グラフィック2022.10.12

丁寧にコミュニケーションを取り、40年間かけて培ってきた信頼 次世代へ託すカメラマンのバトン

京都
有限会社カワベスタジオ
Toshiharu Kawabe、Akira Matsumoto
河辺 利晴氏、松本 晃

京都市内、二条城の近くにスタジオを構える撮影会社、有限会社カワベスタジオ。創立者の河辺利晴(かわべ としはる)さんは、独立して40年のキャリアを持つベテランカメラマンです。河辺さんから最近、カワベスタジオの代表を引き継がれたのが、カメラマンの松本晃(まつもと あきら)さん。河辺さんが築いてきた会社の軸を守りつつ、活動の幅をさらに広げ、京都の写真業界を盛り上げようと奮闘されています。「カメラマンとして、最も大切なことは何か?」を創業者である河辺さんと、スタジオを受け継ぐ松本さんに、伺いました。

映画のワンシーンに衝撃を受け、写真を始める

河辺さん

まずは、カワベスタジオの創業者である河辺さんにお話を伺います。 河辺さんは、小さい頃からカメラマンになりたいと考えていたのでしょうか?

河辺さん:いいえ、実は大学生になるまで、写真には全く興味がありませんでした。1970年公開の「いちご白書」というアメリカ映画を知っていますか?大学で普通に過ごしていたノンポリ【nonpolitical(ノンポリティカル)】学生が、学生運動をする女子学生に惹かれていく恋愛話です。大学1年生の時、この映画を京都の映画館で見ていました。ラストシーンで、警官に連れられそうになった彼女を彼が守ろうとします。カメラが彼女の目線になり、上から飛びかかってくる彼の姿が、空中でピタッと止まる。その瞬間に体がブルッと震え、思ったんです。「写真を撮ってみたい」って。
一瞬の画面だけで、積み重なってきたストーリーのすべてを表せる。そのことに感動しました。写真の力は、映像よりも強いのかもしれない、と思ったんです。
その時は、自分がカメラマンになるとは思いもしませんでした。ただ純粋に、写真で何かを表現する、ということに憧れました。

映画のワンシーンがきっかけで、カメラを手に取ったのですね。

河辺さん:その後、大学の広告研究会にあった写真部に入り、写真を撮るようになりました。当時使っていたのは、ASAHI PENTAX SPというカメラです。機材へのこだわりはありませんでした。今思えば、下手な写真だったと思いますけれどもね。クラブの暗室で現像した写真を見た時の感動は、今でも忘れられません。
プロカメラマンになろうとは考えていませんでしたが、大学4年生の時、写真スタジオでアルバイトをしていた友達からの紹介でカメラマンのアシスタントを始めました。結局、就職活動はせずそのまま7年間、アシスタントの仕事を続けました。師事していたカメラマンの方は建築写真を多く撮られていて、撮影技術は、教わるよりも見て学びました。「なぜここにカメラを置くんだろう?」「なぜこの角度から照明を当てるんだろう?」と現場で生まれた問いの答えを考えることが、何よりの成長の糧でした。

独立しようと思ったのはいつですか?

河辺さん:独立を決意したのは1982年、29歳の時。当時はインターネットやSNSなんてありませんでしたから、仕事は人づてでいただくものがすべてでした。アシスタント時代に関わりのあったデザイナー、広告代理店、メーカー、印刷会社などの方に紹介していただき、依頼は少しずつ増えていきました。独立後1、2カ月は大変でしたが3カ月目からはさらに増えて安定していくように。ここまで仕事を続けられたのは、紹介してくださった方々のおかげです。四方のどこにも足を向けて寝られませんよ。丸くなって寝なくてはね(笑)。
独立時は個人事業主として仕事をしていましたが、妻も私と同じ頃に起業し、フラワーデザインの仕事を始めました。そこで、お互いの仕事を統合し、有限会社カワベスタジオを立ち上げたんです。

どのようなジャンルの撮影を手がけていらっしゃるのでしょう?

