今こそ必要とされる「声の力」。声を研(と)ぎ・心を研(と)ぐ、舞台役者出身の音声指導者
金沢市でナレーション、音声指導講座などを行う株式会社研声舎(けんせいしゃ)。代表を務める林 恒宏(はやし つねひろ)さんは、舞台からそのキャリアをスタートし、スーツの「AOKI」、かゆみ止め薬の「ムヒ」、外食チェーンの「8番らーめん」など、誰もが見たことのあるCMや番組などのナレーションで数多くの実績を重ね、プロのアナウンサー・ナレーター・声優も指導しています。七色の声を自在に操り、説得力や迫力、ときには優しさも演出する、まさに声のプロフェッショナル。今回は、声の師匠との運命の出会いや今こそ求められている本当に伝わる声の大切さ、表現者・指導者としての今後の展望などを伺いました。
演劇の魅力を知り、さらなる表現の場を求めナレーターの道へ
まず、これまでのキャリアをお聞かせください。元々はお芝居をされていたそうですね。
金沢で高校演劇時代の先輩方とともに劇団を立ち上げて、約15年活動していました。中学時代までは、内気でコミュニケーションも苦手だったのですが高校で演劇部に所属し、「演ずること」の魅力を知ってから自分の居場所を持てた気がしました。
でも、舞台に立ち続けるのは大変なことです。数ヶ月かけて作り上げたものを出し切って、終わったらまた次の本番。別の仕事をしながら全身全霊をかけて取り組んでいましたが、ある時、結局は自己満足にすぎないのかなと虚しさを感じてしまったんですね。
そのタイミングで、声を仕事にされるきっかけがあったのでしょうか。
劇団の先輩がナレーターとしても活動をしていて、自分も声の仕事で食べていけたら幸せだなと思いました。ちょうど、そのタイミングで劇団の仲間たちがナレーション事務所を設立するという話がもちあがりました。私はすぐに仕事を辞め、それに参加させてもらったんです。予算が限られる地方でのCM制作では、東京からナレーターを呼ぶとコストがかかるので地元の劇団に声がかかる時代でした。当初はほとんど仕事がなく、バイトをしながら生計を立てていましたが、少しずつ仕事が入るようになり、10年が経つ頃には多くの仕事をいただけるようになっていました。
「気持ちではなく音でやれ」。「薄っぺらい声」にショック、火がついた
音声言語指導者で、「声とことばの磯貝メソッド®」の主宰者でもある磯貝靖洋さんに2002年から師事されました。この決断についてお聞かせください。
ナレーターは、実際にやってみると非常に難しい仕事でした。特にCMで使う声は、商品の看板となるもので、クライアントを始め、誰もが納得できるクオリティの声が求められます。これは大変なことだと気づかされました。同時期に自身の芝居の映像を改めて視聴して、薄っぺらい声だとショックを受けたこともあり、表現力を何とか身につけたいと切実に思っていたんです。
その時にたまたま、金沢市民芸術村で磯貝先生のワークショップを受ける機会がありました。芝居や表現の話になった時、磯貝先生に「君は気持ちで演技してるね、だからダメなんだ」と言われたんです。
演技は気持ちでするものだと思っていましたが、違うのですか?
私もそう思っていたのですが、磯貝先生は「そんな頼りないものを手がかりに芝居をするな、気持ちではなく音でやれ」と。悲しみを伝えたければ、心の中はそう感じていなくても、悲しい音を出せばお客さんにそう思ってもらえる、というのが先生の教えです。
それは嘘じゃないのか?と思いましたが「その音を聞いて自分自身に悲しいという感情が湧き上がれば嘘じゃないんだ」と。その考え方に非常に驚くと同時に、こんな風に考えられる人はすごい!と感銘を受けました。この人の頭の中はどうなってるんだ、もっと知りたい。そう思って「声とことばの磯貝メソッド®︎ 東京塾」に毎月通うことを決断しました。
音声学を学び約20年…。聞く人に「心地よく感じられる音声を」
東京で学んだ「声とことばの磯貝メソッド®︎」とは、どのような手法なのでしょうか?
