです。清掃は「ぴかぴかアートプログラム」という事業で、参加者を募ってみんなで一緒にやります。清掃のあとには、作家を招いてワークショップをしたり、清掃と言ってもすごく楽しいんですよ。2016年には、「水瓶」という作品をつくったチャールズ・ウォーゼンさんが来てくださって。たまたま立川市が持っていた水色のカラーコーンを使って、みんなでそれを組み合わせて六面体のようなものをつくって。インスタレーションをしました。
松坂さん(ファーレ倶楽部):この間は、小学生の頃にここに来ていてその後、美術大学に入って画家になった子が、「ぴかぴかアートプログラム」に参加してくれました。市外の方にも参加していただけるんですよ。
平野さん(ファーレ倶楽部):自分たちの手できれいにすると作品への愛着がわきますね。たとえば、ナイジェリアのアーティスト、サンデー・ジャック・アクパンさんの作品なんかは、拭いているとまるでお風呂で背中を流してあげているような気がしてきます(笑)。
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無題(サンデー・ジャック・アクパン)
修復再生を行い、美しく保たれてきたアートと、育まれてきた作家との信頼関係
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クラウドファンディングを利用して修復された作品
「Tessera-4」(スティーヴン・アントナコス)
街ぐるみで維持・管理をされているそうですが、そうしたケースは世界的にも珍しいことだそうですね。
柳澤さん(立川市):ファーレ立川ができて10年目と20年目には、大規模な修復再生の事業を行いました。平成26、27年の20年目のときも商工会議所、行政、ファーレ倶楽部などで「再生実行委員会」を結成して、2年がかりで再生事業に取り組んだのです。それに加えて、協賛金も集めました。
平野さん(ファーレ倶楽部):クラウドファンディングをして修復した作品もあります。
柳澤さん(立川市):スティーヴン・アントナコスのネオンの作品をクラウドファンディングで集めたお金で直しました。その後、再生実行委員会は「管理委員会」という形になって、作品を保全しながら、アートマーケットなど街を活性化するイベントをしたり、グッズの制作・販売などを行っています。
松坂さん(ファーレ倶楽部):修復ができて本当によかった。屋外にある作品なので、設置面が錆びてしまったり、と傷んでいて。ツアーをしても、作品が汚れたり傷んでいると、せっかくの魅力が伝わりませんから。
柳澤さん(立川市):作品が屋外にあるので、どうしても汚れたり傷つけられたりします。永遠に残るものではないですが、みんなにいかに愛していただいて、長持ちさせられるかというところが課題だと思います。
みなさんの手でずっと作品を守ってもらって、作家さんたちも安心ですね。
二ノ宮さん(立川市):はい、ファーレは作品を大事にしてくれると言って、信頼していただいています。
柳澤さん(立川市):2017年春のアートミュージアム・デーにシンポジウムを開催しましたが、声をかけさせていただいた作家さん、みなさんがよろこんでくださいました。
いい関係が続いているのですね。北川フラムさんとアートフロントギャラリーとも交流が続いているのでしょうか?
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柳澤さん(立川市):はい、イベントをするときや、特殊で簡単に直せないものの補修が必要になったときなど、北川フラムさんとアートフロントギャラリーに相談してやっていただいていますね。フラムさんはとくにファーレ倶楽部さんのことをかわいがってくださって。
二ノ宮さん(立川市):北川さんはファーレ倶楽部のみなさんのことが大好きですよね。
松坂さん(ファーレ倶楽部):最初の頃は、ファーレに関係するアーティストがアートフロントギャラリーに来ると聞きつけては、みんなで押しかけて行って話を聞いたりしていました。当時はきっと「遠くから、よく来るなあ」と思われていたでしょうけれど(笑)。
平野さん(ファーレ倶楽部):私たちも全員がフラムさんのファンなんです。瀬戸内国際芸術祭も大町の北アルプス国際芸術祭にも行きましたし。フラムさんも2017年のファーレ倶楽部結成20周年のときには駆けつけてくださいましたね。
きっと、みなさんをはじめ地元の方がずっと作品を守り、愛してこられたからですね。ところで、20年以上経って、感じることはありますか?
