北海道をベースに世界を面白くする、カッコいい大人になりたい
「世界をちょっぴり面白く、クリエイティブにしたい」という思いから、人との出会いの場や、人を楽しませる企画を次々と立ち上げる「株式会社大人」。
その代表取締役の五十嵐慎一郎(いがらし しんいちろう)さんに、会社の取り組みや今後の目標について伺いました。
建築への興味から東京大学へ再入学
大学受験前に長期の旅に出られたと聞きました。何かきっかけがあったのですか?
特にこれというものはなく、ただ、大学進学がピンとこなかったんです(笑)。じゃあ、何がしたいんだろうと考えたときに、「旅だ!」と思ってしまって。アルバイトでお金を貯めてインドに出発しました。約3カ月滞在したなかで、さまざまな価値観や社会の仕組みに触れました。
例えば現地では、小さな子供が花やコーヒーを売っていたり、裸足で走り回っている。でもそれが可哀想なわけではなく、彼らにとっては普通のこと。皆、生き生きしていましたし、むしろ靴を履いている僕よりも、裸足の彼らの方が生物としては強いのかも、と感じました。よく言われるような人生観の変化はありませんでしたが、自分が育ったのとは違う価値観や社会に触れ、いい経験にはなりましたね。
帰国後は何をされたんですか?
ちょうど2002年でワールドカップ開催でしたので、ボランティアに参加しました。そこでは莫大なお金が動いていて、僕たちにも靴やグッズが支給される。インドから戻ったばかりの僕はそのギャップの大きさに衝撃を受け、10代ながら世の中の仕組みが不思議で、もっと知らなければと思い、1年遅れで大学進学を決めました。
どのような大学生活を送ったんですか?
国際基督教大学(ICU)に入学しましたが、先輩に誘われてアメフト部に入り、ずっとアメフトと麻雀とお酒の日々でした(笑)。そんな僕も3年生になって先のことを考えたとき、ふと、建築に興味があることに気付き、この方向だ! とピンときたんです。
それには、専門の学校で学ぶか就職しかない。だったら最高峰の大学で学ぼうと、ICUを辞めて東京大学建築学科に入り直しました。
東京大学での生活はいかがでしたか?
それが、結局東大でもアメフト部に入ることになり、ほぼ毎日部活でした。いわゆる昔の体育会系で、正直ICUよりも厳しかったです。でも、皆で一生懸命に一つのことに取り組んだ時間は、すごく楽しかったですね。部活を引退してからは建築事務所でアルバイトをしたり、建築家の安藤忠雄(あんどう ただお)さんの事務所に約1〜2カ月住み込みでインターンシップも経験しました。
そのなかで、そもそも建築を設計する前に、たとえば、街にこんな場所や空間があったらいいなと構想することやその際に動くお金のこと、それを誰にどう使ってもらいたいか、建てたあと作ったあとのことも大事なんだと感じ、卒業後は東京にあるベンチャーの不動産会社に就職したのです。
同世代に刺激を受け、独立の道を選ぶ
会社での仕事について教えてください。
1年目は営業の仕事をしたり、コールセンターの立ち上げに携わり、2年目で子会社に異動して、不動産の仕事をさまざま経験しました。仲介業やテナント探し、開発などを行っていました。
そんななかで、新規事業として、銀座でコワーキングスペースを立ち上げたんです。当時はリーマンショック明けで、日本中の地価が下がっていたため、銀座のビルも空き室が多かったですね。何とかしたいというオーナーからの相談を受けて考えたところ、海外でコワーキングスペースが出始めていることを知りました。これは面白いと思い、事業計画を立てて「the SNACK(ザ・スナック)」というコワーキングスペースを作りました。最初はプロモーションも一切しませんでしたし、木のアンティーク扉には看板も出さず、指紋認証で入るというスタイルだったので、誰も来ませんでした(笑)。でも、イベントなどを通して面白がってくれる人が少しずつ増え、さらに途中から店内にカフェもつくったことで、さまざまな職業の人たちが利用してくれるようになったんです。
the SNACK
そこからどのように独立へとつながったのですか?
