子育てのためにUターン就職後に起業。リモートの活用で、社員の働きやすさと能力の発揮を両立させる
早稲田大学在学中に妊娠、リケジョ(理系女子)として都会の大企業で活躍する志を子育てのために方向転換。地元富山に戻って就職した後、家業の手伝いを経て、フリーランスに。その後、会社員時代の先輩とともにウェブ制作会社を立ち上げた株式会社ウエブルの代表取締役CEO・増子 愛(ますこ めぐみ)さん。
3人の子どもを育てながら仕事に打ち込んだ経験から、子育て等のライフイベントと両立しやすい働く環境づくりに力を入れ、スタッフとお客さまが理想を共有し、実現する喜びをわかちあえる企業経営を目指します。
お腹に子どもがいる状態での就活、理解していただいた企業から内定
増子さんのご経歴を教えてください。
富山市で生まれ、子どもの頃から親が与えてくれたワープロやパソコンに親しんでいて、中学、高校に入るとホームページや簡単なコンピュータプログラムを制作していました。そして、高校の理数科から、早稲田大学理工学部コンピュータ・ネットワーク工学科に進みました。
どんな大学生活を送られましたか。
友人たちと、わいわいサークル活動や勉強に打ち込み、充実した大学生活を送り、3年の時には単位をほぼ取り終えていました。その頃、子どもを身ごもりました。そこで生活が一変します。首都圏の大企業への就職を考えていたのですが、出産・子育てを考えると実家の母親の協力を得ながら、卒業、就職をするのが現実的と判断し、地元の富山に戻って就職することにしました。ちょうど配属された研究室で、「オンラインビデオ会議システム」の研究に携っていたころから、オンライン会議システムやリモートを利用して実家で子育てをしながら卒論を仕上げられました。
妊娠中の就活は苦労されたのではないですか。
お腹に子どもがいる状態で始まった就活では、Uターンを前提に地元北陸の就職説明会に足を運びました。
選考途中まで採用担当者に妊娠中であると伝えず、面接を重ねました。最初に妊娠していることを伝えると、「子持ちの人」というだけで自分自身を評価してもらえないと考えたからです。ある程度、人となりをわかっていただいた後に、事情を説明したほうがいいのではないかと。
地元の就職支援企業の内定をいただいた後、会社側に妊娠中であることを伝えました。どのような反応があるかと心配しましたが、事情を理解いただいた社長から翌日、改めて内定を伝えられます。
社会人生活がスタートした後はどのような経験を積まれましたか。
入社直後は事務仕事の比重が高かったのですが、ある先輩社員が上司に進言してくれて、プログラム開発にも関わるようになります。ネットを経由してサービスを提供する「SaaS型」の採用マッチングサイトの開発に携わりました。
家業の家庭薬の卸売を手伝うため退社し、経理・販売システムを構築
そこからフリーランスとして独立されたのですか。
いいえ、実家の家業を手伝うために退社したのです。富山では、江戸時代から「売薬」「薬売り」が伝統的に盛んですが、私の実家も家庭薬の商社を営んでいます。
入社2年目に実家の会社で経理を担っていた祖母が突然、病になります。このため、家業を手伝うために転職することになりました。驚くべきことに、社内の事務がそろばんや電卓、そして紙ベースの帳簿書類ですべてが行われていました。祖母に合わせて、他の事務員さん3名もこの状態でしたので、これではいけないと、業務効率化を目指し、経理・販売システムの構築を進めました。
おかげで社内の業務も2/3程度に簡素化され、誰か1人が抱えがちだったデータも共有できるようになりました。
ご自身のスキルと経験が十分に生かされましたね。
社内のシステム化が落ち着き、次に私ができることは何だろうと考え、会社で扱っている健康食品のECサイトの制作に着手しました。試行錯誤しながらの取り組みでしたが、楽天市場でネットショップを開店、地元のネットショップコンテストではファイナリスト賞受賞につながりました。
この時のECショップの「店長」経験が、今もECサイトを立ち上げ、運営しようとする弊社のお客さまに対して、店舗運営者の悩みの共有や、販売戦略構築に寄り添ったご提案、アドバイスにつながっています。
家業のECサイト立ち上げ・成功が、独立までの流れにどうつながりましたか?