声は、声帯からしか出ません。これを身体のどの場所とリンクさせて響かせるかという考え方です。多くの人の前で話したい時は胸に響かせると、堂々として落ち着いた声になる。また別の場所に響かせると、柔らかい声になり優しい印象を与えることができます。私たちは小さい頃から美しい日本語の音声言語教育を受けていません。ましてや、身体という楽器をどんなふうに使えば、効率よくそれを獲得できるか知りません。だから、いい音が出るような口の構えや呼吸法・発声法などを一つ一つ丁寧に身体で覚えて技術を身につけることができれば、決めた場所にポンと当てるだけで思った通りの声が出るようになるんですよ。
現在も通っているそうですね。
そうなんです。最初の数年しっかり学んだことで、技術は2、3年で自分のものになり、色々な声も操ることができるようになりました。その時点で辞めてもよかったのですが、これまで約20年続けているのは、声を磨くことで自分自身の精神性が高められてきたからです。声を通して自分が人間的に成長できていると実感しています。
声を学ぶことは、人と人をつなぐこと。丁寧に接しなくてはいけない、きちんと伝わる声とことばを発しなければならない。突き詰めて考えると、人間として大事なものにつながってきます。だからこそ、聞いている人が心地よく感じられる音声を目指したいと常々思っています。
声を研(みが)くことは、人間を研(みが)くこと。本当に伝わる”一生モノ”の声とは
研声舎を設立したきっかけを教えてください。
磯貝先生に「会社を立ち上げたらどうだ」と勧められたのがきっかけです。正直、起業したいとは思いませんでしたし、メリットも感じませんでした。でも、今後一生かけてやっていくのであれば、やはり会社にした方が信頼度が高まると。実際にその通りで、今思えばアドバイスをいただいて本当によかったと思っています。
社名にはどんな想いが込められているのでしょうか?
声を研いでいく、というイメージで名付けました。研ぐためには擦り合わせる必要があり、痛みを伴うことでもあります。でも、擦れば擦るほど光輝いていく。私が研鑚(けんさん)を続け、こんな風に生きられたら、という想いも込めています。
音声指導にも力を入れているとお聞きしましたが、ニーズが増加しているのでしょうか?
議員の方や司会者・能楽の先生、患者さんの心に寄り添って話したいと医師の方も個人レッスンに通っています。ナレーターの育成指導もしていますし、声を仕事にしたいという方が増えていますね。声に価値を見出せる人は、真面目で純粋で勉強熱心な方が多いです。
レッスンの際に大切にしているのは、どのようなポイントでしょうか?
呼吸法・発声法などで声の技術が身についたら、次にことばを磨いていきます。子どもの頃に学校で教わったような口を大きく動かす話し方では、伝わることばの音声にはなりません。私のことばの音声指導では、聴いた人の心に心地よく伝わるものにしていくために母音「あいうえお」を一つ一つ丁寧に磨き上げていくことから始めます。大切なのは、母音が美しく響いていること。日本語はすべて子音の後に母音がついてきますので、響いた音が紡がれていくと、人に影響を与える、伝わる言葉の音声を獲得できるわけです。
日常化したリモート生活、大切なのは声の印象。音声は「一生モノ」
実際に指導した生徒の、変化や成長を感じる場面はありますか?
