ニッチな好奇心を刺激するコンテンツに焦点。100年後も「面白い本」を
書籍やムック本、雑誌、Webの企画や制作をオールジャンルで手がける札幌の株式会社マニュブックス。代表取締役の笹山 浅海(ささやま あさみ)さんは、都内の編集プロダクション勤務を経て、北海道にUターン。東京の仕事を中心に道内各地の仕事も手がけています。2023年にはかねてからの目標だった、北海道では珍しいアートギャラリーも開設しました。そんな笹山さんに、現在の仕事や今後の取り組みについてお話を伺いました。
企画から入稿まで経験し、編集者としての力をつける。あえて「超ブラック」会社に入社
就職にいたるまでの経緯と、編集の道に進んだ理由を教えてください。
東京の大学で文系学部に進学した時に、自分が一番得意なことを仕事にしようと決めました。編集者を目指したのは、子どもの頃から本をよく読んでいて、文章を書くのが得意で、企画を考えることが好きだったからです。
就職先を決めるとき、最初に一番キツい仕事を経験しておけば、先々のどんなことも乗り越えていけるかなと思い、当時「超ブラック」と言われていた編集プロダクション(以下:編プロ)に絞って求人を探しました。出版社は部署や媒体が限られますが、編プロはオールジャンルに対応できそうなイメージがあったので、自分自身の力や経験値を高めるにはいいと思い、2007年に入社しました。
在職中はどのようなことを学びましたか。
企画から印刷所に入稿するまで、書籍の編集業務全般を行いました。私が入社したときは既に前任者の退職が決まっていて、編集の先輩もいませんでした。組版に必要なQuarkXPress(クォークエクスプレス)の使い方以外は、自分で作業をしながら覚えました。
一般的に出版社の編集者はDTP(パソコンによる印刷物のデータ作成)をしませんが、編プロは編集、ライター、DTPもやるので、結果的に自分が「こういう経験をしたい」とイメージしたことは経験できたと思います。
どのような書籍を作っていたのですか。
最初に引き継いだのはレシピ本でしたね。撮影の仕方も分からないままカメラマンやスタジオの手配をするなど、一から全部考えて取り組みました。今振り返ってみると、よくできたなと思います(笑)。怒られることもありましたが、それが苦ではありませんでした。プロの方と仕事をすることで刺激を受けたり、勉強をさせてもらったり。分からないなりに考えたことが形になっていくのが面白かったです。締切前は徹夜も当たり前でした。休日も少なく毎日家に寝に帰るだけの生活でしたが、とても充実していて楽しかったです。
そのあとはPCソフトの解説本や乙女ゲームのファンブック、声優本など、さまざまなジャンルの本を制作することで、何にでも幅広く対応できる土台が作られたと思います。さらに入社して2〜3年目頃からは書籍の企画を考えて提案するようになり、同時に、本を作るだけでなく売るために何かやりたいなと思うようになりました。
売るためにどのような工夫をされたのですか。
出版記念イベントやワークショップをしました。書店のイベントは一般的に出版社がやることで、編プロで取り組む人はいません。ただ、実施することで著者の売り上げやモチベーションにつながりますし、読者の反応を見たり感想を聞いたりするにはいい機会になりましたね。
前職から引き継いだ仕事から始まり、どんどんクライアントが増えていく
会社設立のきっかけと、札幌を選んだ理由を教えてください。
独立は30歳までにしたいと考えていました。東京で独立するか地元・北海道に戻るかの2択でしたが、「出版業界=東京」というイメージでしたので、あえて北海道にいてもこの仕事ができることを証明しようと思い、北海道に帰ることにしました。
当時の会社には映像や書籍などの部署もありましたが、いずれも担当が数人で縮小傾向にありました。出版部門も私が抜けることで回らなくなるため、社長に退職の意思を伝えたところ「担当している出版社や著者を引き継いでほしい」と言われて、そのまま会社をスタートすることになりました。北海道には特につてもなかったので、本当にありがたかったです。あのまま退職していたらどうやって仕事を見つけていたのやら、振り返ると怖いですね(笑)。念のため、最初の1〜2年は東京にシェアオフィスを借りて、月2回は打ち合わせや取材のために通っていました。
どのような会社づくりを目指していましたか?
もともと会社を設立することを目指していたわけではありませんでしたが、自分で考えて、工夫を楽しみながらベストなものを制作するには、会社を立ち上げる必要があったのです。会社に属しているとさまざまな制約があってできないことも多いですが、自分の会社なら自己責任のもとで何でも挑戦できますし、法人の方が取引先やクリエイターと仕事がしやすいというのもありましたね。
現在のお仕事内容を具体的に教えてください。
書籍制作をはじめ、ライターやリライト業務の依頼をいただくことが多いです。書籍は丸ごとお任せという形で発注がきますので、企画立案をし、外部のクリエイターたちと一緒に原稿を制作して入稿します。編集者としては内容が細かく決まっていない状態の方がやりやすいですし、どんな仕事が来ても私は「面白そうだな」と思うので大変なことはありません。
入稿後は出版記念イベントやフェア、Webを使った販促を行っています。おかげさまで独立以降もずっと忙しく、3年目からスタッフを入れました。常時2〜3人いて、調べものや校正、取材依頼などを担当してもらっています。
クライアントは東京がメインですか?
