ディーゼロが九州ナンバー1のWeb制作会社になった戦略とは
インターネットの黎明期といわれる2000年、福岡市で元同僚の2人が立ち上げたWeb制作会社・株式会社ディーゼロ。
当時は個人でもハイレベルなクリエイターだった代表の矢野修作(やの しゅうさく)さんは、会社が大きくなると経営に専念し、多数のクリエイターを在籍させ、ディーゼロは年間で約300件を受注する九州ナンバー1の会社へと成長を続けています。
創業までの経緯や会社を成長させた戦略、そして次なる構想を伺いました。
自分で身につけたスキルをもとに1年半働いて独立
創業されるまでの経緯をお聞かせください。
高校を卒業後、2年ほどアルバイトでゲームショップの店長を務めた後、20歳で大学に入りました。アルバイト時代は、ちょうどインターネットが世の中に出始めた頃。パソコンを買ってチャットにハマりました。自分で開設したチャットルームが大きくなって、リクルートさんから広告費をもらったりしましたね。そんな中、たまたま出会ったデザイナーさんにすごく憧れて、独学でデザインの勉強を始めました。さらに大学2年生のとき、ネットで知り合ったイラストレーターさんの会社を見学させてもらったら、社長さんと副社長さんが出て来られて「キミは面白いから明日からうちに来ないか」と誘われたんです。そこは福岡市内の広告代理店で、当時はまだ珍しかったWebの部署を立ち上げるとのこと。それに力を貸してほしいと言われて、それで大学をやめて就職しました。
すでに独学でスキルを身につけていたから、即戦力として声をかけられたのですね。
デザインをしたいと思っていたので、新しいWeb制作の部署に所属できて、本当にラッキーでした。そこでコーポレートサイトやキャンペーンサイトなどをたくさん作らせてもらいました。その後1年半くらいで独立し、3か月だけフリーランスで働いて、2000年に24歳でディーゼロを立ち上げることに。
なぜ1年半で独立されたのでしょうか?
仕方のない話なんですが、当時クリエイターは夜遅くまで働くことが多く、それでも朝は定時で会社へ行かなければいけないことに疑問を感じて……。自分のペースで働きたいという思いがつのり、フリーランスになりました。ちなみに次の仕事への心配はありませんでした。会社員時代にかなり多くの企画書を書いていて、企画書を書けるWebデザイナーとして重宝されていたので。
独立してすぐに会社を設立されたのですね。
のんびりやるつもりが予想外に忙しく、前の会社の上司だった今里光佐を誘って、ディーゼロを立ち上げました。今里は現在は弊社の副社長を務めていますが、デザイナーとして何を作ってもかっこよくて天才だと尊敬していました。
Web制作で1番になることを目指し、クリエイターに還元
御社の事業内容を教えてください。
2000年の創業当時から今まで一貫してWebの企画・制作を専門としています。創業1年目から売上は数千万円にのぼりました。大手の広告代理店と直接仕事をしたり、知り合いだった面白いクリエイターさんたちから仕事の話をいただいて。
いつか自分の会社を作りたいと思われていましたか?
いえいえ、60人ほどのクリエイターを雇う人生は想像していませんでした。仕事が増えて人を雇わなければということで、5年で5人ぐらい社員が入った頃、経営について考え始めました。創業した僕らふたりも社員も全員クリエイターで、もう僕は作る側ではなく、会社の未来を本気で考えなければいけないと思いました。
社員はどのような方が在籍されていますか?
