多くの人に笑いを届けるために。笑いに救われた放送作家が作る「笑い」を買えるサービスとは?
沖縄の放送作家のパイオニアであり、沖縄県内で数多くのテレビやラジオ番組の構成や演出を手掛けるキャンヒロユキさん。フリーランスの放送作家として順風満帆なキャリアを築いてきたキャンさんですが、2020年に「株式会社 lollol(ロルロル)」を設立し、実業家として新たな挑戦を始めました。主力の事業は、ネット上で芸人さんのネタやアイデアを販売するというユニークなもの。なぜプロの「芸」を、一般のカスタマーに売ろうと思い立ったのか?そこには自身の辛い経験に裏打ちされた、お笑いへの強く、熱い思いがありました。
「沖縄の笑いをレベルアップしたい」沖縄初の放送作家としての歩み
最初に、放送作家としての歩みから教えてください。
沖縄の大学在学中からテレビ局などに出入りし、フリーランスの放送作家になりました。当時の沖縄のテレビ業界には、放送作家という仕事がほとんど確立されていなかったので、名乗りを挙げた私が「沖縄で一番目の放送作家」ということに。
ですが、仕事になかなか結びつかず、大学卒業後は修業のため吉本興業の養成所であるNSC東京校へ入学します。お笑いの勉強を経て、作家の仕事を手伝わせてもらえるまでになりましたが、3年間在籍した後、沖縄に戻りました。
そのまま東京で活動しようとは思わなかったのですか?
「東京に残らないか」とお誘い頂くこともありましたが、全国レベルのお笑いスキルを使って沖縄のお笑い業界を盛り上げたいという思いがありました。沖縄に戻ってからは、フリーランスの放送作家として徐々に仕事をいただけるようになりました。
悲しみから救ってくれた、お笑いの力
沖縄で順調にフリーランスのキャリアを築かれていたと感じますが、なぜ会社を設立されたのでしょう?
ある程度仕事が入るようになった頃、妹とその婚約者の2人を交通事故で同時に失ってしまいました。悲しみに暮れる日々でしたが、芸人さんと仕事をしながら、思わず笑っている自分がいて。お笑いに救われたんです。その時に改めて、人を救うほどの力を持つ芸人さんにリスペクトを抱き、お笑いの素晴らしさをもっと伝えたいと心から思いました。
どんな方法があるか思案していたところ、世間を騒がせた「直営業問題」が起こり、芸人さんのあまりに低い給与が白日の下にさらされました。
そこで感じたのは、芸人さんが稼ぐためには業界のシステムそのものを変える必要があること、そして一般の生活の中にもお笑いの需要が十分あるということでした。事務所から与えられる仕事ばかりではなく、もっと一般の人たちに目を向ければ新しい需要を喚起できるし、新しい商流も作れる。まず考えついたのが、投げ銭アプリでした。
投げ銭アプリとはどんなものですか?
入場料とは別に、ライブの最中に面白かったら投げ銭を送信できるアプリです。アプリ内で決済まではできなかったので、会場出口で送信した分の料金をお支払いいただくことにしました。ところが、芸能事務所の方々にもご協力いただいて実際に試すことになった矢先、コロナ禍に。ライブが開催できなくなったばかりでなく、エンターテイメント自体が必要とされない風潮になり、芸人さんが窮地に立たされてしまったんです。
そこで、ライブ以外で芸人さんの仕事を作りたいと思い開発したのが「lolbox(ロルボックス)」というサービスです。芸人さんが考えたおもしろいことに値段をつけてサイト内で販売するというもので、沖縄県の「2020年度沖縄型オープンイノベーション創出促進事業」に採択されました。事業を続けるためには法人化の必要があり、2020年に「株式会社lollol(ロルロル)」を立ち上げました。
気軽に芸人が考えた企画を購入できるサービス「ロルボックス」
ロルボックスについて詳しく教えてください。
芸人さんやエンターテイナーが考えたユニークな商品をサイト内で販売し、一般の方に購入してもらうサービスです。オンライン上でやりとりするものもあれば、直接会える体験型もあります。
どんな商品が人気ですか?
ただのあきのりさんという、動物が大好きな芸人さんに動物園を案内してもらう体験型の企画は、かなりの反響がありますね。商品化してから20日しか経っていませんが、すでに4名ほどから申し込みをいただいています。また、「きいやま商店」というバンドのメンバーのリョーサさんが即興ソング動画を作る企画もとても人気があり、あっという間に定員数に到達しました。
他にも、なぞかけやネタを一緒に考えたり、共通する趣味について語ったり。今のところ芸人さんからアイデアを募って私がサイトに掲載していますが、ゆくゆくは芸人さんが自由に登録できるプラットフォームにしたいと考えています。
おもしろそうな企画ばかりですね!値付けはどのように行っているのですか?