実家の会社で立ち上げたECサイトを見た方から、「うちのも作って欲しい」という声がかかるようになったのです。実家の会社も落ち着いていたので満を持して独立しました。
自分がウェブ制作者として携わることで、クライアントの商品やサービスの魅力が画面の向こうのお客さまに伝わり、商品が売れ、サービス利用者が増えるのが純粋にうれしかったんですね。
信念や思いを持ち、事業を営むクライアントと一緒にお仕事ができることに、やりがいと喜びがあると感じて独立を決意しました。
個人事業から法人化。ウェブサイト活用のプロフェショナルとして旗を掲げる
そして法人化を目指したのですね。
仕事の受注が増える中、フリーランスとして1人でできることに限界を感じていました。仲間と相談し、分担しながら、一緒に仕事をして、アウトプットの総和ができるチームを作りたいと漠然と考えるようになり、法人化を検討するようになりました。
“法人成り”するには、覚悟が必要ですね。
当時、私自身は本気で責任感を持って事業に向き合っており、仕事ぶりや成果は認められた一方、主婦でフリーランスというだけで、一緒に仕事をしたこともない年配の経営者から「お小遣い稼ぎでは」「家庭の都合で納期を守らなそう」といった偏見に見舞われることもしばしばでした。懸命に取り組んでいただけに、悔しさを感じていました。
それなら法人として旗を掲げ、プロフェッショナルとして事業を営んでいると表明したほうが、分かりやすく信頼を得られると思ったんです。
法人にして働き方は変わりましたか。
すでにフリーランスとして時間的にも物理的にも拘束が少なく、子育てをしながら能力を発揮でき、ほどほどに稼げる働き方を実現しつつありましたので、それほど変化はなかったです。
ただ、私だけがこれを享受しても社会的に意味がないと感じていました。柔軟な働き方を他のメンバーと共に実現しながら、仕事を成し遂げ、法人として成立させることに挑戦し、社会にアピールしたいと考えました。これも“法人成り”した理由です。
会社設立に当たっては、心強いパートナーが飛び込んで来てくれました。
ちょうど新卒で入社した就職支援企業の先輩で、子育てと仕事との両立に苦戦していた川崎里香(現COO兼WEBソリューション部長)が一緒に仕事がしたいと声をかけてくれました。私が妊娠中に面接を受けた当時、川崎は採用担当でした。
入社後、私をプログラム開発の担当者に充てるよう上司に進言してくれたのも彼女でした。私自身の活路を見いだしてくれた恩人でもあります。
川崎は私が退職した後も、Facebookの投稿などを通じて、見守ってくれていました。彼女の言葉を借りれば、自画自賛のようで恐縮ですが「会社を去った後も、めぐちゃんがフリーランスとして時間や場所の制約を受けない働き方を実現していたことや、何よりめぐちゃんがお客さんに寄り添いながら一生懸命仕事をしている様子を、Facebookなどを通じて見ていた。前職で一緒に仕事をしていたときのように、また一緒に切磋琢磨しながらWeb制作をしたいと思っていた!」と話してくれました。
会社設立時、彼女をスタッフとして雇用できる財務的な自信が持てず、一度は断ろうとしたのですが、「売上を一緒に上げながら、苦楽をともにしたい」といって飛び込んで来てくれたんです。そして今でも苦楽をともにしてくれています。
経営者の視点から、ウェブサイトの活用をどのように考えていますか。
経営戦略・事業戦略の中でウェブ戦略は一部にしかすぎません。ウェブありきで考えずに、上位の戦略・方向性との整合を意識します。
中堅以上の企業の場合、ウェブ部門だけでなく、他部門との力関係からウェブの担当者が現場で板挟みになっていたり、活用以前にウェブ施策の実効性に周囲の理解を得られなかったりするケースもあります。
ウェブを展開して他部門や全社的にどのようなメリットがあるのかを明確にし、私自身がクライアントやそのキーマンの方に伝えられるように意識しています。
ご自身もECサイトの店長を務められた経験から、ウェブサイトでも特にECサイト運営を目指すお客さまに、助言するポイントを教えていただけますか。
ECサイト運営には「やるべきポイント」がいっぱいあり、いろんな「やったらいいこと」にあふれています。
その中で、「今やるべきこと」を整理し、優先順位を付け方からお手伝いをしています。
メンバーの物心両面(ぶっしんりょうめん)の幸福を追求することが、顧客を幸せにする