そうですね。北海道のクライアントができたのはここ数年です。東京から北海道での取材依頼が来るようになりました。北見ハッカの使い方を紹介した「毎日、ハッカ生活。」(大和出版)の制作や、ふるさと納税のガイド本「ふるさと納税ニッポン!」(芸文社)のライター業、Webや媒体の記事など幅広くお仕事をさせていただいています。
興味やアイデアから企画作りに取り組む。妖怪好きをプレゼン、「ゲゲゲの鬼太郎」の書籍を担当
出版物の企画も行っているようですが、笹山さん発案の作品を教えてください。
最近ですと、ハンドメイドや造形方法が学べる「幻想クラフトシリーズ」(ホビージャパン)です。これは一から立ち上げて、現在5冊出版しています。19年に1冊目を出版しましたが、きっかけはその前に手がけた別のハンドメイド系の本です。誰でも抵抗なく身につけられるアクセサリーやバッグもいいですが、もうちょっとコアなところに刺さるものや、少し角度を変えたハンドメイド系の本を作れそうだなと思いついたんです。そこで注目したのが、ネット上にアップされていた魔法系やスチームパンクの作品で、よくある写真集や作品集ではなく、作り方や技術を公開したら売れるのではないかと思ったのです。
作家のなかにはご自身が研究して生み出したテクニックの公開を嫌がる方もいましたが、その壁を突破できたら今までにないクラフト系の本ができると思って交渉しました。結果的にできあがった本はとてもよく売れましたね。
ほかに企画された本はありますか?
前の会社から引き継いだ「そのまま使える」シリーズです。特にトレースフリーの女の子のポーズを500点収録した「そのまま使える女の子ポーズ500」(廣済堂出版)は、イラストを描く際にお手本にしたり、付属のCD-ROM内のデータを加工できたりするもので、何万部単位で売れました。ほかにもイラストレーターや漫画家の資料になるような技法書も出しています。
これまでに印象に残っているお仕事があれば、教えてください。
「ゲゲゲの鬼太郎DVDマガジン(全27巻)」(講談社)の仕事でしょうか。制作スタッフを探していると聞き、講談社の編集担当者に自分の妖怪好きや知識をプレゼンして、ページを担当させてもらいました。この仕事で故・水木しげる大先生にお会いできたことや、鳥取県に取材旅行に行けたのは本当にうれしかったです。
ニッチな部分にスポット当て、ほかにはない本を作りたい。「わかりやすく、読みやすく」を意識
編集者として心がけていらっしゃることは何ですか。
わかりやすく、読みやすくすることです。それと、自分が考えて作るものは売れるものではなく、ニッチなところに刺さるものだということを自覚することですね。ですから企画を通す時もゴリ押しはしませんし、客観的に意見はたくさん聞きます。そのなかで自分が1番いいと思える企画を立てることを意識します。本は100年後も残る可能性が高いですから、100年後に読んだ人にも面白いと思ってもらえるものを作りたいと思っています。
今後の展望や将来のビジョンなどをお教えください。
これまで通り、自分がやりたい仕事を続けていきたいです。その結果、いろいろな人の助けになり、問題を解決できたらと思います。私が手がける仕事の多くが必須ではないものですが、取材記事を書いたことで喜んでもらったり、売上が伸びたりしたらうれしいです。
挑戦してみたいお仕事があれば教えてください。
会社を設立した当初から、出版社を作ろうと思っていました。企画から出版、販売まで自分で責任を持ってやってみたいと思っています。今は、取次店を通さなくても、ネットで販売できるので、実行しやすい環境にはなっていると思います。ただ、そう簡単に利益を上げることはできないことは理解しているので、どういう座組みでやったらできるか検討し続けています。
行きつけのギャラリーをオープン。「まずは一緒に仕事を楽しんで」
ギャラリーもオープンされましたよね。
出版社を作る布石として、ずっとギャラリーを作ることを考えていましたが、23年9月8日に事務所の隣に「Gallery&Shop 馬と獅子」をオープンできました。北海道は東京のようなアートギャラリーが少ないですから、ぼーっと眺めながら過ごしたり、会期中に何度足を運んでも面白いと思ってもらえたりする行きつけのギャラリーを作ってみたかったんです。
個人的には、本を作るために全国のさまざまなクリエイターたちと知り合う場所がほしいという思いもありました。ギャラリーを持っているとクリエイターやアーティストに声を掛けやすいですし、展示が成功したら書籍化の流れが作りやすくなりますよね。
最終的に目指すのは本作りなんですね。
そうですね。クリエイター以外にも会って話を聞いてみたい人がたくさんいます。それらの人々をジャンルごとにリストアップしています。そうしておけば、このリストをもとに、企画に合わせて出版社へ書籍の提案ができ、逆に企画をこちらから提案もできます。この先も、会って話を聞いてみたい人たちとのお仕事を実現するため、動き続けたいと思います。
一緒に働くスタッフに対しては、どのようなことを求めますか?
もちろんスキルは大切ですが、何よりも一緒に仕事を楽しめることを最も重視しています。
最後に、クリエイターを目指す人にアドバイスをお願いします。
どのジャンルでも経験値が高い人ほどいい仕事をするので、とにかくきちんとお金をいただく仕事をたくさんこなすことが必要だと思います。一部のものすごく才能がある人以外は、いきなりフリーランスになるのではなく、一度会社組織に属することをお勧めします。
取材日:2023年7月24日 ライター:八幡 智子
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株式会社マニュブックス
- 代表者名:笹山 浅海
- 設立年月:2012年10月
- 資本金:300万円
- 事業内容:出版物の企画・編集、その他付随する一切の業務
- 所在地:〒064-0922 北海道札幌市中央区南22条西15丁目1-10 猪狩ビル2F
- URL:https://www.manubooks.co.jp/
- お問い合わせ先:上記の「CONTACT(お問い合わせ)」へ