社員は全部で60人ほどで、デザイナーやコーダーが30人、ディレクターが15人、エンジニア10人ほど。
クリエイターの人数は九州で最も多いのではないでしょうか。年代としては20代・30代・40代が1:1:1の割合で、長期的に経営するためにバランスを意識して採用してきました。
今はおかげさまで年間300件以上の制作・企画を手がけていて、質の高いクリエイティブと提案力に自信があります。
年間に300件受注できる秘訣を聞かせてください。
制作物のクオリティはもちろんですが「制作しかしない」ことにこだわってきました。リスティング広告などを扱わず、Web制作において福岡で1番の会社になることを目指しました。「日本で1番高い山」といえば、富士山だと皆さん分かりますよね。でも、2番目を聞かれると分からないでしょう。1番と2番には、歴然とした差があるんですよ。
だから一つだけ尖らせて、余計なことはせずに、福岡のWeb制作で1番だと認められるように意識してきました。それが、僕らが営業をかけなくても仕事が入るようになった大きな理由だと思います。
素晴らしい戦略ですね。
営業コストをかけずに制作をすることで、クリエイターの給料を上げて、いいクリエイターが集まり、そしてお客様に質の高いサービスを提供できるという良い循環を作っています。最近はリモートも積極的に取り入れていて、リモートでも生産性はキープできると分かりました。出社する場合の時間は数パターンから選べるようにしていて、ついてきてくれる社員ができるだけ快適に働けるように、そしてキャリアをアップできるようにするのが僕の役割です。
オフィスのデザインは僕が自分で手がけました。できるだけ楽しく快適に過ごせるように、大きなカフェを作ったり、集中したり寝たりできるスペースも設けています。2019年には東京オフィスを立ち上げて、そちらの仕事も増えてきました。
会社は公的なもの、子会社になりシナジーを追求
今後の展望についてお聞かせください。
今年の7月、弊社は株式会社Kaizen Platformに株式の一部を譲渡して子会社となりました。Kaizenと手を組んだ理由は二つです。一つは、会社は公的なものであるべきだと思っているからです。僕が大株主である限り、僕に決定権があります。株を誰が引き継ぐかという問題もありました。これは健全ではないと感じていてどうにかしたかった。
もう一つは、僕らのビジネスのすそ野を広げて、社員であるクリエイターの給料や価値をもっと上げるためです。Kaizenの経営者とは昔から親しく、Kaizenの立ち上げ時から知っています。KaizenはDXやUX領域の戦略立案・実施を行う会社で、弊社は制作ができる。
両社の強みを合わせることで、Webサイトの開発から運用まで効果的に一気通貫でできるようになります。シナジーを追求して、さまざまな取り組みを強化していくつもりです。
ご自身がクリエイターで、数多くのクリエイターと接してきた矢野さんは、どんなクリエイターと働きたいですか?
これを言ってしまうとちょっと悲しいかもしれませんが、基本的に僕らは商業クリエイターで、アーティストではありません。
クライアントや社会の視点を理解して、なおかつ自分の仕事が誰かの問題解決に役立つと認識している人と仕事をしたいですね。ビジネスとしての基本原理はそこにあって、そのうえでアーティスト的な感覚や個性を盛り込める人は、むちゃくちゃかっこいいと思います。
最後に、クリエイターにメッセージをお願いします。
クリエイティブは日常にあふれています。世の中のものにはクリエイティブがあって、全てに意味がこめられており、何らかの課題を解決しようとしている。
僕は学生さんへの講義で「歩いているときに目に入る全ての看板と対話してみよう」と伝えています。世の中に、あんな堂々としたクリエイティブ作品があることに気付き、その意図を深掘りするようなことを楽しんでいけるといいですね。ありふれた日常に興味を持つことが、クリエイターとしての成長への近道ではないでしょうか。
取材日:2021年9月24日 ライター:佐々木 恵美
株式会社ディーゼロ
- 代表者名:矢野 修作
- 設立年月:2000年8月1日
- 資本金:4,500万円
- 事業内容:Webサイト企画・デザイン・制作、システム開発
- 所在地:〒810-0022 福岡県福岡市中央区薬院 1丁目14-5MG薬院ビル2F
- URL:https://www.d-zero.co.jp/
- お問い合わせ先:092-736-5255 info@d-zero.co.jp