「全メンバーの、物心両面の幸福を追求するとともに、出逢う人々と理想を共有し、実現する喜びをわかちあう」という企業ミッションを掲げています。達成するために、何を心掛けていますか。
「全メンバーの、物心両面の幸福」は、京セラ創業者の稲盛和夫さんが掲げられた経営理念を踏襲しています。顧客貢献よりも従業員の幸福を先に論じているのは、「従業員が幸せな組織は、顧客を幸せにできる」という考えに基づいているからです。メンバーの幸福度には気を配っています。
そして、自己実現は他者への貢献があって、成り立つものだと考えています。従業員の物心両面の幸福を追求すると、自ずと人の役に立つことに行き着くと思うんです。
こうしたミッションは、企業がどのような存在意義を持っているかを内外に示すことにつながりますね。
「出逢う人々と理想を共有し、実現する喜びをわかちあう」については、フリーランス時代から心掛けてきました。出逢う人々にはお客さまはもちろん、メンバーやステークホルダーの方も含まれます。目の前の人の「かなえたいこと」に共感し、それを一緒になって「かなえる」ために、同じ方向を向いて走ることに喜びを感じられるメンバーを募っています。
今後はどのような企業のかじ取りを目指していますか。
子育てや介護などの家庭責任や、軽度の発達障害といった事情を持つメンバーも能力を発揮できるように、時間的・物理的な拘束の少ない働き方をすでに導入しています。これは「優遇」ではなく家庭責任や障害が不利にならないような合理化です。この働き方を享受できるのは、必ずしも家庭責任などの事象がある人でなくてもよいと思うんですね。
特段の事情のない独身のメンバーでも、通勤時間を節約できたり、日中にちょっと通院できたりすることで、QOL(クオリティーオブライフ)が向上する面もあると思うんです。こうして、「働きやすさ」を享受できる輪を広げていきたいですね。
新型コロナウイルス感染症が拡大する以前から、オンラインやリモートワークを実施しており、フレックスタイム制も導入し、就業規則も整えました。コロナ禍でお客さまともオンラインで対応する機会が増え、事務所を富山の中心部にあるコワーキングスペースHATCH( https://toyama-incu.jp/ )に移動しました。
東京から地方に移り、仕事をすることをどのように考えますか。
2020年2月には東京在住のメンバーを迎え、3月には池袋に東京オフィスもオープンしました。東京からもお引き合いをいただく機会が増え、富山にいながら東京のお仕事をしたり、東京のメンバーも富山の仕事もさせてもらったりしています。
他にも、ウエブルは「勤務地自由」なので、パートナーメンバーを広く募り、現在、仙台、神戸、大阪にもスタッフがいます。
私は当初、「東京でチャレンジしたかった!」という想いを残したまま富山に帰ってきたわけですが、今や、地方にいても都会の仕事が出来る、都会にいても富山のような地方都市と繋がれるという形を、オンラインやリモートワークを通して、実現できていています。
これからは「本当は都会で仕事をしたかったけど富山に帰らなきゃいけない」という人や、
「いずれは富山に帰ってきたいけど、まだしばらく都会でやりたいな」という人が、ウエブルの仕事に魅力を感じて、飛び込んできてくれたらいいなと思っています。
どのような雇用形態でも、働く環境であっても、どんな場所にいても、仲間として価値観を共有できることを重視し、双方の自己実現を支援し合える企業をさらに目指したいと考えています。
取材日:2021年3月17日 ライター:加茂谷 慎治
株式会社ウエブル
- 代表者名:増子 愛
- 設立年月:2016年9月(創業2014年10月)
- 資本金:200万円
- 事業内容:WEBサイト並びにECサイトのコンサルティング、ディレクション、企画、デザイン、制作及び運営システムの企画、設計、開発及び運用ネットショップ、店舗での健康食品、その他雑貨の卸売及び小売販売インターネットによる広告、宣伝、マーケティングに関する業務商品企画、開発及びブランディングIT、販促、マーケティングに関する講師業及び教材販売
- 所在地:富山オフィス 〒930-0044富山市中央通り1丁目4番16号HATCH内
- URL:https://weble.tokyo/
- 問い合わせ先:https://weble.tokyo/contact/