360°映像が叶える「体験」の記録。デジタル技術で社会課題に向き合うアクチュアル

京都
アクチュアル株式会社 代表取締役
Yuki Tsuji
辻 勇樹

Web上の映像であっても、好きな方向に目を向けられ、見たいものを見たい角度から見ることができる。アクチュアル株式会社の「360°映像」は、いわば現実と仮想空間の橋渡し役。デジタル技術で自由度が格段に高まった映像を通して、私たちは新しい体験ができ、知らなかったものに出会えます。代表取締役の辻勇樹(つじ ゆうき)さんは大学でプロダクトデザインを学び、ものづくりによる社会の課題解決を目指してきました。しかし、「情報」が絶大な価値を持つ世界の現状を目の当たりにし、辻さんはデザインの目をデジタル技術に向けるようになります。モノから情報へ価値が急速に移り変わる社会の中で、デザイナーができることは何か? 現代におけるデザインの意味を問います。

 

プロダクトデザインに没頭した学生時代

いつ頃からデザインに興味を持ち始めたのでしょうか。

家業が建築設計だったので、高校生の頃にはデザインに興味を持つようになりました。きょうだいは皆建築設計士になりましたし、僕自身も当然そちらの進路に進むのだろうと思っていましたが、学校の勉強が苦手で…。そこで、入試を絵で行う芸術系の大学なら入れるだろうか、と考えました。関西圏ですすめられた京都精華大学を受験し、合格。大学ではプロダクトデザインを専攻し、ソーラーパネルや蓄電池を使ったポータブルバッテリー、森林保護を目的とした参加型プログラムなど、環境系のデザインに関心がありました。

その後、大学院へ進学されたそうですね。

はい、ものづくりへの理解をさらに深めようと思いました。慶應義塾大学大学院の政策・メディア研究科に進み、山中俊治先生の「美しい義足」プロジェクトに関わります。「義足」は、現在そのほとんどが大量生産型のパーツで作られています。しかし、1人1人それぞれが違ったかたち、違った背景を持つ人たちに、画一的なパーツの義足で対応できるのか? このプロジェクトはその問いへの答えとして、デザインが医療と工学の橋渡し役となった「オートクチュールのものづくり」を試みるものでした。

大学院の後の進路はどのように考えていましたか?

このプロジェクトではまだまだ学ぶことがあると考えていたので、大学の研究員になってそのまま関わり続けるつもりでした。しかし、たまたま訪れたデザイン展で主催会社の社長と知り合い、うちの会社に入らないか、と誘いを受けたんです。その会社では発展途上国の課題解決に向けたビジネスを手がけていて、社員がほぼ20代と活気がありました。自分のプロダクトデザインの経験を社会で活かせるかもしれないと思い、修士課程を終えてから就職を決めました。

会社ではどんなことを手がけていらっしゃったのでしょう?

当時関わっていたプロジェクトのひとつに、発展途上国におけるデザインリサーチがありました。上下水道、電気、ガスなどのインフラがない地域に提供するサービスを考えるため、現地でプロダクトの試作品を使ってもらってフィードバックを得る、という仕事です。このプロジェクトでバングラデシュへ足を運んだとき、衝撃を受けたことがありました。

それは、電気も水道もなく、自分たちの家すらも持たない現地の人々が、モバイル機器だけは必ず手にしていたこと。モバイル機器さえあれば世界中の人とコミュニケーションが取れ、勉強もビジネスもできます。彼らにとってはまさに、魔法のツールです。これからの時代においてはプロダクトよりも「情報」の可能性の方が遥かに大きい、と実感させられました。

世界の状況を目の当たりにして、考えに変化があったのですね。

デザインという軸は変わりませんでしたが、興味の対象はハードからソフトへ移っていきました。当時はモバイル機器が世界中の人に行き渡り、SNSが社会に大きな影響を与え始めていた頃。「アラブの春」のように、拡散した情報が国を転覆させるくらいの力を持ち始めていました。情報伝達の速さに伴い、50年くらいかかっていた社会の変化のスパンも、30年、10年、5年とどんどん短くなっています。 そんな中、大量生産型のものづくりに改めて限界を感じました。これからの時代においては、ただモノを作って売るだけのデザインでは社会を変えられない、と感じてしまったんです。

考えの変化はお仕事にも影響されたのでは?

