世界の星付きレストランも注目!地域資源を生かした「越後雪室屋」の、企業の垣根を超えたブランド作り
- Vol.164
- にいがた雪室ブランド事業協同組合 事務局長 ブランディングディレクター 関本 大輔 氏
豪雪地帯・新潟だからこそできた新しい価値の提案
「雪室」とはどういったものか教えてください。
雪に包まれた温度0℃・湿度90パーセント以上の一定した環境の倉庫で食品を貯蔵する保存方法です。一般的な冷蔵庫で保存するのに比べ、電気振動がなく光や乾燥による食品への影響・ストレスが少ない。そのため米や野菜はでんぷん糖化で甘くなり、肉はドリップが少ない良質な熟成肉になります。
古くは古事記に出てくる氷室までさかのぼる、自然の冷却する力を生かした保存方法です。新潟のような雪国には昔からある貯蔵方法で、雪で保存することで食べ物は腐らずに、より美味しくなるということがこれまでもある程度認識はされていましたが、そのメカニズムは現代まで解明されてはいませんでした。新潟には「雪だるま財団」という雪室を研究している人たちがいて、彼らが雪室で食材を熟成させることで美味しくなる研究をしていたんです。
ブランド「越後雪室屋」について教えてください。
2007年ごろ、新潟県上越市に1年計画で雪室を使って食品の熟成プロジェクトがありました。そこで商品化されたコーヒーに問屋が注目し、私が代表取締役を務める株式会社アドハウスパブリックに、話が持ち込まれました。弊社はブランドづくりとデザインワークを得意とするデザイン会社です。2010年頃に雪室を使った商品開発の話が複数きており、「これは間違いなく一緒にやったほうがいい。雪室で熟成させた商品を総合した新潟県随一のブランドが作れる!」と思いました。雪だるま財団の方々ともタッグを組み、7社で母体「にいがた雪室ブランド事業協同組合」を作り、雪室を使った食の総合ブランド「越後雪室屋」がスタートしました。現在は26社が参加しています。
発足時から「県内随一のブランドを育てて、全国・全世界に広めていこう」という志を持った中小企業の集団を作ろうという考えはありました。どんな事業を手掛ける時も、みんなに応援してもらえるコンセプトとストーリー、そしてわかりやすいアウトプットを大切にしています。
雪室に入れて熟成させた商品は2012年のスタート時は12品目から、現在は約90アイテム。1品目1企業のルールで、肉や米、日本酒やお茶、ジェラートや調味料など様々です。たとえばジャガイモは雪室に約8ヶ月貯蔵することで糖度は2倍に、お酒やコーヒーは通常熟成する際に発生する雑味やえぐみのない、素直な味が楽しめるようになることが研究から明らかになっています。僕が一番好きなのはコーヒーです。
「地域のために」を目標に異業種がコラボすることで予想以上の相乗効果が生まれる
中小企業が集合体で一つのブランドを作るという、仕組自体もデザインされたと伺いました。
「越後雪室屋」は複数の食品のメーカーの他に、流通や広報、中小企業診断士など、様々なプロフェッショナルが共同で組合を作って運営しています。中小企業の異業種の各社が一つの冠を共有して販売しているというこの取り組みは新しく、国では「新連携」と命名。「中小企業庁 がんばる中小企業300社」や「イノベーションネットアワード 農林水産大臣賞」など数々のアワードで選出・受賞をしています。
組合にはそういった様々な業界から発信力が強い人たちが「雪室」というテーマのもとに集っているので、巻き込み力がすごい。地方では都市よりもキーパーソンが目立ちやすく、「新潟のため」という活動に応援の声も寄せられます。
僕は事務局長兼ブランディングディレクターとして、この中小企業の集合体というチームを作ってまとめています。そして弊社は普段からお客さんと直通で話ができるデザイナーを育てており、コンセプトや組織の形をアウトプットして人に伝えられるデザインが強み。しっかりと意向を汲み取ったデザインに落とし込んでいます。
前例のない取り組みに不安はありませんでしたか?
