ゲーム2022.11.22

優れた2Dアニメーションは構図から ゲームを視覚で支える偃月の仕事術と“大将”自らが先陣を切る覚悟

東京
株式会社偃月 代表取締役
Masashi Wada
和田 将志

スマートフォンやゲーム機、PCなどで遊べるゲームの2Dアニメーション、イラストを手がけ、開発にも参加する株式会社偃月(えんげつ)。販促物のデザイン制作会社から、ゲーム業界のフリーイラストレーターへと転身し、会社を立ち上げた和田将志(わだ まさし)さんは、創業されたばかりの同社を瞬く間に軌道に乗せました。その秘訣は、「神は細部に宿る」と言わんばかりのこだわりが込められたクリエイティブと、自らが先陣に立ち続ける心構え。「自分は後ろでふんぞり返っていていい存在ではない」と笑う和田さんに、偃月の魅力をうかがいました。

趣味で買ったペンタブを機に 「イラストがゲームになるのはすごく楽しそう」

まずは和田さんのキャリアについて教えてください。

中学生だった頃にPlayStationやセガサターンでよく遊んでおり、ゲームはその頃からずっと好きなのですが、キャリアのスタートはゲーム業界ではなく販促系のデザイン会社でした。

趣味は趣味のまま、仕事にはなさらなかったのですね。ゲーム業界に移ろうと思った理由はどのようなものだったのでしょうか。

10年ほど前にペンタブレットを購入したのが、きっかけと言えるかもしれません。購入した理由は、元々趣味で描いていたイラストをそれまでのアナログではなくフルデジタルで完結させられるのが面白そうだから、というものでした。
そして、ペンタブレットでさまざまなイラストを描いて楽しんでいるうちに、学生時代によく遊んでいた美少女ゲームがそれまでと違った見え方をするようになりました。「自分の描いたイラストがゲームになるのはすごく楽しそうだ」と感じるようになったんです。

スマートフォンゲームバブルでイラストレーターとしてゲーム業界へ

プレイヤーではなく、クリエイター寄りの目線になったのですね。

はい。そして当時はスマートフォンが爆発的に普及し始めた「ソーシャルゲームバブル」と呼べる時代でもありました。ゲームメーカーが、イラストコミュニケーションサービスの「Pixiv」などを見てプロ・アマチュアを問わず自社のゲーム用のイラストをオファーするというのが盛んに行われていた時期です。

ネット上では「もしゲームのイラストのオファーが来たら、相場となるギャラはどのくらいか」などという知見を共有するトピックもよく見られました。

その流れで僕のところにもキャラクターイラストのオファーが来て、副業のような形で請けました。イラストを納品し、ゲームに実装されたのをこの目で見たときはうれしかったですね。
そうした単発の発注を請けるのを何年か続けて30歳の節目が間近に迫ってきた頃、今後の身の振り方はどうするべきだろうかとあらためて考え、フリーランスのイラストレーターとしてゲーム業界に飛び込むことを決めました。

異業種で、しかもフリーランスとして仕事を始めることに不安はありませんでしたか?

それはもちろんありましたが、そのときすでにお付き合いのあった企業があり、こまめに仕事を回してもらえるようになっていましたので、これなら何とかなるだろうと。おかげさまで大きな問題もなく、4年ほどフリーのイラストレーターとして活動しました。

「一人力」から人海戦術に切り替え、「自分でゲームを作りたい」

同じ独立とはいえ、フリーランスとして活動するのと創業するのとでは心構えが大きく異なると思います。起業を決意した理由はどのようなものだったのでしょう。

20代の早いうちから「いつかは起業したい」という目標はあったのですが、その時点では曖昧なものでした。そして実際にフリーランスとして活動を続けるうち、その目標が具体性を帯びていきました。
フリーランスは基本的に一人力です。イラストレーターとして仕事を請ければ、イラストを納品する以上のことはできませんし、クライアントからも求められません。しかし、ひとつのゲームタイトルを構成する要素を見ると、一人のイラストレーターが担当できるイラストはほんの一部分でしかありません。
僕はそれよりも、多数のセクションからなるひとつのクリエイティブが生まれるまでの過程にもっと深く関わりたい、できるなら、自分の手の届く範囲で丸々作り上げたいという欲求が強いことに気が付きました。そして、その気持ちが元々好きだったゲームと結びついたときに「自分でゲームを作りたい」と思うようになりました。