コワーキングスペースを利用する同世代の起業家やクリエイター、フリーランスの人たちと出会い、彼らが自分でリスクを背負って、やりたいことに取り組む姿に刺激を受けて、自分も独立したいと考えるようになりました。東日本大震災以降、パソコンがあれば、どこでも好きな場所で仕事ができるという流れもあったので、2016年に「株式会社大人」を作って独立し、住民票を札幌に移し会社登記をしました。ただ、すぐに札幌に戻っても仕事はなかったので、「the SNACK」の運営受託に加え、北海道はもちろん、岐阜や栃木などを飛び回ってさまざまなプロジェクトに携わっていました。
社名の由来について教えてください。
これが、何となくなんですよね。ずっと“アンチ大人”でしたが、自分が大人と呼ばれる年になって、面白い大人もたくさんいることを知りました。一般的には「大人になりなさい」という言葉は、「しっかりしなさい」「常識を知り、分別を持ちなさい」という文脈で使われると思うんですが、それじゃ大人になることにワクワクできないですよね。「大人」という言葉の概念も変わらなきゃならないというか…。そんなことを考えていたら、同時に大人の文字を逆さまにしたロゴを思いついて、これだ!と思ったんです。
事業内容について教えてください。
コミュニティカフェ&BAR「大人座」と、株式会社北海道新聞社と共同で立ち上げたコワーキングペース「SAPPORO Incubation Hub DRIVE(サッポロ インキュベーション ハブ ドライブ)」という2箇所のリアルの場を運営しながら、さまざまな企画を手掛けています。
外部と連携しながら様々なプロジェクトを行う“五十嵐部”という枠では、サッポロビールさんと一緒に「ほっとけないどう」という北海道の新たなチャレンジを応援するプロジェクトをしていたり、北海道移住ドラフト会議、札幌移住計画、あしたのしあたあetc.たくさんの企画を進めています
また、ウエディング事業「LANDRESS WEDDING(ランドレス ウエディング)」にも力を入れて取り組んでいて、北海道らしい最高の体験をしてほしいと、海外の富裕層をメインターゲットに、北海道の自然の中でオリジナルの結婚式を提案しています。日本人がハワイで結婚式を挙げるように、アジアを始めとした海外のカップルが、北海道で結婚式を挙げる時代を作りたいと思っています。
今はコロナの影響を受けて縮小していますが、グローバルな視点で、いいと思うもの・価値のあるものを作ってお金を払ってもらうという仕組みは、北海道にとっても非常に重要な視点だと考えています。
一緒に働くスタッフに求めることは何ですか?
うちの会社は小さい事業体の集合で、面白いことがあれば社内外も関係なく一緒にやろうという感じで進んできました。アイデアが多くあればその分、面白いことも広がっていきますので、それぞれが何か、自分でやりたいことを持っているといいですね。
地元企業と移住希望者をつなぐイベントを次々と実施
ご自身が取り組まれた「札幌移住計画」について教えてください。
30代になって東京で地元の仲間と集まることがあると、みんな「いつか北海道に帰りたい」「何かできたらいいね」と言うんです。でも就職して、結婚して、実際に距離が遠のいているのも実感していて。北海道は一度出ると、必要な情報はまったく入ってこないのに、なんとなく景気が悪い、就職先がないなどのマイナスの雰囲気だけは感じられる。それも事実ですが、それだけではなく、面白いことをしている人や頑張っている企業もあるんです。
そんな今の札幌のシーンをもっと広く知ってもらう機会を作ろうと、2016年に札幌のベンチャー企業と一緒に「札幌移住計画」を立ち上げました。これは札幌への移住希望者と地元企業とをつなげるイベントで、企業の出展ブースをはじめ、起業や生活についての相談コーナーを設けるなど、幅広い情報を詰め込みました。
初回は手探りでしたが、回を重ねるごとに一緒に動くメンバーも増えましたし、札幌市からの助成金も受けられるようになり、現在も盛り上がっています。
「北海道移住ドラフト会議」も面白いですね。どういったことから着想されたのですか?