もともと弊社は企業のブランディングのお手伝いをしていたので、主体となって実践の経験を積むことでブランディングの知見を深くしたかったんです。もう黒字赤字関係なくやろうと勝負に出ました。
しかし、食品によってベストな熟成期間は異なりそれを探るのは何ヶ月もかかるもの。なかなか正解はわかりません。当初3~4年は売上がないけど、人手はかかる状態だったので投資ですよね。でもただ闇雲にやっていたわけではありません。新潟のためになると思っていたし、ブランディングの概念、やり方をしっかりと見える化できる自信はありました。こういった企業の垣根を超えて一つのブランドの冠を持つ組織は新潟にはまずないし、日本にもそうないはず。そういったのを立ち上げて、中小企業にブランディングの価値を示していきたいという志も、すごく良かったと思います。
地方からの発信ということに、難しさはありませんでしたか?
むしろ雪がある新潟だからこそできたブランドです。特に新潟の雪は湿度が高く、積もるから雪室に最適なんです。つまり、雪室は新潟が豪雪地ならではの、世界に誇れるテーマのストーリーになるんです。だから新潟で雪室が立ち上がることには意味がある。それで世界で勝てるなと思いました。ただ、新潟だけに固執しているだけではなくて、日本で雪国全体をまとめていきたいという思いもある、そうしないと世界の人に通用しないから。新潟の誇りでもある雪を世界に訴えていこうという信念が立ち上げ当初からあります。
既存の価値を変えて、ポジティブなインパクトや変化を提示することがブランディングの力
雪は生活が大変になるネガティブなものというイメージが逆転しますね。
価値を変えて驚かせる、インパクトを与える、というのはブランディングの大事なテーマ。「田舎は何もない」とよく言いますが、あるものをどうやって転換させて、新たなストーリーにするのかの視点がすごく大事だと思います。都市には最先端で刺激的なものがありますが、地方も絶対に面白いと思います。もちろんすぐ簡単になんでもできるわけではないけど、コンセプトが際立っていれば、勝てる。それは感じますね。コンセプトに磨きをかけることが大事です。
ブランディングや商品開発は順調でしたか?
もちろん失敗の連続です。一回失敗して熟成しなおすと何ヶ月もかかったりして、いつまでも商品化ができない。初めの頃は失敗とやり直しの繰り返し。今は同時進行で何ヶ月ごとにチェックするなどやり方が確立できています。 しかも「越後雪室屋」は組合員全員が美味しいと言わないと商品化はできません。毎月一回の約20社が出席する理事会が商品審議の場になっていて、みんなここで認可を受けないとブランドの冠はつけられません。高い品質を求める人たちばかりなので、初め、この審査をパスする商品を作るなんて無理だと思いました(笑)。実際に立ち上げ当初は商品の通過率は約3割。大変でした。
売り場作りは、コンセプトと商品が訴えているストーリーが初めから明確にあったため、百貨店を中心にすぐに応援してくれました。
組織として成功できた秘訣は何ですか?
一品目1社ということを決めて、信頼関係を作ったこと。そしてきっちりとみんながフェアで頑張れるようなルールや集まれる場を作り、話しが盛り上がる内容で意見の違う人を集めることをすごく意識しました。ブランドが伸びるかどうかは人、そしてチームにかかっています。
越後雪室屋を始めたことで生まれた新しい価値やインパクトを教えてください。
各社にイノベーションが起きたことです。例えば味噌屋は自社もしくは味噌業界の常識で商売をしていましたが、組合の会合で異業種と交流することで、自社とは全く違う営業方法や販売チャンネルなどを知ることができました。参加している企業は規模の大小関わらずそういった商売に結びつく発見があり、情報交換や連携ができるネットワークが生まれたんです。それまで物事を仕掛ける意識がなかった社員さんたちにも刺激になり、自分たちで商品企画をして売り出していく意識が生まれていきました。
そして自社のコンテンツを持ち始める会社が多くなりました。多分、今後中小企業や地域の企業にとってとても大切なのは、自社のコンテンツを持つことです。自社の強みを何かしら形にして打ち出していかないと、いずれ衰退してしまうと僕は考えています。ここにブランディングの大事な観点があります。
軌道に乗るまでに失敗などはありませんでしたか?
