音響制作会社叶音。「人の手で紡ぐ“生の音”の可能性を高めていきたい」
アニメーション作品の音響制作を主軸にオーディオドラマや家庭用ゲーム機ソフトウェア等の音響制作、ドラマCD等の企画、製作、販売など、“音”に関わる事業を幅広く展開している株式会社叶音。
その代表取締役・熊谷拓登(くまがや ひろと)さんに電子音声が躍進する音響業界で、今後の展望を含めた可能性や夢を語っていただきました。
映像ソフトメーカー営業で知り合った縁を生かしアニメ製作の道へ
会社を設立するまでのキャリアを教えてください。
もともとエンターテインメントに興味があり、アニメや映像作品を作る仕事に携わりたいと思っていたのですが、私が卒業した年はいわゆる就職氷河期で厳しかった。そこでなんとか縁あって映像ソフトメーカーに営業職として就職しました。こちらでは全国各地の家電量販店やレンタルビデオ店へアニメや音楽の映像ソフトを販売する仕事を担当。営業を通じてアニメの制作会社の方々と知り合う機会も増え、制作現場の知識も増えていきましたね。現場を知るにつれ、制作に携わりたい気持ちが大きくなり、アニメ制作会社XEBECへ転職。こちらは、ロボットやSFアニメの制作を得意とする会社で、私は制作進行として「ロックマンエグゼ」シリーズや「ゾイドジェネシス」を担当しました。制作進行の業務というのは多岐に渡ります。まず、大事なのが納期と予算の管理。納期から逆算して制作スケジュールを立て、絵コンテに基づいてカットごとにアニメーターに作画を発注。さらに演出家や作画監督との打ち合わせなど、制作全般を調整する業務なので、アニメ制作の流れを把握するには、とてもよい経験をさせていただいたと思っています。
アニメの製作委員会のプロデューサーもご経験されていたと伺っています。
制作進行の仕事を3年勤めた後、テレビ東京メディアネットというテレビ東京の子会社に転職しました。こちらではアニメの製作委員会におけるプロデューサー業務を担当。基本的な業務は、製作委員会の各企業と緊密に連絡を取り合い、作品をよりよいものに仕上げるための様々な調整です。
たとえば作品のプロモーションの時期やCMの制作など、各企業の要望に応じて制作会社に発注。いわば製作委員会の各企業と制作会社の橋渡し的な役割でした。
アニメの制作の過程には様々なケースがあります。原作の版権を持つ出版社がアニメ化したいパターンもあれば、逆にアニメ会社からこの作品をアニメ化したいケース、さらに一般の企業がこの作品をアニメにしたら面白そうだと思うが何とかできないかという相談など、様々な案件があります。常に2〜3本の作品が同時進行で動いているので多忙な日々でしたが、数多くのアニメ作品に携わることができました。
アニメの音響制作会社へ転職・そして独立へ
現在の音響の業務にはどのような経緯で移られたのですか?
