女性デザイナーならではの感性を最大限に活かして、“ものづくりのまち”新潟県三条・燕エリアに貢献する有限会社エムズグラフィック
新潟県三条市で子育てをしながら大好きなデザインの仕事を続けたいと始まったデザイン制作会社、有限会社エムズグラフィック。新潟県三条・燕地域のものづくり産業、その発展に寄与するための施設「三条ものづくり学校」に最初に入居しました。
ロゴマークやパッケージなどのグラフィックデザインを中心に、Webや看板、商品企画まで、クライアントの課題に寄り添いながら総合的なデザイン提案を行っています。
29年前に独立し、法人成りして20年のこれまでの会社の歩み、4名の女性スタッフで構成されるチームの個性、また今後の展望まで、さまざまなお話を取締役社長・樋口由賀利(ひぐち ゆかり)さんに伺いました。
「お客様ファースト」から「社員ファースト」へ。社員の幸せが、お客様の喜びにつながることを実感。
樋口さまのご経歴を教えていただけますか?
出身は愛知県名古屋市です。中学3年生のとき、父の転勤で新潟県三条市に引っ越してきました。
将来を決める際に、高校時代の担任であった美術の先生からアドバイスを受けて三条市の印刷会社に入社を決め、デザイナーとして10年勤務しました。
結婚・出産とライフスタイルが変化した際、勤務時間との兼ね合いもあり、三条市の別の印刷会社へ転職。2人目、3人目の出産・子育てと仕事を両立する中で、勤務先の下請けとして自宅でデザイン制作を行うようになりました。
個人事業主として独立したのが1992年6月です。徐々に仕事が増えて、2人の後輩デザイナーたちを自宅に呼んで内職感覚で楽しくデザインをしていました。
代表と2名のスタッフという位置づけですか?
いえ、全く違います。経営の知識ゼロ、野心ゼロの状態で、最初は仲良しクラブのような感覚で「好きなデザインができれば」という思いだけで集まって制作していました。消耗品費や光熱費などの経費についても考えず、デザイン報酬を3人で等分していたんです。
同じ印刷会社で働いていた後輩たちで気心も知れていましたし、何よりみんなデザインの腕が良かった。子育ても仕事も協力し合っていました。
最終的にはチームメンバーが9名に増えて、誰かの子どもの保育園から電話が来ると、別の誰かが迎えに行くなどということもしばしばありました。
2001年に有限会社を設立された当初のエピソードはありますか?
「法人成りした方がいいよ」という周囲のアドバイスから起業しましたが、相変わらず会社経営をするという覚悟もなく、根性論を通してきた反省点があります。
当時、自宅でデザイン制作をしていた私は、子育てをしながら通ってくるスタッフさんたちの苦労を顧みず、「このままじゃダメ」「お客様ファーストで」と、さらなる高みを求めるようになっていました。頑張っている人に「もっと頑張れ」は酷ですよね。
今振り返ると良くわかります。当時は「自分と同じように頑張れない人はダメだ」と思っていました。気づいたら1人辞め、2人辞め…「これ以上、子どもたちを犠牲にできない」などの理由からスタッフが激減してしまったんです。
今日に至るまでのターニングポイントがあるとするなら、社員が辞めてしまったこの頃でしょうか?
はい、今から10年前のことです。ふと後ろを見ると、誰もついてきていない。当時、スタッフには「言わなくてもわかるでしょ」と思っていましたが、「言わないとわからない」のですね。それは夫婦と同じ。愛情や感謝、労いの気持ちは、いつも言葉にして伝えることが大事。
それに気づいてからは、スタッフと密にコミュニケーションを取り、「頑張っているね」と声をかけ「ありがとう」と感謝の意をしっかり伝えるようになりました。
ターニングポイントといえば、同時期、中小企業家同友会に参加し、経営指針の重要性や、中小企業における労使関係の見解など多くを学びました。いかにこれまで自分が「愛のない経営」をしていたのか思い知らされた時期でした。
働く女性としてのワークライフバランスを大切に。
現在の事業内容について教えてください。
グラフィックデザインがメインです。中には商品開発から携わってトータルに提案させていただくことも少なくありません。
4人のスタッフが全員女性であること、また三条市はものづくりのまちであることから、日用品やキッチンツールなどのブランディングやプロモ―ションといったデザインが多いです。時流的にWebデザインも欠かせなくなってきましたが、コーディングは外注しています。
※プロセスを大切にしたストーリーを紡ぎ出した制作実績もぜひご覧ください⇒エムズグラフィック制作実績
御社が大切にしている制作スタイルがあるのでしょうか?