その思いが起業につながったと。フリーランスから起業するとなると、さまざまな労苦があったことかと思います。

はい。しかし、先ほど話題にあげたお付き合いのある会社の社長に相談したら「それなら一度(ゲーム業界の)会社の社員になって勉強してみてはどうだろうか」とお声がけくださったので、一年ほどお世話になりつつ、プライベートの時間で起業のための勉強や準備を進めることができました。その会社とは今もお付き合いがあり、本当に感謝しています。

自ら先陣に立って切り込んでいく心構えを込めた社名

いいエピソードですね。「偃月(えんげつ)」という社名は、どのような意図があるのでしょうか。

偃月は、武田信玄が用いた「武田八陣」のひとつである陣形の名前です。戦況を巻き返すべく少数の精鋭部隊が一丸となって敵陣に攻め込む……という緊迫した陣形で、スタートアップ、かつ少数である自分たちにぴったりの名前だと思い、命名しました。僕はあくまで採用しただけで、考案してくれたのは歴史好きな初期メンバーだったのですが。

陣形としての偃月は、大将が先陣を切って攻め込むのだそうですね。

そうなんです。だから危ないんですよね(笑)。しかし、僕はクリエイターあがりで経営に関してはまだ分からないことも多く、後ろで偉そうにしていればいいとはまったく思っていません。だからこそ、まず自分自身が積極的に前に出なければという気持ちも込めています。
具体的には、事務作業や代表取締役としての業務に加え、自身でも発注を請けたイラストを手がけたり、ゲームイラスト部署のディレクターとして同部門のフリーランスの方たちをとりまとめたりしています。最近は、ようやくイラスト制作から少し手を離せるようになりました。

今の従業員数はどのくらいなのでしょうか。

役員が僕を含めた3人の初期メンバーで、それに社員4名を加えた計7名です。あとは、業務委託という形でフリーランスの方にお願いしています。今は10~20名ほどの方が弊社の案件を優先的にこなしてくれています。

美少女イラストなどを展開 イラスト技術、質に自信

御社の事業内容を教えてください。

ゲームのデベロッパー(ゲームソフトの開発を担当する会社。販売を担当する会社はパブリッシャーと呼ばれる)を主要取引先に、ゲームイラストや一枚のイラストから制作した2Dアニメーションを一括したワークフローで提供しています。また、2021年からはデベロッパーと協業する形でゲームの開発にも一部携わるようになりました。
ゲームイラストと2Dアニメーションは美少女ゲームでの受注が多いですね。R-18タイトルを手がけることもあります。開発で関わっているタイトルは、PlayStation 4、Nintendo Switch、PCで展開されるマルチプラットフォーム作品となっています。

今日のビデオゲームの主要プラットフォームにはひと通り関わられているのですね。

守秘義務があって関わっているタイトルを具体的には申し上げられませんが、今後は大手を振って「このタイトルの開発に携わりました!」と言えるように会社を大きくしたいと思っています。

御社には全部でいくつの部署があるのでしょうか。

僕を含む初期メンバー3名がそれぞれディレクターを務めるゲームイラスト部署、2Dアニメーション部署、ゲーム企画・開発部署の3つですね。現時点で軸足を置いているのは2Dアニメーション部署です。クライアントにご満足いただけることが特に多く、技術の面でもクオリティの面でも自信を持っています。

違和感与えない高品質2Dアニメーションを提供

2Dアニメーションというのは「Live2D」や「Spine」などのソフトウェアで一枚のイラストを元にアニメーションを制作されることですよね。素人質問になってしまいますが、制作するうえではどのようなところがポイントになるのでしょうか。

まず、元となるイラストの構図やキャラクターのポーズからして、静止画とは異なるアプローチが必要になります。静止画は文字通り動かない(アニメーションではない)イラストですから、絵から躍動感や動きが感じられるのはいいことです。
しかし、そのイラストを元に2Dアニメーションを作る場合はそうであるとは限りません。静止画として映えるような動きのある絵を描いてしまうと、アニメーションにしづらくなってしまう場合があります。

