情報技術で社会課題の解決目指す。オープンデータの取り組みを金沢から全国へ
「iPhone(アイフォーン)※でマンガを電子出版したい」。そんな思いから友人と立ち上げたアイパブリッシング株式会社。
その後、代表取締役の福島健一郎(ふくしま けんいちろう)さんが「オープンデータ」と出会ったことで、事業は思わぬ方向に。地元の金沢市に画像オープンデータサービスを提案、事業を受託したのを皮切りに、他の自治体からも問い合わせが続き、現在はオープンデータサービスの提供や導入に向けた助言や支援を行っています。
国が新たにデジタル庁を創設し、国や地方自治体のIT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)化を推進する中、「情報技術で社会課題の解決を図りたい」と福島さんが意気込みを語ってくれました。
※iPhoneの商標はアイホン株式会社のライセンスにもとづき使用されています。
ITの世界から、アニメ・マンガの物販事業へ
福島さんの経歴を教えてください。
金沢市に生まれ、富山県の富山大学工学部電子情報学科を卒業後、横浜に本社のある大手システム開発会社に入社しました。ところが、入社したあとに大学で学んでいた自然言語処理の研究をさらに深めたいという思いが強くなっていきます。
ちょうどその時に北陸先端技術大学院大学が学生を募集しており、試験を受けて入学。わずか3か月の社会人生活でした。
研究生活に再び戻られます。
情報科学科に入り、2年間で博士前期課程を修了し、修士号(情報科学)を取得しました。
今度は企業で研究したいと考えていたところ、沖電気グループが金沢市でソフトウェア会社を立ち上げて人材を募集しており、音声認識や言語処理技術の研究開発などに携わることに。民間企業での研究業務は希望していたところでしたが、2000年代前半のITバブル崩壊による影響で研究部門が縮小されることになり、2008年に退社しました。
いよいよ研究成果を生かして創業されたのですか?
いいえ。実はもうIT産業から足を洗って物販をしようと考えました。もともとアニメやマンガが好きで、海外にもアニメファン、いわゆる「オタク」がたくさんいることを知り、アニメの原画や画集、マンガ本などを仕入れて海外へネット販売を行う事業を始めました。それまでのITを作る側から使う側になったわけです。
アメリカ、ヨーロッパ各国をはじめ、中国、タイなどのアジアなど、世界各国のオタクの人たちから引き合いがありましたね。
iPhoneを利用した出版を目指して「アイパブリッシング」と命名
そこからまたITに戻ってくるのですね。
2008年にiPhone(アイフォーン)が日本で発売開始になりました。これを使ってマンガが読めたらおもしろいなと考えました。
会社員時代に取引先の社員だった男性とともに、2009年4月にアイパブリッシング有限責任事業組合(LLP)を立ち上げます。その後、アイパブリッシングは事業の拡大で“法人成り”しますが、社名はそのままです。社名の「アイパブリッシング」は、iPhoneで出版(publishing)をするという当初の事業目的で名づけました。
いよいよアプリケーション事業が始まったのですね。
App Store(アップストア)※で、マンガアプリの販売を開始します。さらに電子書籍の出版も手掛けるようになりました。
※App StoreはApple Inc.のサービスマークです。
まだ国内ではスマートフォンもそれほど普及していない中で、アプリ事業に着手したことは珍しかったために、メディアで取り上げられたり、当時普及していた招待制SNSのニュースで全国に紹介されたりして会社の知名度が上がったんです。
一気に事業が拡大したのでしょうか。
それが話題にはなったものの、アプリ自体の売り上げはそれほど伸びなかったのです。ただ、「石川県にアプリを制作できる企業がある」と評判になり、大手の映像・音楽ソフトメーカーや、他の自治体からもさまざまなアプリを作ってほしいとの引き合いがくるようになりました。その意味では事業が大きくなっていきましたね。社員を雇う必要にも迫られて、2011年に株式会社へ変更しました。ただマンガ事業はここで中止に。
自治体からはどのような案件を受託されましたか。
石川県小松市から観光アプリの制作を手掛けました。「小松ガイド」の名称で、同市のイメージキャラクター「カブッキー」が画面上に登場し、観光案内をします。
そのうちに、こちらも行政のニーズや事情が分かるようになって、エンターテイメント系中心のアプリ開発から、行政、自治体のアプリ開発が業務の中心になっていきました。
アプリ開発から「オープンデータ」を手掛けるように