当社は「エムズスタイル」として4つの柱を掲げています。
- 直にお話します→
営業職がいないので、ディレクターとデザイナーが直接お客様のお話をお聞きします。目的や開発ストーリーを伺い、本当に必要なことや今後の方向性を組み立てていきます。 - はじまりは共有すること→
すぐにデザイン作業には取りかからず、お聞きしたことやそこに隠れている大切な価値を見つけ出し、コンセプトを削り出し、視覚的な理念や行動指針を共有していきます。 - 総合的にデザインします→
ひとつのデザインだけではなく、ロゴデザインからパッケージやフライヤー、Webやサインなどすべての媒体を同じ考え方で発信することでより効率的に、効果的に伝えます。。 - 強いチームになろう→
関わる人みんなで考えることができるよう、わかりやすく見える化したプレゼンツールや企画書を提供します。一緒に悩みながら解決していくパートナーとなることを心掛けています。
※エムズグラフィックHPより引用
例えばパッケージデザインだけでなく、看板やブースデザイン、ショールームの内装など、商品を取り巻く環境全体をトータルで考えていかないと、イメージに一貫性がなくなってしまう。目的や開発ストーリーを背景に、まとまりのある、伝えたい相手に届くデザイン提案を心掛けています。
営業職をあえて置かないとお聞きしました。ではどのようにお仕事をいただいているのですか?
そのリーフレットは、百貨店などで使われていた包装紙と同じ紙質のもので、表はつるっとして光沢があり、裏は少しざらっとした温かみのある高級そうな紙材なんですが、実はそこまで高くないんです。それをマジック折りという一枚の印刷物に、スリット(切り込み)と折り加工をすると、簡単に8ページのリーフレットに変身する製本手法があって、これだと比較的安価にちょっとしたグラフィックツールが作れる。ただデザインするだけでなく、こういった表現手法も含めて、プロデュースできることが伝わればと思っています。
営業がいないので、ルート営業や新規開拓などは行っていません。でも、だからこそディレクターとデザイナーがお客様のお話を直に聞き、“想いを共有する”ところからものづくりを共創させていただくことが、結果的に良いものができることにつながると考えています。
御社らしさが発揮された好例をご紹介ください。
ほぼすべての案件が当てはまるのですが、わかりやすい例を挙げるなら「いのまた接骨院」でしょうか。接骨院のロゴデザインからスタート。そこからリーフレット、名刺、封筒、ギフト用の全身整体券のデザインなど、さまざまなツール制作をお手伝いさせていただきました。
その後、院長先生の「身体を鍛えることの重要性」をさらに多くの方へ実践していくための「パーソナルトレーニングジム」の開業・運営への展開にもトータルでデザインに携わらせていただいています。
最初に接骨院としての考え方や取り組んでいることを共有していただきました。それを元に接骨院としての診療方針や患者様との向き合い方、院長先生が独立するまでの経緯など、さまざまな思いやストーリーをロゴデザインの中に込めました。
ロゴマークはアルファベットのIと赤十字の形をモチーフにしています。そして、院長先生のお家が代々養鶏場を営んでいたことから、卵の形に縁取りました。実は院長先生のご両親は「卵を育てて生計を立てながら大学に通わせてくれた」という経緯があります。その感謝の思いも込められています。
それぞれの案件、展開の背景には必ずストーリーがあり、それを表現することでお客様自身もそのデザインに愛着が持てる。そういった思いを紡ぎ出しかたちにすることこそ大切だと思っています。
これは、お客様とたくさん対話し、共に考え、悩み、作り上げ、そして成長を実感できた好例だと思います。なお「いのまた接骨院」のスタッフさんが独立開院した際も、弊社にデザインを依頼していただいたのもうれしい出来事でした。
「M‘s graphic」の「M」にはどのような意味がありますか?
私の旧姓が「目黒」でイニシャルということもありますが、やはり「Mother‘s(母の)」という意味合いが大きいです。設立当初の思いである働くお母さんとして、子育てと仕事を両立しながら自己実現する会社であることを社名に掲げました。
女性だけのデザイン会社としての個性、強み、メリットは?
