WEB・モバイル2011.11.02

クリエイターの仕事を変えるかもしれない~クラウドコンピューティングの可能性~

Vol.78
株式会社ソリトンシステムズ クラウドサービス本部 新井ひとみさん
「クラウドコンピューティング」の概念は、2006年、GoogleのCEO(当時)エリック・シュミット氏の発言が最初と言われており、またたく間に世界中へ広がった。 従来、コンピュータのユーザーは、アプリケーションやデータを自分のコンピュータで管理していたのに対し、クラウドコンピューティングではインターネットにアクセスし、ネット上で提供されるアプリケーションを利用したり、ネット上にデータを預けたりする。これがクラウドの基本的な考え方だが、新しいサービスにも、以前からあるサービスにも思える。 まさに、クラウド=雲をつかむような話だが、いったいクラウドで何が変わり、何ができるのか。ネットワーク機器やセキュリティ製品の開発・販売を手がけ、クラウド型セキュリティサービスも提供している株式会社ソリトンシステムズ・クラウドサービス本部の新井ひとみさんにお話を伺った。

すべてはネットで。それがクラウド。

そもそも、クラウドコンピューティングとは、ひとことで言うとどんなものなのでしょうか?

【新井さんのお話】 「クラウド」という言葉自体は、ネットワークを表す絵として雲が使われることが多く、そこから来ていると言われていますが、じつは、明確に「これだ!」という定義がありません。私たちも、よくお客様から「クラウドとSaaS(サース、Software as a Service:ネット経由で、必要な機能を必要な分だけ利用できるようにしたアプリケーション)は何が違うのか」と尋ねられるのですが、結論が見当たりません。“ネットを経由してアプリケーションを利用できる仕組み”と漠然と考えていただくのがいいのかもしれませんね。 Saasに加えて、PaaS(Platform as a Service、パース:ネット経由で、ソフトの構築や稼動をさせるためのプラットフォームを提供するサービス)や、IaaS(Infrastructure as a Service、アイアース:ネット経由で、コンピュータシステムを構築および稼動させるための基盤インフラそのものを提供するサービス)というサービスもありますが、これらも同様にクラウドと呼べると思います。

「利用者の手元にデータがなく、ネット上に預けている」という点から見ると、多くの人が使っている「Gmail」や「Yahoo!ブリーフケース」のようなサービスもあてはまりそうですね。

【新井さんのお話】 そうなんです。「クラウド」ということを意識するのは、我々、システムに関与する人たちだけで、大半のユーザーの方は、利用しているサービスがクラウドかどうかというのは意識していないと思います。 ここに来て注目度が上がったのは、技術や理論として以前からあったとしても、近年、ネットワーク環境が充実し、誰でも高速でデータをやり取りすることができるようになって実際に可能になったことが大きいと思います。

御社はセキュリティを生業とされていますが、クラウドでセキュリティシステムを提供しているのですね?

【新井さんのお話】 はい。弊社がクラウドのセキュリティに取り組み始めたのは、まだ「クラウド」という言葉がなかった時ですが、当時はあまり見向きもされませんでした。そもそも「自社の情報を外部に持ち出したり、外部に監視を依頼するのはいかがなものか」と考える方が多かったのです。その後、“クラウド”という言葉が使われるようになり、ユーザーの方々にも「社内設備に加えて、クラウド型も選択のひとつ」という考え方が広がってきました。おかげさまで弊社のクラウド型セキュリティサービス「InfoTrace-OnDemand」は、これまでに約5万ライセンスを販売しています。

具体的にどんなことができるサービスなのですか?

【新井さんのお話】 社員の方のパソコンの利用の状況や、どんなメールを送っているのか、どんなサイトを見ているのかを管理者が確認できたり、自動的に警告を出すことができます。セキュリティのシステムは構築や運用が難しいところがありますが、クラウド型サービスではすべて自動で動作しますので、使いやすさがメリットです。 従来型のパッケージ製品では、自社でサーバーを置く必要があり、管理者はセキュリティツールを入れるだけでなく、そのメンテナンスもしなければならないので、運用の作業に時間がとられてしまいます。それをクラウドにすれば、管理者は本当に必要な対策などに専念できるわけです。 じつは、こういう提案をすると、「それじゃあ、僕たちシステム部門はいらなくなるの?」と言われてしまうことがあります(笑)。そうではなくて、サーバーの運用のような雑務を切り離して、たとえばセキュリティのルールを考えるとか、ツールを使って読み取った情報をいかに分析してよい戦略を立てるとか、本来の仕事に専念していただけると思います。

デメリットもあるのでしょうか?

