「工芸」と「建築」を掛け合わせた「工芸建築」に注力 文化を核にしたまちづくりで金沢を“工芸の中心”として発信
「工芸」と「建築」。異なる二つのカテゴリーを一つの形にする取り組みに力を注ぐ、株式会社浦建築研究所の代表取締役社長・浦淳(うら じゅん)さん。石川県金沢市に拠点を置く総合設計事務所として、身近にある「工芸」と同社の柱である「建築設計」を掛け合わせることを思索してきました。その成果のひとつとして、ドイツ・ベルリンで工芸と建築を融合した現代茶室「ゆらぎの茶室」の設計・制作を行い、2022年9月には現地で行われた開館式に参加。文化を生かしたまちづくりを目指して、認定NPOの理事長や文化事業に取り組む法人の代表取締役も務める浦さんは、建築や工芸のあり方、可能性に思いをはせます。
祖父から受け継いだ設計への思い 「用の美」にこだわり、地域のランドマーク設計を手掛ける
浦建築研究所の立ち上げからの歴史と、浦さんが社長に就任されるまでの経緯を教えていただけますか。
祖父は石川県庁の建築課職員、工業高校の教諭、商業高校の校長を経て、石川県農業会館の設計コンペに採用されたのを機に1957年に県庁を退職し、建築設計事務所を創業しました。1959年に法人化し、1963年には設備設計の専門技師が加わり、意匠・構造・設備などの専門部門を備えた組織設計事務所としての歩みを進めてきました。その後、父が代表取締役を務めます。私は大学卒業後、大手ゼネコンを経て弊社に入社し、2006年に代表取締役社長に就任しました。
これまでの御社の実績と、特に転機となった事例を教えていただけますでしょうか。
会社設立のきっかけとなったのは、祖父がまず初めに手掛けた石川県農業会館です。そして父の代では、1994年に設計を担当した石川県七尾市の「能登演劇堂」が代表的な事例としてあげられます。俳優の仲代達矢さんが主宰する無名塾の合宿が同市で行われたことから、演劇によるまちづくりを目指して演劇専用ホールが建てられることになり、弊社が設計を担当しました。「能登演劇堂」は、舞台後方の大扉を開閉して、屋外空間(舞台庭)を取り込んだ演出を可能にした、特色ある建築となりました。
社長ご就任後の実績をお聞かせください。
近年の代表的な例としては、石川県の海の玄関口として2020年に開館した「金沢港クルーズターミナル」の設計でしょうか。ターミナルは日本海に面しており、大屋根は白波をイメージした波型にデザイン、海側は開放感あふれる全面ガラス張りとしました。
そのほか、金沢学院大学附属高等学校や金沢星稜大学、北陸大学といった学校関係の設計コンペでも選ばれることが多くなっています。公共施設やホテル、病院、学校など地域の拠点となる建物はランドマークでもあり、シンプルな美しさに加え、機能性を備えた「用の美」にこだわった設計を心掛けています。
ドイツ・ベルリンの国際コンペで採択 金沢発の「工芸建築」の発想を形に
海外でも事業に取り組まれています。
私自身が学生時代にバックパッカーとして、チベットやネパールなどのアジア諸国や、トルコ、ギリシアなどを訪ね歩きました。そこでは、人と地域、そして建築との多様な関わりの深さが見て取れました。日本の常識にはとらわれない発想に引かれ、いつかは海外での設計に関わりたいと考えるようになりました。そんな折、2012年に中国と取り引きがあった県内企業の経営者の紹介で、大連市で設計業務を行う現地法人の代表に就任しました。多いときには現地社員5人を抱えて、中国の工場などを設計しています。
中国以外でも積極的に展開されています。
ドイツ・ベルリンで「忘機庵(ぼうきあん)」と名付けた茶室を2019年に完成させました。欧州最大の複合文化施設である「フンボルト・フォーラム」内の、ベルリン国立アジア美術館に茶室を設ける計画が持ち上がり、国際コンペに参加しました。最優秀案に選定され、設計を手掛けました。
茶室は、金沢市在住の中村卓夫氏(陶芸)、三代西村松逸氏(漆工)、坂井直樹氏(金属造形)の工芸作家の協力と、茶道裏千家今日庵業躰(こんにちあんぎょうてい)の奈良宗久氏の監修を得て完成にこぎ着けました。今年9月には同フォーラム全館が開館し、関係者とともに現地で行われた開館式に参加しました。私自身がテーマとしてきた「工芸建築」が海外で一つの形になったと確信しています。
「工芸建築」が一歩前進しました。
単に「工芸」と「建築」が出会い融合したというのではなく、お茶の精神を表現した建物の中に工芸が入ったことで、より意味を持ったのではないでしょうか。茶室は鉄の天蓋(てんがい)で覆い、壁や庇(ひさし)に漆を用い、床の間には陶板を生かすなど工芸建築にこだわりました。工芸作家が考えた建築で空間を構成し、一つ一つの形や材質に、工芸作家のアイデアと感性があふれたしつらえとなっています。金沢発の工芸建築の発想が、今回の茶室を機に一般化され、国内でも広がっていくことを期待しています。
建築は「総合芸術」 隈研吾氏らとともに海外の駅舎整備も
世界的な建築家である隈研吾氏とともにバングラデシュでのプロジェクトに取り組まれています。
国際協力機構(JICA)の円借款事業として、バングラデシュの首都・ダッカで進められている高速鉄道の高架駅駅舎を整備するプロジェクトです。株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル(以下OCG)の元、隈研吾さんが基本設計を行い、弊社とOCGが現地との調整をしながら実施設計を担当。全部で7つの駅舎を整備することになっています。
