たまたま見ていた人が引き込まれ、最後まで見てしまう映像手法が武器。動画サイトとは真逆のテレビ的表現を活かし、愛媛を世界に。
愛媛を拠点に、テレビ番組や地域のプロモーション動画、企業や商品の紹介動画など、さまざまな映像制作を手がける株式会社マチサポ。代表取締役の河野 淳(こうの じゅん)さんは、地元の放送局で21年間のキャリアを持つ生粋の映像ディレクターです。 「映像があふれる今だからこそ、広く受け入れられる“テレビ的な表現”が必要だ」と話す河野さん。地域密着で映像を作り続ける、強い意思の裏側を伺いました。
憧れのテレビ業界に就職
映像の仕事に興味を持ったのはいつごろですか?
僕は小さい頃から生粋のテレビっ子でした。「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」が一番のお気に入りで、他にもバラエティ、プロレス、スポーツ、NHK特集…何でも見ていて、どのような番組も好きでした。テレビが皆の生活の中心にあった時代だったんです。だから、テレビ業界で働きたいという憧れはずっと持っていました。
生まれ育った愛媛県を離れたのは大学生になった時です。東京の大学に進学し、都会の生活とバンドサークルの活動に夢中になりました。サークルの先輩はテレビ局や新聞社、また放送作家といったマスコミやエンターテイメント業界へ就職する人が多く、就職活動では憧れのテレビ局に挑戦しよう、と決めました。
結果はどうだったのでしょう?
念願叶って、第一志望だった地元・愛媛県の南海放送株式会社に入社しました。東京のテレビ局や他の職種も受けてはいましたが、家族のためにそろそろ地元に帰らなくてはという気持ちもあり、内定をいただいて迷わず決めました。
最初に配属されたのは希望を出していた制作部。「もぎたてテレビ」という局の中でも人気のテレビ番組のディレクターチームに入ることができました。この番組は毎週、愛媛県のさまざまな地域にスポットを当てて紹介する旅グルメ番組で、各回にひとりのディレクターが持ち回りで担当していました。まずはどの地域を取りあげるかを決め、1週間くらい現地に通いつめます。面白そうな人や場所を見つけるためのリサーチです。その後、撮影班を連れていき4日間ほどかけて撮影、そして編集をして放送日を迎えます。担当は月に1回くらいのペースで回ってくるので、1年間で12か所ほどの場所に足を運びました。
一連の流れをひとりで担当するのは大変でしたが、愛媛のさまざまな地域のことを知り、ディレクターとしても大変いい経験になりました。
印象に残っている出来事はありますか?
取材を通して、僕の中での価値観が変わったことがありました。入社して1年くらい経った頃、取材で訪れた山奥の村で、たったひとりで畑を耕していたおばあちゃんと出会ったんです。そこは集落から歩いて30分以上もかかる場所。でも、おばあちゃんはただ黙々と耕しているだけで、何か作物を作っているという様子でもない。「何でこんな所を耕しているんですか?」と聞いたら、当然のように言われました。「畑は耕してあげないとかわいそうやろがね」って。その答えを聞いて、圧倒されました。自分には一銭の得にもならないのに、毎日30分以上かけて通い、先祖代々の畑を手入れしている。効率を第一に考える都会では絶対に考えられないでしょう。お金でもない、名誉でもない、自分の中にある価値観を大切にしている。本当にすごいことだと思いました。
東京と比べると愛媛はやっぱり田舎だなあと思っていたのですが、“田舎だからこそ”のすごさを見せつけられたような気がしました。一気に田舎ファンになっちゃいましたね。株式会社マチサポを立ち上げたのも、自分の経験をいかして地域に恩返しをしたい、という気持ちがあったからです。
テレビで培った映像表現で、愛媛の魅力を世界に
独立を意識し始めたのはいつごろでしょうか?
会社立ち上げの3年前くらいからです。南海放送には制作、イベント事業、報道と、部署を移りながら約21年間在籍しましたが、年々テレビでできることが減っていくもどかしさを感じていました。面白い番組を作りたいと思ってテレビ局に入ったはずなのに、NG事項ばかりが増えていく。「こんなものが作れないかな?」と言われたとき、自由に表現できる環境に身を置きたいと思うようになったんです。テレビ局で21年間かけて培ってきたノウハウは、テレビ以外の映像メディアにも必ず応用できる。テレビという枠を超え、幅広い映像制作に挑戦してみたいと考えるようになりました。
より自由に表現できる場を求められたのですね。
独立の後押しになったのは、安くてクオリティの高い機材が市場に出回り始めたことでした。昔はカメラや編集機材は個人では買えない高価なものでした。それが、YouTubeの台頭で動画編集が一般的になり、誰もが気軽に編集できるような機材が揃うようになったんです。少し値が張るカメラとパソコンを購入し、1年間くらい扱ってみて「これで独立してもやっていける」と確信しました。
そして2018年1月、株式会社マチサポを設立しました。株式会社マチサポには “まち”を“サポート”する、という意味を込めています。映像の力を使えば、日本の田舎からでも全世界へ情報発信できる。自分のスキルと経験を使って、愛媛の魅力を多くの人に伝えたいと思いました。
どのように事業を展開されていったのですか?
