オール主婦でアニメ制作に挑むTop Gearが目指す「アニメーターが働きやすい職場づくり」とは
ハードワークで薄給と思われがちなアニメ業界で、スタッフが全員主婦、しかも業界初の「子育て支援制度」を導入したアニメ制作会社、株式会社Top Gear。
同社の浅沼薫(あさぬま かおる)社長は、会長職を務める株式会社rebootで「動画社員に固定給料18万円」を打ち出すなど、動画1枚換算の歩合給が一般的なアニメ業界で、常識を覆す取り組みが注目されています。そこにはどのような思いがあるのか話を伺いました。
異業種からアニメ業界に! 偶然出会った電送システムに可能性を見出して起業
伊豆諸島の三宅島ご出身と伺いました。
三宅島の高校を卒業して、公務員の試験を受けるため、東京の専門学校に進学しました。20歳で卒業し、郵便局員を10年間やっていました。いわゆる公務員ですね。
アニメ業界へ転身するきっかけを教えてください。
実はアニメに強い思い入れがあったわけではないのですが、逆にそのおかげでビジネス的な視点で物事を見られているのかなと感じています。
アニメ業界に仕事で関わるようになったのは、30歳になった時。当時の自宅近くで営業職ができる転職先を探していたら、偶然アニメ動仕(※)会社の求人を見つけたことがきっかけです。
そこは原画の電送動仕システムを開発した会社で、当時、原画は飛行機を使って送る便送が当たり前だったので画期的だったんです。「こんなに便利なシステムがあるなら、もっと良いアニメが作れるんじゃないか」と思いました。
※動仕=「動画」+「仕上」のこと。動画は原画と原画の間に中割の絵を加える作業で、仕上はその動画に彩色を施すことを指す。
起業に至るまでの流れを教えてください。
アニメ動仕会社での経験値をもとに、自分でイチからアニメを作り上げていきたいという思いと、外注先である中国のクリエイターさんと一緒にやりたいと思ったのが出発点です。
いかにone by one(ワンバイワン)で、中国の彼らと良好な関係を築き上げていくかを視野に入れつつ、2006年にcube A motion (キューブエーモーション)という会社を立ち上げました。しかしアニメ全体の制作本数減少の影響で2008年に別会社に吸収合併されます。
その後アパレル系などの他業種の仕事をしていましたが、2014年に自身の再起動という意味を込めて動仕会社のreboot(リブート)を立ち上げました。現在は会長職として、現場のことは他のメンバーに一任しています。そして2021年5月にまた新たな挑戦をしたいと思い、株式会社Top Gearを作ったんです。
起業する上で参考にしたビジネスモデルはありますか?
何かを真似してしまうとそれ以上の発展が望めなくなってしまいますので、特にありません。
むしろ新しいものをどんどん実験して試していきたい。
新たな可能性と国内の主婦アニメーターを再雇用するために新設したのがこの株式会社Top Gearという会社です。
Top Gearの社名は、Gear=歯車が噛み合ってうまく回り出しTop=最高を目指す。というイメージが由来になっています。
この会社では移動型スタジオという計画をたてたことがあります。ワンボックスカーの中にスキャン環境、デジタル作業環境を整備したのですが、夏の猛暑に耐えられずやめました(笑)。
自分自身、どうやったら効率的に仕事がうまく回るか? という仕組みを考えるのが好きなんです。
有能な人が子育て中でも働きやすい仕組みづくりが、レベルの高い仕事を生み出すエネルギーに
Top Gearのスタッフはほとんどが主婦と伺いました。
現在、私を含む社員3人と業務委託などでお願いしている人が4人ほどいますが、私以外は皆さん主婦です。
そのほとんどは、もともとバリバリ働いていたけれど、結婚や出産・子育てを機に現場から離れてしまった人たち。実力はあるのに、復職できる機会になかなか恵まれなかったそうで、力になれればと思いお声がけしました。復帰を希望する方々は高いポテンシャルをお持ちですので、環境さえ整えればまたバリバリ活躍していただけます。
Top Gearの発足から半年が経ったところですが、主婦スタッフで携わった作品はすでに30タイトル以上にのぼります。
一般的な企業では、子どもの急病などで主婦の方が仕事できなくなることを懸念する傾向がありますが、貴社でもそういった不測の事態が起きることはありますよね?
もちろんありますので、リモートワークを柔軟に取り入れています。業務開始時にその日の作業予定を報告してもらっています。
お子さんの急病などで出勤できない場合でも、ひと段落ついた後に「今日はこれくらいの時間が確保できそうなので、この作業をここまで進めるのを目標にしますがよろしいでしょうか?」と連絡を入れてもらい、それを承認するようにしています。
皆さんは、たとえ短時間でも真面目に効率的に作業していただけるので、すごく助かります。電送システムやデジタル環境があるおかげで、作業進行が滞ったことはありません。
主婦の方って、朝にその日の家事や育児など段取りを決めて、動く人が多いじゃないですか。きっとスケジュール管理が身についていて、時間を効率的に使うのがとても上手だと感じています。
確かに、主婦の皆さんは一分一秒をとても大切にしている印象がありますね。他に、主婦・育児中の方ならではのエピソードはありますか?
育児中の方とのコミュニケーションを大切にしています。例えば「昨日子どもが熱を出してしまいました、保育園で溶連菌感染症が流行っていて……」とか、「隣の学校でインフルエンザが流行っているので、子どもが通う学校にもそろそろ流行がくるかも知れない……」といった報告を受けた時は「じゃあ明日あさってはリモートに切り替えましょうか」などと、状況に合わせてこちらからも提案します。
現在コロナ禍でもありますので、スタッフ自身だけではなく、同居のご家族の体調に不安がある場合は無理なく仕事をしていただけるような体制を整えています。
また、主婦の方は簡単には辞めないかなと。これまで連絡なしに会社に来なくなってしまう人がいました。しかし主婦の方はそういったことがまずなく、責任感を持って仕事に取り組んでくれそう。そこに高いポテンシャルを感じますね。これからも積極的に採用していきたいと考えています。
貴社にはアニメーション業界初の「子育て支援手当制度」があるそうですね。導入経緯など教えていただけますか?