そうですね。入社して1年半が経った頃で、これから何をしていけばいいのか先行きが見えず悩んでいましたし、東京での満員電車の通勤にも限界が来ていました。色々考えた末、人と情報の関わり方を知り、語学力を身につけようと、海外でジャーナリズムを学ぶことを決めました。若さから来る勢いもあったのかもしれませんね。仕事を辞めてニューヨークへ渡り、語学学校に入学しました。

 

現代アートを糸口に、「体験の記録」を目指す

留学の経験で得たものは何ですか?

半年間の留学生活には思いがけない副産物がありました。現代アートとの出会いです。もともと現代アートにはまったく興味がなかったのですが、ニューヨークという土地はアートと人々の生活の距離が近く、友人とよくギャラリーに行くようになりました。それまで僕は、デザインとアートは、ものづくりにおいて対極の関係にあると考えていました。プロダクトデザインにおいては人が違和感なく使えるよう、モノが人に最適化されています。無意識にでも使える形がデザインの最適解なんです。しかし現代アートには、その考えが通用しません。優れた現代アート作品は、人に何らかの違和感を与えます。何かを感じたり立ち止まって考えたりするのは、最適化されていないものに出会ったときにこそ。ある一定の層に強いインパクトを残せるような情報の伝え方には、想像を超える価値があるかもしれない。現代アートから新しい切り口を見つけた気がしました。

日本に戻られてからはどんなことをされていたのでしょうか。

現代アートの面白さに惹かれ、フリーランスの立場でアート関係の仕事に携わり始めました。いくつかのイベントや展覧会に関わる機会をいただき、「KYOTOGRAPHIE(京都国際写真祭)」では2年にわたり展示制作マネジメントを担当しました。その会期が終わるときにふと、自分が作った空間がなくなってしまうのは悲しいな、と思ったんです。

そこから、たくさんのお金と労力、アイディアが詰まった展示が1か月や2か月で跡形もなく消え去ってしまうのは、とても大きな損失なのではないかと考え、イベントや展覧会の場“そのもの”を記録して残す取り組みの価値を意識するようになりました。

もしそうだとしたら、展示の雰囲気までを丸ごと「体験」として残さなくては、価値を再現することにはなりません。どのような記録方法を用いたら、アートという体験を残せるだろう? そんな問いを抱えるようになりました。

ただ展示品を記録した「目録」ではなく、展覧会を丸ごと残したいと考えたのですね。

解決への道筋を拓いたのは、2017年の「ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」を記録した「360°映像」の配信です。そこではヴェネチアやニューヨークの街並みを、視聴者が自由に視点を変えて見回せる映像で記録されていました。インタビューでは、あたかも自分がその場にいて目の前の人と話しているかのよう。体験を記録する手法として「360°映像」に大きな可能性を感じたんです。そんなとき、アートイベントを支援していた「公益財団法人 西枝財団」から「新しい文化事業を考えてほしい」というお話がありました。

それならば、と立ち上げたのが、アートを始めとする展覧会を「360°映像」で記録する「ART360 (ART THREE SIXTY)」プロジェクトです。映像についてはまったくの初心者だったので、思い切って数十万円もするカメラを買い、自分で使い方を覚えていくところからスタートしました。撮影や編集はフリーランスの方の手を借りていましたが、関わる人数が増えていくにつれ、少しずつ統率が取れなくなってきて。このままでは良くないと思い、プロジェクトをちゃんと動かすために会社を立ち上げました。

 

可能性を広げるため、ひとりから会社というチームへ

Webサイト:https://actu-al.co/

御社ではどのような事業を手がけているのでしょう?

会社設立のきっかけとなったART360°は展覧会の記録で、この他にも「360°映像」を使ったアーカイブ事業を幅広いジャンルで手がけています。例えば、京都・宇治にある窯元「朝日焼」のプロジェクトでは、Webサイト上で茶碗をまるで手に取っているかのように自由に回転させて見られます。このデジタルの茶碗には、様々な角度から200枚ほど写真を撮って合成するフォトグラメトリという技術を使っていて、より本物に近い色合いや質感を再現しました。世界中の人が触れられるデジタル空間に作品を展示し、日本を訪問できない海外の方にも興味を持ってもらいたいと考えています。

会社を立ち上げたいという想いはもともとお持ちだったのでしょうか?