その後はグロービジョンという老舗の音響制作会社にご縁があり、こちらの会社で音響制作及びそのサポートを担当することになりました。具体的にはアニメーションやゲームのアフレコに必要な声優さんや音楽家さんの調整が主な業務です。
実写の吹き替えの仕事は、アニメと違い、生身の役者さんに合わせてリアルな演技を要求されるなど、これまで全く接点がなかったので、新鮮な発見の連続でした。いずれは独立したい思いが強かったのと、音響制作はミニマムな設備でも起業が可能であると判断し、音響制作会社叶音を設立し、現在に至ります。
アニメのアフレコは、大きなスタジオを使って収録するのが常です。ただそういったスタジオはたくさんあるので、それは必要なときに借りればいいと。ミニマムな規模で様々なニーズに対応できる音響制作会社を目指しました。会社をスタートする上で、これまでの仕事で培った経験や人脈がとても役に立ちました。
現在の業務の内容を教えてください。
音響制作業界というものは、アニメの成り立ちとともに生まれ、成長してきました。現在業界は、大きなスタジオを構える老舗と新規参入会社。そして弊社のようなミニマム規模の会社に、二極化されているのです。弊社はボリュームの大小や納期に関わらず、どのようなニーズにも即応できるフットワークの軽さに自信があります。
音響監督や声優さんのキャスティングも予め決まっているケースばかりではなく、アニメーションのキャラクターのイメージに合わせて、こちらが提案したり、リードしていかなければならない案件もあり、対応力がとても重要になってきます。
また依頼される音響に関する業務だけでなく、オリジナルドラマCDの制作、アニメのプロモーション、商品化のための窓口やオリジナル商品開発、海外への番組販売窓口のほか、声優さんのイベントも企画。幅広い業務ができるのも、営業や進行管理、製作委員会のプロデューサーをしていた経験と人脈がとても役に立っています。
今後の音響制作業界の展望をお聞かせください。
音響の仕事は、アニメや映画には欠かせないものです。ただ電子音声の発達によって、私たちのように生で音を作る業務が不要になる、そんな未来がくるかもしれません。
変化を前提として、新しい技術や環境に適応し、生ならではのよさや付加価値を生み出していかなければならないと強く感じています。
アナログからデジタルへの転換という点において、実はアニメ業界の中では、音響の分野が一番早く対応しました。作画の分野がまだまだデジタル移行していない中で、音響分野はアナログ収録から、デジタルである、音楽編集ソフトウェア「AVID ProTools」が業界標準となり、その過渡期を経験した人材もまだ現役で頑張っています。
今後、もしドラスティックな変化が訪れたとしても、業界が一丸となって新しい方向を向いて模索していけば、必ず光明を見出すことはできるでしょう。これからどんな変化がくるのかとても楽しみです。そこに何が生まれてくるのか、自分のいる業界の変化を見届けると共に、新しい状況に適応していきたいと思っています。
これまでの仕事はすべてリンクして現在につながっている
これからの御社の目標を教えてください。
私の経歴を読むと、転職を繰り返した点をマイナス要素としてとらえられるかもしれません。でも自分の中ではアニメ制作に携わりたいという気持ちは首尾一貫していたので迷いはありませんでした。
これまでの仕事がすべてリンクして現在につながっていると実感しているので、これまでお世話になった方々に感謝の気持ちでいっぱいです。
今後の目標は、闇雲に会社を大きくしたいという気持ちはありません。自分の目が行き届く範囲の規模で会社を運営できればいい。やはり、規模が大きくなりすぎると経営や運営に重きを置かざるを得なくなり、制作すべての業務を把握するのは難しくなってしまいますから。
私はクリエイティブの部分にずっと携わっていくために現状の規模を維持したい。現在、主流である製作委員会方式ではなく、自社制作でクオリティの高いものや実験的なものも含めて作ることが理想です。
業界を目指す方へのアドバイスをお願いします。
私のこの道へのきっかけは、明るいエンタメコンテンツを作りたい、という思いからでした。その表現のひとつであるアニメの業界を目指したわけですが、最初は前述のように映像ソフトメーカーの営業職になりました。
ただ、そこでアニメの制作会社の方々と知り合い、制作現場の知識を得られた。もしアニメ業界に入りたいなら、アニメ会社でなくても、希望する職種でなくても、チャンスがあるかもしれないと、まずチャレンジしてみるのをおすすめします。
業界周辺から内側の空気や制作の流れは肌で感じることができますし、もし合わないのであれば方向転換すればいいいし、今後の指針も生まれてくるでしょう。まずは「飛び込んでみる」ことです。私がそうだったように、業界の周りと中で積んだ経験は決して無駄にはなりません。
取材日:2021年3月8日 ライター:永浜 敬子
株式会社叶音
- 代表者名:代表取締役 熊谷 拓登
- 設立年月:2010年
- 資本金:50万円
- 事業内容:各種アニメーション作品の音響制作、ドラマCD、家庭用ゲーム機ソフトウェア等の音響制作、ドラマCD等の企画、製作、販売、WEBサイト、モバイルコンテンツ等の企画、製作、運営並びに販売、海外番販事業
- 所在地:〒169-0072 東京都新宿区大久保2-5-20シティプラザ新宿3F
- URL:https://www.kanon-sound.co.jp/
- お問い合わせ先:03-5287-1725