現在の政府の支援制度では「保育料無償化」の恩恵にあずかれるのは3歳から5歳までの間なので、子どもが1〜2歳の小さいうちは保育料がかかってしまいます。
例えば「上の子は3歳だけど、下の子がまだ小さいから保育園に預けられず働けない」という人も多くいらっしゃるんです。ですから1〜2歳のお子さんをお持ちの方の保育料を、我々が一部負担します。そうすればその人の職場復帰のお手伝いができて、さらにそこでよいお仕事をしていただければ我々も助かり、お互いにWin-Winの関係が成立します。
導入してみて、スタッフから「保育料に充てられるのが助かる」という声が挙がっており、手応えを感じているところです。
また、将来的に会社の1階を託児スペースにして、2階をスタジオにする計画もあります。育児中の方は、ぜひ気軽に弊社に応募してほしいです。
2020年、rebootの新規採用で固定給制度にしたことがネットの記事で話題になりました。浅沼さんが関わった企業では条件や福利厚生が充実しています。同業他社から何か反応はありましたか?
1枚何円の歩合制が多い業界ですので、給与を固定したことは珍しかったでしょうね。
改善はされてきましたが、ごくまれに「自分たちも苦労したのだから、新しく入ってきたスタッフも同じくらい苦労をしろ」という意見を聞くことがあります。でもこれからは、今の時代に合った雇用環境を整えないと、社会全体では生き残れないと感じています。
私の考えでは、まず生活を安定させて、それからいい仕事をしていただきたい。「18万円の固定給」は、業界ではインパクトがあっても、社会全体と比較すると、まったく高額ではありません。自分の中で特別なことをしているつもりもないです。
アニメーション業界で働きたい求職者には画期的な金額提示だったのではないでしょうか。
弊社はいわゆる下請け作業をしています。色々な取引先様からお仕事をいただいており、そのお仕事を外部のクリエイターさんに割り振ることもできます。その循環で、安定した雇用環境を整えていくつもりですので、雇用拡大に貢献できると思っています。
仕事をいただき続けるためには質の高い仕事がマストで、そのために福利厚生や作業環境を整えて続けているんですね。東京都東大和市に拠点を置いたことも理由があるのですか?
まず都心部に比べて家賃など安く広い作業環境が確保しやすい。子育てがしやすい街ランキング上位であることです。北多摩地区の3市(東大和市、武蔵村山市、東村山市)は行政の協力も比較的得やすいエリアで、サブカルチャーへの理解があるのも大きいです。
今はデジタル技術のおかげでどこでも仕事ができる時代なので、取引先の近くに……という考えはそれほど重視しませんでしたね。
作品の中心部に欠かせない存在を目指し、才能発掘の育成に取り組む
いくつもの会社を作ってきた、浅沼さんの今後の展望についてお伺いしたいです。
Top Gearではこれからも才能を発掘していき、制作を通してこれから携わる作品の中心部に入っていこうと考えています。国内での需要を高め、海外動仕を活用しつつ制作物のクオリティで制作会社に還元していきたいです。
さらに海外のクリエイターも支援していくつもりです。直近では、モンゴルでMONICHI pictures(モニチピクチャーズ)という会社を立ち上げにプロデュースという形で携わりました。設立までの打合せは全てオンラインで行い、スタジオもすでに稼働しています。
モチベーションの高いスタッフが集まってくれて、現在は半年間のトレーニングを受けてもらっています。これまで日本のアニメカルチャーに触れる機会があまりなかったので、モンゴルの発展とクリエイターたちの力になればうれしいです。
海外にも進出しているんですね。他にもございますか?
また、2021年9月に西東京市に「lolroute(ルート)」というデジタル作画スタジオを作りました。来年法人化の予定で準備を進めております。
フリードリンクを設置したり、和室スペースを作ったりと、こちらもクリエイターの皆さんが働きやすい環境にできるよう試行錯誤しています。
アニメーターを目指す皆さんに一言お願いします。
これから時代がどんどん変わる中で、人と人との直接の関わりが減り、対面せずに仕事が完結していくことが増えていくのではと思います。
自主性を持って、モチベーション高く仕事に取り組んでいける人、そしてきめ細かい仕事ができて、次の工程を担当する人がスムーズに作業できるように、バトンを渡せる人が求められていくでしょう。
日本のアニメは世界で評価されています。その理由は日本人特有の細やかさがエッセンスになっていると感じています。
ただ、アニメと一口に言ってもさまざまなジャンルがあり、適正というものは実際にやってみないとわからないかも知れません。
弊社は数多くの作品に関わっており、アニメ業界を知る第一歩としてはピッタリだと思います。我々はこれからも、制作とここにいる営業の増田とともにアニメクリエイターの皆さんを支えていくために、業務にまい進していきます。
浅沼さんとRebootで営業を担当している増田さん(Reboot社にて撮影)
取材日:2021年11月11日 ライター:岩崎
株式会社Top Gear
- 代表者名:浅沼 薫
- 設立年月:2021年5月
- 事業内容:アニメーション制作、動画、仕上
- 所在地:〒207-0013 東京都東大和市向原6−1164−3 ベルメゾンヒロセ12-105
- URL:https://twitter.com/Top_Gear_Anime
- お問い合わせ先:studiotopgear@gmail.com TwitterのDM
- 公式lineアカウント(QRコード)→
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