生徒同士がお互いの声を聴くことで、レベルが上がっていくのがよくわかります。いい影響を受け、高め合っている。年に2回、詩や物語を披露する発表会がありますが、感想を言い合って褒められると目の色が輝いてくるんですね。表現することで、その人のいい部分が見えてくる。そんな様子を目の当たりにすると、人間は本来、表現を欲していると感じます。のびやかではつらつとして、聴いているだけで「ああ、いいなぁ」と思える音声を引き出してあげることで、本人も成長します。教えているだけではなく、私も育てられている感じですね。謙虚に考えられるようになったのも声のおかげだと思っています。
コロナ禍でオンラインの機会が増え、声の重要性がより高まっているように感じます。
リモートでは、声の印象で人間性を読み取っていることが多いです。だから、服装にお金をかけて自分をプロデュースしているのに、声に投資せず無防備に話すのは非常にもったいない。今こそ、声と言葉に説得力を持たせて、相手にアピールすることが大切だと思います。がむしゃらに大きな声を出しても肝心なことは伝わりませんが、技術を身につければ声をひそめてもしっかりと伝わります。そんな音声を学べば”一生モノ”だと思うんです。
語り手としての表現に力を注ぎ、声がつなぐ世界を広げていきたい
今後の展望、将来のビジョンなどをお教えください。
ナレーターや音声指導のほかに、語り手としての活動も行っています。今後はこの語り手としての表現に力を入れていきたい。これまで、京都の寂庵(じゃくあん)を舞台に瀬戸内寂聴さんの前で「釈迦」を語ったり、大徳寺 聚光院(じゅこういん)で直木賞作家・安部龍太郎さんの作品「等伯」の朗読をしたりしました。
最近は、音楽演奏家の太田豊さんとユニット「語リ音」や、それに他の音楽家やパフォーマーたちを加えた「現代散楽」(2019年には奈良東大寺で公演)も結成し、全国各地ゆかりの名作文学やオリジナルの物語を上演する活動を行っています。色々な方たちとセッションするのが本当に楽しくて、やっぱり表現することが好きなんですよね。
昔は舞台に虚しさを感じることもあったそうですが、今はいかがでしょうか?
虚しさはまったくありません。音楽だけでも楽しいですが、音楽と私の声が共鳴して高め合い、一体となっていく瞬間があるんです。そこでお客さまの心も感じられます。心が揺れている、伝わっているという実感がありますね。
さらなる夢として、語り手として海外でやってみたいという願望もあります。
一緒に活動する方たちとの出会いもやりがいにつながっていますか?
声が仲介となって、魅力的な人、私と波長が合う人がやってくるので、おもしろいことができるんじゃないかとワクワクします。写真家や歌い手の方とも組んで何かやってみたい。そういうインスピレーションは大事にしています。
声をきっかけにしたつながりという意味では、この研声舎も人が集まる場所です。稽古場を「語りバコ。」と名付けて、ここで演じて皆で鑑賞することもやっています。「しゃべる」ではなく「語る」というのがキーワードで、自分自身を持った人(自分の価値観をしっかり持っている人)が集まって、語り合える場になればいいなと考えています。1人ではダメなんですよね、一緒に高め合うために、その中心に声があるんです。
常に「何のために」を問いかけて。声で伝えると帰ってくる喜び
最後に、現在ナレーターとして活動されている方や、これから声のお仕事をしたいと考えているクリエイターへのメッセージをお願いします。
志が大事だと思います。クリエイターは、人を楽しませたいという気持ちが原点にあると思いますが、それが途中でブレてしまわないよう、何のためにやっているのかを常に意識することが重要だと思います。
私自身、息子が通っていた頃から小学校で絵本の読み聞かせを行っています。子どもたちが真剣に聞いて、喜んでくれるのでとても満たされるんですね。音声指導でも今まで出なかった声が出て、生徒さんにニコニコしながら「ありがとう」と言われると、その場に立ち会えて幸せだと感じます。
語り手の活動でも「こんな舞台初めて見ました、とてもよかったです」と言われるとやっぱりうれしい。声を磨くことでしっかり伝わるようになったので、相手に届いて喜びが返ってくるんです。それが欲しくて日々研鑚を続けているのかもしれないですね。
取材日:2022年12月16日 ライター:酒井 恭子
株式会社研声舎
- 代表者名:林 恒宏
- 設立年月:2013年6月
- 資本金:100万円
- 事業内容:「独り語り」公演、CM・番組ナレーション、「語りとことばの品質改善」企業研修、「声とことば」のレッスン、ナレーター育成・派遣
- 所在地:〒920-0867 石川県金沢市長土塀3丁目11-19
- URL:https://kenseisya.net/
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