売り手、買い手、世間、そしてクリエイターによしの、“四方よし”を目指すコンテンツ企業に
ブランディング、漫画を使ったコンテンツ制作、アプリ開発、専門学校講師…バラエティ豊かな事業展開を行っているのが株式会社muku.。新潟県燕三条地域のものづくり産業、その発展に寄与するための施設「三条ものづくり学校」に入居している会社のひとつです。
クリエイターでありMBA(経営学修士)の学位も持つ、muku.の代表取締役・田中えいじさんにお話を伺うと、その根底には、クライアントとクリエイター両方の課題を解決したいという、たったひとつの強い思いがありました。加えて時代を読み、柔軟に新たなサービスを打ち出していく決断力もあったのです。
変化の激しい時代に自らの「楽しい」感性を大切にする思い、背景までをお聞きしました。
大手家電量販店の販売員経験が、クリエイティブディレクターとしての強みに
田中さんがクリエイティブの世界に足を踏み入れたきっかけを教えてください。
もともと高校時代までは、まったくこの業界への関心はありませんでした。ところが、偶然学校の近くの書店で、サンエックス社のキャラクター「こげぱん」の絵本を手に取ったことがすべての始まりで。読んだときに、心に響くものがあり、それまで絵を描いたことはありませんでしたが、こういった絵を描く仕事に就きたいと思うようになったんです。
当時はかなりヤンチャだったので、眉をそった高校生が毎日「こげぱん」を読んでいました(笑)。それで高校卒業後、新潟にある日本アニメ・マンガ専門学校へ進学して、在学中に1年間ゲーム会社でインターンシップを経験。その会社に就職してキャリアがスタートしました。
作りたいゲームや世界観があったんですか?
全然ありません。よくクリエイターの皆さんにお話しするのですが、僕は絵を描く人には2種類いると思っています。ひとつは漫画家やイラストレーターといった“作家絵描き”。そしてもうひとつはアニメーターやゲームグラフィッカーといった“職業絵描き”。前者は作家性が必要ですが、後者は求められたクオリティや量を、時間内で仕上げることが重要です。
僕は完全に職業絵描きが向いていたんです。最初に就職したゲーム制作会社で絵を描き続けて2年半後、東京のゲーム会社から声をかけられたのをきっかけに退職しました。でも上京するか悩み断念。一旦地元の大手家電量販店で働き始めたんです。そして法人営業と中古販売コーナーと店内アナウンスを担当していました。
クリエイティブ業界から一度離れたとは、異色の経歴ですね。
でもこのときに敬語やコミュニケーションの仕方を身につけ、徹底的に磨いた「人の話を聞いた」経験が、今非常に役に立っています。当時もデザインの経験を生かして販売用のPOPを作ったり、鍛えたコミュニケーション力を生かしたところ、全国で中古販売2位を記録するなど結果を出せました。
その後、卒業した専門学校で6年間講師を務め、さらにデザイン会社を経験して30歳のときに起業しました。きっかけは新潟のクリエイティブ系企業を複数経験したこと。そこで「忙しすぎてインプットができないままアウトプットせざるを得ない」クリエイターの現状を目の当たりにし、そこを改善できる会社を作りたいと思ったんです。
ブランディングの大切さを感じ、啓蒙してきたからこそ、これからのmuku.は脱ブランディング企業へ
いよいよmuku.についてお聞かせ願えますか?
2013年に起業して、Webデザインとグラフィックデザイン、そしてブランディングを中心とした事業を行ってきました。
しかしmuku.が行っているのは、ただお客様の作りたいものをデザインしてかたちにするという制作スタイルではありません。
お客様が実現したいことを丁寧に聞いていくことで見えてくる目的や課題にフォーカスしています。お客様の実現したい目的の達成や課題の解決の手段として、デザインの力を活用しています。ですから、例えば「パンフレットを作って欲しい」というオーダーをいただいても、お客様の制作目的や課題によっては「それなら展示会に出展したほうがいい」と提案することもあります。
これはデザインの提案ではなく、マーケティング目線によるクライアントの実現したい目的に沿った根本的な課題解決のための提案です。
起業当初は、収益の柱にデザイン事業をすえつつも、新潟の優れたものをギフト商品として販売するEC事業を展開してきました。しかしあまりうまく回らずEC事業は2016年に撤退します。
その後もLINEスタンプが始まって3日後にはLINEスタンプ制作のサービスをスタートさせたり、ドローン撮影のサービスもいろいろな規制がかかる前に始めたり…。デザインやブランディングを柱にしながらも、一方でさまざまな事業展開もしてきました。しかし、追随する企業が増えると価格競争になったり、規制が強化されたりと、市場が大きく変化してきます。そのときは市場や時流に合わせて臨機応変に対応し、柔軟にサービスの展開・終了を判断してきました。
とても柔軟に事業を展開されていますね。ブランディングに力を入れ始めたのはいつ頃からですか?
企業に勤めていたときに、東京の上場企業のクライアントとはブランディングの大切さについて話すことができました。しかし地方ではブランディングの概念自体が浸透しておらず、デザイン会社として啓蒙していく必要を感じ、2015年にサービス化したんです。でも今、ブランディングやデザイン事業を見直そうと考えています。
えっ? 新潟でクリエイティブの仕事に就いているから肌で感じますが、ブランディングやデザインの大切さは、今まさに新潟にも浸透してきているなと感じます。ようやく本領発揮できるのでは?