これまでも私たちは、夏は暑く冬は寒い厳しい気候や、雨や雪も多く結露も生じやすいという金沢の環境下で建築設計を手掛けてきました。その経験を生かし、現地の暴風雨やサイクロンにも考慮しながら、自然光を採り入れた駅舎デザインとして整備される予定です。
石川県金沢市を拠点に、さまざまな建築設計を手掛けられています。建築・設計への思いをお聞かせください。
建築というのは、デザインだけでなく環境や景観、安全などさまざまな視点を持って作り上げる総合芸術であると思っています。見た目の斬新さにばかりとらわれているだけではなく、使いやすさや居心地の良さをも考慮した建築が実現されなくてはいけません。また、地域性を生かし、歴史的な背景を読み取りながら、新しいものを生み出さなければいけないと思っています。伝統を守ることと、新しいものを創造することは相反するものではないとも考えており、建築設計のさまざまな可能性を探っていきたいと思っています。
文化を基軸としたオンリーワンの都市金沢を目指し、NPO法人を設立 地域経済循環に向けたまちづくり
認定NPO法人 趣都(しゅと)金澤の理事長と、文化事業を行う株式会社ノエチカの代表取締役を務められ、文化や芸術を生かしたまちづくりにも取り組まれています。
金沢は450年近く戦災に遭わず、この間に美術や工芸、伝統芸能が受け継がれてきました。金沢にしかない、こうした文化を切り口にしたまちづくりに取り組みたいと、法人を立ち上げて活動を展開しています。NPO法人を立ち上げたきっかけは、金沢青年会議所に所属していた2004年、「自立する地方都市の旗手を目指して― 美しき、日本の『趣都・金沢』構想」という経済政策提言書を作成したことにあります。金沢の豊かな文化資源を地域経済に還元し、自立した持続可能な都市をどう創りあげていくかをテーマにしていました。「地域経済基盤の確立」と「金沢モデルのまちづくり推進」という具体的指針を設定し、金沢は文化を基軸としたオンリーワンの都市を目指すべきであると発信したのです。
そうした提言が浸透していったのですね。
理念に共感し、民間の活力を生かした事業を展開する主体的な組織が必要であるという認識を持ったメンバーが集い、勉強会や議論を重ねてきました。2007年にNPO法人趣都金澤として認証され、2017年には認定NPO法人となりました。
「趣都」は、「趣」という「感性」「知性」「文化」の要素に加え、「奥深さ」「情緒」などの日本的価値観を織り交ぜて創り上げた言葉です。さらに「首都」も掛け合わせ、金沢が日本随一の趣深い都市であること、オンリーワンの都市であることを意味しています。現在、趣都金澤では経済人や学識経験者、文化人、アーティスト、デザイナー、メディア関係者をはじめ、まちづくりに興味を持つ市民・学生など、260人を超える多彩なメンバーが活動しています。
そこから、ノエチカの活動につながったのですね。
「ノエチカ」は、文化芸術活動を通じた北陸地域の活性化に取り組むために立ちあげた法人です。ノエチカの社名の由来は、能登(石川県北部)の「ノ」、越前(福井県)の「エ」、越中(富山県)の「チ」、加賀(石川県南部)と金沢の「カ」をとったもので、これらの地域から国際的に通用する新しい文化価値を生み出したいと、株式会社として設立しました。
北陸3県を舞台に、工芸の魅力を国内外に発信する取り組みとして趣都金澤等が主催する「GO FOR KOGEI」というイベントの企画・運営をしています。今年も9月17日から10月23日までの間、石川、富山、福井の寺社仏閣をはじめとする会場で、工芸作品の展示やワークショップを行いました。
北陸ブランドを広めたい 「とことん考え抜く力」が大切
今後の展望や将来のビジョンについて教えてください。
金沢を拠点に、北陸のブランド力を高めるための活動を展開していきたいと思っています。北陸には国指定の伝統的工芸品が23品目を数えます。これらの工芸をつないで発信することで、地域のブランド力が高まると考えています。2020年に国立工芸館が東京から移転、開館しており、金沢は日本の工芸の中心地となっているのです。
また、2024年に北陸新幹線が石川県内全線開業となり、福井県敦賀市まで延伸することで、新幹線の駅(小松駅)から近接する小松空港の利便性も高まります。この地域は、世界に開かれたゲートウェイ(玄関)となる可能性を持っています。その中で文化を核に、「建築」や「まち」を考えていきたいと思っています。
クリエイターとして大切にしていることや、ものづくりへの思いをお聞かせください。
建築設計は、徹底的に考え抜くことが必要です。著名建築家の言葉に「鬼の出ない建築を目指す」という言葉があり、これを大切にしていきたいと近年は考えています。美しい、デザイン性が良いというだけでなく、細部にまで気を配り、欠点のない全てのヒトに優しい建築を目指す。「ここまで考えたのだから、ここは目をつぶってもいいだろう」という妥協は許されません。考え抜く時間が大切で、会社で考え、日常の生活の中で考えることが求められます。クリエイトするには時間が掛かるのです。
今、ものづくりに関してはどんどん海外に追い越されていっているように感じています。日本が世界で負けないものづくりをするには、クリエイターに「とことん考え抜く力」が求められているのです。
取材日:2022年10月12日 ライター:加茂谷 慎治
株式会社浦建築研究所
- 代表者名:浦 淳
- 設立年月:1957年7月
- 資本金:1,000万円
- 事業内容:建築設計監理、設備設計監理
- 所在地:〒920-0964 石川県金沢市本多町3-11-1
- URL:http://www.uraken.co.jp/
- お問い合わせ先:Tel 076-261-4131