河辺さん:幅広い年代の人物、料理、ウェディングドレス、家、仏具用品……人の一生に関わるあらゆるものを撮影しています。京都でプロカメラマンとしてやっていくためにも、ジャンルを限定せず、撮るものが変わる度に頭を切り替えていたのも、40年という長い間続けられたコツかもしれません。撮るものが変われば気分転換にもなりますし、さまざまな見方ができて考えが凝り固まりませんから。
また、京都にスタジオを構え、スタジオ撮影にもロケーション撮影にも対応できるようにしています。主には私と松本の2人体制ですが、必要に応じて、外部のカメラマンとも協力して撮影を手がけています。

フィルムからデジタルへ。時代とともに変化してきた撮影方法

ここ数十年で、フィルムカメラからデジタルカメラへの移行がありましたね。

河辺さん:そうですね。デジタルカメラが登場し始めたのは、2000年頃だったでしょうか。しばらくはフィルムとデジタルを使い分ける時代があり、その後、完全にデジタルへ移行していきました。今は、フィルムを使ってほしい、という特殊な依頼以外は、すべてデジタルカメラで撮影しています。デジタルカメラになって、その場でお客様に写真を見せられるようになったのは、本当に便利に感じています。フィルムカメラは、現像し終わるまではどのように撮れているかわかりませんから。フィルムを入れ忘れて撮れておらず、真っ青になった経験もありました。
一方で、フィルムだからこその喜びもありました。フィルムで撮る時には、先にポラロイドで撮って照明の具合をチェックするので、大体どう写るかがわかるんです。1年に1回くらい、現像から帰ってきて「うわっ、ええやん!」って驚くような写真があって。そういうときはうれしいんですよね。

近年では、紙への印刷したものではなく、スマートフォンやパソコンの画面で写真を見ることも増えました。

河辺さん:そうですね。でも、私は、紙印刷の質感の方がずっと好きです。紙面には「奥行き」があるような気がするんです。デジタルは、0か1かの点だけで構成される世界。一方、紙印刷は、点と点の隙間にインクのにじみやズレがあります。隙間が0ではない。その含みこそが、表現の豊かさなのではないでしょうか。音楽も同じで、デジタルで聞く音と、レコードで聞く音の奥行きは違うように感じます。音と音の間、点と点の間にあるものを人は読み取り、何かを感じているのだと思います。

カワベスタジオ2代目が語る、撮影への向き合い方

松本さん

次に、カワベスタジオの代表を引き継がれた松本さんにお話を聞いてみたいと思います。 松本さんは、いつから写真のお仕事を?

松本さん:カワベスタジオに入社して18年目になります。入社する以前から河辺とは面識があり、力仕事などを手伝っていました。大学卒業後、会社員として働いていましたが、社会人2年目になって、写真の仕事をしたいと考えるようになって、会社を退職し、カワベスタジオの門を叩きました。当時はカメラマンとしての経験はまったくなく、ゼロからのスタートでした。
河辺は自分で技術を教えるタイプではなかったので、現場で撮影している姿を見て学びました。また、撮影が終わった後のスタジオを使って自主練習をしたり、流行りのライティングや表現手法を雑誌で研究したり。ひとりで解決できないことは、若手のカメラマンで集まり勉強会をしていました。

人物や料理など、撮影する分野によって気をつけていること を教えてください。

松本さん:人物でいうと、プロのモデルさんは、画角や照明をしっかり決めれば比較的撮りやすいです。難しいのは、会社案内や学校案内など、写真を撮られ慣れていない一般の方を撮る時。自然な表情をいかに引き出すかは、カメラマンのコミュニケーション能力にかかっています。時にはおどけて笑いを取り、緊張をほぐすことも。撮られる方が撮影を楽しみ、エンターテインメントのように感じてもらいたい、そう思って臨んでいます。
料理の撮影では、撮るものに高さがないことが多いので、小さいものがグッと立ち上がって見えるよう、ライトの場所と光の強さを決める工程が最も大切です。あとは、料理がくたびれないように、できるだけスピーディーに撮る。

最近の技術では、撮影した後の写真データをレタッチすることもできるのでは?

