『けっきょく、よはく。』編集者に聞くヒットの秘密
新たなスキルやノウハウを身に着けたい時、頼りになるのがデザインの教則本やツールのハウツー本。書店に行けば、目移りするほどさまざまな種類の教則本が並んでいますが、この分野で『知識ゼロからはじめるPremiere Proの教科書』『けっきょく、よはく。』など、次々とヒットを飛ばしているのが、ソシム株式会社です。今回は、この2冊を手掛けたデザイン編集部の平松裕子編集長に、ヒット本が生まれるまでの秘話や、編集者視点で考えるクリエイターに求められるポイントなど、興味深いお話をたっぷり伺いました!
立て続けに大ヒットを記録!『けっきょく、よはく。』は売り切れ続出。
『知識ゼロからはじめるPremiere Proの教科書』『けっきょく、よはく。』の売れ行きが非常に好調と伺っています!2冊とも、書店ではとても目立つ位置に並んでいますね。
ありがとうございます。この分野の本は、1年に1回増刷がかかれば何とか採算ラインに乗るので、そこをとりあえずの目標としているのですが、『知識ゼロからはじめるPremiere Proの教科書』は半年で4刷となりました。『けっきょく、よはく。』は、発売当初から勢いがすごくて、Amazonでは搬入してもすぐ売れてしまって2ヶ月ほど入手困難な状態が続き、今は14刷?でしょうか?ちょっと私自身も把握できていません(笑)。こんな状況は、編集者として初めての経験です。
すさまじい売れ行きですね!そもそも、このような教則本やハウツー本は、どのように企画が持ち上がり、作られるのでしょうか?
まずは、自分の中で「こんな本が作りたい」との思いがあります。次に、その思いが市場に求められているかどうかを探ります。同じ分野でどんな本が売れているか、似たような本がすでに出ていないか、など、市場をリサーチして、ターゲットを考えます。ターゲットはかなり具体的に読者像を描いて、いわゆるペルソナを設定し、その実数はどのくらいのボリュームで、もし本を出版したら採算ベースに乗るのか?を探っていきます。つまり、マーケティングをしっかりする、ということですが、自分の思いだけで突っ走って返品の山になると傷付くので(笑)、そこは慎重に考えます。 これはいける、となったら、著者、デザイナー、イラストレーターなどにオファーを出します。著者は企画に合う人にお願いすることもあれば、最初に「この人と一緒に本を作りたい」と著者ありきで企画を考えることもあります。どちらにせよ、いろいろな人と会うことで企画が生まれたり、詳細を詰めることができたりするので、アイデアを考える時は人と会うことを大切にしています。
専門ではないのに動画編集を求められる人のお助け本 『知識ゼロからはじめるPremiere Proの教科書』
『知識ゼロからはじめるPremiere Proの教科書』は、ハウツー本ですが、企画が先にあったのですか?
そうですね。まず、「Premiere Proの本を作りたい」との思いがあり、実は2〜3年前に一度企画会議に出しているんですよ。その時は、読者のターゲットが動画クリエイターと、趣味で子どもの動画を作っているパパたち、という程度しか想定できず、それではターゲットボリュームが小さすぎて採算ベースに乗らないだろう、とのことで見送られました。 ですが、現在は大きく状況が変わり、動画の編集スキルを必要とされる人の幅がかなり広がってきました。Premiere Proの本を作ろうと考え始めた頃から、著者は河野緑さんにお願いしようと決めていたのですが、河野さんは社会人向けにPremiere Proのセミナーを定期的に開いているので、最近はどんな人がセミナーに来ているのか聞いてみました。すると、一番多い受講者がWebデザイナーとのこと。クライアントからの要望で、「ちょっと動画も編集してあげといて」みたいに、なぜか気軽に頼まれる人が増えている(笑)。また、企業の広報部の受講者も多いようで、ちょっとしたイベントの動画など、外注に出すとお金も時間もかかるから、ここでも「良い感じに編集してあげといて」と言われているようです。その「ちょっと良い感じに編集しておいて」となぜか押し付けられる人があちこちで増えて(笑)、困り果ててPremiere Proのセミナーを受講している、という流れがありました。 今はそんなにPremiere Proのターゲットが広がっているんだ!と河野さんと話して衝撃を受け、改めて企画会議に出したところ、今度はGOサインが出ました。そして出版したら、これだけ売れ行きが良いので、本当に求められている本を出版できた、という達成感がありますね。
編集するときには、どのようなことに気を配りましたか?このようなハウツー本は、最初から読み進めるのではなく、困った時に逆引きするようなニーズもあると思いますが。
動画の編集を一度もしたことがない、という人もターゲットにしているので、専門用語はできるだけ使わないようにしました。このようなツールのハウツー本には共通して言えるのですが、逆引きを想定して目次には気を使います。わからないことが起こった時、目次を見て目的のページに行くので、目次のメインタイトルは動画を触ったことがない人でもわかるような言葉で表現し、サブタイトルで専門用語を入れて補足しています。
ワンランク上のデザインをしたい人に。NG事例が絶妙!『けっきょく、よはく。』
一方、『けっきょく、よはく。』は、デザインをまったくしたことがない、という人はターゲットではないですよね。
最近はツールが使いやすくなっているので、例えばチラシならばパワポでもそれっぽく作ることができます。そうなると、専門のデザイナーではないのに、「とりあえず作っておいて」と押し付けられている人が出てきます(笑)。 チラシに必要な要素をレイアウトして、何となく見栄えを良くするように工夫することもできますが、やっぱりプロのデザイナーが作ったようなスタイリッシュなデザインに比べるとセンスがない。もうワンランク上のデザインをしてみたい!と考えている人向けの本を作りたいと思いました。
私もひと通り定番ソフトを使うため、公私問わずちょっとした告知のチラシなどのデザインをする機会が多いので、良くわかります(笑)。サブタイトルの「余白を活かしたデザインレイアウト」には、とても共感しました!