極端に高額にはせず、芸人さんと相談しながら、一般の方が気軽に買いやすい値段に設定しています。また、見ている方が買いやすくするために、全ての商品にしっかり値段を提示することを必須にしています。
有名芸能人のギャラは高級寿司店の料金と同じように、あるようでないようなもので、時価ということがほとんど。だからこそ夢があると言えるのですが、一般の方にとっては相場感がわからず、依頼しづらいものです。ロルボックスでは明朗会計にすることで、高級寿司、つまり有名芸能人とまではいかないけれど、しっかりおいしくて安心感のある回転ずしのような企画が並ぶ場所を目指しています。
購入しやすい反面、従来のシステムとは大きく違うため芸能事務所から不安の声は上がりませんでしたか?
ロルボックスによって、芸人さんが自ら仕事を獲得できるようになると、事務所が必要なくなるのでは?と心配する声もありました。しかし商品も取引先も従来とは全く異なるので、競合することはありません。事務所が獲得するCMやテレビ、映画など大きな金額が動くものは、従来通り企業と事務所間でやりとりしていただく。ロルボックスが扱うのはあくまで一般向けの安価な商品。副業的に捉えていただいています。
また、例えば反社会的な購入者や、熱狂的なファンとの関わりといった、一般の方と芸人が直接やりとりすることで生まれる懸念点については、運営者である弊社が間に入ってチェックしています。とはいえ機械的に行うのではなく、三者がチャットで会話することで懸念点を解消しつつ、芸人さんと直接コミュニケーションが取れるという楽しみを残しています。
笑いを数値化し、ライブの臨場感を再現
ロルボックス以外に、「lolup(ロルアップ)」というサービスも開発されていると伺いました。どのようなものですか?
ここ数年コロナの影響を受け、YouTubeやオンラインの配信ライブが盛んになりましたが、ライブのおもしろさや臨場感が十分に再現できているとは言い難い状況です。理由は、ライブで最も大切な「笑い声」がないからです。
ライブは、お客さまの笑いの波と芸人さんの熱量がぶつかった時に盛り上がるもの。芸人さんは笑いの波、つまり場の空気を読みながら山場を調整します。また、「天丼」と言って、一度受けたボケを再び行うテクニックがあるのですが、笑いがどこで起きたかわからなければ、やりようがありません。オンライン上でも、ライブのような観客の笑い声を反映できる方法がないかと考え開発しているのが、ロルアップです。
どのように笑い声を反映するのでしょう?
視聴者の笑う顔をカメラで読み取り、笑いの程度を数値化します。その数値に基づいて笑い声を作り、低遅延で配信に乗せて、ライブの臨場感を再現するシステムです。声にならない笑い、例えば口元だけニヤッとする笑いも拾って数値化できますので、かなり自然な人間の笑いを再現できます。まだ商品化はできていませんが、日本と海外で特許申請もしています。近い将来ぜひ国内外に展開していきたいですね。
プロの笑いをもっと身近に感じてほしい
今後、どのようなことをしたいとお考えですか?
芸人さんやエンターテイメントのおもしろさをもっと世の中に広めたい、その一点に尽きます。笑いを皆さんに届け、皆さんの笑いを芸人に伝え、みんなが笑顔になれれば、これほど嬉しいことはありません。
そのためにも現状のサービスを進化させていきたいですね。今考えているのは、ロルボックスで、ユーザーから企画リクエストを受け付けることです。学校の集まりなどで司会をお願いしたいとか、子どもの誕生日に何か披露して欲しい、とか。今までは自分たちで行っていたものを気軽にプロにお願いできるようになれば、さらに楽しくなるはずです。
最後に、クリエイターを目指す方へ、アドバイスをお願いします。
なぜ自分がそれを作るのか、作りたいのか、その理由をしっかり理解して自分に落とし込み、ブレない軸を持つことが大切です。私はお笑いに救われた経験を経て、お笑いを広めることが自分の道だ、と確信しました。軸さえ強く持っていれば、多少苦しいことがあっても乗り越えていけるはずです。
取材日:2022年3月29日 ライター:仲濱 淳
株式会社 lollol
- 代表者名:喜屋武 浩行
- 設立年月:2020年
- 資本金:100万円
- 事業内容:芸人エンタメのユニーク商品がオンラインで買える「lolbox」運営 オンライン配信者と視聴者が笑いと臨場感を共有できる「lolup」運営
- 所在地:〒900-0021 沖縄県那覇市泉崎 2丁目3番地3号 オフィス泉崎2-A
- URL:https://lollol.co.jp/