「医療×デザイン」の視点で、医療業界と他業種をつなぐ架け橋に
デザインの視点から医療機器のデザイン・開発を行う、兵庫県神戸市の「メディカルデザインラボ株式会社」。同社は、デザイン事業を通じて医療業界と他業種をつなぐ橋渡し役を担っています。代表取締役の北村竜也(きたむら たつや)さんは、医療ニーズの本質を汲み取り、患者や医療従事者の視点に立った医療機器をデザインしていくことが大切だと考えています。そんな北村さんに事業を立ち上げた経緯、今後の展望などについて話を伺いました。
利用者の理想的な体験を実現する 新たな製品・サービスを提供
事業内容について教えてください。
弊社は、利用者の体験を設計するUXデザイン事業と医療デザイン事業の2本柱で事業展開しています。UXデザイン事業では、2019年頃より、ネットを経由してソフトウェアを利用できるSaaSのWebサービス、UXなどに携わっており、クラウド会計ソフト「freee」をはじめとするサービスの、UX改善やリサーチなどを主軸に手掛けてきました。
2022年1月には、グラフィックデザイナー2人を雇用し、Webのみならず、紙媒体の案件も手掛けています。また、中小企業支援として商品開発にも携わっており、直近では、滋賀県の数珠メーカーの新商品開発のための育成支援も行いました。
医療デザイン事業部では、神戸大学医学部附属病院医療技術部副部長で臨床工学技士の加藤博史先生、NES株式会社代表取締役で臨床工学技士の西謙一先生とともに展開しています。お二人にはアドバイザーとして医療ニーズを抽出・分析してもらい、それを受けた上で、事業化へのストーリーマップを作成し、開発を進めていきます。また、医療業界と中小企業をマッチングしていくのも主な事業です。自身が理事を努める一般社団法人医療健康機器開発協会では、所属企業に向けての講演活動やアドバイザーなども行っています。
具体的なプロジェクト例をお聞かせいただけますか。
2019年に開催された「HYOGOクリエイティブ起業創出コンテスト」においてプレゼンテーションしたプロジェクトは、寝たきり患者向けの排せつに使用する「差し込み便器の改良版」です。「市場に出ているものが使いづらい」といった声を受けて、作り直しました。
現在は、災害時の人工呼吸器の開発に取り組んでいます。災害事例によると停電は2日〜8日間に及ぶケースもあります。身近なバッテリーとして考えられるのは乾電池ですが、乾電池を何百本も集めて人工呼吸器を動かすのは現実的に難しいことから、電動自転車のバッテリーの使用を提案しました。災害時は自転車で逃げられないため、そのままバッテリーを持って人助けする習慣を作っていけば、社会的にも意義のあるプロダクトになるのではないかと考えています。
ある人との出会いを機に医療業界へ
メディカルデザインラボ株式会社を設立した経緯を教えてください。
2011年4月に「北村竜也デザイン事務所」を立ち上げ、個人事業主として活動していました。2015年からは、デザイン思考を学ぶ「KYOTO d.school」に通い始め、奥田充一先生に出会い、「医療」をテーマに学んでいた頃、神戸大学医学部附属病院医療技術部副部長で、臨床工学技士としてMRIや人工呼吸器などの医療機器をメンテナンスするプロフェッショナルであった加藤先生と出会いました。ちょうどその頃、喉のポリープを患い、入院して手術を受けることになっていた私は「医療機器は誰に向けて設計されているのか」について考えるようになりました。その際、私自身「医療にはデザインという視点が入っていない」ということに気づき、加藤先生とディスカッションする中、「一緒に医療のデザインをやってみよう」ということになり、2021年7月、デザインを通して医療の製品開発をプロデュースする「メディカルデザインラボ株式会社」を設立しました。
法人化したからこそ実現できたことはありますか。
医療の場合、病院や行政がステークホルダーになるため、個人事業主だと国や地方自治体からの補助金や助成金も難しく、実現できることが限られてしまいます。法人化したからこそ、金融機関の取引先が増え、プロジェクトにも参加でき、大きな案件を取り込めるようになったと感じております。
医療業界への参入を希望する他業種企業に可能性を開く
医療とデザインを掛け合わせるというアイデアは斬新ですね。
医療とデザインを掛け合わせるデザイン事務所は、全国的にも少ないと思います。デジタルヘルスケア、メディカルプロダクトを発信しているのは医療従事者が大半ですし、医療に対する知見がなければ、他業種から参入することは難しく、なおかつ患者の情報を引き出せないブラックボックスでもあります。しかも、一つのプロダクトを市場に出すまでには時間がかかるため、なかなか入りづらい分野でもあります。
実際に医療にデザインを取り入れることで、どのような効果が生まれましたか。