本の帯にも入れたのですが、日本人は寂しがりやなのか、「余白恐怖症」の人が多いですよね。特に年配の方(笑)。余白があると、「ココ、空いているよね。何かで埋めておいて」と言われたことがあるクリエイターは、とても多いのではないでしょうか?
クリエイティブ現場の「あるある」ですね(笑)。「けっきょく、よはく。」も、シンプルなデザインで読みやすい編集になっていますね。
デザインのトレンドが、余白を大切にする流れになっていると感じていました。わかりやすいのは女性誌なのですが、2007-2008年ごろはギュウギュウに情報を詰め込むスタイルの誌面デザインが主流でした。とにかく埋めまくり、盛りまくり(笑)。『小悪魔ageha』が流行っていて、雑誌に乗っているモデルさんも盛りまくっていた時代です(笑)。 それが、2012年ごろから「フラットデザイン」という言葉が出てきて、表現のエフェクトを最小限にしてすっきりと読みやすく余白の多いデザインが主流になっていきました。この本を編集するときにも、今のトレンドに敏感で、フラットデザインに慣れている人たちが読んでいて心地よく、疲れないように気を使って編集しています。
作例をふたつ挙げて、それぞれ「OK」「NG」とする「○☓スタイル」もわかりやすいですね。
作例を「○☓」で評価するデザインの教則本は、10年ほど前にも流行ったスタイルなのですが、今は若いデザイナーも増えていますし、デザインを専門としていない新しい層がデザイン本を求めているので、そのような新規流入層には「○☓スタイル」がわかりやすいのでは、と考えて採用しました。TwitterなどSNSの反応を見ていると「NGの事例のレベルが絶妙」と評価されているんですよ。「わかるわかる!」「やりがち!」と、NG例が持ち上げられている不思議な現象が起こっています(笑)。
表紙のデザインも、本のコンセプトにピッタリで、とても素敵です!
ありがとうございます!「もう少し要素を足したら?」という声を突っぱねて、最小限の表現にした甲斐がありました(笑)。
コアスキルの周辺スキルを取り入れることでクリエイターの仕事の幅が広がる。
では最後に、クリエイター向けの本を作っている平松さんから見て、これからのクリエイターに求められているのは、どんなことだと感じていますか?
以前はクライアントから言われたことを作ればよかったと思いますが、これからはそれだけでは通用しないと思います。クライアントの広告制作資金が限られる中、例えばデザイナーがキャッチコピーも書いておいてと言われたり、ライターが取材先で写真も撮らなければならなかったり、イラストレーターがデザインも求められたり。編集者である私自身も、本を作って終わりではなく、その先にいる本を必要としている人にどうやって届けていくか、知恵を絞らなければならない時代になりました。 今後、クライアントやクリエイター仲間から選ばれる人になるために、自分のコアスキルから少し視野を広くして、周辺のスキルを取り入れることを考えると、仕事の幅が広がります。周辺スキルは、イチから専門的に学ばなくても、すでに素養が身に付いていてわかることも多いと思うので、ちょっとしたキッカケと学びで取り入れることができるのではないでしょうか。そのキッカケ作りと学んでいく時に、弊社の本がお役に立てるよう、これからもクリエイターに役立つ本づくりをしていきたいと考えています。
取材日:2019年11月22日 ライター:植松織江
『知識ゼロからはじめるPremiere Proの教科書 CC対応』
Premiere Proを使ったビデオ編集の基礎がしっかりわかる!
著者: 河野緑
定価: 2,948円(本体価格 2,680円)
発売日: 2019年4月16日
判型/ページ数 B5/216(オール4C)
ISBN 978-4-8026-1191-6