次はオープンデータ事業への展開ですね。
もともとITはオープンカルチャーの世界であり、行政も持っている情報をオープンにすることが良いのではないかと、学生時代から考えていました。「オープンデータ」という概念が欧米から広がってきた時に、これは弊社で手掛けたい事業だと考え、金沢市との会合の際に提案して受け入れられます。入札の結果、弊社が落札し、2013年に金沢市のオープンデータ化が始まりました。オープンデータ公開を開始した自治体としては全国で4番目だったと記憶していますね。
その後、国もデジタル庁を創設し、国・地方行政のIT化やDXの推進を図っていますが、この中で御社としてはどのような役割を果たすのでしょうか。
ICT(情報通信技術)で都市や地域の抱える課題の解決を行う、いわゆるスマートシティ構想があり、2021年9月にはデジタル庁が設置されることもあり、行政のデジタル化が進んでいます。その恩恵を受けるのは一般市民でなくてはいけません。
大手IT企業の「機能さえあればいい」という論理ではなく、ユーザーインターフェース(機器やサービスを使って情報をやり取りする仕組み)や、ユーザーエクスペリエンス(製品やサービスを使用する際の印象や体験)を大切に。そしてこれまでのノウハウを生かして市民の視点に立った、利用しやすいサービスを作るのが弊社の仕事だと思っています。
オープンデータ事業に取り組まれた経験も生きてきますね。
行政のデータを扱ってきたノウハウも生かし、行政の基盤となるシステムも作っていきたいと考えています。 具体的な取り組みとして、「いしかわ中央子育てアプリ」というアプリケーションを開発しました。これは石川県の中央都市圏(金沢市、白山市、野々市市、かほく市、津幡町、内灘町)の子育て情報を検索できるアプリケーションです。
トイレや授乳室などの位置情報や各市町の子育て施設等で行われているイベントなどを知ることができます。当初は2017年に「金沢子育てアプリ」として開発し、リリースされたのですが、利用者は自治体の境界を越えて生活することから、周辺の市町からの要望もあり、対象自治体を拡大して新たなアプリが誕生しました。
民間企業向けの事業を紹介いただけますか。
ユニークな事例としては、金沢市内の木材輸入販売・加工業者のDX化を担当。IoT技術を活用し業務の効率化を図りたいと相談があり、デジタルトランスフォーメーション戦略全般を進めさせていただきました。
具体的には幅広い種類の木材を迅速に納品するため、取引先向けのECサイトと、受発注管理用のアプリを制作しました。これにより取引先もスマホから簡単に注文できるようになり、受注から発送までのリードタイム短縮、在庫管理の効率化も実現できたのです。
従来は電話かFAXでの注文が多かったようですが、アプリからの注文が増えてきたようです。第一次産業は比較的IT化の遅れている印象もありますが、こうした取り組みをこれからも進めていきたいですね。
行政のDX推進を支援する役割を果たしたい
今後の事業展開を教えてください。
当初はアプリ開発が珍しくて、いろいろな方面からアプリ開発の要望が寄せられました。今ではアプリが当たり前になってきていますが、アプリやシステム開発は今でも売り上げの大きな部分を占めています。ただ今後は行政向けにオープンデータ化のコンサルタント事業を伸ばしていきたい。オープンデータ事業を含めて、行政のDX推進を支援する取り組みを進めたいですね。
会社が目指す方向性を教えていただけますか。
当社が持つテクノロジーによる、社会課題の解決を目標に掲げています。そのためには当社単独ではなく、さまざまなパートナーと組んで多様な問題にも対応できるようにしたいです。
2019年には、沖縄の優秀な人材を活用できればとの思いから、沖縄県沖縄市に支社を設立しました。沖縄県は「シビックテック」に対する関心が高いのです。シビックテックとは、自治体や市民や企業が協力しIT技術の活用で社会課題の解決を図ること。今後はこうした取り組みも増やし、貢献していきたいと思っています。
取材日:2021年6月3日 ライター:加茂谷 慎治
アイパブリッシング株式会社
- 代表者名:福島 健一郎
- 設立年月:2011年5月
- 事業内容:スマートフォン向けアプリの開発および販売、オープンデータ事業(画像オープンデータクラウド、GTFS・公共交通データのオープン化支援、コンサルティング/データ作成支援=自治体向け/企業向け)、DX化支援
- 所在地:〒920-0024 石川県金沢市西念1-2-33
- URL:https://www.ipublishing.jp/
- お問い合わせ先:上記URL「お問合せ」/076-282-9426