野球やゴルフにおけるスイングのフォロースルー(振り切ること)を描かれても、動かしづらいというようなものでしょうか。

それに近いです。動かすことを前提としたイラストには、そうしたイラストなりの描き方があります。あまり動きがない方が、かえってアニメーションが映えるものになることが多いですね。あとは、見えない部分もしっかり描いておく、もしくはこちらで描き足すことでしょうか。
例えば、体の前で両腕を交差させているようなポーズは、静止画であれば見えない部分(前面の腕で隠れるもう片方の腕の一部分など)を描く必要はありません。しかし、アニメーションさせるのであればそうした部分も描いておく必要があります。
また、イラストを動かす際はキャラのポーズなどにそってボーン(骨格)を設定し、ボーンとボーンの間にある頂点を関節として動かすわけですが、ボーンが多ければよい2Dアニメかというとそうではありません。ボーンを入れすぎるとデータの容量が大きくなり、ゲームの挙動が重くなってしまうからです。ボーンは最小限に抑えつつ、動きを美しく見せられるポイントはどこか。そんな見極めも必要になります。

なるほど……「神は細部に宿る」を常に実践されておられるからこそ、クライアントから高評価を得られるのですね。

それと、2Dアニメーションは不出来なものほど動きに違和感が出て、きちんと作られているものほど違和感がなくなります。「見る人に引っかかりを感じさせないものほど、いい仕事である」とも言えるかもしれませんね。

フルリモート環境で交通の便による機会損失を避ける

御社の業務形態についても教えてください。フルリモート環境であるとうかがいました。

僕が元々フリーランスとして活動していたこともあり、勤務するという概念にあまりなじみがないんです。フルリモート環境ならオフィスも大きくなくて済みますのでコストダウンにつながりますし、何より、交通の便の問題で優良な人材を逃してしまうこともなくなります。そうした機会損失は避けたいから、という気持ちも強いです。

業務は滞りなく行われていますか?

社内のコミュニケーションツールとしてはボイスチャットもできる「Discord」を、フリーランスの方たちとのやり取りは「Chatwork」を使用して、業務は問題なく行われています。「Chatwork」はPCの画面共有ができるので、成果物の途中経過のチェックやフィードバックを行いやすいのがいいですね。
ただ、2Dアニメーション部署、イラスト部署は現在の体制で問題ありませんが、ゲーム開発部署が今後大きくなっていった場合に、「同じ場所で、気軽に相談しながら作業できる環境である方が効率的になる」事態も起こりえますので、今後はオフィスの拡大も考えていきたいと思っています。

リモート環境でも、対面と遜色ないコミュニケーションが取れるようになればいいですね。

近年よく話題に挙がるようになったメタバースの発展に期待しています(笑)。

学びに貪欲な人を募集 3Dモデルも視野に

御社のスタッフや、これから御社を希望する人に臨む人物像はありますか。

日進月歩で技術が発展していく業界ですので、学ぶことに対して前のめりになってくれる人がいいですね。トレンドに敏感であることが大切です。フリーランスのクリエイターたちをまとめるディレクター職に就いていただける経験者の方も歓迎します。

今後の展望を教えてください。

まだ具体的な予定やビジョンはありませんが、自社タイトルを手がけられるようにしたいですね。また、ゲーム業界を主軸に置くのは今後も変わりありませんが、それと同時に他業種で弊社の強みや技術を活用する道も模索し続けたいと思っています。
ゲーム制作でよく使われる3D制作プラットフォーム「Unreal Engine(アンリアルエンジン)」は映画の制作でも使用されていますし、ネットで人気を博しているVTuberたちの3Dモデルは、ゲーム用に制作するものと何ら変わりありません。そういった可能性にも目を光らせ、ゆくゆくはそこから新たな事業などにつなげられればと考えています。

ありがとうございます。それでは最後に、同じ業界で働くクリエイターたちに向けてメッセージをお願いします。

娯楽であるゲームはなくてもよいものかもしれませんが、ゲームによって育てられた自分にとっては「ないと退屈でしょうがない」重要な存在です。これからも、お互いに多くの人にそう思ってもらえるものを手がけていきましょう。そして、手が足りないときはぜひ偃月にお声がけください。

取材日:2022年10月12日 ライター:蚩尤

株式会社偃月

  • 代表者名:和田 将志
  • 設立年月:2019年9月
  • 資本金:100万円
  • 事業内容:ゲーム開発におけるイラスト、2Dモーションアニメ、エフェクト他の制作
  • 所在地:〒110-0005 東京都台東区上野6-1-6 御徒町グリーンハイツ1005号
  • URL:http://www.engetsu.co.jp/
  • お問い合わせ先:上記コーポレートサイト内「CONTACT」より

※掲載の社名、商品名、サービス名ほか各種名称は、各社の商標または登録商標です。

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