松本さん:確かに、レタッチをして綺麗に見せることは可能です。でも、写真はあくまで一発勝負。レタッチは最小限にとどめるのが、自分のこだわりです。撮影の現場でお客様に、「ここはレタッチしたら直るので大丈夫です」とは言いたくないんです。ホコリひとつであっても、丁寧に除いてから撮る。ベストな状態にして、心を込めて撮影する。これは、礼儀作法として大切にしていることです。

仕上がりだけではなく、撮影への向き合い方が重要なのですね。

松本さん:河辺から唯一、厳しく教えられたのが、お客様の元に行くときの挨拶と礼儀作法でした。カメラマンは技術がすべてだと思われがちですが、実は違います。撮影の段取り、お客様やデザイナーとのイメージの共有、現場での雰囲気作り。そのような小さなコミュニケーションの積み重ねが、仕事の評価につながります。今、切れ目なくお仕事をいただき、長い歴史のある企業や神社、お寺などの撮影に入らせていただけるのも、河辺が丁寧にコミュニケーションを取り、40年間かけて培ってきた信頼があるからです。

撮影においてどの現場でも共通して心がけていることはありますか?

松本さん:どのような現場であっても、緊張感を持って臨むこと。「楽に終わりそうだな」と思った撮影はうまくいきません。逆に、身構えて緊張感を持って挑んだ撮影ほど、「いい写真が撮れた」と思うことが多い。お客様に喜んでもらえる嬉しさもひとしおです。
私たちは「写真家」と呼ばれることもありますが、芸術家ではなくて、職人なのだと思っています。お客様ありきで、お客様のご要望を形にすることが最優先です。「自分の写真のスタイルはこれだ」と決めてしまったら、そこから身動きできなくなってしまいますから。ご要望にズレを感じた時には、意見を伝え、どこに着地させればいいのかを一緒に考えます。必要なのは、丁寧なコミュニケーションです。

次の世代を育て、写真を楽しむ人を増やしたい

松本さんは、最近、河辺さんからカワベスタジオの代表の座を引き継がれたそうですね。

松本さん:はい、少し前に、カワベスタジオの代表に就任しました。先ほどもお話したとおり、私は、入社した時はまったくの素人でした。河辺はそんな私を雇い、一人前のカメラマンにしてくれた。本当に感謝しています。ですから私も、若い人に同じことをしたいと思っています。
今後は、ロケバスの手配や撮影の補助、スタジオ貸し出しなど、若手のカメラマンの仕事をサポートする事業を始める予定です。若手のカメラマンは、ストロボなどの高価な機材を揃えられないことが多く、技術を磨く場所がありません。だからこそ、自社のスタジオを使い、実践の機会を提供したい。私も一緒に学んで成長できますしね。

今後の目標はありますか?

松本さん:これからさらに、写真の仕事をしたり、撮ることを楽しんでくれる人の数を増やしていけたら、という気持ちがあります。写真って楽しいんですよ。撮影は非常に緊張しますけど、色々な経験ができますし、思いもよらない人に出会えます。そういった経験を、若い方にもたくさんしていただきたいんです。
若い方たちと一緒になって写真を盛り上げ、仲間を増やしていけたらいいですね。

 

取材日:2022年9月14日 ライター:土谷 真咲

有限会社カワベスタジオ

  • 代表者名:松本 晃
  • 設立年月:1992年5月
  • 資本金:300万円
  • 事業内容:商業写真撮影、スタジオ撮影、ロケーション撮影、スタジオレンタル、撮影補助業務
  • 所在地:
    (本社)〒606-0804 京都市左京区下鴨松原町10-3
    (スタジオ)〒604-8425 京都市中京区西ノ京銅駝町48 A-BOX104
  • URL:https://www.kawabestudio.com/
  • お問い合わせ先:info@kawabestudio.com

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