女性らしい「やわらかい」「やさしい」「あったかい」デザインが強みでしょうか。意図しているわけではありませんが、女性だけの会社なので、自然とそのようなデザインが増えてきた感じです。
担当は案件により本人の希望で決める場合もありますし、全員でアイデアを出し合ってお客様に選んでいただく場合もあります。私もいちデザイナーとして制作しますが、感性はスタッフの方がより光るものを持っていると感じます。
三条ものづくり学校への入居経緯について教えてください
地元で閉校した小学校をリノベーションし、三条ものづくり事業の拠点になることを目指したのが三条ものづくり学校です。開設した2015年、当時の市長さんからのご紹介で入居を決意しました。
実は当社がトップバッターで、その後多くの企業さんの入居が決まっていきました。デザイン関連や文字どおりものづくりに関わる企業さんがほとんどなので、いろいろなつながりができ、案件を相談したり、されたりなど、さまざまな情報共有ができることがメリットです。
会社として大事にしていること、理念・信念は?
全員で幸せにならなくては、会社の存在意義はないと考えています。これから当社で働く人のためにも、みんなが幸せになれる環境を整えていくことが最優先。迷ったら、社員が笑顔になる方を選択します。
あとは、地域との関わり合いにさらに力を入れていきたい。子どもたちへチャンスの場を作ることも中小企業の責任・役目でもあると考えています。
デザインの力で、世の中を明るく、多くの人を幸せに!
今後の展望、会社としてのビジョンについてお話ください。
グラフィックデザイン=紙媒体の時代を経て、今後いかにグラフィックの枠を広げていけるかが鍵になるのではないでしょうか。長年、デザイン会社を営んできて「デザインと財務の両輪」がいかに大切か思い至りました。どちらも良い循環でお客様の売上アップに貢献できればと思います。
あとは発信の仕方を工夫する。SNSを上手に活用する。変化のスピードが速いので、アンテナを広げてインプットしたものを社内共有。常にお客様の要望に応えられる体制を整えていきたいです。「働くことは、生きること」。人生を豊かにするために、仕事のクオリティを高める努力を続けていきたいと思います。
これからのクリエイティブ業界において、どんな人材が活躍すると思われますか?
ホームページに限らず、スマホアプリ関連や動画制作など、さまざまなツールを使いこなせる人が強いのではないでしょうか。クラウドファンディングや公式LINEなど、時代とともに変わるシステムの理解も大事。デザインの枠を超えた、幅広い情報収集と発信力がこれからの時代を生き抜くポイントなのかもしれません。
現状の課題感を含めて、今後の企業としての在り方をどのように考えていらっしゃいますか?
リアルに「会えない」「つながりが感じられない」時代でもあると思います。子どもたちからお年寄りまで、さまざまな悩みを抱えていらっしゃる方の役に立ちたいです。私自身、来年還暦を迎えるので、会社としては世代交代を考えなければいけません。後継者不足は、地域全体の問題でもあるので、みんなで取り組んでより良い方法を模索していきたいですね。
クリエイティブによる地方創生や地域発信力の可能性についてお聞かせください。
クリエイティブが、地方創生、地域発信の力になることは間違いありませんが、旗を振ってリードしていくというよりは、地域が伸びていくためのサポート役になることを心掛けています。
“人の想い”をカタチにしていく。それが地域の元気になるように注力していきたい。人・企業・街のバックアップ隊ですね。派手なことをしようとするのではなく、適材適所。先頭に立つより、併走しながら応援していくことが私たちの役割だと思っています。
現在クリエイターの方、これからクリエイターを目指す方へメッセージをお願いします。
コロナ禍で、多くの人がモヤモヤを抱えている時代。「~でなければならない」時代は終わりました。何にも縛られず、無限の可能性を信じて自由に。失敗したと思ったらやり直せばいいのです。
またクリエイティブな職種を目指す人は、一度は上京、あるいは大都市へ進出することを考えると思いますが、それがすべてではないと思うんです。ともかく自分のやりたいことを、やりたいように、好きな場所でチャレンジしてみてはいかがでしょう?
もし今、新潟を離れて悩んで苦しんでいる人がいるなら、お母さんの気持ちで「いっぺん帰ってこい」って、優しく笑って迎えてあげたいですね。
取材日:2021年9月21日 ライター:本望 典子
有限会社エムズグラフィック
- 代表者名:樋口 由賀利
- 設立年月:2001年8月
- 資本金:300万円
- 事業内容:グラフィックデザイン全般、Webデザイン、ブランディング、商品企画ほか
- 所在地:〒955-0844 新潟県三条市桜木町12-38 三条ものづくり学校102号室
- URL:https://m-zoo.co.jp/
- お問い合わせ先:TEL 0256-35-8277 / Mail info@m-zoo.co.jp