まずはテレビ番組の制作受注から始めました。最初に手がけたのは「和牛のA4ランクを召し上がれ!」というテレビ番組の制作です。在籍していた南海放送から依頼を受け、企画段階から関わりました。
会社を立ち上げる時に意識していたのは、テレビ局から見て使いやすいポジションでいること。テレビ局の内部事情に詳しく、テレビ的な価値観を理解しながら柔軟に仕事を受けられる。自分がテレビ局時代に感じていた「こういう外注先があったら便利だな」という立ち位置を目指そうと思ったんです。番組制作はもちろん、行政や企業の案件でコンペに応募する段階からタッグを組み、いっしょに企画を考えて進める場合もあります。
現在はテレビ番組にとどまらず、インターネット動画や行政・企業のPR動画も幅広く手がけるようになりました。映像制作と連動した地域のイベントなどのプロデュースも手がけており、地域で何かをしたいときに頼れる「まちづくりの総合商社」のような存在を目指しています。
御社の強みは何ですか?
今は誰もが映像を作れる時代ですが、僕が21年かけて養ってきた「テレビ的なノウハウ」は大きな強みだと思っています。テレビ的なノウハウとは、わかりやすい表現、そして幅広い層の視聴者をキャッチする力。興味のない人たちに興味を持ってもらう映像の作り方をするんです。
YouTubeなどの動画サイトでは、自分の見たいものだけを選んで見ますよね。だから作る側も一部の人にだけ伝わる映像づくりをすればいい。でも、テレビ番組は真逆です。たまたま見ていた人が引き込まれ、最後まで見て、取り上げられているテーマについて知りたくなる。それがテレビ的な映像の力です。
また、テレビにはもうひとつ「人々が知らなかったことを見つけて伝える」という役割があります。私たち誰もがYouTuberのように発信できたらいいですが、そうはいかないですよね。とても素敵な人生を歩んできたおじいちゃんに「自分自身の人生を語ってください」と言っても、なかなかうまく話せないでしょう。深掘りして聞き出し、良い部分をクローズアップして伝える。その役割を担っているのが僕たちディレクターなんです。
テレビ離れが起きている今だからこそ、逆にテレビ的な表現手法が強みになるのですね。
一大産業となったコンテンツだからこそ、テレビの表現手法にはたくさんのノウハウが集約されています。もちろん、視聴する端末は時代とともに変わっていきます。テレビからパソコン、そしてスマートフォンへ、メディアはこれからも形を変えていくでしょう。それでもテレビ的な映像制作の手法は変わらず通用する、いや、これからますます必要になると考えています。
「愛情のある嘘」で、相手のいい部分を引き出す
今後、積極的に取り組んでいきたいことはありますか?
これからは自分が培ってきたノウハウを人に伝え、後継者となるディレクターを育てていきたいですね。現在会社にいる4人のディレクターがそれぞれ映像のプロとして自立してほしいと思っています。僕にとってプロの定義は「あなたにお願いしたい」と求められるようになること。職人を育てるつもりで、時には厳しく叱ることもあります。また、良いところも悪いところも、正直に伝えるようにしています。
設立して4年が過ぎた今、次の目標は何ですか?
ようやく事業の足場固めができてきました。これからは会社がより信頼され、評価されていくことが大切だと思っています。放送局にいたころは、個人ではなく南海放送という会社の名前で認識されるのがすごく嫌でした。でも今は逆で、河野よりも「マチサポ」という会社が前に出てほしい。「河野さんにお願い」ではなく「マチサポさんにお願い」と言われると、とても嬉しくなります。
20年以上地域に関わり続けてきた「愛媛の専門家」として、これからも地域密着でやっていきたいと思っています。
河野さんにとって「いいディレクター」の定義とは?
映像を作るのが好き、そして何よりも“人が好き”であることですね。相手にしっかりと向き合って話し、本音を読み取る。そして、その人の本当にいい部分を引き出す。いいディレクターとはある意味、詐欺師なのかもしれません(笑)。大げさに驚いたり、わかっていることをあえて訊いたり。いいシーンを撮るための、愛情のある嘘です。
5年後くらいには仕事を皆にまかせて、自分の好きな映像を作っていけたらいいなと思っています。どんな立場であれ、制作の現場にはずっと関わっていたいですね。
取材日:2022年5月23日 ライター:土谷 真咲
株式会社マチサポ
- 代表者名:河野 淳
- 設立年月:2018年1月
- 資本金:200万円
- 事業内容:映像制作(テレビ・インターネット番組制作、風景・景色PR映像、企業PR映像、商品紹介映像、ドローン撮影など)、イベントの企画運営
- 所在地:〒791-8061 愛媛県松山市三津1丁目4-9石崎汽船旧本社ビル
- URL:https://machisapo.info
- お問い合わせ:089-950-4271
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