「北海道移住ドラフト会議」は、野球のドラフト会議をパロディにした移住のマッチングイベントです。地域に関わりたい人やUIターン希望者を選手に見立てて、球団として出場する地元の自治体や企業が指名します。地域側から「あなたに来て欲しい」とラブコールをするカタチなのが、一般の移住イベントとの違いですね。2018年に初開催しました。
エントリーする企業や移住希望者はどのように集めたのですか?
気合いですね(笑)。自治体や企業に直接声を掛けていきました。北海道には179市町村ありますが、あの街がこんなことをしている、こんな面白い人がいるということは、「札幌移住計画」を通してある程度分かっていたので。
どちらかというと選手集めの方が大変で、道外の人に向けて発信する場がないためSNSを使ったり、「the SNACK」を起点に声を掛けました。
反響はいかがでしたか?
とても盛り上がりましたよ。実際に移住を決めた人も続々とでていて、通常の移住イベントではあり得ないムーブメントとなっています。取り組み自体も注目を集めましたので、翌年からは選手が新たな選手を紹介してくれるようになりました。
2020年はコロナの影響で延期になりましたが、2021年3月になんとか実施、第4回の開催は2022年3月予定です。
移住サイトやトークライブで札幌の魅力を掘り起こす
新たな取り組みや、目指していることを教えてください。
単に就職サイトではわかりにくい、いま動いている札幌のビジネスシーン、特にベンチャー企業や若手を面で見せたいと、昨年、移住サイトの「札幌シゴト図鑑43°」を立ち上げました。アピールしたい企業のインタビューと求人票を載せて、勝手に札幌にある会社のミシュランガイドを作ろうと(笑)。営利目的でもないですし、編集長は僕なので、独断と偏見で選んだ会社を少しずつ、紹介しています。
さらに今年から「札幌解体新書」という連続トークライブも始めました。札幌がなぜ今こんな街になっているかを知り、そこから未来への提言をしようというのが目的で、専門家を招いて、街の構造から、金融、経済、文化と、さまざまなテーマで札幌の街を紐解いていきます。
“人口は減少してIT化がさらに進む中で、街の形態は次にどうあるべきか”“未来に向けて期待すること”など、登壇された方たちの話はすごく面白いので、一年間実施した後に、未来の札幌市のマニフェストになるものとして、出版するつもりです。
最後に、これから起業しようと考えている方に向けてメッセージをお願いいたします。
僕自身、北海道をベースにしながら、世界を面白くしたいという思いはあるものの、将来のビジョンについてはノープランなんです(笑)。もちろん、場づくりというのが一つの軸ではあるのですが、場の定義も広くて、お店や施設もそうですけど、コミュニティやイベントも場だと思っています。
日々の出会いやつながり、広がりのなかで生まれる化学反応やアイデアに、ワクワクしながら、続々とカタチにし続ける、それでいいかなと。先が見えないから楽しいですし、その時々で臨機応変に取り組みながらさまざまなプロジェクトや事業が生まれ、世界を変えていく。そんなカッコいい大人になっていきたいと思っています。とにかく、ただただ行動することで、何かが起こると思います。
取材日:2021年6月17日 ライター:八幡 智子
株式会社大人
- 代表者名:五十嵐慎一郎
- 設立年月:2016年7月
- 事業内容:建築・不動産、イベント企画・運営、コンサルティング、Webコンテンツ企画等
- 所在地:060-0061札幌市中央区南1条西1丁目 板谷ビル8F
- URL:http://otona.be
- お問い合わせ先:info@otona.be