いくらチームワークが良いとはいえ、みんなそれぞれが独自の指針を持つ企業の集合体。簡単にはまとまりません。その解決方法は、とことん膝を突き合わせて話し合うことです。事務局長として一生懸命やるからこそ、やりすぎて怒られたこともあります(笑)。
失敗は山ほどありますが、やっぱり周りがよくなるとか、目標に沿っているとか、ブランドの共通理念を追いかけるところを、すごく大事にしたほうがいいです。そこさえちゃんと共有できて追いかけられていれば、どんな失敗もなんとかなる。気持ちが大事ということです、やっぱり人なので。
世界の星付きレストランにも採用され、雪室が海外で通用することを確信
立ち上げから約8年。現在、県外や世界にも展開していますね。
特に雪室で熟成させた和牛「YUKIMURO WAGYU」が広がっています。GINZA SIXのレストランでのフェアをはじめ、シンガポールやスウェーデンの星付きレストランで採用され、現在はニューヨークでの取り扱いが検討されています。
新潟の雪室熟成というテーマが海外のシェフに同じように伝わった時に、「あ、間違ってなかったな」と思ったし、醍醐味を感じました。あとは事業を攻めていく体力をどれだけ持てるかが鍵。だから今は来年の会社化を念頭に動いています。
雪室と宿泊とレストランを足した「人を呼ぶ」事業など、会社化することでよりできることが広がっていくと思います。組織のメンバーはみんないろんなアイディアを持っていて、それを周りのメンバーが実現しようとするポジティブな空気があるんです。
「雪室留学」ということにもチャレンジしています。全国の特産物を新潟の雪室で熟成させて、商品化して返す。“日本雪室屋”のような形で、「日本の雪で日本の美味しい食材を熟成させました」というストーリーで世界にも響くと思います。すでに高知県四万十の栗を雪室で熟成させ糖度25度の甘みを安定的に実現。逆にグレープフルーツは全く酸味がなくなってしまい失敗しました(笑)。
世界に目を向けると、世界各地には雪があり、実はヨーロッパ圏にも雪室の文化があるんです。だから海外にも雪室を持って世界流通を展開する“世界雪室屋”も夢ではないと思っています。雪室熟成=スノーエイジングの手法自体を流行らせたいですよね。
「地方だから」に甘えない、諦めない。続けることで活路が見出せる
地方発信ならではのメリット、デメリットをどのように感じますか?地域ブランディングに関心のあるクリエイターにアドバイスをいただけますか?
雪室自体が雪国じゃないとできない。そこに価値があります。
僕たちがブランド化を進める時に大事にしているポイントが4つあります。それが①差別化、②デザインによる見える化、③人・チーム、④続けること。そして続けていくためには、ビジョンと実際の現実と叶えていきたい将来の折り合いの三方良し的なものがしっかりできて、人の役に立たないと続かないと思います。その信念をしっかり持って、やりたいことやってほしいと思います。
プロジェクトで人が大事と言いましたが、地域ブランディングでネックになるのも人です。変化を求めない人もいるし、プロジェクトに懐疑的な人も必ずいます。雪室の時もそうでしたが、はじめから賛同してもらおうとするのではなく、やって見せて事実を作る。「わかってくれない」ということに甘えてはダメ。物事を始める時は人の意見も聞かずにまず形を作って、それに賛同してくれる人を巻き込んでさらに大きくしていく。そして続けることです。あきらめるのは簡単。 地方にも絶対になにか資源があるし、それが輝くきっかけを作れるかどうかが大事なことだと思います。
取材日:2019年2月7日 ライター:丸山智子
にいがた雪室ブランド事業協同組合(越後雪室屋)
- 代表者名:理事長 佐藤健之
- 所在地:〒950-0943 新潟市中央区女池神明 3-4-9(株式会社アドハウスパブリック内)
- 電話:025-250-0102
- FAX:025-250-7538
- URL:http://www.yukimuroya.jp/