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柳澤さん(立川市): やはり市だけが頑張ってもうまくいかなかったと思いますね。オーナーさんやファーレ倶楽部さんみんなが協力してやってくださる体制が整っていることが、ファーレ立川にとって大きいですね。
松坂さん(ファーレ倶楽部):できた当初は「なんでこんなものにお金をかけているんだ」と言いながらツアーに参加する人もいました。でも、次第にパブリックアートという言葉が聞き慣れたものになって、今は多くの人が純粋にアートを楽しむ時代になっていると感じますね。
ファーレ立川の魅力を伝える新たな取り組みがあれば、おしえてください。
柳澤さん(立川市):2016年からは「ファーレ立川アートミュージアム・デー」と名づけて、3月と10月に定期的にイベントを開催しています。アートミュージアム・デーにはここに架空の美術館が登場する、というコンセプトです。109点ある作品は美術館でいうところの常設展、そして企画展としてファーレの作家さんたちのインスタレーションなどをやっています。また、ファーレ立川アートの写真コンテストも開催して、入選した作品でつくったカレンダーも好評です。
最後に、みなさんおすすめのツアーコースをおしえてください。
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「会話」(ニキ・ド・サンファル)
柳澤さん(立川市):ファーレ倶楽部さんはお一人からツアーをしてくださるので、やはりそれがいちばんおすすめです。短時間で何人かでまわるなら、ファーレ立川センタースクエアに集合して、二階のデッキから「バーコード・ブリッジ」を通り、ニキ・ド・サンファルの蛇の椅子「会話」のあるあたりを観て、作品たちが両端に並ぶギャラリーロードを通って、白い大きな買い物カゴを観るコースです。比較的、作品が集まっていますから。
二ノ宮さん(立川市):アートガイドアプリ「ファーレ立川アートナビ」には、「全作品鑑賞ルート」のほか、エリアごとのルートなどもあるので、是非ダウンロードしてみてください。個人的にはアプリを起動したまま自由に散策をして、作品を探しながら、迷いながら街をめぐっていただくのが楽しい気がします。
柳澤さん(立川市):アプリには、「発見困難、見逃さないで!」ルートもあります。作品を見つけるヒントは、目の高さばかりではなく、いろいろなところを探すことですね。それぞれの楽しみ方で自由に観ていただければと思います。
取材日:2017年12月19日 ライター:天田 泉
ファーレ立川アート
街を歩きながら世界中のアーティストたちの現代美術コレクションを自由に観賞できるアートプロジェクト。ここで働き、ここを訪れる人たちの“創造の場"として未来に発展することを願い、イタリア語の「FARET(ファーレ)」(創る・創造する・生み出すの意)に立川の頭文字「T」をつけて、「FARET(ファーレ)」と名づけられた。観て、聞いて、触れて‥‥109点のパブリックアートを五感で楽しめる。アクセス
JR立川駅北口より徒歩3分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分(歩行者デッキで直結)。
お問い合せ
ファーレ立川アート管理委員会事務局(立川市・地域文化課内)
tel:042-523-2111 内線4501
ホームページ:http://www.tachikawa-chiikibunka.or.jp/faretart/
Facebook:https://www.facebook.com/faretart/
Twitter@faretart:https://twitter.com/faretart
女性総合センター・アイム1階などでアートマップを無料配布。
アートガイドアプリ「ファーレ立川アートナビ」は多言語(日本語、英語、中国語(簡体・繁体)、韓国語)対応。
ファーレ倶楽部
ファーレ立川のパブリックアートを案内するボランティアグループ。1996年、立川市が開催した「アートコンダクター養成講座」の受講生有志により1997年5月に結成。アートツアーや清掃を行っている。モットーは「無理なく、楽しく、参加できる範囲で」。会員とサポーターを随時募集中。ホームページ:https://www.faretclub1997.net
アートガイドツアーは1名からでも対応可。E-mail faretclub@gmail.com
『ファーレ立川パブリックアートプロジェクト~基地の街をアートが変えた』
- ファーレ立川アート管理委員会/企画
- 北川フラム/著
- 現代企画室/刊
全92作品のほか、ファーレ立川の“今”を撮り下ろした写真も掲載。アートによる街づくり、パブリックアートのガイダンスとしても役立つ一冊。
20周年を記念して出版された本書の表紙は、1995年刊行『別冊太陽 パブリックアートの世界』(北川フラム/著 平凡社/刊)と同じく、ジャン・ピエール・レイノーの赤い植木鉢を地元幼稚園に通う子どもたちや地元の人たちが囲んでいる。
なかには、1995年当時に表紙を飾った子どもたちが大人になった姿も見られる。