近年、デザインに注力しようと考えている医療従事者は増えています。見た目よりも価値あるプロダクトになっているか、使いやすいか、それを解決するのはデザイン思考やUXデザインだと考える人も出てきました。実際、実際、神戸大学医学部附属病院では、医療機器開発で目利きのできる人材を育てる「メディカルデバイスプロデューサー」を生み出すセミナーも進められています。そんな中、弊社の取り組みに対して医療従事者からは、「使いづらかったものが使いやすくなり、手間暇や苦労が減った」という声をいただいております。また、「自社の技術を使って医療業界に参入したい」といった中小企業に対して可能性を開く効果もあります。特に、金属加工、プラスチック、セラミックといった地場産業からの参入希望が多く、他業種を医療分野につなげていく橋渡し役を展開するとともに、神戸市の機械金属工業会で開催している「医療研オープンラボ」の幹事も務めております。
医療とデザインの壁を越え、使いやすさを追求
この事業の難しさ、現在抱えている課題はありますか。
難しさは、一つのプロダクトが市場に出るまでの時間が長いため、企業としての体力を維持するには、うまく補助金を使い、他方面のステークホルダーからの協力を必要とする点です。
また、医療はクローズな世界であるため、「外部から医療情報や知識を得るには難しい」という点も課題です。UXデザインに興味のある医師であれば、コミュニケーションにおける共通言語はあるものの、中小企業と医師には共通言語がありません。両者をマッチングするためには、医療従事者側にもデザインに対しての理解を深めてもらわねばならないと感じています。
この仕事をしていて良かったと思うのはどんな時ですか。
医療従事者から「これは便利で使いやすい」と言われた時が一番うれしいです。 医療従事者は、「医療機器に合わせて作業するのが当たり前」と思って気づいていないことも多く、デザイン視点から見れば、手術の際に「その体制で10時間もやるのは大変では?」と、違和感を覚えることがあります。そのことを彼らに教えてあげるだけでも気づきがありますし、デザインの視点に関心を持つ医療従事者がどんどん増えていけば良いなと思っています。
「医療×デザイン」の知見に関心を持つクリエイターの育成を
今後の展望や将来的なビジョンについてお聞かせください。
「医療×デザイン」の知見に関心を持つ人材を増やすためには、医療のできるデザイナーの育成についても考えていかなければなりません。いずれは、医療デザインに注力していくためにも人材を増やし、年間目標として約30〜40案件に取り組んでいきたいと考えております。現在は、臨床工学技士とデジタルヘルスケアのサービスを作る計画を進めています。
今後どのようなクリエイターと働きたいですか。
現在求めている人材は、「UXデザイナー」です。UXデザイナーは、「ユーザーの目標を実現するには何をすれば良いのか」「なぜそのデザインにしたのか」といったように、論理的にコンセプトをしっかり組み立てられているかどうかが大事です。インタビューやデザインをする際にも、「本質的な価値は何か」「どうすればそれを聞き出せるのか」について、常に考えることが必要です。
UXデザインの思考や意識を持ち、なおかつ医療に対する知見も必要となるとハードルは高くなりますが、その視点を可視化してくれるデザイナーや、Webコーディングのできるエンジニアと一緒に働きたいです。
戦うステージを見つめることで、自分の武器を手に入れる
クリエイターの皆さんにメッセージをお願いします。
まずは、戦うステージをしっかり見つめることが大切です。私の場合も、戦うステージをUXデザインに変えてから稼げるようになり、武器を持つことが強みとなりました。デザインにこだわらず、誰に対して本質的に響かせたいのか、その価値にフォーカスできるクリエイターと一緒に仕事をしたいです。医療におけるデザインというと難しいイメージを持たれるかもしれませんが、例えば「看護師の業務の一コマ」「注射のイラスト」といったような身近なニーズもたくさんあります。「医療機器を作りたい」「メーカーさんとつながりたい」など、「医療×デザイン」に興味のあるクリエイターの方は、ぜひ気軽にお声掛けください。
取材日:2022年8月31日 ライター:堀内 優美
メディカルデザインラボ株式会社 Medical Design Lab.Co., Ltd.
- 代表者名:北村 竜也
- 設立年月:2021年7月
- 事業内容:医療機関開発、デザイン、コンサルティング、ブランディング 医療機器開発及び医療ニーズの課題解決のデザイン事業
- 所在地:〒650-0035 兵庫県神戸市中央区浪花町56 起業プラザひょうご内
- URL:https://meddesignlab.co.jp/
- お問い合わせ先:https://meddesignlab.co.jp/contact/
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