【新井さんのお話】 ユーザーみんながひとつの仕様を共有するので、各々のユーザーの事情に合わせた細かい調整が苦手ですね。カスタマイズが難しいこともあって、たとえば、地方自治体など官庁では民間企業と比べると実績は少ないです。ただ、一例として、政府のグリーン家電普及事業「エコポイント」のポイント申請システムではクラウドサービスが使われていました。利用者の方は、それがクラウドのサービスだったとは気づかなかったと思いますが、我々にとっては大きなニュースでした。独自にあのようなシステムを立ち上げようとすると何ヵ月もかかります。「エコポイント」は期間限定プロジェクトでしたので、すぐに立ち上げられて終わったら止められるクラウドが最適だったと思います。

大切なデータを外部に預けることや、外部のシステムとつながることに不安を感じる方もいるはずですね?

【新井さんのお話】 弊社のサーバーは日本国内にあると明示しており、実施要領も明確に定めています。けれども、どこにサーバーがあるのかわからないサービスもありますので、その点は注意が必要です。 一方で、社内にサーバーが置いてあれば安全かというと、必ずしもそうとは言えません。たとえば災害対策でも、社内のサーバールームよりもデータセンターの方が耐震性に優れた設備になっていますし、電力供給もバックアップがあります。また、データ漏えいなどでは、外部からの攻撃だけでなく内部犯行もあり得ます。しかし、クラウドならば管理者ですらそういったことができなくなりますので、第3者の目で見守っているとも言えますね。

クラウドはクリエイターの仕事も変えるのか

システムの管理者にとってはメリットが多いのですね。一方、クリエイターにとっては縁遠い話のような気もしますが・・・。

【新井さんのお話】 利用法はいろいろあると思います。たとえば、映像やグラフィックといったサイズが非常に大きいデータを扱った案件で、仮に1社の契約なら自社のサーバーで収まっても、それが大ヒットして一気にクライアントが増えると、新たなサーバーを用意したり、構築しなければなりません。この作業に時間がかかると、リアルタイムな対応が求められる仕事では致命的です。 それがクラウドになると、サーバーを増やしたいならその日のうちに増やせます。Facebookに映像コンテンツを提供する、あるアメリカの会社の事例ですが、Facebookにコンテンツを載せた途端、ユーザーが一気に10倍も増えてしまいました。その時、彼らがすぐにサーバーの増強で対応できたのはクラウドを使っていたからです。 サーバーを自社で持つより、使いたいときに使いたいだけ使う。逆に言うと、不要になれば契約を解除すればいいわけです。コスト面でも合理的ですので、このような利用例はますます増えると思います。

確かにクリエイターの扱うデータはサイズが大きい場合が多いので、そういった利用法は魅力的ですね。ところで、たとえクラウドサービスを導入し、専門的な知識なしで管理者が務まるようになったとしても、肝心の管理画面が使いにくいこともありそうですね。

【新井さんのお話】 ご指摘の通りですね。コンシューマー向けのクラウドサービスは直感的に分かりやすい画面づくりになっているのに対し、企業向けのクラウドのインターフェースはとっつきにくいかもしれません。いままでは、そこに十分に手がまわっていなかったと思います。しかし、セキュリティの専門家のいない中小企業にも導入してもらうことを考えると、“わかりやすいデザイン”は、ひょっとしたらいちばん大切な要素かもしれません。表示の仕方やグラフィックの工夫には、クエリエイターの力が必要になってくるでしょう。 それに、最近はPCだけでなく、スマートフォンやタブレット端末でも「InfoTrace-OnDemand」の画面を見られないのかという質問をいただくことが増えました。まだ、そこまでいたっていないのですが、これからはモバイルコンテンツを得意とする人材も必要になると思います。

データをネット上に置いておき、使うときにアクセスするということは、複数のメンバーで共同作業するような仕事の進め方もできそうですね。

【新井さんのお話】 はい。データをメンバーが共有し、各々が作業を加えることが可能です。アプリケーションもクラウドにすれば、プラットフォームの違いによる齟齬もなくなります。あるメンバーの具合が悪くなっても、そのほかの人がすぐにフォローできるようにもなります。クライアントも進捗状況を見ることができますね。

【インタビュー対象者】 株式会社ソリトンシステムズ クラウドサービス本部 新井ひとみさん

【インタビュー対象者】
株式会社ソリトンシステムズ
クラウドサービス本部
新井ひとみさん

現状では、クリエイティブ関連で著名なソフトは従来のパッケージ販売が主流ですが、クラウドの発展が進めばその状況も変わるかもしれません。

【新井さんのお話】 そうですね。いままでは高額なパッケージ商品を買っていたのが、クラウドなら必要なアプリケーションを必要な時だけ利用したり、いろいろ試すこともできます。「今回はこのアプリケーションを使うけれど、次のプロジェクトには合わなそうなので違うものを使う」という選択も可能になります。アプリケーションの種類も増えて、クリエイターへの参入をたやすくし、業界全体のすそ野を広げることになるかしれませんね。

取材日:2011年9月20日

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