そう思われますよね(笑)。でも今まで挑戦してきたサービスと同じで、他社がやり始めると価格競争になるんです。どうしても地方だと目に見えない、あるいは短期間で成果を判断しにくいものに対して投資することへ躊躇するお客様が少なくありません。でも課題感は持っている。そうすると低価格で、見た目をきれいに整えるサービスを選ばれてしまうことがあります。
ブランディングを啓蒙していくには、社長はもちろん、社員含め会社全体へ浸透させるインナーブランディングと、外部への浸透を図るアウターブランディングに協力を仰ぎながら本気で取り組んでいただく必要があります。そして、それには相応の時間も要します。安く短期間では、本来作り上げていくべきブランディングは実現しにくく、muku.としての十分なサービスが提供できません。
地域性や市場を見極めながらデザイン力やブランディングのノウハウを、muku.らしく発揮していくサービスに進化させていかなければならないと考えています。
田中さんはクリエイティブ出身の社長としては珍しい、MBAの学位もお持ちです。
専門学校を卒業するときに「30歳には起業」と決めていたので、しっかりと経営ができる社長を目指して、社会人になってから大学院に通って取得しました。ここで世界的な経済学者の野中郁次郎(のなか いくじろう)先生から学んだのが、「世の中の当たり前が当たり前じゃなくなる瞬間が来る」ということ。
昔は電話と言えば固定電話でしたが、今はスマホが浸透しているようにイノベーションの起こる瞬間があるのです。クリエイターもそういったイノベーションについていくため、そして見逃さないようにするため、インプットが大切だと感じています。
「楽しい」「やりたい」気持ちを生かして、“四方よし”を目指す
なるほど、フットワークを軽く事業展開をされる背景がわかりました。今後はどんなサービスの展開を考えていますか?
デザイン会社からサブカルチャー寄りのコンテンツ制作会社を目指しています。昨年、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、クライアントであるフラワーショップが経営に困っていました。そこでスタートさせた「推し花*」(https://www.creators-station.jp/news/20210806-6)というサービスがあります。お客様の「推しキャラクター」の記念日にお祝いのブリザーブドフラワーを贈るサービスです。これがリリース3日後にバズって、一気に注文が150件も入り、現在もコンスタントに売れています。
もうひとつ、面白い試みをされているようですね。
「Notion」(https://www.notion.so/product)という業務情報を整理して共有できるアプリをmuku.では使用しています。社員がこの「Notion」が好きすぎて「Notionの妖精を作ればいいのに」と言い出したので、「じゃあ、作ればいいじゃん」という話になり、2019年にイメージキャラクター「のしょこ」(https://www.notion.so/mukuteam/246beefa875d4df0a250dfb366fbeeeb)を勝手に作りました(笑)。
それで自由にステッカーを作って配ったり、SNSでアピールをしていたんです。そうしたらなんと「Notion」から公式のキャラクターとして認められて、「のしょこ」がアンバサダーになりました。今は「Notion」のセミナーをしたり、タイアップする事業展開を考えています。
サービスの立ち上げや終了のサイクルがスピーディですね。多少でも売り上げがあるサービスをやめる決断は難しくはありませんか?
判断基準は「楽しい」か「楽しくない」か。もちろん売り上げを失うことは怖いですが、クリエイターにばかり負荷がかかり、情熱を注げないサービスでは、お客様にいいものが届けられないでしょう。
売り手、買い手、世間が潤う「三方よし」という近江商人の言葉があります。僕は、そこに作り手、つまりクリエイターを加えた「四方よし」が当然になる世界を目指していきたいです。
地方には可能性と、時間をかけてインプットができる余白がある
具体的なサービスももちろんですが、今後の方針についても教えてください。
クライアントはもちろんですが、困っているクリエイターの課題も解決したいという思いが強いです。例えば新潟には優れた漫画家がたくさんいますが、仕事がなくて困っていると知り「マンガプリズ」というサービスを作りました。
これはプロの漫画家が描くオリジナルマンガ制作サービスです。なかなか伝わりにくいものをマンガで周知・認知の拡大を図ったり、ブランディングやプロモーションに活用できるキャラクター制作を行います。実際にマンガを活用して売上が4倍になった事例もあります。
僕の強みは大手家電量販店で鍛えたコミュニケーションスキル。そんな自分をハブにして、お客さまのかゆいところとクリエイターをマッチさせていきたいです。フィールドは新潟から全国へ…と同時に、人口が減っていく日本では限界があるので、2022年には世界に出ていきたいと思っています。
地方で活躍したいと思っているクリエイターや、muku.に興味を持っているクリエイターに向けて、メッセージをお願いします。
“作家絵描き”の人はとにかく作品を世に出す方法を探してください。いいものは絶対に誰かに見つけてもらえますから。“職業絵描き”の人は技術と制作時間に価値があると認識し、どんどん自分を高める努力をしていって欲しいです。
東京に行かないと仕事にならない時代は終わり、オンラインで打ち合わせができる今、地方はクリエイターにとっておすすめですね。クリエイターと時間はすごく密接な関係にあり、どう過ごすか、いかに楽しんでインプットするかが大切だからです。地方の環境のほうがゆっくりと過ごせるし、クリエイター向きだと言えるのではないでしょうか。
技術的なことは、ソフトが一通り触れればいいと思いますが、そのソフトも変わっていくので…。インプットをし続けて新しいツールも使い、そして自分のセンスを磨くことが一番の武器になると思います。
2021年08月18日 ライター:丸山 智子
株式会社muku.
- 代表者名:代表取締役 田中えいじ
- 設立年月:2013年7月
- 資本金:300万円
- 事業内容:
・コンテンツ制作事業 まんが製作、動画制作、3DCG、アプリ開発
・デザイン事業 ブランディング、Webデザイン、UI/UXデザイン、グラフィックデザイン
・セミナー事業 専門学校講師業、各種セミナー講師 - 所在地:〒955-0844新潟県三条市桜木町12-38三条ものづくり学校2F 210
- URL:https://muku-corp.co.jp/
- お問い合わせ先:https://muku-corp.co.jp/contact
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