経営者の父親を見て、自分も会社には属さずフリーランスで働いていこうとは決めていたものの、会社を立ち上げることまでは想像していませんでした。それでも、実際に起業してみると良かった点がたくさんありましたね。これまでのプロジェクトでは、エンジニアリング、デザイン、グラフィック…あらゆることを全て1人でこなしてきました。しかし、1人の人間が使える時間は有限です。いつまでも単独でやっていたら質は上がりませんし、プロジェクトが大きくなればなるほど、手は回らなくなります。やはり、チームで仕事に取り組むのは大切です。僕は人に頼るのがとても苦手。それでも経営者として社員を雇用し、その生活に責任を持つという経験を通して、人との関わり方が少しずつわかってきたような気がします。

京都で仕事をされていて、何か特別に感じることはありますか?

京都という土地には人間味のある商売観が残っていますから、人と人との関係性を重視するクライアントが多いです。あるプロジェクトでは、世間話を1年間続けてやっと仕事を任せていただいたことも。

時間がかかりますが、一度信頼してもらえたら、その後は長く続くお付き合いができるんです。会社員は勤務時間通りに働けばお給料を得られますが、報酬というのは本来、自分がした仕事の価値に対して与えられるもの。

必ずしも時間に比例していく訳ではありません。僕は経営者としての父の姿を身近で見てきましたし、京都にも10年近く住んでいますから、すぐには利益を生まない先行投資が、後に大きな意味を持つのを知っています。このような考え方を社員にも伝え、共有していく。それもまた、経営者として大切な姿勢だと思っています。

 

課題を解決できる「デジタルツール」の可能性を社会に役立てたい

ご自身の目標があればお聞かせください。

日本は島国なので、独自の文化が育つ一方で、グローバルな動きからは少し遅れ気味で、現代においてなお、「情報の遮断」があると感じるときがあります。これをなくすのが僕の目標です。情報における海外との壁がなくなれば、日本に住んで仕事をするデメリットはなくなります。逆に日本固有の文化を強みにして、海外へ発信していくことも可能でしょう。現在、特に必要だと考えているのは「体験」の提供です。記憶や体験は、視覚、聴覚、触覚などの複数の要素から構成されるもの。必ずしも視覚だけではありません。たとえ目をつぶっていたとしても、声を聞き、握手する感覚があれば、その人と会っているような気分になれますよね。いま取り組んでいる「360°映像」は視覚と聴覚の記録ですが、将来的には触覚のインターフェースも取り入れていきたいと考えています。場の空気感やリアルな雰囲気をどういった手法で記録し、シェアするのか。その課題に対して、これから本気で向き合っていくつもりです。

今後はどのような取り組みをしていきたいですか。

会社のテーマのひとつが「デザイン&デジタルトランスフォーメーション」。モノからコトへ急速に価値が移り変わる社会の中で、デジタルツールによって課題の解決を進めていきます。「360°映像」はあくまでその手段のひとつでしかありません。特に取り組みたいのが、事業継承に悩んでいる企業や伝統産業に関わっている人たちに対しての提案です。

僕たちのデジタル技術を使って、VR上での着物の着せ替えツールができるかもしれないし、無駄のない在庫管理の仕組みが作れるかもしれない。コードを使用せずにWebサイトを構築するノーコードという考え方を取り入れて制作費を抑え、残りの費用で創造的なコンテンツを作ったりもできるでしょう。

社会の課題解決をしたい、という想いは学生時代から一貫しているのですね。

「Design」の語源はラテン語の「Designare」で、その意味は他者と共有するために「示す」こと。時代が経るにつれてモノを作ることに対する責任はどんどん重くなってきています。

「作ったものの材料がどこから来ていて、どこに捨てられるのか?」「誰を幸せにして、また不幸にしているのか?」。それは人のことであり、地球のことであり、まだ知らない未来のことでもあります。

これまでのような、今この瞬間だけを考えるものづくりはもうできません。いまの仕事はデジタルソリューションの提案ですが、同時にデザイナーとしてものづくりに対する責任を持って、社会に関わっていきたいと思っています。

取材日:2021年10月27日 ライター:土谷 真咲

※引用元:公益財団法人日本デザイン振興会Webサイト

 

アクチュアル株式会社

  • 代表者名:辻 勇樹
  • 設立年月:2018年11月
  • 資本金:990万円
  • 事業内容:デザイン業、クロスリアリティ関連技術を用いた制作物の企画・制作、写真・ビデオ等のデジタルコンテンツ事業、展覧会等各種イベント事業
  • 所在地:〒604-8136 京都市中京区三条通烏丸東入ル梅忠町24 三条COHJU BLDG.6F
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